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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第五部:忘却のオプタティオ
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288.家名の縁

 私はオルリック家とは少しばかり因縁がある。

 とはいっても、私自身が関係しているわけではない。

 何て事は無い。歴史の長い家にはよくある……先祖達の話だ。


「ルクス・オルリックです。よろしく」

「"マヌエル・ジャムジャ"と申します」

「ジャムジャ……」


 模擬戦も三戦目……出番となった私達は訓練場の一階に降りると握手をして互いに名乗った。

 体格は同じくらいだろうか。

 印象は思ったより普通だな。

 整った顔立ちに清爽な雰囲気。四大貴族と言われるだけあって、貴族の手本のような男だ。

 しかし、私の名前を聞くと流石に表情には微かに変化があった。

 目の前に立つ男はどうやら、私の家名に気付いたらしい。


「お気づきになられましたか」

「当然です。自分も観劇は少々嗜みますから。ジャムジャ家が運営するパルカ劇団を知らぬ者はいないでしょう」

「……それは光栄」


 とぼけているのかこの男は。

 それとも魔法使いとしてのジャムジャ家は取るに足らないという挑発か?

 ジャムジャ家とオルリック家……私達の家名は三五〇年前の戦争に於いて幾度となくぶつかった宿敵。

 魔力が続く限り生成される人造人形(ゴーレム)の軍勢とただ一体でこちらの軍勢を薙ぎ払う雷の巨人との戦いはジャムジャ家の記録にも残っている。

 オルリック家は私の先祖との戦いを機にマナリルでの地位を上げたと聞く。まさか自家の歴史を知らないはずもあるまい。

 ともすれば、先の賞賛はやはり挑発と判断していいだろう。

 人の好い顔をしておきながら性格の悪さは一端の貴族というわけか。


「それでは正々堂々立ち会いましょう」

「ええ、心ゆくまで」


 握手していた手を離し、互いに距離をとる。

 言われずとも……正々堂々、そして本気で圧倒する。

 そもあの御方がいらっしゃる場で醜態を晒すわけにもいかぬ。前の二人はいわば前座だ。

 四大貴族であるルクス・オルリックとミスティ・トランス・カエシウスにはこちらも相応しい相手をと私達は任命されている。

 何より……我が家の誇る先祖の為にも、ジャムジャ家は今でもオルリック家と同等以上であるのだとこの場で証明する事が、今を生きる私が先祖に贈れる最大の供え物になるだろう。

 私達が充分に距離をとると。


「始め!」


 ギャラリー席からヴァン殿の掛け声が響き渡る。

 

「……?」


 掛け声を聞いても、奴はただ真っ直ぐとこちらを見つめているだけだった。

 ……その目は何だ? それがルクス・オルリック……貴殿が戦う相手を見る目なのか?

 何の覇気も無い。模擬戦だからと嘗めているのか?

 それとも、先の二戦でマナリル側が勝利したのを理由に……実力を隠す気か?

 有り得る。

 四大貴族ではないマナリルの二人がヤシンとベルナルドを圧倒しているのを私達は見せられた。マナリル側からすれば、すでに戦力の層の厚さは十二分にアピールできている。

 ならば、あの二人より上である事が約束されている四大貴族が実力を見せる必要など無い。

 せめて先の二戦がもう少し競った結末であれば違った展開になったろうが……。

 なるほど、これでは勝利してもガザスの戦力を脅威に思われるのは難しい。


「やる気が無いのかね?」

「出方を窺っているだけですが……?」


 随分、とぼけた顔をしている。

 何が観劇を嗜むだ。その役者っぷりは舞台に上がるほうがよく似合う。


「まぁ……いい」


 こうなっては仕方ない。

 オルリック家の次期当主の腕前を見れないのは残念だが、この場を利用する方法はある。この場はジャムジャ家の技量をアピールする場としよう。

 魔法に造詣の深い者……ヴァン殿とファニア殿が見ればジャムジャ家の才が健在である事はわかってもらえるに違いない。


「『召喚(サモン)土塊骸の檻(アズムカファス)』」

「っと……」


 流石に驚いたのか、奴は周囲を見渡した。

 無理もない。奴の周囲に現れたのは二十を超える召喚の魔法陣。

 事前に作成し、保管してある骸の形をした二十三の人造人形(ゴーレム)が出現し、その全ては奴に向かって武器を構えた。

 二十三の人造人形(ゴーレム)を召喚していながら核はただ一つ。その核を破壊されない限り二十三の個体全てを再生する事の出来る特殊な人造人形(ゴーレム)だ。人造人形(ゴーレム)の作成に於いても一つ上の段階をジャムジャ家は進んでいる。

