292.少女の罠
「『抵抗』『防護』」
少女の属性がわからない以上、補助魔法が無いのは危険とアルムは即座に補助魔法をかける。
知識から予測できるのは信仰属性か光属性。しかし、魔力光が無いのがどうにも引っ掛かる。
張り巡らされた糸が、今だけ光の特性を抑えている可能性も考慮する。
不意の発光を警戒しながら、次に様子見に適している魔法をアルムは唱えた。
「『永久魔鏡』」
アルムの周囲に現れる五枚の魔鏡。
鏡であり、盾でもある魔法を前に少女は動かず、ただアルムを見つめる。
「なんて構築速度……」
アルムが立て続けに魔法を唱える姿を見て少女は感嘆の声を漏らす。
無属性魔法とはいえ、あれだけの魔法を呼吸も置かずに唱えるのは相応の技量が無ければ不可能。
少女はアルムがよほどの経験を積んできた事をその平然とした顔に見た。
「『魔弾』」
更に唱える四つ目。無属性の攻撃魔法。
アルムの右腕に五つの弾が展開され、そしてアルムが薙ぐように腕を払うとその魔力の弾は放たれた。
狙いは少女ではなく、張り巡らされた糸。
魔法の正体を探るために全てばらばらに魔力の弾は放たれる。
「いただきますね」
「なに!?」
張り巡らされた糸が魔力の弾が当たった衝撃で揺れるも、糸に命中した魔力の弾はまるで糸に吸着されたかのようにその場所で止まった。
やがて、その糸に止まった五つの弾は壊れるように消えていった。
「これは……」
アルムはその光景を見てすぐに魔鏡の一つを糸のほうに動かす。
「……思い切りのいい方」
糸は魔鏡に触れ、自分の魔法を通じてアルムは糸の性質を知る。
「魔力を吸ってるな」
「単純な魔法でしょう? 魔法には魔法を構成している魔力があります。この糸はその魔力を少し頂いているだけ。触れたものだけに限りますけどね」
「『魔弾』が消えたのは構成する魔力が無くなったからか。魔法の構成に干渉して魔法のルールで魔法を消してる……現象だけなら夜属性に似てるな」
だが、夜属性ではない。
結局何の属性かがアルムにはわからなかった。
果たしてこれは魔法の性質なのか、属性の特性なのか……自分の知識では判断がつかない。
「どうやらあなたは無属性魔法を得意としているご様子……無属性魔法は魔法の構成が元から曖昧ですからすぐに消えてしまいます。どうも悪かったようですね。相性が」
少女は勝ち誇ったかのような台詞を吐くが、どこか挑発しているようにも聞こえた。まるでもっと力を見せてもらいたがっているかのような。
「早くしないと消えてしまいますよ。その――」
少女は言いながら、今さっきアルムがわざと糸にくっ付けた魔鏡に目をやった。
しかし、予想した光景とは違う状況を目の当たりにして声が止まる。
「どう……なって……?」
さっきの『魔弾』のように消えるかと思った鏡が――消えない。
魔鏡に触れている糸は魔力を吸ったせいか輝きを増していく。
そう、間違いなく少女の糸は魔鏡を構成する魔力を吸収している。
だが、消えない。"現実への影響力"が途絶えない。
一体何故――?
「きゃ!」
そして、魔境に触れている糸は、パン! と破裂するような音を立てると消滅する。
そう。この糸も永遠に魔力を吸収し続けられるわけでもなければ、全ての魔法の魔力を吸収し続けられるわけではない。どれだけ奇異な魔法であっても、その"現実への影響力"には限界がある。
「吸収限界……」
糸に拘束されていた魔鏡は自由となり、その形を保ったままアルムの所へと戻っていった。
「あんたの言う通り……相性が悪かったな」
その台詞を吐いたのは、今度はアルムのほうだった。
相性という点であれば少女のほうが優位。
少女の言う通り、無属性魔法は魔力と魔法の中間に位置する曖昧な魔法。
本来であれば、無属性魔法ならそのどれもが『魔弾』と同じように一瞬で消えてもおかしくない。魔法の魔力に干渉し、吸収する魔法など無属性魔法にとっては天敵に近いだろう。
だが、魔法が消えるのはあくまで魔法を構成する魔力が無くなる事によるルールによるもの。
糸が魔法が自壊する量まで魔力を吸収しきれなければ、魔法の消滅も有り得ない。
ならば――アルムという少年が負けるはずがない。
その魔鏡には、効率を無視した魔力が絶えず"充填"され続けている。魔力を失って消滅などあるはずがない。
少女の目の前に立っているのは、ただ一つの美点で常識を踏み荒らしにきた――魔力の怪物である。
「『準備』」
「!!」
アルムは次に放つ魔法の"現実への影響力"を高める補助魔法を唱える。
元より小細工を使う性格ではないが、この少女相手に小細工は不要とアルムは判断した。
アルムは中空に差し出すように、右手を少女へと向ける。
瞬間、アルムの周囲を浮遊していた鏡が地面に落ちた。
「『光芒魔砲』」
「『雪が降ってきた』!」
アルムの右手から放たれる単純な魔力の砲撃。
少女の目の前に次々と展開されるは六花の結晶。
双方の魔法は少女の眼前でぶつかり合い、タトリズ側のギャラリー席がざわついた。
「っ……!」
雪の結晶を模した盾は最初は砲撃を防いでいたものの、徐々にひびが入っていく。
やがて、パリン! と一枚が割れるような音とともに破壊された。
(魔力を……吸収しているはずなのに……!)
