287.経験の差
麻痺で動けなくなったヤシンを運ぶ為、タトリズの生徒数人がヤシンのもとへと向かう。
タトリズ側はヤシンの敗北を嘆く生徒もいるが、マリーカとその後ろに座る少女は敗北は必然であるかのように受け止めていた。
「流石にヤシンでは無理がありましたね」
「ええ、あの子もセンスはあるのですが……」
ガザスは魔法使いの数がマナリルより少ない。元よりタトリズ魔法学院としてもの模擬戦でタトリズのトップを全員見せる気など無かった。ヤシンはタトリズ魔法学院全体でならそこそこと言った所だが、今回選ばれたタトリズの生徒の中では実力が物足りない。加えて、その実力すら全く出させてすら貰えていなかったのだから敗北も必然と言えるだろう。
「何か途中こっち見た気がしたけど……なんだったのかしら?」
「さあ? なんだったんだろう……」
サンベリーナの見事な勝利にマナリル側から拍手が送られる。
完璧に近い勝利だったゆえに、途中客席に送られたサンベリーナの視線がエルミラとルクスには不思議だった。
ルクスはラヴァーフル家を良き同業者として捉えているため、サンベリーナに好敵手として見られている事など知る由も無い。
同じ魔法使いを目指す者としてルクスは純粋な賞賛を送っていた。
「でもやっぱりうまいね……流れが掌の上って感じだ」
「ルクスくんもあの雷の雨みたいな魔法使えるのー?」
「使えはするけど、周りを巻き込む前提の魔法だから使った事ないな。有効に使えているサンベリーナ殿が見事だね」
「やっぱサンベリーナさんって凄いんだー……」
何でそんな人がボクに話しかけてきてくれたんだろう?
改めて、そんな疑問がベネッタの頭に浮かんだ。同じお菓子好きだからという単純な理由はしばらく出てこない。
「アルムはどうでしたか?」
「そうだな……」
いつもと変わらない様子で話せているか少し不安になりながらも、ミスティはアルムに模擬戦の感想を尋ねてみる。
麻痺で動けず、タトリズの生徒に運ばれているヤシンをアルムは見つめていた。
「……思ったより差があるなとは思った」
「サンベリーナさんが上手く相手を封じる展開を作っておりましたね」
「いや、それもそうなんだがな……」
運ばれるヤシンを見つめたまま、それ以上の言葉がアルムの口からは出てこなかったのでミスティは続きを聞くのを諦める。
一先ず、普通に話せたであろう自分をミスティは心の中で褒めた。
「じゃ、いってきますか」
「エルミラがんばー!」
「頑張ってくださいね、エルミラ」
「できれば相手の魔法を引き出しながら頼む」
「いや、無茶言わないでよ……」
二人の応援とアルムの無茶振りを聞きながらエルミラは立ち上がった。
「エルミラなら心配ないだろうけど……頑張って」
「ん」
最後にルクスからの応援を貰い、エルミラは一階へと降りる。
心なしか、その表情には笑みが浮かんでいた。
実際は違うのだが、タトリズ側からすれば余裕の笑みに見えたせいか、敗北したヤシンの事も含めてタトリズ側の士気が少し上がる。
「では次の方お願いします」
マリーカの声でエルミラと戦うタトリズ側の生徒はギャラリー席から飛び降りた。
すでに一階で待機しているエルミラは飛び降りてきた人物に目をやる。
エルミラより頭一つ分くらい身長が高く、ガタイのいい体格をした少年というよりも青年に近い顔つきの生徒だった。
「あら、随分気合入ってるわね」
「"ベルナルド・ドムーク"」
「エルミラ・ロードピス」
それ以上は必要ないと語っている名だけの自己紹介。
ギャラリー席ではヴァンが再び立ち上がる。一試合目と同じようにマリーカに確認を取ると、ヴァンは声を張り上げた。
「始めろ!!」
開始の合図とともに、タトリズの生徒ベルナルド・ドムークは後ろに跳んだ。
体格からは想像もつかない早い動きは身体能力の高さを窺わせる。片やエルミラは動かなかった。
