297.騒がしいお昼
「とか言われても……正直私達には関係ないのよね」
「急にどうされましたの?」
ため息交じりにエルミラは後悔を口にした。
場所はタトリズ魔法学院の食堂。
いつものようにアルム達とテーブルを囲んでいた時の事だった。
刺繍によって歴史が記された美麗なタペストリーが壁を飾り、暖色系の光に変えられた照明用の魔石がマナリルとは違う雰囲気を漂わせる。
当然、食堂にはタトリズの生徒が多く集まっている。この数日で、ベラルタの生徒のほとんどはその実力でタトリズの生徒から優秀な未来の魔法使い……つまりは未来の外交や貿易の相手だと見られており、ガザスの一貴族としてベラルタの生徒との交流を狙う生徒達も少なくなかった。
それも……一人を除いてはの話になるが。
「いや、ほら例の話よ……相手が何なのか知ってもあいつらってそれぞれ能力とか違うわけだし、成り立ちとか聞いても仕方なかったなぁ、って」
「相手を知るってのは大事な事だと思うから無意味では無いと思うけど」
「それでも……コノエ? だっけ? あいつらの組織についてとか、常世ノ国についてとか聞いたほうがよかったかもって。そっちのほうがまだ私達に関係あるじゃない?」
「ボク達何だかんだ巻き込まれてるだけだもんねー。巻き込まれにいってるって言われたらそうなんだけど」
香ばしさを感じる香り漂うガザスのお茶を、ふーふーと息を吹きかけて冷ましながら言うベネッタ。
そのベネッタの言葉に、隣に座っていたミスティの眉が申し訳なさそうに下がる。
「そうですね……スノラの一件に巻き込んでしまって申し訳ありません」
「え? ち、違うよー! ミスティの事がどうとかじゃなくて! 何もわからないままボク達が突っ込んでるって話で……」
「あーあー」
「ベネッタ……」
エルミラとルクスの視線にわたわたと無意味な手の動きをするベネッタ。
勿論、二人は本気でベネッタを責めているわけではなく、空気を緩くするためにあえてやっている事だが、慣れない立ち位置にベネッタは混乱する。
「えー!? こ、こういうのはエルミラの役目のはずなのにー!」
「どういう意味よあんた!?」
「らっへー!」
「伸びるなぁ……」
「アルム……その感想はどうかな……っていうか、何か制服汚れてないかい?」
聞き捨てならないベネッタの台詞にその頬を引っ張り上げるエルミラ。
その貴族らしからぬいつもの様子にミスティもつい顔を綻ばせる。
しかし、そんな様子を見ているのは何も同じテーブルを囲む友人達だけではない。
「ニードロス家にロードピス家……さて、何者なのか……?」
「カエシウスとオルリックと繋がりがあるなんて無名な貴族なはずがないですよね……他国に関係を隠しているのでしょうか?」
「基礎授業とはいえ、実力もあるようでしたし……さ、最近になって台頭してきたのでしょうか……? ハミリア様は何かご存知で?」
食堂に並ぶ丸テーブルの中の一つ。アルム達が座るテーブルから二つほどテーブルを挟んだ先でその集団はアルム達の様子を窺っていた。
「……いえ特に」
マルティナは友人であろう少女の問いに短く答えた。カップを持つ手はぷるぷると震えている。
そのテーブルにはベラルタとの模擬戦に参加したポニーテールの無表情な少女マルティナ・ハミリア、相変わらず寝癖で茶色の髪を跳ねさせているセーバ・ルータック、揃えられた赤髪に暗い顔を浮かべるマヌエル・ジャムジャの三人ともう一人、三人の友人であり、ラーニャとも交流のある"ナーラ・プテリ"という褐色の肌に白い髪をした快活そうな少女が座っていた。
「ああ、ハミリア様ったらなんて美しい声……ですが、手が震えています。大丈夫ですか?」
「……大丈夫です。あの、マルティナと」
「いいえ! いいえ! 大恩あるハミリア様の名前を呼ぶには私には恐れ多い……こうしてご一緒させて頂けるだけで誉れです……!」
