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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第五部:忘却のオプタティオ
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296.敗北の伝承

 約束通り、魔法生命を倒した経験についてをアルムは話す。

 それはつまり、アルムがどのようにして無属性魔法を運用しているかどうかを話すと同じだ。

 魔力であり、魔法でもある無属性魔法の曖昧さ。

 曖昧であるがゆえに魔法として完成する事の無い欠陥魔法。

 無属性魔法のその性質を利用し、魔法の三工程を行い続ける事で、膨大な魔力をかけて"現実への影響力"を上げ続けるという自身の唯一の戦法を。そして自分がその戦法を可能にする膨大な魔力を持っている事を伝えた。

 この戦法によって魔法生命の"現実への影響力"を上回る魔法を行使し、魔法生命を倒してきたとアルムは大百足と紅葉(もみじ)を倒した際の事を語り終えた。

 これは先程のラーニャとの模擬戦でのネタバラシであり、他の使い手であれば魔法使いの生命線である血統魔法のアプローチを暴露するに等しい行為である。


「自分が言えるのはこのくらいでしょうか」

「……」

「……」


 そうして話を締めくくったアルムにラーニャは呆然とし、酒呑童子は頭痛をこらえるかのように額を手で押さえている。

 やがて、ラーニャは何か反応しなければと目覚めた時かのようにはっとした表情に変わった。


「と、とても参考になりました……」


 ラーニャの言葉と表情が全く合っていない。

 たとえ国が膨大な借金を負っていた事を知ったとしてもこのように隠せない困り顔は浮かべないだろう。


「正直に言っていいのよ、ラーニャ様」


 そんな体裁を保った台詞を吐いたラーニャにエルミラが声をかけると、ラーニャは我慢していた言葉を吐き出した。


「常識外れにも程があります! どう参考にすればいいの!?」

「わかるわ……その気持ちすごいわかる……」


 頭を抱えるラーニャにエルミラは一年前の自分を重ねてうんうんと頷いた。

 そう、アルムの無属性魔法の使い方はたとえ知ったとしても模倣ができない。

 魔力の扱いに長けたものならば挑戦しようとする事は出来ても、成功する事の無い愚行なのである。


「お嬢が取り乱すのも無理は無い。無属性魔法にそんな使い方があるとは……いや、使い方なんて呼んでいいものじゃない。何だその異常な運用は……」

「今まで見つからなかった使い方なのも納得ですね。魔法の三工程を常に続けるなんて……そんな事をすれば魔力がすぐ無くなってしまいますもの。一瞬で。この子達の魔力を使い続けても一回できるかどうか……」


 ラーニャは自分の周囲を飛び回る妖精に目を向けるが、妖精達はその首にあたるであろう部分を一斉に横に振った。

 幻想的な存在が垣間見せる現実的な仕草に、ほんの少し親近感がわく。


「言葉わからないですけどー……無理って言ってませんかー?」

「この世界では無理と言っています。絶対無理だと……。……故郷の妖精王と協力すればもしかしたら? どうやってその異界にいくのよ、あなた達だって自由に移動できないのに……。

というより、あなた達……前に故郷に普通の人間が行ったら精神がどうのこうのみたいな事言ってたじゃないの!」


 アルム達に妖精の声は聞こえないが、ラーニャは妖精と会話をしているのか、砕けた口調のまま文句をぶつけるように話を続けている。

 しかしその横で、額に手を当てていた酒呑童子は苦い表情を浮かべているものの、アルムの話を冷静に呑み込んだようだった。


「だが、どうやって大百足を倒したのか、という意味では納得いく……その方法なら確かに魔法生命の"現実への影響力"を上回れるからな。私達は生命であると同時に、この世界における魔法でもある。自分達の存在という"現実への影響力"を脅かすような"現実への影響力"を持った魔法を受け続ければ、その命は魔法として敗北し、生命としても死に向かう。

単純だが有効だ。いや、魔法という存在として蘇っている私達にとって天敵といってもいいだろう。単純ゆえに覆し難い……無論、そんな魔力量と魔力運用をする生命がいればの話になるが」

「いるんですよ、ここに」

「いてたまるかと言いたいものだが……」


 アルムという存在は普通であれば机上の空論そのもの。

 異界の存在とはいえ、この世界の常識が宿主の知識と今日までの生活ですでに馴染んでいる酒呑童子にとってもアルムの話は信じ難い。理屈としては納得できても、身に付いたこの世界の常識が拒んでいる。