無茶を言うなといいつつ、アルムの無茶振りに出来るだけ応えようとエルミラは様子見を選択する。つまり、先手を譲っていた。
「『召喚・守護騎士の戦車』」
ベルナルドの足下に輝く召喚の魔法陣。
背後に現れるのは白の魔力光に輝きながら嘶く二頭の馬と、円錐状の形状をしたランスを持つ騎士、そしてその騎士が乗った光り輝く戦車だった。
一戦目では見れなかったガザスという国を象徴する魔法――召喚の魔法である。
「ガザスといえばって感じね。『防護』」
白の魔力光という事は光属性。
先日、光属性の使い手と戦った教訓からエルミラは自身の強化よりも先に目を閃光から守る補助のほうを選択した。
同時に、ベルナルドが召喚した光属性の戦車が動き出す。
「『炎奏華』!」
次にエルミラは炎属性の強化を唱えた。纏う魔力光は炎のように燃え上がり――こちらに向かって駆けてくる白い馬よりも早く突進した。
思わず、エルミラは笑っていた。
互いの技量を競う上で燃え上がる対抗心。
競う相手よりも自分が上だと証明するその瞬間の快感。
もとより……エルミラ・ロードピスという少女は、自身の才能の証明の為にこの道を目指している。
「ちまちま核探すのめんどう……ね!!」
エルミラは戦車に乗っている騎士がランスを構えているほうとは逆側の馬の側面に回り込む。
すかさず、強化された右足で思い切り馬の胴体を蹴り上げた。
その一蹴りで、光で形作られた馬の人造人形が一頭粉々に砕け散る。
「脆いのよ――!」
エルミラは即座に戦車に乗る白い騎士に目を向ける。
白い騎士がランスをエルミラに向けようとするが――
「『火蜥蜴の剣』!」
火の剣が白い騎士の胴体を貫き、白い魔力光は騎士の胴体に突き刺さった剣から放たれる炎に飲み込まれる。
同時に、エルミラは自分の纏っている火で乗り手のいなくなった戦車を燃やす。最後に、残った馬も無造作に蹴り飛ばす。
馬二頭、騎士、戦車で構成された四体の人造人形は一瞬で一人の少女に蹂躙された。召喚の魔法としては見事なものだったが、四体程度の、しかも内三体は戦闘用ではない人造人形でエルミラをどうこうする事は出来ない。
しかし、ベルナルドもその人造人形でエルミラを倒せるとは思っていなかった。
「ここだ」
本命の魔法はこれから放つ攻撃魔法。
目的はいわば、さっきヤシンがやられた意趣返し。
人造人形の対処をさせている間、使い手であるベルナルドは自由に動ける。それが召喚という魔法の利点だ。
エルミラが人造人形を相手する数瞬の間、ベルナルドは慎重に"変換"を行って"現実への影響力"を高め、そして狙いを定めるように掌をエルミラに向けていた。
先のヤシンの敗北を取り返す為には、こちらもまた一撃で決着をつけるべきだと。
それが二番手たる自分の役目。
タトリズの魔法使いも負けていないとベラルタ側の生徒に思わせ、士気の上がっているタトリズの生徒を更に乗せる為にベルナルドは理想の勝ち方を選択する。
「『光鷲の栄光』!」
「!!」
ベルナルドの掌から放たれる槍のような閃光。
放たれた光は羽根のような光を舞い散らせ、先程白い騎士が持っていたランスよりも鋭くエルミラへと一直線に向かった。
タイミングは完璧。
強化をかけた人間すら昏倒させるほどに高めた"現実への影響力"と光属性の速度を併せ持つ中位の攻撃魔法。
人造人形を破壊し終わった一瞬の間を狙ってベルナルドは魔法を"放出"した。たとえ強化を纏っていたとしても、この一撃は間違いなく勝敗を喫するという確信とともに。
「……?」
だが、そんな確信はすぐに無へと消えていく。
特に焦った様子もなく、不思議そうにしながらエルミラはその光属性魔法の一撃を難なく躱す。
エルミラが躱すと直線状にあった先の訓練場の壁にベルナルドの魔法は命中し、命中した部分の壁は砕けた。
「っ……!」
躱された……!
