301.ただ一代の才
本日二回目の更新です。
前話を呼んでいない方は戻ってください!
「どう……いう……?」
ベネッタの言うあっちとは勿論、この少女の事である。
ミスティ・トランス・カエシウスは紅茶に添えられているジャムのスプーンをつい落としてしまう。
同じテーブルに同席しているルクスとエルミラも驚いてはいるが、ミスティのような動揺は無い。
「ほら、そこのマルティナ嬢が大事そうにしている袋……あの中にアルムさんの制服があるらしく……タトリズの女子生徒の間で噂になっていますのよ。アルムさんとマルティナ嬢の間にそういったいかがわしい情事があったのではと」
サンベリーナはいつも持っている扇を閉じ、マルティナが座るテーブルのほうを指す。
マルティナの座るテーブルには昨日と同じようにマヌエルがいるが、昨日いた褐色に白髪が特徴のナーラという少女と、常に髪を跳ねさせていたセーバという少年がいない。
ミスティを驚かせたのは対面に座っているサンベリーナの口から出た一晩で広まったある噂だった。
マルティナはアルムと庭園で会った後、タトリズの寮に戻ってから制服を洗っていた。
そこを同じ寮のナーラや他の女子生徒に見られ、誰の制服かと聞かれてアルムと答えた所からこの噂は発生した。この噂はそれはもう好調なスタートダッシュを切って基礎授業の間にタトリズの生徒中に広まったのである。
詳しく聞くに聞けない内容な上に、あのマルティナ・ハミリアにそんな質問をすればどれだけの失礼にあたるかわからない為、誰も真実を確かめられずにいる。
「一晩でよくそんな引っ掻き回せるわねあいつ……」
「ああ、そういえば……散歩に出てくるって言ってしばらくいなかったなぁ……」
呆れるエルミラの隣でルクスが昨晩の事を思い出す。
とはいえ、そのいない間にアルムがそんな事をするとは思えなかった。制服を洗う経緯はわからないが、誤解というのはすぐにわかる。
「それで……アルムさんは実は他国の上級貴族に手を出すような色情魔という可能性はありますの?」
「ないない。絶対ない。そんなやつだったらまず私が襲われてるっての」
「そういう血統魔法でも使われない限りは無いんじゃないかなぁ……アルムも男だからそういう欲が無いとは断言できないけど、まず有り得ないと思うよ」
「ま、そうですわよね。そんなのとあなた方がお付き合いしているわけありませんもの」
サンベリーナも本気で疑っていたわけではないようで、エルミラとルクスが否定するとあっさりと噂がただの誤解である事を受け入れた。
マルティナがアルムの制服を持っている謎は解けていないが、大方ばったり出会ってマルティナが制服を汚してしまったからとかだろうとサンベリーナはあたりをつける。
「全くです。アルムに限ってそんな事あり得ませんわ」
ミスティもまた落ち着いた様子で紅茶が注がれたカップを手に取る。
「さあ、そんな根も葉もない噂はお気になさらず……楽しいお茶を昼食で淹れて香りを食べましょう」
「動揺が言語に現れていますけれど……この方、本当にカエシウス家のミスティ・トランス・カエシウスですの?」
「うーん、最近自信が無くなってきたのよね」
見た目は平静を装いつつも、動揺を隠しきれていないミスティ。
ミスティもアルムを疑っているわけではないのだが、それとこれとは話は別なのである。
「おい訓練場でナーラが暴れてるらしいぞ」
「ああ、あの子ハミリア様大好きだものねぇ……」
「アルムっていう平民を滅茶苦茶に襲ってるって話だが……大丈夫なのか?」
訓練場での騒ぎが食堂にまで伝わったのか、タトリズの生徒が噂し始める。
大丈夫なのか? と言う生徒が言うのはつまり、外交問題にはならないまでもベラルタの生徒にとっては学友であるアルムが襲われていて印象がどうなるかという事だった。
「……訓練場」
「あの馬鹿は何をやっておるのだ……!」
聞こえてきた噂にマルティナとマヌエルはテーブルから立ち上がり、すぐに訓練場へと向かう。
どちらも家名的にはナーラが何をしようがあまり関係なくはあるのだが、動いたという事は家名など関係ない関係であるという証拠だろう。
