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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第五部:忘却のオプタティオ
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279.カレッラ

「これがカレッラだよ」


 歩きながらそう語るシスターの言葉には自嘲が込められているように見えた。

 相手が貴族であるミスティ達だからだろうか。

 それとも……カレッラという村の在り方が余りに特殊だと自覚があるからだろうか。


「これがって……」


 まるで村の全景を紹介されたような口ぶりに何か言いたげなエルミラ。

 何せ、周りに村と呼ばれるような場所は存在しない。

 通りがかった一軒の民家を通りすぎた際に、シスターはこれがカレッラだと言い放ったのだった。

 周囲は依然として山中の森。

 見渡せば春の季節に生い茂った木々、まだ枝もたわわにとは言い難いが、確実に育ち、実っている木の実の数々、時折視線を下にしてみるとひっそりと咲く花とその影に隠れる山菜。

 耳を澄ませれば木の葉の隙間を戯れるように吹き抜けるさやさやとした風の音、遠くに聞こえる清涼な川のせせらぎが時間を停滞させており、時折聞こえる獣の声が聞いた者の時間を元に戻し、ゆったりと流れる時間の帳尻を合わせているかのよう。

 春にしてはひんやりとした空気が歩いて火照り始める体を冷まし、鼻には深い緑の薫りとに若々しい果実と木の実が混じって甘い。

 これらの光景がこの山では季節とともに目まぐるしく変わっていくのだろう。

 しかし、その光景の中に村と呼ぶべき姿は無い。

 あるのは自然の中、ひっそりと建つ民家だけ。強いて言えば、その傍らには個人の畑のようなものがある。


 自分達は自然に住まわせて貰っている。この山に住む他の生き物と同じように。


 民家という人間の営みの代表は、緑に絡みつかれながらそう語っているかのようだった。


「おう、ダルダ爺さん」


 ちょうど畑仕事のタイミングだったのか、その民家から鍬を持った老人が現れた。


「シスターちゃんか。その人らは?」

「アルムの友達だって」

「へぇ、いらっしゃい」


 そんな短い会話だけを交わし、会釈だけすると老人は民家の隣に構えてある小さな畑に鍬を振り下ろし始めた。

 アルムの友人である事に一瞬、驚きはしていたようだが、それ以上ミスティ達に興味を示すことはない。


「村というより隠れ家みたいだろ」


 シスターは口元で笑いながらそう言った。

 まさに思っている事だったのでエルミラはバツが悪くなる。シスターの隣を歩いているベネッタからはぎくりという心の音が聞こえてくるようだった。


「無理ないよ。私だって来た時は驚いた。村って言わねえだろってな。実際……カレッラの人間は互いにほとんど干渉しない。村ってのは人間が寄り添って生きていくための手段なのに……ここは自然にしか寄り添おうとしない。ここで人間が関わるのは大抵共通の問題があった時だけだ。税の取り立て、一年に数回くる狂暴化した魔獣……後は逃げてきた野盗の捕縛とかな」


 その在り方は果たして村と言えるのだろうか。

 あまりに、そう、あまりに原始的。

 人間としての文明を進ませようとせず、自然に混じって緩やかに終わりを待つかのような生き方。

 最適化とはかけ離れた、ただそのままを生きるかのような在り方が、貴族であり魔法使いとしての教育を受けてきたミスティ達には理解しにくい。

 自然は確かに寄り添うべきものではあるが、自然に向き合いすぎるのは人間の生き方からは遠すぎる。

 何故なら人間は脆弱で、自然と歩調を合わせることができない。太古から続く自然と言う巨大すぎる成り立ちに、集まって知恵を絞り、自然よりも早い時間で走ることでしか人間は生存できなかったのだから。

 だからこそ、人間は自然に神秘と恐怖を感じる。自分達が順応できず、壊す事でしか対抗できなかった脅威そのものなればこそ。

 ミスティ達や大部分の人間達のように、自然と寄り添いながらも人間の営みを自然とは違う形で作って生きるのが人間にとっての自然(・・)

