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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第五部:忘却のオプタティオ
333/1050

293.少女と男、その正体

「ごめん……僕が一番ややこしくした……」

「いや、俺を助けるためにしてくれた事だ」


 模擬戦は終わり、ラーニャの指示によってアルム達は学院長室に案内された。

 古めかしいお香立てから華やかで甘い香りが漂っていて、ベラルタ魔法学院の学院長室よりも広く、格子のような柄をしたグレーのカーペットが敷かれていて、歩けば誰でも高いものだとわかるような楽な感触が返ってくる。

 その控え目な色合いに馴染ませるかのようににアルム達が座るソファやインテリアの色も計算されていて、学院長室という肩ひじの張りそうな部屋にもかかわらず居心地のいい空間が演出されていた。

 少なくとも、ベラルタ魔法学院の学院長室のような質素な机と高級な調度品というアンバランスさは無い。この差は学院長の趣味の違いだろうか。

 そんな一室で、ルクスは自身の行いをアルム達に詫びている。

 

「ルクスさんですから仕方ありませんね」

「ルクスって普段が冷静そうに見えるだけで中身熱々だし」

「もう一度同じ事が起きてもルクスさんはああするでしょうから」

「うん、別に意外でも無いっていうか」

「え、あ、そ、そうかい……?」


 ガザスの女王に血統魔法を使うという深刻な事態を詫びるルクスの謝罪も、目の前のソファに座るミスティとエルミラはルクスだからと軽く流す。

 まるで相手にされないかのような、妙な寂しさを感じてルクスは肩を落とした。

 そんなルクスの服の裾を隣に座るベネッタはちょんちょんと引っ張る。


「ルクスくん、頭撫でてあげようかー?」

「心遣いだけ受け取っておくよ……」


 よしよしと子供を慰めるような仕草をルクスに見せるベネッタ。

 そんな無垢な優しさが今のルクスには痛い。

 ベネッタに止めを刺され、今のルクスには模擬戦の時に見せたような四大貴族の威厳は欠片も無かった。


「むしろ、現役の魔法使いにもかかわらず引っ掛かっていたヴァン先生のほうが問題では……」

「んん……!」


 容赦なくミスティに責められて何も言えないヴァン。

 ぎくっ、という音が聞こえてくるようだった。


「まぁ、私達も普通に引っ掛かったから何も言えないけどさ」

「ミスティは何でわかったのー?」

「敵意がありませんでしたし、あんな観衆の前で事を起こすような方には見えませんでしたので……若輩ながら家族以外の人を見る目はあるつもりですから」


 この場にいるものはミスティの経緯を知っているからだろうか。

 家族以外、という部分が強調されているように聞こえる。


「全然わからなかったな……むしろ殺す気で来てくれればわかりやすいんだが……」

「物騒な事言わないでくれよ……」

「いや、そっちのほうがふわっとわかるんだ。ふわっと」

「なんか野生みたいな……ああ、野生みたいなとこに住んでたもんね……綺麗なとこではあったけど」


 エルミラは言いながら、先日訪れたカレッラの風景を思い出した。

 村とは言えないその在り方を思い出したせいか、根拠の無いアルムの言葉に納得させられてしまう。


「それにしても……ガザスの女王が魔法生命を宿してるとは……」

「ああ、驚いたが……雰囲気的に敵じゃなさそうだな。白龍と同じケースか?」

「……問題はどっちか(・・・・)、ね」


 どっちか。

 その意味は言うまでもない。ラーニャの人格が人間のものなのか魔法生命のものなのか。

 それによってはガザスという国の認識を改める必要がある。

 少し待たされて、学院長室の扉が開いた。


「お待たせしました」


 学院長室に入ってきたのはラーニャと模擬戦の間マリーカの隣に座っていた男の二人だった。

 アルム達はラーニャが入ってくると同時に立ち上がる。


「楽にして頂いて結構です。元々、無理矢理作った交渉の場ですから」


 そう言うと、ラーニャは男を連れて一番奥の椅子へと座った。

 男はラーニャの後ろで部屋全体を見渡せるように立っている。


「改めまして、ガザス国女王ラーニャ・シャファク・リヴェルペラと申します。まずは謝罪を。あなた方を誘い出すような真似をしてごめんなさいね」

「よろしいですか?」


