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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第五部:忘却のオプタティオ
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291.少女の声

「程々って言ったのに……」

「気合い入ってたねー」

「ガザス側はもう少し欲張ると思ったんだけど……すぐに降参できる判断力はしっかり持ってるなぁ。あのまま戦ったらセーバ殿の心が折れる」

「エルミラ、相手の人が使ってた魔法ってガザスのか? 知らない名前だった」

「マナリルのじゃないわね。多分ガザスの古めのやつじゃないかしら?」


 ミスティの勝利に別段驚く事も無く、手を振るミスティに応えるアルム達。

 他に比べると短い五戦目だったが、たった数手でミスティの実力はこの場で示された。

 タトリズ側には若干引いている生徒までいる。二人の間に差があったのは明白だが、その差がどれだけ開いているのかすらわからないのが今の模擬戦の最も恐ろしい所であった。

 魔法や魔法の技量は使い手の精神がなんらかのきっかけで変わった際……良し悪しに関係なく、劇的な変化を遂げる時がある。

 魔法が使えなくなる事から、魔法が独自の"変換"によって在り方を変えるまで、使い手の精神がどう変化したかによって変わり方は様々だ。

 だが、これから先どれだけの変化があればこの差を縮められるのか? そんな不安がタトリズの生徒達に残る。

 この時点で……互いの国の未来を担う人材を見せるという目的は、マナリルという国は充分に果たせたといえるだろう。


「ただいま戻りました」

「お疲れ」

「お疲れミスティー」

「流石だね」

「おかえり」

「はい、ただいまです」


 纏っていた水晶の鎧を消したミスティは元の席へと戻る。ギャラリー席の視線がそんなミスティに集まっていた。

 ようやく、と言った所だろうか。

 タトリズ側どころかベラルタ側の生徒ですらミスティが戦う所を見れる機会はほとんど無い。

 ゆえにようやく、この少女がただ美しいだけの少女ではない事を認識する。

 この大陸に於いてたった二つしか存在しない――今を治める王族でないにもかかわらず三つの名を持つ事を許されている一族。カエシウスの名は伊達ではないと証明されて。


「マリーカ」


 タトリズ側の生徒の視線がミスティに集中する中、一人だけ別の人物を見つめている少女がいた。

 その少女はただマリーカの名前だけを呼ぶ。


「……はい、後の事はお任せ下さい。予定通り宿舎の案内を済ませておきます」

「ありがとうございます」


 マリーカに礼を伝えると少女は立ち上がった。

 ミスティに集中していたタトリズの生徒の視線が、否が応でもその少女のほうを向く。


「しーっ、でお願いしますね?」


 唇の上に人差し指を縦にあててタトリズの生徒達に念を押す少女。

 透き通るように通る温かい声。茶目っ気が垣間見えるような笑顔にタトリズの生徒達は静かに従う。

 何故なら……これはお願いではないのだから。


「ようやくか」


 そう言ってアルムが立ち上がった。

 カエシウスとは真逆の意味で特異な、唯一無二の少年が。

 待ち詫びたという表情は表に出していないが、その声には喜びがある。


「うわ……嬉しそう」

「アルムくんだもんねー」

「気楽にね、アルム」

「あの方……」


 ルクス達が声をかける中、ミスティは先程アルムが見ていた少女――ミスティの勘違いではあるのだが――が立ち上がっていた事に気付く。

 再び、ミスティの中に無視できない感情が流れ込むかと思ったが。


「ミスティ? どうした?」

「あ、ええ……」

「……大丈夫か?」

「……はい、問題ありません。頑張ってくださいアルム」


 心配をかけてしまう事に申し訳なさを感じつつも、アルムの目が今こちらを見ている事に気付いて途端にミスティは楽になる。

 さっきと打って変わって、驚くほど自然に笑顔を見せられた自分がミスティは少しおかしかった。

 ああ、自分がこんなにも単純な人間だったなんて。


「ああ、いってくる」


 そんなミスティの胸中にアルムが気付くはずもなく。

 ミスティ達の声援を受けて一階への階段へと向かうアルム。

 アルムが一階に向かうのを見て、タトリズ側の生徒が少しざわついた。


「え!? あの冴えない男が噂の平民!?」

「おい誰だ!? カエシウスの御令嬢と仲良いから許嫁とか言ったやつ!」

「あなたでしょ!」

「いやほら……み、みんなも納得してただろう?」


 タトリズ側は模擬戦に出てくる人物の名前だけが知らされている。今まで出てきたベラルタ側の生徒にアルムという名前の人物は出てきておらず、必然最後の一人が噂の平民。

 アルムの出番になってようやく、タトリズ側が噂していた名前と人物とが一致した。

 タトリズ側に色々と言われている事などアルムは露知らず……ただこれからの模擬戦を楽しみにしながら中央で相手の到着を待つ。


「皆さん、数日前からあんな感じなのよ。あなたの噂で」


 一階に下りてきた少女はアルムのほうに歩いてくる。

 光を放っているかのような美しいダークブラウンの髪が揺れ、髪の間から見える耳には赤く煌くピアスが見えた。

 アルムの鼻に漂ってくる薔薇の香りは少女の気品を際立たせる。

 その雰囲気はどちらかというと、自分でガザスのミスティと例えたハミリア家のマルティナよりもこの少女のほうがミスティに近い。


「俺の?」

「ええ、噂好きの方が多いんですよ。タトリズは。ベラルタ魔法学院に入った平民がどのような方なのか、気になって仕方なかったみたい」

「とはいっても、普通の人間だから噂には応えられそうにないな」

「普通だと思っているのね。自分の事」