「だが……全く参考にならないわけではないな」


 酒呑童子はそう呟いて、今度はルクスに目を向けた。


「ミノタウロスの時は?」

「アルムほどではないですが、自分も大した情報は提供できなくて……いつの間にか、いや、きっかけはあったんですが」


 ルクスとエルミラの目が合う。

 ルクスはエルミラから目を離さぬままミノタウロスとの戦いの事を語った。

 途中までは負けていた事、勝てないとすら思っていた事。

 折れかけていた所に色々な後押しを受けて自身の血統魔法を変化させる事が出来た事を。


「僕の血統魔法は使い手の自分すら巻き込むほどに"現実への影響力"が向上し、それでも押されて……そして、とあるきっかけから互角まで持ち込み、ミノタウロスが消耗した所に、最後はがむしゃらに気力と思いだけで動いた体が魔法で核を破壊していました」

「恐怖は?」

「それどころじゃなかったので途中からは……」


 ルクスの視線から目を逸らし、耳を赤くするエルミラ。

 酒呑童子はルクスとエルミラの二人の様子を交互に観察する。


「参考にならなかったら申し訳ない」

「いや、そうでもない。共通するのはこの世界における魔法という分野において重要な精神……そして"現実への影響力"。あなた達の勝利の経験は少なくとも私達の敗北には理由があったのだという確信と、最初の四柱を倒せるという希望を持ちこんでくれた。模倣はできなくともやれる事は確かにある」


 酒呑童子の反応に驚いているのはミスティ達でなく、いつの間にか妖精と喧嘩をし始めていたラーニャもだった。

 酒呑童子がてきとうな事を言っているわけではない事はわかるのか、ラーニャは椅子に座り直し、妖精との喧嘩をやめて女王然とした落ち着いた振舞いに戻る。


「申し訳ありません。取り乱して」

「お嬢。エリンや他に奴と戦える者達と一度話がしたい。可能か?」

「何かあるの? 策が」

「ええ、もう少し彼らが戦った魔法生命の様子について聞く必要があるかもしれませんが……やれる事はありそうです」

「魔法生命の知識についてはシュテンのほうがあるんじゃないの?」

「いや、私が知りたいのは彼らの様子です。コノエにいた時ではない時の」

「そうなの……いいわ、エリン達については手配させておきます」

「よろしくお願いします」


 ラーニャ達の方針は酒呑童子が何かに気付いた事で決まったらしい。

 実際に魔法生命を倒したアルムとルクスの話で何らかの糸口を掴んだという事なのだろう。


「それでは……私達が情報を提供する番ですね」


 ラーニャが切り出そうとすると、ヴァンが手を挙げる。


「それはいいんですが……あまり長いとまずい。生徒同士はピリピリしているでしょうし、私やラーニャ様からのフォローが必要かと」


 模擬戦の時の事もあり、今タトリズの生徒達からベラルタの生徒達の心証はあまりいいものではないだろう。

 ラーニャ王女を狙ったと短絡的な考えを持つことはないだろうが、模擬戦の乱入は少なくともオルリック家に疑念を抱かせるには十分な行動だった。まさか、ラーニャが乱入される事を狙っていたなどとは思ってもいないだろう。


「それもそうですね……では、後日改めてこういった場を設けましょう。今度は皆様を招待します。王城のほうに。こちらの情報はその時に……」

「ちょっと待って!」


 一先ずこの場は解散となりそうだった所をエルミラが立ち上がって待ったをかける。


「時間がまずいのはわかったけど……魔法生命についてだけでも少しでいいから教えてほしいの。大百足と会った時からずっと気になってて……人を宿主にしたり、こことは違う異界から来ただのわからない事が多すぎるわ。少しでも知っている事を教えてほしいの……」