 この二十三の骸は再生に加え、軽量化によって強化された魔法使いの速度にも追い付く俊敏な人造人形(ゴーレム)だ。召喚とは、召喚する行為ではなく人造人形(ゴーレム)の作成にこそ魔法使いの腕が出る。ベルナルドのようにただ強力な召喚体を目指すだけではまだ二流。

 我らが祖国はガザス。無尽騎隊と呼ばれ、生活と戦闘のどちらにも魔法を根付かせる召喚の国。

 永久に戦える人造人形(ゴーレム)の数々こそ我らが証明――!


「鬼胎と思ったが……岩で出来た人造人形(ゴーレム)か」


 骸の人造人形(ゴーレム)が動き出すその瞬間、奴はぼそぼそと声を発する。

 ……何だ?


「……うん、やってみようかな」


 皮膚が、ひりつく。

 もしや……奴はすでに魔法を唱えていたのか?

 いや、奴が魔法を唱えた様子はない。


「確か……こんな感じにするとやりやすそうだった」


 模擬戦だという事も忘れ、私はつい人造人形(ゴーレム)に、殺せ、と命令を下していた。


「『雷鳴の軍勢(ヴァルトブリッツ)』」


 あわや国際問題に発展する愚行だが、奴には関係が無かった。

 奴が唱えると天井に黒雲が広がる。

 先程も見た光景。先程も聞いた魔法。

 ヤシンを下したサンベリーナ・ラヴァーフルが使っていた上位魔法がまたこの場に現れたのだから――!


『抵抗』(レジスト)!」


 ギリギリの所で私は補助魔法を唱え切る。

 目に入るは空気を裂く稲妻。耳に聞こえるは轟音。瞬間、奴に斬りかかろうとしていた人造人形(ゴーレム)に無数の雷撃が落ちた。

 二十三いた人造人形(ゴーレム)その全てに。

 全ての人造人形(ゴーレム)を同時に破壊されてはどの人造人形(ゴーレム)に核があるかなど……関係が無い。再生すらも、できない。

 私がこの場で見せるべきだった技量は、ただの一瞬で焼けた土くれへと変わってしまっていた。


「なるほど……雷撃の位置を調整するとサンベリーナ殿みたいな持続性が作れないな。普段から使えるような魔法じゃないな」

「ま、待て……!」


 何だ、その……初めてこの魔法を使ったかのような台詞は。


「はい?」

「この魔法は……マナリルで流行っている、のだろう?」

「いえ、むしろ珍しいですね。僕もさっきのサンベリーナ殿を見て使ってみたくなったんですよ。知識としては知っていたのですが、使った事のない魔法でしたから……マヌエル殿もそういう時がありませんか?」


 ……ふざけているのか、こいつは。

 見たから使ってみたくなった。そんな気軽さで魔法を行使できるのであれば幼少の頃から成人に至るまで、魔法の訓練を続ける必要などないではないか。

 魔法とは知識を持ち、"変換"の精度を高める訓練を重ねて、ようやく使いこなす領域に達する事が出来るのだ。

 使い手が"現実への影響力"を調整できる中、何故魔法に下位、中位、上位のランクがあると思っている。

 あれは確かに規模と"充填"できる魔力の基準を指すが……扱いにくさと習得の難度の指標でもあるんだぞ。

 下位ならわかる。あれは習得しやすい魔法が並んでいる。中位もオルリック家ほどの才なら無い話ではないと無理矢理納得する事も出来るだろう。だが、上位になれば……。

 それを、こいつは何と言った? 二十三全てに外す事なく雷撃を当てておいて……少し使いたくなった?


「冗談が……上手な方だ」

「冗談とは……? 申し訳ありません、何分ユーモアには欠けている性格でして……」


 その声に虚言が無い事が何よりも恐ろしかった。

 こいつは本当に……馴染みのパン屋に入るような気軽さで、上位の攻撃魔法を初めて唱えて、完璧に扱ったというのか?


