285.模擬戦開始
マリーカに連れられて、アルム達マナリルの生徒とタトリズの生徒は模擬戦用の訓練場へと移動する。
訓練場は魔石を使っての開閉と二階にギャラリー席があるなどベラルタの実技棟と似通っているが、タトリズ魔法学院の本棟と同じく円形の建物だった。ベラルタの実技棟は長方形の構造をしているのでベラルタの生徒達にとっては少し新鮮に感じるかもしれない。
大きさはベラルタの実技棟とそこまで差はないが、建物が円形だからか一階から少し遠く感じた。
「まさか一番最後とは……」
「くじ引きだからしょうがないでしょうが。私だって別に二番手がいいわけじゃないわよ」
「まぁ、運が無かったね。僕は三番手だからお先にやらせてもらうよ」
「ガザスに来てすぐ戦うだけでみんな凄いよー。ミスティはー?」
「アルムの一つ前ですわ」
「じゃあ五番目だー」
落胆するアルムを連れてミスティ達は二階のギャラリー席へと上がっていく。
模擬戦を行うメンバーは最初に手を挙げた六人で決まった。
アルムの次にミスティが手を挙げ、次にエルミラ、ヴァルフト、ルクスの順で手が挙がり、サンベリーナが最後に扇を掲げて六人が決定した。
何故アルムが落ち込んでいるかというと、その六人でくじ引きを行い、アルムの順番は最後になってしまったからだった。
「まぁ、皆の魔法を見てたらもっとやる気も出てくるんじゃないかな」
「それは……確かに。楽しみではある」
模擬戦は一対一。ヴァンやマリーカなど教諭も含めて模擬戦をしない者は一先ず全員がギャラリー席へと上がっていた。
その階段の途中、誰かがアルムの首の後ろに勝手に腕を回し、アルムの肩に腕を乗っけた。
「へいみーん……そういえばお前と魔法儀式やった事無かったよな」
アルムと無理矢理肩を組んだのは灰色の髪をオールバックにしている少年。模擬戦で四番手となっているヴァルフト・ランドレイトだった。
「ヴァルフト。そうだな」
「俺様の魔法もみてえだろ?」
「ああ、どんな戦い方をするのか楽しみにしてる」
「くはは! 任せろ任せろ!」
アルムの背中をバンバンと叩くと、ヴァルフトは上機嫌にギャラリー席へと上がっていった。
アルムはヴァルフトとは数度話した事があるが、毎回今のような短い会話で終わる事が多い。
周りから見るとちょっかいをかけられているのか、コミュニケーションをとっているのか判断しにくい光景だった。
エルミラは心配そうな面持ちでアルムの背中を小突く。
「アルム、ヴァルフトと話した事あんの?」
「ああ、何度か……ヴァルフトも頻繁に魔法儀式をしているから、実技棟ですれ違ったりしている内に向こうからあんな感じに話しかけられるようになったな」
「へぇ……」
「どうした?」
「んーん」
アルム達と一緒にギャラリー席に備え付けられている椅子に座りながらエルミラはてきとうに言葉を濁す。あからさまに誤魔化したとしても、アルムはこういう時に無理な追及をしないので、この会話はそれ以上続くことは無かった。
ランドレイト家はとある噂と理由からあまり評判がよくない。
エルミラも関わりが無ければただの噂と聞き流すのだが、友人が絡まれているのならば話が別だった。
とはいえ、アルム本人が特に変わらない様子なので、とりあえず気に留めておくだけにする。ここでアルムに噂について話すのはなんというか少し卑怯というか自分が嫌な人間になってしまう気がした。
全員がギャラリー席に上がり、思い思いの席に座るベラルタの生徒とタトリズの生徒。
その距離はやはりというべきか他校同士は若干離れている。今から行われる対抗戦のような雰囲気もあって仲良くというわけにはいかないのだろう。
とはいえ、どちらも早々に互いの実力を計れる事に大半の生徒は同じような期待を胸に抱えていた。
前向きじゃないのはグレースを始めとした歓迎会までに一息つきたかった一部のマナリルの生徒と、この模擬戦を切り出したにも拘わらず顔色が悪いタトリズ魔法学院の学院長マリーカくらいだった。
「これで……よろしいんですよね?」
マリーカのその弱々しい声に応えたのは後ろに座っている一人の少女だった。
「はい、ありがとうございました。そして、申し訳ありません。私の我が儘で」
「いえ……これくらい、お安い御用です」
「大丈夫には見えないですね、マリーカ」
「何もされないとはわかってはいましたが……魔法無しでヴァン・アルベールを挑発するのは流石の私も肝が冷えます」
「一応、万が一の時は守るよう命令していたから。彼に」
少女はマリーカの隣に座る衛兵のような男に目を向ける。
男は無言でマリーカににこっと笑い掛けた。上品ですらりとした体格に似あう柔らかな笑顔。その整った顔立ちに魅了される人も多いだろう。
マリーカは、どうも、と笑い返す。苦笑いでだが。