驚愕はベルナルドの表情を変える。
タイミングは完璧だった。まさか読んでいたのか? いや、人造人形を相手するなら使い手の動きも警戒して当然か。
ベルナルドは自身の想定の甘さを悔いた。すぐに追撃に備えるも、ベルナルドへの追撃は無かった。
今の一撃を躱したエルミラはベルナルドを攻撃しようとしておらず、何故か砕けた壁のほうをじっと見ている。ぱらぱらと壁の表面は崩れていた。
「ねぇ、こんな事聞くのも変なんだけど……あんた光属性よね?」
「……? ……見ればわかると思うが」
奇妙な質問がそんなエルミラからベルナルドに飛んでくる。
ベルナルドは律義にも答えるが、何故そんな質問をしてきたのかはわからなかった。
しかも、答えられたエルミラは今の質問の答えで納得がいっていないのかベルナルドの目からは、まるで戸惑っているかのように見える。
「そうよね……ごめんなさい。続けましょうか」
その謎は解ける事無く模擬戦は再開される。
……この時点で勝敗を察している人間はこの場に何人いただろうか。
「エルミラ……どうしたんでしょうか?」
「手を抜くタイプではないはずだけど……何かあったのかな?」
ギャラリー席で今の攻防を見守ったミスティとルクスにもその謎は解けなかった。
模擬戦中に止まって何かを考えている様子だったが、エルミラらしくないという事以外はわからない。
普段のエルミラなら躱した瞬間、魔法を叩きこむか接近して肉弾戦に持ち込むかしそうなものなのだが……。
「……ねぇねぇ、ミスティ」
「どうしました? ベネッタ?」
「その……ボクの気のせいかなって思ったんだけどー……」
ベネッタは訓練場のほうをちらちらと見ている。まるで何かを確かめるかのように。
攻防を続けるエルミラとベルナルド。
その表情にある余裕の差は明白だった。
ベネッタは少し躊躇った様子で、こそこそとミスティに耳打ちするように顔を近付ける。
「相手の人の魔法……遅くないー?」
「え?」
そんなはずはない。光属性は速度だけなら風よりも上をいく属性だ。
現に、先程の魔法も速度は申し分なかった。"現実への影響力"も耐久性を高くしてあるはずの訓練場の壁を破壊する程度には高められていて"変換"が不出来という印象も無い。
しかし、ベネッタが何の理由もなくそんな事を言うのもおかしな話。
ミスティはベルナルドの魔法を注視しようとすると。
「"放出"の速度が違うんだ」
ミスティが確認する前に、隣に座るアルムからベネッタの疑問への答えが返ってきた。
アルムの表情には模擬戦を行っている友人への心配はとっくに無くなっており、すでにエルミラの勝利が見えているかのようだ。
「"放出"の速度?」
「ああ、ルクスとかエルミラが、ばっ! って感じだったら相手は、ばああぁ、って感じだな」
擬音を用いたアルムの感覚的な説明にベネッタは首を傾げ、ルクスは思わず苦笑いを浮かべる。
「ご、ごめんー……よくわからないー……?」
「アルムは理論派なのか感覚派なのか……」
「え? ああ、わかりにくいか……出だし……そう、出だしだな。魔法の出だしが全然違うから唱えられてから予測できちゃうんだ。戦ってるエルミラが一番戸惑ってると思う」
思えば、確かにさっきのエルミラは不思議がっているというよりも戸惑っているようだった。
相手の属性を意味もなく確認するなんて事は普通、模擬戦だろうとしないだろう。
アルムの言う通りだとすれば……ベルナルドにしたあの質問は、光属性にしては遅くない? という意図の質問だったのでは?
