並行 ネロエラ・タンズークの疾走4
「よく来たな」
マナリル国謁見の間。
そこに呼ばれたネロエラとフロリアは玉座に向かうカーペットの一番前で膝をついていた。
玉座にはマナリル国王カルセシス、そしてその横には側近のラモーナがいた。
何故この二人が謁見の間にいるか。
勿論、タンズーク家と魔獣による部隊設立に際する国王へのお目通りである。
タンズーク家に数日滞在したネロエラとフロリアは試験的に設立される今回の部隊の隊服を受け取ると、すぐさま王都に向かい、昨日到着した。
ネロエラとフロリアのはマナリルの国章とタンズーク家の家紋が入った短いケープコートのような隊服を着ている。エリュテマが着ても違和感の無いようにデザインされており、これならばネロエラがエリュテマに姿を変えても識別する事はできないだろう。
家紋といい、デザインといい、まさにタンズーク家専用の隊服と言っていいものだった。
「すでにタンズーク家の現当主"ミルドリア・タンズーク"は王都に到着していたが……この度の部隊設立はネロエラ・タンズークの功績あってのもの。ゆえに最初に謁見すべきはそなたらと判断して待たせている」
カルセシスはそう言うと、二人の返事を待たずにフロリアに目を向けた。
「マーマシー家の娘だったな」
「フロリアと申します」
「記憶している。先の領地再編の調査の件、大義であった。報告書を読む限りトラブル無しとはいかなかったようだが、スノラの事件直後だというのにあの仕事は見事と言わざるを得ない。今回のタンズーク家を中心とした部隊設立とも無関係ではない。誇るといい」
「もったいないお言葉です」
フロリアはカルセシスからの言葉で一層誇らしくなる。
領地再編の調査時はスノラでの一件の事後処理もあってカルセシスと直接の対面は無かった。
しかし、今こうして国王に直接謁見が許されている。
これはマーマシー家にとっても思わぬ躍進といってもいい。今回の部隊についてはタンズーク家のおまけのようなものなのもあって素直に喜べなかったが、領地再編の調査を持ち出して褒められては顔もにやけるというもの。
「……?」
だが、カルセシスの目を見た瞬間、フロリアの喜びは一気に鳴りを潜めた。
……目の色が変わっている。
いや、それよりも……賞賛を口にしている割に、その目は何かを見定めるような。
先の賞賛の言葉は嘘とは思えない。
ならこの目は? 真意のわからない目にフロリアの体に緊張が走った。
「さて……確かに補佐を一人と書いたが……」
ふむ、とカルセシスはフロリアをじっと見る。
金色に、赤に、黒に。
目まぐるしく色の変わるカルセシスの瞳はまるで幻のよう。
つい、その美しさに見惚れてしまいそうになる。
「補佐に選んだ理由は何だ? 申してみよ」
その声でフロリアが現実に戻ってくる。
厳しい声だった。
「陛下! 畏れながら――」
「そなたには聞いていない」
フロリアが答えようとすると、カルセシスが即座に遮る。
特に声色が変わったわけではないのに醸し出される迫力はカルセシスの非凡さゆえか。
びくっ、とネロエラの体が震えた。
フロリアだけでなく、玉座から見るカルセシスも側近のラモーナも気付いたはずだ。
フロリアは横目でネロエラを確認する。
カーペットを見つめるその顔には明らかに、緊張と恐怖があった。口はきつく閉じ、冷や汗が頬を伝っている。
「面をあげよ」
言われて、ネロエラはびくびくしながら顔を上げた。
震えている。元々口下手で人付き合いが苦手な上に、国王との謁見で緊張を頂点に達しているだろう。
その上、コンプレックスの歯を見せなければいけない状況ともあれば当然。謁見する時にフェイスベールを付けるわけにもいかない。声が出ないのならともかく、声が出るのに筆談を申し立てるのは流石に無茶がある。カルセシスの問いにはネロエラ自身の声で答えねばならない。
「今一度、問おう。フロリア・マーマシーを補佐に選んだ理由は?」
何故そんな事を繰り返し聞くのかをフロリアは気付いた。
現国王カルセシスは感情を考慮しながらも、基本は実利を優先すべき部分は実利を優先する。
ゆえに、今問われているのはフロリア・マーマシーという少女の有用性。
タンズーク家の魔法と魔獣達は馬車と違って人の運搬は難しいながらも、小回りと速度に長けた点、そして護衛を不要とするその戦闘能力から、輸送部隊として必要な能力を持つ貴族として認められた。
だが、マーマシー家は違う。
フロリアに領地再編の調査やスノラの功績こそあるものの、マーマシー家自体はただの元補佐貴族。この部隊に必要な能力を備えているかと言われればそうではない。
だからこそ……何故選んだ?