「……そう、ですか」
「やだハミリア様ったら今日も眩しい……ラーニャ様が民を照らす太陽だとすれば都を見守る月のごとき美しさ……! 私ったら眩暈が……」
「ちょ、ナーラ!」
うっとりと椅子から落ちかけるナーラをセーバが支え、そんなナーラを見てマヌエルは頭を抱える。そこに無表情のマルティナが合わさり、温度差を感じさせるような組み合わせの四人だ。
アルム達を密かに観察しているとは思えない騒がしさだが、アルム達が騒がしいので余り気にならない。
この四人に限らず、タトリズの生徒達は今、ベラルタの留学メンバーの誰に近付くか、どう近付くかを見定めている。
留学直後、慣れない環境で緊張しているところに無理に近付けば心証も悪くなるのでタイミングが重要なのだ。
すでに、サンベリーナがしつこく言い寄ってきたタトリズの生徒を一人血祭りにあげているのもあって他の生徒達は特に慎重となっている。
「あの殿方、宿舎にまでつきまとってきたんですのよ? 殺さなかった私を誰かに褒め称えてほしいですわ」
とはサンベリーナの弁。
ラヴァーフル家で血祭りならば、四大貴族であるミスティとルクスに妙なかかわり方をしようものなら地獄に送られるだろうと噂が噂を呼び、タトリズ全体に緊張が走っていた。
「それよりもあのアルムという男だな……」
「ですね。基礎授業でも目立った成績を残すどころか……ほとんど評価されてません」
「何故カエシウスとオルリックと友好関係を築いている……?」
ルクスと戦ったマヌエルには謎だった。どう見ても、ルクス・オルリックという傑物と釣り合う器とは思えない。
模擬戦でも妙な魔法は見せたものの、突出した点は無いように見えた。
魔法の構築速度は目が見張るものがあったが……所詮は無属性魔法。ラーニャの防御魔法にいとも簡単に防がれていたのはマヌエルも見ている。
もっとも……アルムの魔法とラーニャの魔法は共に外から見ているだけでは分かり辛く、ラーニャの魔力を吸収するという異質な魔法をアルムがその魔力でごり押ししていた事など気付けるはずもない。
事実を知らないマヌエルには少々の苛立ちがあった。
ルクスの乱入によって一瞬でもタトリズの生徒達にルクス・オルリックへの疑念が芽生えた事を。マヌエルにとってルクス・オルリックという少年は模擬戦とはいえ、格上と認めた者。それが貶められるなど……。
あの乱入もアルムという平民がその実力をベラルタの生徒に疑われていたから起きたのではないか?
マヌエルは鋭い目をアルムに向ける。
「平民という事ですし、オルリックとカエシウスが守っているんでしょうか……?」
「セーバの言う通りその可能性が高いだろうな。模擬戦の乱入も説明がつく……平民という物珍しさもあるであろう」
「あ……それ、は――」
「確かにあの人、基礎授業だとただ人造人形破壊してるだけですもんね!」
マルティナが何か言おうとするも、ナーラの声が被ってしまってかき消される。
食堂の喧騒とマルティナの声の小ささもあって、ナーラの元気溢れる声の前では喋って無いも同じだった。
「とはいえ、実力で無いと推測で断ずるのもおかしな話……一度手合わせしてその実力を知りたいものだが……」
「俺もあの平民が本当はどこまでやれるか気になるんですけど……でも、マヌエルさんみたいな上級貴族と模擬戦みたいなことになったら、またオルリックとカエシウスが割り込みそうですね」
「そうだな……どうも授業以外ではカエシウスが近くにいる……私達も好奇心でカエシウスの機嫌を損ねるのは流石にラーニャ様にも迷惑がかかるであろう。ただでさえラヴァーフル家の令嬢につきまとった馬鹿の件もある」
「ミスティ様、大体あの平民さんと一緒にいますもんね! 昨日なんて訓練場に迎えに来てたんですから! 私も何であの平民さんがベラルタ魔法学院に入れたか知りたいですけど、ガードはかちかちですよ……」