何重にも展開されている美しい盾が一枚、また一枚と音を立てて割れていく。
しかし、アルムの砲撃が止まらない!
残る盾はは後二枚。その盾も同じように破壊されると思ったその瞬間――
「え?」
突如、魔力の砲撃はそこで止まった。
少女は不可解な表情を浮かべる。自分の魔法がアルムの魔法の魔力を吸収しきれていない事を知っているから。
「変換式を固定しないとやはりこんなもんだな……」
自分の右手を見つめて不満そうにアルムは呟いた。
同時に……訓練場の床に無造作に落ちていた五枚の魔鏡は息を吹き返したようにまた浮遊し始める。
「今のも……無属性魔法……?」
「ん? ああ」
少女の質問に当たり前のように答えるアルム。
存在する魔法の中で最も非効率。ガザスの敵国カンパトーレでは魔法にすら数えられていないただの原型。ガザスですら、一部の魔法以外は魔力の無駄と教えられる欠陥魔法。
それを、ここまでに昇華させている平民とは一体?
「やはり、あなたで間違いないようですね」
何か、確信を持って少女は笑うと、ギャラリー席にいるマリーカと男の方に目をやった。
マリーカと男は少女の意を汲み取ったのか、その視線に頷きで返している。
「アルムさん」
もう一度、少女はアルムと向き合った。
「なんだ?」
「今から、変な事を言うと思います」
「変な事?」
「はい……どうか、驚かないでくださいね」
「ああ、楽しみにしてる」
驚くというのなら、アルムは最初から驚いていた。
少女が使っているのは自分の知らない、属性の法則すら掴めない未知の魔法。
張り巡らされている糸の魔法は光属性かと思えば、さっき魔力の砲撃を防いだ盾は雪の結晶のような形をしていて水属性を彷彿とさせた。
変わっているという意味でなら、少女の魔法は変と言えるだろう。
正直に告白するのなら、模擬戦の途中だから顔に出していないだけでアルムのテンションは内心うなぎ上りである。
これ以上、何をするのだろうか?
浮かぶ魔鏡で攻撃魔法に備え、わくわくしながらも少女の次の一手をアルムは待った。
期待の眼差しを受けながら、少女は小さく息を吸って。
「【異界伝承】」
その期待を悪い意味で裏切った。
突如、今まで自分の知らない魔法を使っていた少女が、自分の知っている文言を唱えた事にアルムは意表を突かれた。
体が一瞬、硬直する。
自身は聞いた事こそ無いものの、事態に直面したミスティやルクスが耳にしていた言葉。
異界伝承。
それは、彼等の本当の姿をこの世界に""放出"する前準備。
まるで異物の出現を備えさせるかのような生命への伝令。
アルム達が対峙してきた彼等――魔法生命の予兆。
しかし、この観衆の前で姿を晒す意味とは? 動揺を誘っている?
「違う――!」
一瞬、はったりかと思った自分の浅慮さをアルムは悔やむ。
アルムはこの場の空気が一変したのを全身で感じ取った。
春の陽気とはまた別な生暖かさ。
霞のように舞う光の粉。
耳に聞こえる小さい羽音と言語化できない笑い声。
果実の香りを濃くした甘ったるい香りが漂う。
五感は警告する――少女の声は決してはったりではない事に――!!
(間に合え――!)