 先程、ラーニャに血統魔法を使ったルクスが切り込む。


「はい、どうぞ。ご自由に」

「まずはこちらもお詫びをさせてください。知らぬ事とはいえ、ラーニャ様に血統魔法を向けた事を……」

「あ、その謝罪は受け取れません」

「え?」

「私はあなたの非礼を利用してこの場を作っています。なので受け取れません。謝罪を受け取ってしまうとこの場が成立しなくなってしまいますから」


 ルクスの失態を平然と、利用、と言うラーニャ。

 それは何も隠す気がないという表れか、それとも本人の性格によるものか。どちらにせよ強かさがにじみ出ている。

 真っ向から謝罪を拒否され、ルクスは押し黙るしかない。この場は自分が作ってしまった交渉の場なのだとわかってしまうがゆえに。


「この場がルクスさんの非礼に代わって作られた場という事は……ここから先の交渉や会話は対等な立場で行われるというわけでしょうか?」

「そういう事になります」


 状況的に押し黙るしかないルクスに代わって、場の主導権を一方的に握らせないよう言質をとるミスティ。

 無理な要求をされない為に念を押しただけだが、たとえ口約束でもここで断言させておくのは重要だ。口約束を守るか破るかだけでも、その人物への信用度というのは変わってくる。


「お聞きしたい事があればどうぞ」

「ではラーニャ女王陛下……あの模擬戦は、俺達を誘い込む為の催しだったのでしょうか?」


 ヴァンが問うと、ラーニャは頷く。


「はい、私がマリーカに提案させました。無理を言って。なのでマリーカは責めないであげてください」

「どうしてこんな回りくどいことを? 生徒に混じってまで……」

「混じって……? 私がタトリズ魔法学院の生徒なのは本当ですよ? 今年で十八ですから」

「な!?」

「あら、カルセシス様ったら……口外しないという約束を守ってくださってるんですね。意外にも」


 マナリル国王カルセシスの人柄を感心するかのような台詞。悪く聞こうと思えばカルセシスを軽んじているようにも聞こえるが、表向きは友好国で国の長同士対等であり、そして互いに懐を探り合った仲だからこそ言える台詞だろう。

 タトリズ魔法学院の制服を着たこの少女が、ガザスの女王だという事の現実味がほんの少しだけ増していく。


「何故こんな手段でかといえば、マナリルが魔法生命の情報を隠しているからです。たとえ私が女王だと明かして、魔法生命にかかわった事がある人手挙げてくださーいと言っても、出てきてはくれなかったでしょ? なので、事情を知っている人間なら危機感を感じるあの言葉を使いました」

「模擬戦でなければいけなかった理由は?」

「魔法を使っても違和感無く、そして切羽詰まった雰囲気、そしてイレギュラーが起きてもおかしくない状況をタトリズの皆さんから私への心証を侵さない形で作り出せるからです。何もない場所で私があれを言うのは流石に不自然ですから。それに、タトリズの方々は噂好きですから、あのような事態が起きたとしてもそれらしい話を流せばすぐに広まって誤解が解けると踏んでの事です……勿論、私が一言、言いさえすればの話ですけど」


 そう言って、ラーニャはにこっと笑った。そのわざとらしい笑顔にヴァンは舌打ちしたい衝動を抑える。

 暗に、オルリック家への誤解を解けるのは自分だけだと言っている。

 なりふり構わず、自分の利益を得ようとするこの精神。長らく貴族界隈にかかわってきていなかった自分には無い貪欲さをラーニャに垣間見た。

 実際、作り出した状況も完璧に近い。魔法生命の事を知る人物をほぼ全て炙りだし、ルクスの乱入への疑念を払拭するためにはラーニャの言葉が必要な状況に持ち込まれている。

 誰かがアルムを庇いに出てくる事は予想通りだったのだろう。


「そこら辺は正直どうでもいいの」


 そんなラーニャが作る空気を裂くように、エルミラが口を開く。

 計算しているかはともかく、ラーニャにつけ込める点ではないと断ずるのは優位性を崩す上では有効かもしれない。


「一番の問題はまず……あなた何者?」

「……」


 エルミラはラーニャが女王だと知っていて尚、ラーニャを容赦なく睨んでいる。

 問いの意味は言うまでもない。魔法生命の危険性を知っている者にとっては国同士の敵対や相手の地位すらも些末な問題。

 他国との敵対よりも、どの人間に宿っているのかも、いつどこに現れるかもわからない……たった一個体の"現実への影響力"で町を瞬く間に蹂躙できる魔法生命のほうが危険度は上と言っていい。