 少女はそう言ってアルムの正面に立った。


「普通では出来ないんですよ。カエシウスを救うなんて」

「あれは皆に助けられたから出来たんだ」

「……否定しないって事は本当なのね」


 少女はアルムに聞こえないほど小さな声でぼそっと呟く。


「ふふ、ええ、変わった方」

「ん?」

「申し訳ありません。こちらの話です」

「あ、知ってると思うがアルムです」

「はい、ご丁寧にありがとうございます。私の名前は後でもいいですか? 少し事情があるんです」


 名前を明かせないのに模擬戦には出てくる事を少し不思議に感じながら、少女の言う事情が恐らくは自分には考えの及ばない貴族界隈の事情である事を察してアルムは頷く。


「ああ、別に大丈夫だ」


 ギャラリー席ではヴァンが立ち上がり、今までと同じようにマリーカに確認を取る。

 ヴァンは心なしか、タトリズの生徒側に緊迫感のようなものを感じながらも。


「……? 始め!!」


 短く、模擬戦の開始を宣言した。


『強化』(ブースト)


 アルムは開始の宣言からすぐに強化を唱える。一瞬だけ輝き、全身が強化された事を示す。

 それに対して少女は。


「『綺麗な巣ができたのね(かがやくはくものいえ)』」

「……なんだ?」


 少女の周囲から、きらきらと所々が輝く糸のようなものが現れる。

 その糸は意思を持っているかのように動き、一階の訓練場に張り巡らされた。

 無秩序に張り巡らされているわけではなく、まるでアルムを逃がさない為の網のよう。


「魔力光が無い……」


 糸は所々から眩しい光を発してはいるが、属性の魔力光というわけではなかった。この糸だけでは少女は何の属性の魔法を使っているのかがわからない。

 状況から拘束系の魔法と判断し、アルムは強化された足を止める。糸のようなものは何故か訓練場の壁や床に張り付くばかりでアルムを狙おうとはしてこない。

 だが、魔法の挙動や魔力光が無い事よりも、アルムが不可解だったのは少女の魔法の唱え方だった。


(何だ今の声は? 魔法を唱えたのか……?)


 魔法名以外に唱えるものとして、それなりに技術が必要ではあるものの魔法の三工程の名称を唱える場合がある。

 無属性魔法しか使えないアルムが"現実への影響力"を底上げする為に使っており、得意としている分野だ。

 一般的には、主に世界改変魔法を使う魔法使いが用いる技術で、"放出"の範囲をコントロールできない使い手や"現実への影響力"を抑えなければいけない場合に必要とされ、"放出領域固定"、というものが使われる。魔法の"放出"時に"現実への影響力"が及ぶ範囲を制限する文言だ。

 "放出"以外の工程も唱える事はできるが、"充填"と"変換"はそもそもが魔法の"現実への影響力"を決める工程なので、底上げするにしろ手加減するにしろ唱える必要が薄く、現在はやる意味はほとんど無いという結論が出ている。だが、一応技術としては存在するものだ。

 しかし、アルムと対峙する少女が唱えたのはその三工程のどれでも無い。


(シラツユのように言葉をそのものを魔法にできるのか? だとしたら厄介だな)


 アルムが思い出すのは自分そのものを血統魔法にされ、"現実への影響力"をもたらす存在となっているミレルに暮らす友人。

 シラツユのように、言葉をそのまま魔法にする事ができる常時放出型の血統魔法の使い手であれば、今唱えた魔法とは思えない声にも説明はつく。

 無論、少女の声はアルムにだけでなく、ギャラリー席のほうにも聞こえていた。


「……今の何かしら」

「今のは魔法を唱えたのか……? ガザスの新しい魔法?」

「属性は光でしょうか? ですが、それにしては光の特性が見られませんわね……」


 ミスティとルクス、そしてエルミラの三人が見てもアルムと対峙する少女の魔法が何なのかがわからない。

 三人は唱えた少女のほうを見るが、少女は当たり前のように軽く微笑んだままだった。


「ちょ、ちょっとベネッタさん? どうされましたの?」


 後ろから聞こえてくる戸惑ったようなサンベリーナの声。

 ベネッタは一人だけ、顔と目をきょろきょろと動かして訓練場のあちこちを見ていた。

 確かに糸は一階の訓練場に張り巡らされてはいるが、目が泳ぐように動くほど見回すものだろうか?

 加えて、きょろきょろと見回しているのはベネッタであるはずが、ベネッタの表情も何故か困惑気味だった。


「あんたどしたの? 大丈夫?」

「だ、大丈夫だけどー……み、みんな見えないー?」

「見えるって……糸なら見えてるけど……?」

「糸じゃなくてー……その……なんかー……」

「ベネッタ落ち着いてくださいまし。何が見えますの?」


 ベネッタの言葉は何処かおかしい。

 自分が見えているものがミスティ達に見えているかどうかを聞いているはずが、ベネッタ自身も自分の見えているものがよくわかっていないかのようで。


「な、なんだろうこれー……? なんだろー……?」


 絶えず動き、何かを捉えている翡翠の瞳。

 ――その瞳の奥には別の色の輝きがある。

いつも読んでくださってありがとうございます。

明日は更新できなそうなので、次回の更新は土曜日になりそうです。少しの間お待ちください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ベネッター! 元々見えたのか、血統魔法の強い行使などの影響で見えるようになったのか。常時、瞳に何かしらの力が宿るとしたらベネッタはシャボリー先生と同じ部類の魔法使いの枠になりそうですね。エ…
[良い点] ベネッタの瞳がドンドン特別なものになってきてますね。 これこそが彼女を特徴付ける一要素ですからね。 回復出来て、しかも皆が見えないものまで見えてしまう。 あの5人の1人として挙げられても遜…
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