「へー……あの人が……」
模擬戦で心をぼろぼろにされかけたセーバはミスティのほうに目をやる。
視線の先では仲睦まじそうに会話するアルムとミスティ。幸せそうに見えるその笑顔と模擬戦の時に恐怖を感じさせた笑顔と比べて、セーバはその差の凄まじさに寒気が走った。体がまだミスティに拒絶反応を示しているようだ。
「過保護なんだなぁ……」
「そうだな。過保護にならざるを得ない程度の実力なのかもしれないな」
「あんな美人さんに守ってもらえるなんてあの平民さんもお得ですよね……。間近で見るとすごいんですよあの人。肌真っ白で顔ちっちゃくて、眼も宝石みたいで髪とかさらさらすぎて釘付けになっちゃいました。あんな美人に生まれたらなぁ……ハミリア様と一緒にいても釣り合えるのに……」
ため息をつきながらナーラはテーブルに突っ伏す。
そんなナーラの手をマルティナはつんつんと突いたかと思うと。
「……可愛いと思いますよ」
無表情のまま、そう一言ナーラに告げた。
ナーラはみるみる元気が戻ったように起き上がる。
「ハミリア様ぁ……! なんてもったいないお言葉……! ああ、記録用の魔石が高価なことがこんなにも憎らしい……今のお声を記録できないなんて……!」
「たとえ持っていたとしても記録用の魔石をそんな事に使うんじゃない」
「マヌエルはハミリア様に可愛いと言って頂ける尊さがわからないんですね…… はぁ……」
「何故私がため息を吐かれなければいけないのだ……?」
「マヌエルさん、いつものナーラですから落ち着きましょう」
苛立ちに体を震わすマヌエルにセーバがすかさずフォローを入れる。
いつもの、という言葉に呆れの意味が込められている事は言うまでもない。
「……何かあそこの席、随分楽しそうね」
アルム達の騒がしい声が聞こえていると同じように、アルム達のテーブルにもナーラに振り回されているマヌエル達の声が聞こえてくる。
エルミラの台詞は周囲に座るタトリズの生徒からお前らもだよというツッコミをうずかせる。
「ハミリア家のマルティナ殿とジャムジャ家のマヌエル殿……それとミスティ殿の相手をしていたセーバ・ルータックだね。もう一人の女の子は知らないな」
「マルティナさんは優雅なままだー……流石ハミリア家ー」
「もう皆さんったら……他人のお昼時をじろじろ見ては失礼ですわ」
意図せず、友人を嗜めるミスティの台詞はエルミラやベネッタよりも周囲に座るタトリズの生徒達の心に釘のように突き刺さる。
まさか自分達の事を言っているのか?
カエシウスに目を付けられたかもしれない、という最悪のもしかしたらが一部の生徒に冷や汗と動悸をもたらした。顔を真っ青にしている者もいて午後の授業を休む必要があるのではないかという勢いだ。
無論、ミスティはそんな意味で言ったわけではない。ミスティは幼少の頃から見られるのは慣れているのでそういった視線はあまり気にしていなかったりする。
「……聞こえてしまったな…………」
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
背中越しに聞こえてきたマルティナ達のテーブルでの会話にアルムは何か思う所があるのか頭を掻く。
アルムは自分がタトリズの生徒にどう見られているのかはよくわかっている。自分を見る目には常に疑いと疑問があったから。
本当に実力があるのか? 何故ここに?
だが、アルムにそんな声も視線も関係は無い。
今までもこれからも、自分の目指すものを目指していく。
「……」
だからこそ、アルムが気になったのは自身の魔法とは別の事だった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
この五人は場所が変わっても特に変わらないみたいです。