 カレッラという人同士で集まる事すらしない村の在り方は、そういった意味で人間らしいとは言えないように思えた。


「こんな場所にも税の取り立てってあるのね……ん?」


 何気なくエルミラが呟いた瞬間、ミスティとルクスが厳しい目でエルミラをじっと見る。

 一瞬、何かと戸惑うが、エルミラは自分がさらっと失言をしている事に気付いた。

 こんな場所。

 それは友人の故郷、そして今住んでいる人の前で使うにはあんまりな言葉だろう。


「あ、ごめ……」

「いひひひひ! 正直な子だ! いいよいいよそう思いたくなる気持ちわかるから!」

「ごめんなさい……」

「だからいいって。こんな村とも呼べない村で何を取り立てるんだって話だしな。マットラトの旦那はいけすかないやつだが、真面目でね。カレッラがあるとわかった途端、律義に取り立てにきてる。こんな場所に来るなんて絶対手間のが多いだろうにな。勿論私は隠れてやり取りを見てるだけだが……まぁ、あれは悪くない」

「失礼ですが、何を納めておられるのですか?」

「魔獣の牙とか爪とか毛皮とかだね。村には八人しかいないからてきとうな素材詰めただけで……」


 自分達の知らない特異な村の形だからか、それともアルムの故郷だからか。

 歩く間に質問は尽きず、案内すると言われた教会に着くまでの一時間はあっという間に過ぎていった。

 教会は予想通りというべきか、どこからか蔓が伸び、建物の色と自然の緑が混じった外観だった。手入れされているのか、窓のほうには蔓は無い。

 二階建てで石造り。民家よりもよっぽど大きいのだが、森の木々のほうが高く、山の陰にも隠れていて山の外からこの教会を見ることはできないのだという。

 シスターはそんな説明をしながら両開きの扉を開けた。ふと下を見てみれば、この教会に続く道になっていたらしい四角い石が点々と続いているのが見えた。


「貴族様方の邸宅に比べたら汚いとこだが……まぁ、自由に使ってくれ」

「うわー!」

「意外……って言ったらまた失礼だけど、綺麗ね……」


 中は窓から入る光が通っており、山中らしからぬ空間があった。

 天井まで吹き抜けており、一階の身廊からは二階の両脇に構えられている木造の廊下と部屋の扉がいくつか見える。

 教会を支えている丸い柱を辿って上に目を向けて見れば、いつ頃から残っているかわからない、花をモチーフにしているであろうステンドグラスが青く輝いており、一階に並べられている長い椅子を青く包んでいる。

 身廊の先に見える祭壇にはもう、何も安置されておらず、教会という役目をこの場所が終えていることを空虚さが証明していた。

 中央の身廊をシスターは進んでいく。

 教会と修道服というぴったりくる組み合わせではあるのだが、巨大な斧を担いで歩くシスターの姿はどこかずれているように見える。


「教会って本当に教会とは……何故こんなところに……?」

「カレッラってのは元々ここに住んでいた人達が付けたこの土地の名前でね。土地そのものが信仰対象だったのと、外からの文化が混じってこんな形になったらしい」

「自然崇拝でしたでしょうか……古典は得意ではないので自信はありませんが……」


 ミスティは上のステンドグラスをじっと見つめていた。

 花をモチーフにしたステンドグラスは、かつて北部にあったラフマーヌの文化に似ているものの、様式が違っているのはミスティにはすぐわかる。

 それでもじっと見つめていたのはそのステンドグラスがただ綺麗だからではなく、似ているような気がしたからだった。


(アルムの魔法に似ていますが……)


