289.サービス
「マヌエルでどうにもならないとは……」
「噂に聞くオルリック家……凄まじいですね。あの方は」
「経験や魔力量を除けばすでに現当主のクオルカ様くらいの実力はあるのでは……」
これから葬式でも行われるかのような空気のタトリズ側の生徒達。
先の二戦は確かにこの学院のトップではない者が戦ったが、ルクスと戦ったマヌエル・ジャムジャは間違いなく上から十番目には入る実力者。いくらオルリック家がマナリルのトップの一人とはいえ、余りに差が圧倒的すぎた。
そして何より……まだマナリルにはカエシウスが残っているのだ。模擬戦はすでに三戦終わってマナリルが三勝。間違いなくタトリズの勝利は消えたといっていい。
冷え切った空気の中、マリーカとマリーカと話している少女だけが変わらぬ空気のまま会話を続けていた。
「当然と言えば当然……あの存在に勝ったのだから、それくらいの実力は持っていてもおかしくありません。そうでしょう?」
その問い掛けはマリーカに向けてでは無かった。
マリーカの代わりに、マリーカの隣に座る衛兵のような男が少女の問い掛けに頷いた。
「全くやり方が嫌味な男ですわね……」
「なんであんた私達の後ろにいるのよ……」
マナリル側では魔法を真似されたサンベリーナは不機嫌そうに扇を閉じたり開いたり。
いつの間にか、アルム達が座る上の席に座って観戦していたサンベリーナにエルミラがツッコミを入れる。
おほほ、と笑ってサンベリーナは扇を開いてぱたぱたと自分を扇いだ。
「あら、ギャラリー席の何処に座るか決まっていまして?」
「いや、そうじゃないけど……まぁ、別にいいか。一戦目凄かったし」
エルミラからの素直な賞賛にサンベリーナは驚く。
何というか、聞いた話と全く違う反応をされた事に。
本人は知る由もないが、ロードピス家のエルミラ嬢は巷では没落貴族ゆえに金持ちの貴族なら誰でも嫌っている狂犬のような女という噂が広まっていた。
ミレルに続いてスノラでも功績を残した事が貴族界隈で広まり、他の貴族から僻まれ始めているのである。確かに、他の家からすれば没落貴族が下から迫ってくる姿は面白くないだろう。
「……意外ですわね。エルミラさんは私みたいな貴族は嫌いだと小耳に挟みましたのに」
「どんな話聞いたのか知らないけど……私は金持ちと才能だけの貴族は嫌いよ。だからラヴァーフル家は嫌いだけど、別にあんたの事は嫌いじゃないわ。さっきの見れば才能だけの貴族じゃないなんてわかるでしょ。わからない馬鹿もいるだろうけどさ」
エルミラの隣でにこにこするベネッタ。
後ろのサンベリーナは意外そうにエルミラの事を見つめると、耳打ちするように顔を寄せる。
「……あなた、甘い物とか好きではなくて?」
「は? って近い! 何よ急に!?」
エルミラとサンベリーナが交友を深めている(?)間、ルクスが一階から帰ってくる。
サンベリーナやエルミラと同じように、その制服には傷一つ無い。
「あれ?」
「お疲れ様です。ルクスさん」
「お疲れ」
「お疲れルクスくんー」
「ありがとう……何でサンベリーナ殿が?」
「エルミラが仲良くなってー」
「仲良くなってないわよ! こいつが急に距離詰めてきて……!」
エルミラが耳打ちしてくるサンベリーナの顔を押しのけるようにしていると、ルクスとエルミラの目が合う。
「お、お疲れ」
「うん」
ルクスはエルミラに労われるとそれを待っていたかのように頷いて、エルミラの隣に座った。
その様子を見て、ルクスに文句の一つでも言ってやろうと思っていたサンベリーナの脳裏で雷が走り、二人の間にある何かを感じ取った。
衝動に耐え切れず、サンベリーナは今度はご丁寧に扇を広げて自分を隠すようにベネッタに耳打ちする。
「ベネッタさんベネッタさん。いつぞやの病室でもお聞きしましたがもしやあのお二人……!」
「いえ、まだなんですけどー……ボクはどっちもそうだと思うんですよー」
「何でしょう……! 何だか、こう……いいですわね!」
一人で盛り上がるサンベリーナ。
戦っている時は凛々しい貴族の雰囲気を醸し出していたが、今の様子は貴族の令嬢というよりはただ同じ歳の少女といった感じだ。
「うふふ、面白い方ですわね」
「ああ、何か感情が忙しいな」
「あら、アルムも慌てるとあのようになったりしますのよ?」
「え? 本当か?」
「ええ、本当です」
ミスティに言われて両手で頬を触り始めるアルム。
意味無く表情筋を確認でもしているのだろうか。