「ふふふ……」


 余りに馬鹿にしたような話でつい笑ってしまう。

 ……ここに立っているのが私でよかった。平凡な者であれば、対峙した相手にこんな事を言われれば、ヤシン辺りは自身の才能に自信を無くして膝を折ってしまっただろう。

 才能とは……いや、確かな才能を基礎という地盤で固めているからこそ、このような事が可能なのか。

 ジャムジャ家の才を見せるつもりが見せつけられているのは我々のほうになってしまったとは……差し詰め、今の私は舞台上のコメディリリーフというわけか。いや、観客を笑わせられない私はそれ以下であろう。


「では、続きを」

「ええ、存分に」


 何が続きをだ。

 こんなもの……結果はもう見えているではないか。

 そこからの私は……まぁ、奴の足下くらいには何とか追いすがっていたか。血統魔法を使われれば一瞬で振りほどかれるだろうが、この場でガザスの地力を見せるには十分な時間戦ったと言えるだろう。

 すぐに降参しなかっただけ、賞賛が欲しいくらいだ。


「『四方の雷撃(フィアブリッツ)』」

「……っ……!」


 時間差で放たれる四つの雷撃。その三つ目が私の体に命中する。

 数分、拮抗したかのような攻防を経て私の体は奴の魔法で動きを封じられた。

 周囲に広がる残骸は私が召喚する度に、数秒持たずに破壊された人造人形(ゴーレム)だ。


「流石はジャムジャ家……手こずりました」


 よく言う。

 本気を出していない事など……誰にでもわかる。この数分の拮抗はガザスの顔を少し立てる為の時間に違いない。圧倒しすぎるのも角が立つ……それを気にしたのだろう。

 苛立ちすら芽生えないほどに、圧倒された。

 去年スノラの事件とともに広まった……カンパトーレの狂獣マーグートを倒したという噂はどうやら本当か。


「一つ……お聞きしたいのですが……」

「なんでしょう?」

「我がジャムジャ家とオルリック家には三五〇年前の因縁がある……それに気付いていない振りをしたのは……挑発でしょうか?」


 奴は私の質問に少し驚いたような表情を浮かべた。

 だが、すぐに柔らかい微笑みを私に見せた。


「挑発ではありません。当然三五〇年前の話は知っていますが……それは立場上、オルリック家とジャムジャ家が戦っただけの話ですし、何よりあくまで先祖達の話です。家の歴史は尊ぶべきものですが、その歴史から無意味な因縁を作るほど僕は昔に生きていません。私とマヌエル殿は初めて出会い、これから貴族としての関係を築くかもしれない御方です……今のジャムジャ家が手掛ける功績を見ずに、大昔の先祖の戦いを持ち出してジャムジャ家を知っているように語るなど……失礼でしょう。今を生きているのはあなた達なのですから」

「今、を……」

「そうですね……因縁ではなく、ただの縁になるというのなら、喜んで先祖の話を持ち出しますが」


 ああ、こいつは私と違って家名ではなく、人を見ている。

 先祖の歴史と血筋の証。どちらも貴族にとってはかけがえのない誇るべきもの。

 しかし、その二つが決して家名を持つ者の全てではないのだとこいつは理解している。

 私はルクス・オルリックの家名しか見ておらず、こいつはマヌエル・ジャムジャという私を見ていた。


「はは……敵わんな」


 何とも清々しい負けっぷり。

 魔法使いとしても、貴族としても……私は最初から敗北していたという事か。

 しかし、今負けてよかったと思う。これは模擬戦。そこから学びを得る為の訓練の延長だ。

 私は一から基礎を見直す事を決めながら、降参の言葉を声にした。

いつも読んでくださってありがとうございます。

いつもの時間帯に更新できなそうだったので予約投稿です。

いつぞやは予約投稿をミスりましたが今回こそは成功してる……はず。

感想の返信も書いて頂いた方には申し訳ありませんが恐らく明日になります!ごめんなさい!

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― 新着の感想 ―
[一言] これルクスの方が注目されやすいけど、マヌエル君(不敬?)も負けず劣らず器でけーぞ
[良い点] ルクス・・・ 魔法使いとは今を守るものだ、という思いが、アルムをはじめとする学園での出会い、そしてシャーフとの一件を通して彼の中に根付いているのだと伝わってきて、思わず涙が零れました・・・…
[良い点] ルクス君、人を見ている 最初期から本当に成長したなぁ [気になる点] 魔法の練習って何を基準にみんなやってるんですかね?使用機会がありそうかなさそうか、ですかね? [一言] 更新ありがとう…
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