 アルムが大百足を倒す際、現実に"変換"した花の砲口。

 その砲口に似ているような気がしたのだが……何処か、違っていた。

 何が違うのかは曖昧で説明することはできないが、ミスティは何故か違うとしか思えなかった。


「アルムの部屋見るかい?」

「!!」


 ミスティの視線はステンドグラスから勢いよく、いつの間にか祭壇の横の階段に足をかけているシスターのほうへと。

 しかし、すぐに我に返る。


「で、ですが、アルムの許可もありませんのにそれはいけませんわ」

「いいよ、あいつそういうのほんとに気にしないから。いいぞ、って普通に言う」


 それは確かに、と納得してしまう四人。

 むしろアルムが断る姿が想像つかなかった。

 それでも、ミスティはどうしようかと悩んでいる。淑女として他人の部屋を勝手に見るなどいけないことだと自分の言い聞かせ、見たいという欲望に抗っているのが見てとれた。

 そんなミスティを見て何も思わないわけがないエルミラとベネッタの二人。そして示し合わせてにやにやとする二人を、苦笑いを浮かべながらも止めようとしないルクス。

 完璧な三人のコンビネーション(?)が欲望と戦っているミスティを責め立てる。


「私達は見たいから見るわ。どうするミスティ? えっちな本があったら教えてあげようか?」

「な、な……! あ、あ、あの、あアルムが、そそ、そ、そんな……!」


 迷うミスティの肩をぽん、と叩きながらさらっと言うエルミラ。ミスティは顔を真っ赤にする。

 貴族は色を好む者も多い。なので、そういった目的の書物に需要と価値が生まれるのは必然であり、貴族の好む物は平民にもいずれ流れていく。実物は見たことないが、そういった書物が存在するという知識はミスティも持っていた。

 有り得ないとは思いつつも、アルムも男性なのだからもしや、という思考がミスティの感情をつつく。


「意外に、ってのもあるかもねー?」

「そうねぇ……ベネッタ、二人で探してみましょうか。アルムは本読むのが好きだから本当にあるかもしれないし」

「あのアルムくんが! ってのがあるかもしれないねー」

「お、お二人ともやめてくださいまし! いけませんわ! 部屋主がいない間に部屋を物色するだなんて!」


 常識を使って二人を止めるが、にやにやと顔を見合わせるエルミラとベネッタがそんな事で止まるはずがない。なにせ、二人の目的は部屋の物色ではなく、ミスティをからかい倒す事なので罪悪感など欠片も湧かないのだった。


「私達が勝手にやるだけだもの。ねぇ、ベネッタ?」

「そうそう、ボク達が勝手にやるだけだから。ねー、エルミラ?」

「見張る人間がいれば諦めるしかないけど……まぁ、いないみたいだし? 後でアルムには謝ることにしましょ」

「そうそう、だってここに住んでるシスターさんがいいって言ってるんだもんー」

「で、ですが……る、ルクスさん……」


 ミスティの縋るような視線がルクスに向けられる。

 柱の柱頭の意匠を見ていたルクスはミスティの弱々しい視線に気付くと、にこっと笑って。


「こういうのは自己責任だと思いますので、二人の自由かと」


 縋ってきたミスティを思いっきり突き放した。

 共に常識を盾にして戦ってくれると信じていたルクスにも見放され、ミスティは頭を抱える。

 二人の見張り、という欲望の建前を見事に作られて、許可なく部屋を見るのは、と拒んでいた理性はすぐに白旗を上げた。


「わかりました……シスターさん……私も見させて頂いてよろしいでしょうか……」

「だから遠慮しないでいいんだってば」


 申し訳なさを感じながらも絞り出すようにお願いするミスティ。

 その言葉をミスティから引き出したベネッタとエルミラはハイタッチ。小気味いい音が教会に響き、そんな楽しそうな二人を見てルクスは微笑む。

 四人の様子を階段から眺めるシスターは、愉快な子達だな、と他人事で呟いていた。

いつも読んでくださってありがとうございます。


『ちょっとした小ネタ』

シスターは四十一歳です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 14歳で武器もって魔法を使う貴族に戦いを挑むって、こっちの世界なら間違いなくシスターは英霊の座に招かれそう
[良い点] シスター武器を持ったの14歳か、、 それだけひどい貴族だったんだな、、 エルミラは貴族としての振る舞いがベネッタより苦手そうだなぁ。家が返り咲いた暁には友人達に教えてもらいましょう。ベネ…
[一言] 最後の方の一文…脱字? 「その言葉をから引き出したベネッタとエルミラは…」 のとこですが、 「その言葉を(ミスティor彼女)から引き出したベネッタとエルミラは…」 では無いかと…
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