「くはははは!」
そんなアルムをミスティが微笑ましく見ていると、声とともに一階に飛び降りる影があった。
「ヴァルフト・ランドレイトだ! 俺様とやるのはどいつだ!?」
模擬戦も四戦目。マナリル側であるヴァルフト・ランドレイトが一階に着地し、タトリズ側に向けて挑発するように人差し指をくいくいと動かしている。
マリーカは一瞬眉を顰めたが、後ろの座る少女はくすっと笑った。
「随分、腕前に自信がある方のようですね。ランドレイト家……聞いた事はありませんが、マナリルでは有名な方なのかもしれません」
「あのベラルタ魔法学院にもああいう輩がいるとは……意外です」
「他人事のように言ってはいけませんよ。タトリズとて、腕前に覚えのある生徒が驕る事はありましょう。あの方は、どうやら驕っているわけでは無さそうですが」
「こちらも……腕に覚えのある者を出しますか?」
「そうですね。元から二人ほどしか見せる予定ではありませんでしたし……いいのではないでしょうか」
「では……"マルティナ・ハミリア"!」
マリーカの声でポニーテールを揺らして一人の少女が静かに立ち上がる。
歩く姿に音は無く、ただ静かに赤い猫目だけが訓練場の一階を激しく睨んでいた。
その少女の名前にタトリズ側が沸き、マナリル側にも少なからず驚きの声が上がる。
「これは大物がいたな……」
「ハミリアってあのハミリアー?」
「あれ? ハミリア家の跡継ぎって今三年って話じゃなかったっけ!?」
「私達が二年生なだけでタトリズ側は全生徒が揃っていますからね……出てきてもおかしくはないかと。タトリズで交流する生徒の学年に制限はありませんから」
「誰だ?」
ミスティ達も驚く中、アルムだけが周りに着いていけていない。
先程、魔法の三工程について語っていた人物と同一人物とは思えない知識の偏りにルクスはつい苦笑いを浮かべてしまう。
エルミラもそれはもう大きな嘆息を一つもらしていた。
「あんた魔法騎兵隊ハミリア知らないの?」
「知らん」
「お馬鹿ね。そろそろ今の魔法使いも知っておきなさいよ」
「すまん……」
「ガザスで一番有名な魔法部隊よ。元々は急造で作られた間に合わせの部隊だったんだけど、その部隊の初代隊長だったハミリア家が目覚ましい活躍をして、そのまま家名が部隊の名前に使われたの。今じゃガザス王家直属の魔法部隊よ。ガザスでもトップの魔法使いしか所属できなくて、今でもハミリア家の人間が隊長を務めてるわ。実力で隊長の座に就き続けてるの」
呆れながらもしっかり説明してくれる所にエルミラの優しさを感じながら、アルムは一階に下りていくマルティナの背中を見る。
視線に気付いたのかマルティナはアルム達のほうを肩越しに一瞥し、アルムと一瞬だけ目が合った。
「じゃああの女の子は……」
「次期当主かはわからないけど、ハミリア家の血筋ってわけね。知名度ならマナリルの四大貴族みたいなもんよ」
「へぇ……ガザスのミスティみたいな感じか」
「そこまで恐れられてるわけじゃないけど……」
「エルミラ?」
にこっと笑うミスティに思わず口を押さえるエルミラ。
慌てるエルミラの様子にベネッタが笑いをこらえている間に、一階の訓練場ではヴァルフトとマルティナが向き合った。
「マルティナ・ハミリアです」
挑発したヴァルフト相手にもマルティナは嫌な顔一つせず自己紹介をし、握手しようと手を差し出す。
タトリズ側の誰もがヴァルフトはその手を払うと思った中、ヴァルフトは素直にその手をとって握手をした。
「よろしくハミリア家のお嬢さん」
「マルティナと」
「どう呼ぶかは俺様次第だ」
「……そうですか」
一見、友好的な光景だが、ヴァルフトは口元をにやつかせマルティナは顔を強張らせており、二人の表情からはお世辞にも友好的なものは感じられない。
握手を終えると二人は少し離れて距離を取った。二人が向き合うとギャラリー席でヴァンが立ち上がる。
今までと同じようにマリーカに一旦、確認をとってヴァンは頷いた。
「始め!!」
声を張り上げ、ヴァンは開始の合図を短く宣言する。
同時に、マルティナは懐から蹄鉄の装飾があしらわれた懐中時計を取り出した。
「ハミリア家とあれば……大サービスだ! ちまちまいくのはやめようじゃねえの!」
対して、ヴァルフトは。
「【千夜翔ける猛禽】!」
惜し気もなく、魔法使いの切り札を披露した。
いつも読んでくださってありがとうございます。
普通模擬戦で使おうと思う人いないです。