284.魔法への飢え
「ベラルタ魔法学院教諭ヴァン・アルベールです」
「マナリル王都直属宮廷魔法使いファニア・アルキュロスです」
「遠路はるばるようこそおいで下さいました。私、タトリズ魔法学院学院長の"マリーカ・ヴァームホーン"と申します」
道中トラブルもなく無事、タトリズ魔法学院に到着したベラルタ魔法学院の留学メンバー十三人と引率のヴァンとファニア。
タトリズ魔法学院の本棟は円形の建物であり、一階から天井までが吹き抜けになっている。ロビーに集まっているアルム達は二階と三階の廊下からタトリズ魔法学院の生徒達から見られていた。
ヴァンとファニアが挨拶をしているタトリズ魔法学院の学院長マリーカの後ろにも生徒が数人並んでおり、そこからの視線も気になるところだ。
「察するに、後ろのがあっちのメンバーかしら」
「だろうね」
恐らくは、学院長のマリーカの後ろに並んでいるのはこちらと同じくタトリズ側の精鋭。
ベラルタ魔法学院はマナリルの才能が集まる場所、そして留学メンバーはその才能の中から選ばれた生徒だ。生半可な生徒と交流させてはガザスを軽んじられる可能性が高い。アルム達を見る視線は数多いが、交流させる事が出来るのは留学メンバーと同じく、タトリズの生徒のトップ達一握りという事であろう。
「どうしたベネッタ」
アルムは隣のベネッタの目がきょろきょろ動いている事に気付く。ルクスとエルミラのようにマリーカの後ろの生徒達を見ているとは思えない動きだ。
五人でいる時は騒がしいものの、こういった場では普段落ち着いているだけにこんなベネッタは少し珍しかった。
「う、うん……アルムくん何か変なの見えないー?」
「変なの?」
「そのー……何がとは言えないんだけどー……」
小声で話すベネッタの声のトーンが自信無さげに下がっていく。
アルムにはベネッタの指している"変なの"が何かもわからず、見えてもいないのだが、ベネッタの目は確かに何かを見つけているようできょろきょろと目がずっと動いている。
ベネッタ自身、自分が見ているものにいまいち自信が無いのか目をこすっていた。
「あの人の周りに……」
ベネッタの視線が動く。アルムもその視線を追った。
視線の先には、暗めの色の中にも輝きがあるダークブラウンの髪が眩しい気品漂う少女がいた。
ベネッタはその少女の周囲が気になるようだったがアルムには何も見えず、どちらかと言えばタトリズの生徒達の後ろに一人立っている衛兵のような格好をした男性のほうが気になった。
「すまん、よくわからん」
「そっか……気のせいかなー……」
結局、ベネッタが何を見ているのかはわからなかった。
アルムと衛兵のような男との目が合う。
男は口元で笑い、アルムはその笑顔に会釈で返した。
(どこかで見た事があるような……)
顔が似ているというよりはその男が醸し出す雰囲気をアルムは知っているような気がした。
しかし、どこで知ったかを思い出せない。曖昧なものがアルムの中に残る。
「今からですか?」
怪訝そうな、かつ声量が一つ大きくなったヴァンの声。
まだ到着したばかりだというのに、何か意見の食い違いでもあったのだろうか。
その声に、ヴァンと向かい合っているマリーカは儀礼的な笑みを返していた。
「ベラルタといえば魔法儀式……となれば、我が学院の生徒達との交流はやはりそこからではと思った次第です。タトリズにも模擬戦の為の施設はありますから、模擬戦を通して生徒同士には挨拶と交流を行って少しでも馴染んで貰おうと思いまして」
「しかし、予定では……」
ヴァンが知らされている予定は今日は学院の案内と生徒の紹介、そして用意された宿舎で夜まで休み、夜になったら歓迎会……という流れだ。
到着当日は魔法抜きでの交流を予定しており、マリーカの提案は本当に唐突なものだ。
ベラルタといえば魔法儀式というのは間違っていないが、それを理由に到着早々、生徒達に魔法儀式と同じ方式で模擬戦をさせられるのは抵抗がある。
「それとも……やはり、旅の疲れで実力が出せませんでしょうか?」
煽るようなマリーカの言い回しにヴァンの眉がぴくっと動く。