その瞳から声が聞こえてくる。
まさか、ただ交流があるという理由だけでそこの下級貴族を選んだのかと。
「――っ!」
しかし、その瞳が今まで緊張で強張っていたネロエラに火を付ける。
ネロエラはぎりっ、と忌々しそうに歯を鳴らした。
「醜い姿をお見せする、事を……お許し下さい……」
「ネロエラ……」
「ん?」
心配そうに見つめるフロリアの横で、ネロエラは口を開いた。
見る者が見れば、凶々しいと思う者すらいるであろう獣の牙をこの場で披露する。
魔獣と友になる道を選び、ゆえに人から弾かれたタンズーク家の歴史の証。
それはネロエラにとってのトラウマであると同時に、他人に心を開いたきっかけでもあった。
「フロリアは、タンズーク家以外で、唯一……私共が交流を持つ、エリュテマの個体を認識し、多少の意思疎通が可能です……エリュテマからの信頼もあり、この部隊における、"補佐"という役割を考えれば彼女以外には有り得ません」
「ほう……友だからという理由ではないのだな?」
「私の友だからこそ、彼女はエリュテマとの交流を拒みませんでした。それこそが最大の理由と言ってもいいです」
トラウマを振り切り、ネロエラはカルセシスに言い放つ。
"綺麗な白い歯だと思うが"
彼女を奮い立たせるのは隣にいる友人と……変わるきっかけになったあの日の言葉。
自分でも醜いと思ってる。心の底からこの牙を好きになることはきっと無いだろう。
それでも、あの言葉は自分にほんのちょっとの勇気をくれる。糞みたいな目で友人を見る国王相手に、しっかりと苛立てる自分をくれる。吹っ切る事の出来ないトラウマよりも、今大事にしている友人をとれる自分をくれた。
生意気な物言いだったか、と少し後悔はするものの言ってやったという達成感と興奮がネロエラの中にはあった。
「……パルセトマ領に向かえ」
「はい?」
「え?」
「マナリル西部のパルセトマ領で栽培されている薬草を王都に運搬するのが此度、試験運用される輸送部隊アミクスの最初の任務だ。すでに各地の領主達に魔獣を使った部隊を試験的に運用している話は伝わっている。馬車での輸送時の速度と輸送量を比較してまずは様子を見る。輸送量と速度のバランスを部隊長となるネロエラ、そなたの目で見定めよ……そこの裁量も見させてもらう」
その瞳から疑惑は消え、カルセシスはネロエラとフロリアに最初の任務を言い渡す。
同時に、カルセシスの目の色の変化が止まっていた。金色のまま二人を見つめていた。
「見事この任務こなしてみせよ。俺としては、この輸送部隊の新設を望んでいる」
「は!」
「必ず」
「以上。ご苦労であった」
国王直々に任務を賜り、ネロエラとフロリアの顔つきも変わった。
試験運用で結果を出し続ければ、晴れてタンズーク家主導の輸送部隊アミクスが認められるという事だろう。
側近であるラモーナが退出を命じると、二人は立ち上がってその場から下がっていった。
「ああ、そうだ……ネロエラ」
「は、はい」
「俺に先程のような嘘を吐くのは感心せんな」
「う、嘘ですか? 滅相もございません。嘘など……」
カルセシスの言葉がどれを指しているのかがネロエラにはわからなかった。
そもそも嘘を吐いた覚えが無い。
確かにさっきは生意気な事を言ったが、断じて嘘は吐いていない。
「醜い姿をお見せすると言っていたが……醜い姿など無かったではないか」
「え……あ……」
「わざわざ自分の価値を落とすような保険をかけるのはやめておけ。先程のそなたは少々物言いは無礼であったが……正しかった。その正しさを誇るといい」
「も、もったいないお言葉です……」
退出の直前にかけられたカルセシスのその言葉に、ネロエラは深々と頭を下げた。
変わった自分が、他でもない国王に肯定された事が嬉しくて。
いつも読んでくださってありがとうございます。
今日はもう一本更新致します。
感想返信出来ていない方もう少しお待ちください……!