 それは今、マナリルがダブラマと休戦している状況を考えても明白だ。エルミラはそれをよくわかっていた。


「そうですね……私達の事についてお話すべきでした。皆様が一番明らかにしたい事でしょうし。このような形であなた方を誘い込んだお詫びの意味も込めて」


 そう、まさにラーニャが来る前に話していた事。

 今話しているのは人間の人格なのか、それとも宿っている魔法生命の人格なのか。

 緊張からか、誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。


「まず、私の人格は魔法生命ではありません。そして宿してもいません。誰も」


 しかし、ラーニャの口から語られるのはそんな緊張を空振りさせるかのようなものだった。

 実際に対峙していたアルムは特に納得できないような表情を浮かべる。


「さっきのは本当にただのはったり……? いや……そうは見えなかったが……」

「はい、ただの人間かと言われると話は変わります。私は魔法生命を宿してはいませんが、それに類する力を扱えるので」

「あのー……」


 どういう事かと、誰かが問い詰める前にベネッタが恐る恐る手を挙げた。ラーニャはどうぞと続けるように促す。


「もしかしてなんですけど、ラーニャ様の周りにいる何かと関係ありますかー?」

「!!」

「なに……!?」


 声を上げたのはラーニャの後ろにいる男だった。

 ラーニャの表情も一変する。

 余裕を持ってそこにいた二人の変化にベネッタはつい体を引いてしまった。


「見えるのですか?」

「は、はい……なんかきらきらしたのがいるといいますか……」

「そういえば、ベネッタ……さっきも何か見えるって言ってたわね」

「う、うん……みんなに見えないからボクの目がおかしくなったのかなー? って思ったんだけどー……」


 もじもじと話すベネッタの言葉が嘘じゃないと確信し、ラーニャは背後に立っている男に視線を送った。


「確かダブラマの『蒐集家(コレクター)』も勘付いた様子を見せていましたね」

「ええ、あれは何かまでは見えていなかったようですが」

「他に心当たりはありますか?」

「メドゥーサの瞳なら或いは……あれは視覚とは別に命そのものを見る事で呪法を発動させていた。あの女なら見えたかもしれません」

「……そういう魔法を持つ方には見えてしまうのね。この子達を動かすのも気を付けないと」


 ラーニャと男の会話の中に出てくるマリツィアを示す称号。そして当然のように出てくる魔法生命の名前。

 自分が知っている名前を未知の場所で聞き、自分がいない場所でも絶えず事態が動いているという事をアルムは実感する。


「ベネッタさん、でいいでしょうか?」

「はい、ラーニャ様」

「あなたの言う通り……あなたが見たそのきらきらが私の力の正体です」


 ラーニャは一旦言葉を区切って、小さく息を吸う。


「【異界伝承】」

「!!」


 ラーニャの声にアルムとルクスは身構える。

 しかし、飛び掛かるような真似はしない。わざわざこの場でアルム達に仕掛けるメリットが無いことは流石に理解できる。

 ラーニャが何かを見せようとしている事は明白だった。


「【遠き約束は妖精郷に(ティル・タルンギレ)】」


 どこか別の場所から流れ込んできているかのような生暖かい空気。

 耳に流れ込んでくるのは小さな羽音と理解できない笑い声。

 鼻孔をくすぐるお香の香りを上書きする甘ったるい果実の香り。


「え――?」


 アルム達の五感がこの場が一変した事を理解したその瞬間。

 ラーニャの周りに背中に透明な羽を生やし、光の粉を舞わせて飛ぶ無数の小人が現れた。

 光がそのまま人型の体は人差し指ほどの大きさしかなく、くすくす、と口が開いてもいないのに聞こえてくる笑い声は幻を思わせる。

 蝶のようにラーニャの周囲を飛び、散らす光の粉は鱗粉のよう。

 ラーニャが指を差し出すとその指を止まり木にするように一匹とまり、肩にも同じように数匹の小人がとまる。