「それに、この子達も」
そう少女は付け足した。
あまりに恐れ多くて、マリーカは今度は笑う事も出来なかった。
「アルム?」
一方、ベラルタ側ではミスティ達と並んで席に座ったアルムがタトリズの生徒達が座る方向をじっと見ていた。
隣に座るアルムがとある方向をじっと見つめていた事に気付き、ミスティはマリーカと少女のほうに目をやった。
その少女は周囲の生徒達よりも雰囲気は大人びていて、学院長と話している姿もまるで対等以上の印象を受ける。それだけではなく、その少女は周囲とのタトリズの生徒と比べても一際目を引く容姿の持ち主だった。
最近は気になったからとアルムが人の顔をじっと見つめるのも少なくなってきたが、あの美しさでは無理がないと思うほどには。
そんな事を考えてしまった自分の思考をミスティは呪う。
「綺麗な……お方ですね……」
「ああ……」
「あの方が、その……気になるのですか?」
「少しな」
「そう……ですの……」
ああ、何て気分だろう。
泥水を無理矢理啜らされてもここまでは悪くはならないに違いない。胸の中がどろどろとしていて、濁っていくのをミスティは感じた。
アルムは非常識気味に臆面もなく女性を褒める事はあっても、特別な興味を抱くなんて事はミスティが知る限りは無い。
それが今、隣でこんなにも真剣な眼差しを向けている。
異性に惹かれるというのは、どうしようもない衝動だと理解しているものの、そうであってほしくないという願望がミスティの表情を暗くさせた。
周囲に悟らせないように、表面だけは取り繕って今から模擬戦が行われる一階のほうに目を向ける。
ちらっとアルムのほうを横目で見ると、まだ少女のほうを見ているようだった。
早く模擬戦が始まって欲しい、とミスティは切に願った。
そうなれば、アルムの視線は少女のほうではなく、模擬戦が行われる一階に注がれるだろうに。
(どこでだ……?)
そんなミスティの不安は一言で言えばただの杞憂だった。
確かにアルムは真剣な面持ちで一点をずっと見つめている。
しかし、見つめているのは少女ではなくマリーカの隣にいる衛兵のように付き従っている男のほう。確かに綺麗な男ではあったので、ミスティの声に生返事していたわけではない。たとえばルクスの事を綺麗かどうか問われてもアルムは綺麗と答えるだろう。
アルムはただ、どこかで感じた男の妙な雰囲気が気になり、ずっと記憶を探っていただけだった。
だが、いくら探ってもどうしても思い出せない。
その雰囲気にこそ覚えがあるが、記憶を探る度に会ったことが無いという確信だけが強まっていく。
「おーほっほっほっほ!!」
そんな確信を裂くような一階から聞こえてくる高笑い。
訓練場を舞台にこれから劇でも始まるのかと錯覚するほどに美しく響きわたった。
中央に堂々と歩いてくるはマナリルの女子生徒サンベリーナ・ラヴァーフル。
その堂々たる姿は並んで中央に歩いていくタトリズの生徒よりよっぽどここの生徒のようだ。
「ごめんなさいねアルムさん! ベラルタ魔法学院の一番槍、このサンベリーナ・ラヴァーフルが頂きますわ!」
扇を広げ自信満々に、かつアルムを煽るようにアルムの座る席に向かって言い放つサンベリーナ。
煽るなら模擬戦相手であるタトリズの生徒なのだろうが、サンベリーナの矛先は何故かアルムに向いていた。
「くっ……六番め……!」
そんなサンベリーナのおふざけのような煽りで素直に煽られるアルム。
アルムが一階の訓練場のほうに気を取られた事にミスティは人知れず安堵し、心の中でサンベリーナに感謝していた。
「アルムってばサンベリーナの事、手挙げた順番で呼んでない?」
「よっぽどくじ引きで最後になったの嫌だったんだねー……」
エルミラとベネッタの憐れむような視線もアルムは気付かない。
訓練場の中央にサンベリーナとタトリズの生徒が向かい合うと、ギャラリー席でファニアの隣に座っていたヴァンが立ち上がる。
「ルールはベラルタの魔法儀式に則って行う! 再起不能にする規模の魔法と相手の身体を欠損させるような使い方は無し、決着は降参するか気絶するかだ!」
ベラルタで行っている魔法儀式のルールを念のため読み上げるヴァン。
愚問だと言いたげに睨み合っている両者の様子を見てヴァンはマリーカのほうを見て頷いた。マリーカもそれに応じるように頷く。
「始めろ!!」
ヴァンの声を合図に、一階で向かい合っていた両者が動く。
「俺……手挙げたの一番だったのになぁ……」
模擬戦が始まっても尚納得いかない様子で、アルムはサンベリーナを羨ましそうに見ながらぼやいていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
珍しく不満そうです。