「エルミラ……」

「ねぇ……私達、何と戦ってきたの!?」


 魔法生命。

 突如マナリルを襲い始めた正体のわからない脅威。

 シラツユから聞いたのは、魔法生命の出現の経緯と彼らが異界からこの世界に蘇ったかつての命という事だけ。

 恐らくは、それ以上の事を目の前の酒呑童子という魔法生命は知っている。

 彼等を知る機会を目の前にして、また後日と片付ける事がエルミラには出来なかった。

 あの日の山の事……大百足の出現に抵抗を放棄して祈りに縋り、逃げるしかできなかった自分の記憶がそうさせる。

 参考にならなくていい、戦う時に役に立たなくてもいい。

 ただ知る。それが魔法生命という未知に対してできる共通の抵抗のような気がした。


「……シュテン」

「何と戦ってきたか……その疑問に答えられる回答かはわからないが、私が知っている事は教えよう」


 酒呑童子は確認するようにラーニャに視線を送ると、ラーニャは頷く。

 アルム達の視線が酒呑童子に集まった。


「簡潔に事実だけを言おう。魔法生命とはかつてここではない世界に実在し、その世界に"死して敗北した伝承"が残っている蘇った魔性達だ」


 魔法生命とは何なのかを、酒呑童子は言葉通り簡潔にアルム達に伝えた。

 しかし、酒呑童子の言葉は聞いているアルム達からするとどうも要領を得ない。


「……も、物語の敵みたいな感じか?」

「流石に察しがいいな」


 アルムが自信無さげに口を開くと酒呑童子は感心したような表情を見せた。

 幼少から魔法使いが敵や怪物を倒す物語にも触れていたのもあって、ふと思いついただけなのだが、アルムの発想はどうやら近いらしい。


「そうだ。いずれそういう扱いになるよう仕組まれている」

「どういう……?」

「敗北したっていうのがどうもイメージは掴みにくいな……勝ったほうが復活するならある程度納得いくような気がするが……」


 ルクスがそう言うと、エルミラとヴァンも同意したのか小さく頷いた。

 しかし、酒呑童子は首を横に振った。


「敗北したというのが重要なのだ。勝利した者がこの世界で復活することは無い」

「何でですかー……?」

「過去の王にして墓標に未来の王と刻まれた、国の危機に復活すると信じられている聖剣の王。善行も悪行も包み込み、全ての人間に復活をもたらす救世主……いずれも元いた世界から離れる事を望まれていない。勝利した伝承を持つ彼等は私達がいた世界を今も守り続け、人々の信仰が彼らを元いた世界に根付かせている。ゆえに、霊脈に記録されていてもこの世界には訪れない。彼等が望めばその限りではないかもしれないが……その点は流石に私もわからないな。

ともかく、勝利の伝承を残す理由……それは元を辿ればそういった信仰を途絶えさせず、かつての英雄を未来に人々の希望として残す為の防衛装置といっていい。では逆は? 敗北したという伝承は何故残るか? 勝利の伝承を際立たせる為か? 勝者の功績を飾る為か?」


 酒呑童子は問い掛けるかのように両手を前に広げたかと思うと、その両手を勢いよく拳にした。


「違う。敗北したという事実、人間や神に敗北し、死に絶え、すでに存在しないという記録を残さ(・・)なけ(・・)れば(・・)いけ(・・)なか(・・)った(・・)。いつの世に現れようとも人の世を侵す災害、人々に恐怖と混迷を齎す敵、時に神すら引き摺り下ろす力を持つ魔性……そんな災厄に近い存在が敗北して死んだのだと、この世界にはもういないのだと語り継ぐ事で人々が抱く恐怖を霞ませるのと同時に、この魔性達はこの世界にはもういないのだという認識を人々に植え付け、私達の復活を防ぐ為に。死の伝承が、敗北の記録が、私達が元の世界にはもう存在する事を無いという信仰を人々に無意識にさせた。そして存在しないという事実が語り継がれ……やがて近い未来には私達は実在しないとすら思われるだろう。ただの創作、ありふれた物語の一つなのだと」


 そこで、ふとアルムの頭に浮かんだ。

 酒呑童子の話はまるで……


「"現実への影響力"……?」


 その伝承から復活を望まれる人類の味方。

 その伝承からもう存在しない事に安堵される人類の敵。

 魔法の話ではないはずなのに、酒呑童子の語る話は"現実への影響力"についてを話しているように聞こえた。

 酒呑童子の話が正しいのだとすれば、勝者も敗者も未来になればどちらも死した存在であるはずなのに……人々の信じる在り方が両者の存在に決定的な違いをもたらしている。


「しかし、その記録こそが私達が魔法生命たらしめる最大の理由でもある」

「……元の世界ではもういないものとして信じられているけれど、この世界では違う。良くも悪くも、この世界では君達の伝承が無いから復活を阻害するような信仰が無い」

「そう。私達は敗北の伝承が元の世界で語り継がれる事で……土地に刻まれた信仰とともに霊脈に記録された。そして霊脈を通じ、この世界ではその伝承を現実にする魔法として私達はこの世界に現れた。霊脈から記録を読み取り、私達の核を掬い上げる事のできる……常世ノ国(とこよ)の巫女クダラノ家の力によって」


 この世界に神は存在しない。

 全ての神秘は自然と魔力、そして魔法がもたらす紛れもない現実。

 だからこそ、彼らはこの世界に復活――いや、この世界に新生した。

 異界の伝承を作り上げた生命として、その伝承に記された力を振るう……魔法として。

いつも読んでくださってありがとうございます。

魔法生命についての説明回のような回でした。

英雄は望まれる信仰を、魔性は望まれない信仰を得るというお話です。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 死して敗北した怪物等は霊脈の記録から核を掬いあげることが出来るけど、死して尚英雄として祭り上げられている英雄達は霊脈に記録されているだけで核を掬いあげることは出来ない。 つまりクダラ…
[気になる点] > 決定的な違いをもた > らしている。 この部分に不要な改行があります。
[良い点] 何とも言霊の存在を感じる世界観ですよね。 そんな存在を殺せるアルムというのはやはり主人公ですね(笑) 更新お疲れ様でした。 続きがとても気になる所です。
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