「……あなた達は動かないんですのね?」
対して、ミスティ達はアルムがナーラに襲われているという話を聞いても特に動く様子はなかった。
サンベリーナは意外そうに言う。今の二人のように真っ先に動くと思っていたから。
「暴れてるのが向こうの人なら私達が出しゃばると面倒になるでしょ」
「うん、タトリズの生徒の暴走だから、タトリズの生徒が自己解決してくれたほうが悪い方向には転ばなくなるだろうからね」
「そうではなくて……アルムさんはあなた方の友人でしょう? 心配じゃありませんの?」
サンベリーナが尋ねると、ミスティ達は顔を見合わせた。
「どう? ミスティは心配?」
「いえ、相手がタトリズの生徒さんであるのなら特には……権力が絡んでいない魔法戦のであれば特に問題ないでしょう。勿論例外とあれば話は変わりますが」
先程動揺していたミスティも、噂については動揺したもののアルムがナーラに襲われている点については特に動揺も不安も無いようだった。
例外というのは言わずもがな。ラーニャや魔法生命のような存在を相手する場合を指している。
「心配ではありませんが……その、何故アルムの制服をマルティナ様が、というのは……気にならないと言えば嘘になってしまいます……」
「ま、そこは本人に聞くしかないわね。どうせ誤解なんだからあんま気にしないの」
「はい……」
「ほんと、可愛くなっちゃって……」
エルミラはミスティの髪に手を伸ばし、そのまま撫でる。相変わらず、綺麗な銀髪だとエルミラは一瞬見惚れた。
撫でられたミスティは拗ねたように頬を少し膨らませる。
「もしかしてですが……馬鹿にされていますか?」
「何言ってんの。羨ましいのよ」
エルミラにいつものからかっているような様子を感じず、ミスティはエルミラにそのまま髪を撫でさせる。
「あなたは? 心配じゃありませんの?」
「ん? ああ……」
サンベリーナに尋ねられるとルクスは当たり前であるかのようにこう答える。
「アルムは天才だから。タトリズの生徒に襲われたくらいじゃ何ともないさ」
そんな中、アルムにとってあまりにも不適切な言葉でルクスがアルムを心配しない理由として挙げる。
流石のサンベリーナも顔を引き攣らせ、聞いていたミスティもエルミラもそれは、という表情だ。
サンベリーナはルクス・オルリックという男が意外に子供なのかもしれないと評価を改めた。友人という情で魔法使いとしての評価を見誤るなど、目が腐ったとしか形容できない。ライバル視していたサンベリーナの瞳には失望すら浮かびかけていた。
しかし、ルクスは椅子の背に身を預け、自信ありげな態度のままだ。
「あなた……それはいくらなんでも過大評価が過ぎませんこと?」
「そうかい? 彼は才能が無いんだよ?」
天才と評したいのか、それともやはりただの平民だと貶したいのか。
天才と言いつつ才能が無いとはどういう意味だろうか。真逆の事を言っているルクスについサンベリーナは首を傾げる。
ルクスはそのまま続けた。
「属性が使えない、伝統も無い、歴史も無い。当然、血統魔法も無い。魔法使いになる為に何も持っていなかった彼が見つけたのは、誰もが諦めて歴史の端に捨てていた、ただ原型になっただけの……無属性魔法というハリボテだ」
「それが何で天才になるんですの?」
「天才とは、持って生まれた才能を持つ者だけでなく、努力で唯一を掴んだ人間を指すと僕は思っている……。だから――僕は彼を天才と評する」
サンベリーナの眼に浮かびあげていた失望が瞬く間に消えていく。
芯を感じさせる言葉。自身の考えが正しいと信じて疑わない強い声色。
その目は決して腐ってなどいなければ、友人への評価を見誤ってなどいない。
ルクス・オルリックという男はただ自分の価値観、自分の考えを持ち、従来の魔法使いの才という意味に囚われる事無く……アルムという少年を評価しているだけだった。
「彼を嘗めない方がいいサンベリーナ殿。僕ら貴族が遠い昔に捨てたハリボテだけで僕達と渡り合い……そのハリボテにただ一代の奇跡を与えた男だぞ」
いつも読んでくださってありがとうございます。
先日のような二重投稿ではなく、しっかり二回投稿する事ができました!