はったりでないのなら今危険なのは何も知らない生徒達。
アルムが咄嗟に魔鏡の盾をギャラリー席に向かわせたその時――
「【雷光の巨人】!!」
ギャラリー席に向かう魔鏡とすれ違うようにルクスが訓練場に跳んだ。
その行動は少女が唱えたその危険性を知っているからこそ。
訓練場に響く魔の合唱。天に捧げた雷の雫は門を開いた。
対峙するアルムと少女に割って入るように、雷の巨人は飛来する――!
「アルム!!」
"オオオオオオオオオオオオオオ!!!"
一階に張り巡らされた魔法の糸全てを引きちぎり、巨人はその姿を現した。
着地の振動は地響きに。その咆哮はここにいる者全ての肌を震わす。
その姿は七メートルはあろう雷の血肉を持つ甲冑姿の巨人。
マナリルが四大貴族オルリック家の誇る万夫不当の血統魔法――【雷光の巨人】がアルムを守る盾となるべく顕現する。
「お下がりを」
「大丈夫よ」
同じく、マリーカの隣に座っていた衛兵のような男が少女の盾になるかのように訓練場に降り立った。
「な、なにしてますのあの男!?」
「何だよ? 乱入ありなのか!?」
「ありなわけないでしょ。黙ってなさいランドレイト」
模擬戦に参加したサンベリーナやヴァルフト、そして観戦していたグレースは勿論、ベラルタやタトリズなど所属に関係無しに多くの者が状況が掴めないまま、ただ緊迫した空気の中に身を置かされていた。
「ベネッタ」
「うん、いつでも使える」
エルミラとベネッタはギャラリー席に残り、少女から目を離さない。
二人は立ち上がり、エルミラは飛んできたアルムの鏡でカバーできない場所をいつでも守れるように備え、ベネッタは魔法生命の核の場所をいつでも見抜けるよう血統魔法の為の魔力を"充填"する。
「……罠ですわね」
だが、ミスティは座ったまま落ち着いた様子で呟いた。
「え?」
ミスティは確認するように、肩越しにヴァンのほうを見た。
ヴァンは立ち上がっているものの、しまった、という様子で深刻そうに額を押さえている。
「……炙りだされました。少なくとも……話を聞かなければいけない状況にまで持ち込まれてしまいましたね」
「どういう――」
「控えなさい! 無礼者!!」
妙に落ち着いているミスティの言葉をエルミラとベネッタが理解できない内に、マリーカの怒号が響いた。
叩きつけるようなその声は【雷光の巨人】の咆哮の如く空気を震わす。
他にも……タトリズの生徒の中には数人、ハミリア家のマルティナやジャムジャ家のマヌエルなど殺気を漂わせる者がいた。
マリーカの声は続く。
「貴様が剣を向けているその方をどなたと心得る! その方は我らがガザスの長! ラーニャ・シャファク・リヴェルペラ女王その人ですよ!!」
「な、なに!?」
何故ここにガザスの女王が!?
そんな心の声を叫ぶのはルクスだけではない。
ルクスにそんな目を向けられながら少女――ラーニャは微笑んだ。
戦意も敵意もないその姿に、ルクスはようやく自分が誘い込まれた事を知る。
「俺を……推薦した人か?」
「はい、約束通り自己紹介させて頂きますね。アルムさん。ガザス国女王ラーニャ・シャファク・リヴェルペラと申します」
ラーニャは自己紹介を終えるとパンパン、と強く手を叩いた。
「私は降参です。模擬戦はこれで終わり。とても有意義な……時間でしたね?」
今目の前で起こったのは何だったのか?
この場にいてもわからない者がほとんどだが、一部の人間だけは顔を強張らせている。
事情を知っている者と知らない者で別れるこの模擬戦の意味。
国の未来を見せつけるという意味で勝利したのは間違いなくベラルタの生徒達だった……しかし、欲しい情報を得るという意味で今勝利したのはガザスを象徴するこの少女。
ベラルタ魔法学院の生徒の中で誰が関わっているかを、ラーニャはただ一言で明らかにした。
困惑している生徒達とは明らかに違う、警戒を露にしていたアルムを含めた数人にラーニャの視線が送られる。
何に関わっている人物が知りたかったかは言うまでもない。
魔法生命。海の向こう――常世ノ国より上陸した異界からの来訪者達についてである。
いつも読んでくださってありがとうございます。
先日は二重投稿で混乱させてしまい申し訳ありません!
感想やメッセージでまで御報告頂き本当にありがとうございました!