「技量もそうだが、経験の問題が大きいだろうな。実際に相手がどう反応するかが魔法の構築に織り込めていない。だから"変換"が上手くて"現実への影響力"が問題なくても、"放出"が遅いからああして余裕を持って躱せるんだ。エルミラもベネッタもこの一年、色々な相手と戦ったからな。相手してきた魔法使いの"放出"の速度はあんなもんじゃないだろうから遅く見えるんだろう」
「相手がどう反応するか……意識したことはありませんが……」
「ベラルタは魔法儀式と実地で相手がいる状態で魔法を使う状況が嫌でも続くから無意識に身に付いてくんだろうな。魔法の三工程は"変換"が一番重要だ。けど、他が重要じゃないかどうかなんて言うまでもない。"充填"も"放出"も魔法にとっては重要な工程の一つだし、"放出"は魔法を現実にする工程なんだから重要に決まってる」
「全部一気にやるアルムが言うと説得力があるね」
「ガザスは召喚の魔法が主流って言うからな……召喚は発生が早いし、"変換"を短縮できたりもするから違和感無いが、他の魔法だとこうして目に見えて差が出ちゃうんだろうな」
訓練場のほうではアルムが説明している間、すでにベルナルドが追い詰められている。
ベルナルドに召喚の余裕を与える事なく、エルミラの『蛇火縄』はベルナルドの足を絡めとり、ベルナルドの体勢を崩していた。
「参考までに、今までそういう点を含めて魔法が上手かった人は誰だい?」
「上手かった……」
「アルムもこの一年、僕ら含めて色んな魔法を使う人に出会ってきただろう? よければ聞かせてほしい」
「そう、だな……」
「あ、アルム?」
ルクスの問いにアルムは少し考え込むようにすると、ちらっとミスティのほうを見た。
ルクスもベネッタもミスティの名が挙がると思ったが。
「グレイシャ・トランス・カエシウス」
アルムの口から出てきたのは家名だけは同じの別の名前だった。
一瞬、その名前を聞いてミスティは凍るように固まる。
「自分を持ち上げるようで気が引けるが……今思えば化け物だった。全ての魔法が雷属性のルクスより"放出"が早く、魔法一つ一つの造形が緻密で"現実への影響力"も高い。そんな魔法を連発してくる構築速度……それに、マキビと同じ常世ノ国の魔法も使ってたのにマキビよりも使いこなしていたセンス。正直、ミスティに執着してなかったら……どうなったかわからん」
アルムが思い出すのはグレイシャに宿っていた魔法生命よりも大きな壁に感じた魔法使い。
そして、今までで一番……勝ちたいと強く思った日の事だった。
「グレイシャお姉様は……色々な才能に溢れていましたから」
零れたかのようなミスティのか細い声。
やはり名前を出すべきではなかったかとアルムは少し後悔する。
「すまん。名前を出すのを少し迷ったんだが……」
「謝る必要なんてありませんわ。お姉様が優秀な魔法使いだったのは事実でした。そういった点は私もしっかりと見習って日々邁進しませんと……そうでしょう?」
アルムに気遣わせないよう、ミスティはにこっと笑い掛ける。
そう。心配する必要なんてない。
もう一人じゃないのだとわかったから。
助けてくれる人が隣にいる事を知ったから。
ミスティの微笑みを見て、アルムもその気遣いを受け取った事がわかるように口元で笑って応えた。
「あ」
「え?」
「ん?」
ボン! という大きな爆発音。
同時に、訓練場のほうを見ていたルクスと、タトリズ側の生徒が落胆する声が聞こえてきた。
アルムとミスティは訓練場のほうに目を向けると、制服が焼け焦げたベルナルドが倒れる瞬間が見えた。
どっちが勝ったかは明白。
当のエルミラは勝ったというのに何処か釈然としない面持ちで頭を掻いている。
「勝者! エルミラ・ロードピス!」
マナリル側の二連勝。
ギャラリー席にいるタトリズの生徒の中には絶望感すら漂っているものもいる。
ロードピス家はマナリルではかつての名家だが、ガザスでは全くの無名貴族。
ドムーク家もガザスで高名な家名というわけではない。
だとしても……周りから見ているだけで血統魔法を解禁しなければ全く勝機が見えないほどの差が二人の間にはあった。
ベルナルドの見せ場は最初の召喚くらい。それ以降は手も足も出ていなかったベルナルドに、タトリズ側の戦意は瞬く間に消沈していく。
「うーん……シャボリーと戦ったから私の目が慣れちゃったのかしら……?」
エルミラが戦闘中に感じていた疑問はベネッタと同じ、相手の魔法が遅く見える事だった。
光属性にしては楽に躱す事ができたが、魔法の威力は高かったので"変換"を損なった不出来な魔法というわけではない。
そんな奇妙な状況に、模擬戦中エルミラはずっと戸惑っていた。
一言で言えば、脅威に感じない。そんな、ベルナルドが聞けば心が砕けるような感想をエルミラは心の中にしまっておく。
「まぁ、勝ったからいっか……」
結局、模擬戦中ずっと感じていた疑問に答えは出ぬまま……エルミラは傷一つ無く勝利した。
いつも読んでくださってありがとうございます。
昨日更新する予定でしたが、時間がずれてしまいました……。
今日の分は別にあるので、今日の夜にまた更新します。