 近くを飛んだ際に感じる妙な暖かさが、その羽の生えた小人が魔法によって形作られたものではなく、実在する生命である事を肌に実感させる。


「妖精、みたいですね……」


 ミスティは学院長室を幻想の空間に変えたその小人達を見てつい呟いた。

 その姿はまさに、物語の中に出てくる架空の存在。

 小さいながら、常に自然に寄り添う生命として描かれる――妖精と呼称されるもののようだった。


「正解です、ミスティさん」

「え?」

「異界伝承とはあくまで……異界の力をこの世界に現出させる為の呪文に過ぎません。つまり、魔法生命でなくとも……あちらの世界の力を使う者はこの言葉を紡ぐ必要があるのです」


 ラーニャはそう言って自分の胸に手をあてる。


「私は元々、魔法生命達がいた世界で生まれるはずだったのが、この子達"妖精"によってこの世界で生まれるはずだった子供と入れ替わってこの世界に生まれる事になった……異界の人間です」


 きらきらと光の粉が舞う中、ラーニャの告白にミスティ達は絶句する。


「この子達曰く、このように別世界の子供同士が入れ替わるような現象は……取り替え子(チェンジリング)、と呼ばれるそうです。その影響で、私は異界に存在する妖精と呼ばれる生命の力を扱えます」


 魔法生命についての情報を構えていたところに突如、全く新しい情報が流れ込み、上手く言葉に出来る者がこの場にいなかった。妖精が作り出す幻想的な光景のせいもあるだろうか。

 そんな中、アルムが気付く。

 

「待てよ……? "私は"?」


 ラーニャは頷いた。


「はい、魔法生命は皆様からすると何故かしれっといるこの男のほうです」

「ひどい言い草ですね、お嬢」


 ラーニャに自己紹介するよう促され、ラーニャの背後に立っていた男は一歩前に出た。


「私の名前は"酒呑童子"。以前は常世ノ国(とこよ)の組織コノエに属してた魔法生命だったが……訳あって今は敵対し、ガザスに協力している魔法生命だ」

「先程の何故こんな回りくどい事をしたのかという問いの続きにもなりますが……ガザスはとある魔法生命に狙われて必死なのです」


 一度に受け止めるには難しい押し寄せる情報の波。

 目の前の男が魔法生命? ガザスの女王が異界の人間?

 ラーニャがどんな魔法生命を宿しているかを説明されるだけだと思っていたアルム達はただただ困惑する。


「私達の要求は単純なもの。私達が持っている魔法生命についての情報と、あなた方が持つ魔法生命を倒した経験の交換、そして協力の要請です」

「私、酒呑童子とお嬢は間違いなく、マナリルの知らない魔法生命の情報を持っている。魔法生命とは何なのか、魔法生命が所属するコノエとは何なのか、常世ノ国(とこよ)で一体何が起きたのか……あなた方が知るべき事実を、我々は対価として差し出す用意がある」

いつも読んでくださってありがとうございます。

急な情報が多いかもしれませんが、アルム達と同じ感じを味わっているという都合のいい言い訳を今思いつきました。そういう事にしてください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 女王様に宿っていない可能性はベネッタのセリフから考えてましたがしれっといる男の人が酒呑童子とは予想外です! 何があったかを知れるのはかなり大きいですね。ルクスも個人的な部分をしれるのでは、…
[気になる点] 魔法生命の攻略法って予測可能回避不可みたいなところありますよね。 これまでの例でいくと、まず宿主を見つける→コロコロして弱体化→超大出力の魔法で消しとばす。これが判明したとして、実行出…
[良い点] おぉ!、つまり今、自分達はアルム達と同じ、情報の多さに戸惑っている状況なのですな!?(´-ω-`)フムッ!! 盛り上がってまりましたね!!
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