嘗めてんのかこの年増、と自分の年齢を棚に上げたヴァンの怒りが眼力と圧力となって現れる。
マリーカの後ろでひっ、と声を上げてしまう生徒もいた。
領地の有無に限らず、魔法使いともなれば各地に飛ぶ事が多い。魔法使いには旅はつきもの……それを理由に実力が出せないとはつまり、魔法使いとしては未熟、又は二流、と遠回しに言われているようなものだ。
ヴァンの見立てでは、この留学メンバーの中で今すぐと言われて実力を発揮できない生徒は――
「うええ……気分悪いし……」
「フラフィネさん、お顔が青く……! も、もう少し頑張ってくださいな……!」
……一人だけいたが、他は問題ないはずだ。
「……予定外の事ですので、生徒に強制はできません。生徒の中で希望する者だけでよろしければお受けしましょう」
「それでは、互いに六人ほどではどうでしょう。丁度留学メンバーの半分ほどですし、それくらいは希望なされると思うのですが」
「六人ですか……」
向こうの提案に誘導されているのはわかっていた。予定に沿った行動をと断る事も当然できる。
しかし、この短期留学は他国の生徒同士の交流により魔法の見聞を広めるという名目の中に、マナリルとガザスの未来を担う人材を互いに見せつける軍事的な外交という側面がある。
ここで断ってガザスをいい気にさせるのはマナリルに所属する魔法使いの選択としては後ろ向きすぎる。
ヴァンが隣をちらっと見ると、隣に立つファニアも同意見のようで、こくりと頷いた。
「いいでしょう。その提案お受けします」
「ありがとうございます」
マリーカは恭しくヴァンに頭を下げる。
舌打ちの一つでもしたくなるくらいの丁寧さだったが、それよりもとヴァンは生徒達のほうに振り返った。
「フラフィネ! お前はとりあえず医務室に案内してもらえ!」
「あい……ごめんなざいぃ……!」
「あ、私が案内致します!」
ヴァンはまず先程からずっと体調を悪そうにしているフラフィネを除外する。
タトリズの生徒の中から一人、温和そうな少女がフラフィネの状態を察して案内を名乗り出てくれた。
「フラフィネ……うえ……クラフタです……お手数かけるしぃ……」
「"モナ・ムーレン"です。こちらへどうぞ」
タトリズの生徒に手を貸してもらいながらフラフィネはとりあえずこの場から退場する。
流石に乗り物酔いで顔を真っ青にしている者にこれから模擬戦を行えとは言えない。
「さて、話の通りだ……急遽、向こうさんの希望で模擬戦を行う事になった。方式はこちらの魔法儀式と同じのを希望しておられる」
留学メンバーといえども、聞かされていない予定に少なからず不満の声が出る。
ヴァンは中にはそんな声が出るのも承知で続きを口にした。
「向こうさんはとりあえず半分ほどの六人を希望してる。まぁ、向こうなりにこちらに歩み寄ってきてると考えよう。それで誰か――」
希望者はいないか。そう聞こうとしたヴァンの声が止まった。
同時に、聞かされていない予定に対する不満の声も。
どちらの声も止めたのは高々と挙げられた一本の手だった。
「まぁ、君にとってはチャンスだよね」
「はぁ……魔法の事になるとこうなんだから……」
「どこに行ってもって事だねー」
「うふふ、そうですわね」
その挙がった手に、やっぱり、といった反応を見せるミスティ達。
他の留学メンバーも不満の声など、もう口にできるはずが無い。
ヴァンが希望者を募る前に手を挙げたのは、この中で唯一貴族ではない一人の生徒。
その目には不満など一欠けらもなく、その手はこの中で最も意欲的である事を示していた。
ヴァンはつい口元で笑ってしまう。本人はただ自分の為にと手を挙げているだろうが……図らずも、この短期留学において最も重要なマナリルの未来を見せつけるという側面を今率先して行おうとしているのが、国を担う貴族ではなく守られるべき平民だったのだから。
「いけるか? アルム?」
「いつでも」
いつもと変わらぬ朝のように、あるいは飢えた獣のように?
アルムはヴァンの問いが愚問であるかのように言い放った。
いつも読んでくださってありがとうございます。
自己紹介がてらの模擬戦です。