269.発表の裏で
マナリル王都アンブロシア。
ベラルタ魔法学院での発表と同日、王城の執務室に座る国王カルセシスと側近のラモーナの話題もガザスからの推薦についてのものだった。
国王であるカルセシスはガザスの女王ラーニャとも面識があり、多少なりともその人となりを知っている。
だからこそ、真意がわからなかった。わざわざガザスに疑念を抱かせるようなこの推薦に。
「どうなってる? 何故ラーニャ……あの女がアルムを推薦する?」
「少なくとも……魔法学院に通う平民を興味本位、という単純な事情ではなさそうですね」
「そんな馬鹿みたいな理由なら助かるが、それはない。アルムを推薦する理由は魔法生命に関して以外は無いはず……ガザスはすでに魔法生命の情報を手に入れているという事か? それなら辻褄は合うが……ラーニャ自らが推薦する理由までは掴めんな。この指南役とやらにでも推薦させれば馬鹿を装えたかもしれぬというのに、何故これみよがしに意図が隠れているとわかるような推薦の仕方をする……?」
「……拒否は無理ですね」
「当然だ、ここで拒否すればアルムが貴重な情報源だと現状の価値をガザスに暴露するようなものだ。向こうの真意がわからない今、無条件で価値を教えてやるわけにはいくまい。それに、形式的にはあくまで魔法学院同士のやり取りだからな。立場を利用している向こうに比べてこちらは国王としての介入はどうしても目につく……賢しい女だ」
カルセシスはトントントン、と机を数度指で叩きながらいくつか考える。ラモーナはしばらくその様子を見守っていると、やがて指の動きは止まり、音も止まった。
「通信用魔石をここに。ガザスにいるヘルムートにガザスの内部事情を探らせる。留学に引率するファニアにも知らせろ。それとミレルにいるシラツユ・コクナ。やつは去年までガザスで暮らしていたはずだ。迎えを送れ」
「彼等はどういたしましょう?」
下された命令に付け加えるようにラモーナがそう尋ねると、その意味を理解したカルセシスは頷いた。
「動かせ。合法的にやるよう念を押してな」
「承知致しました」
ラモーナは頭を下げると、カルセシスの命令を果たす為に執務室を出ていく。
「まぁ……無駄だとは思うが」
カルセシスだけが残る執務室。
推薦者の書かれた親書を捨てながら、カルセシスは気怠そうに呟いた。
ベラルタ魔法学院には第一寮から第六寮までが存在する。
第五寮と第六寮は三年専用で、第一寮から第四寮までを一年と二年の入る寮で、寮の作りも同じになっている。
今年の一年が入るのはベラルタ魔法学院の第三寮と第四寮。
晴れてベラルタ魔法学院に入学した生徒同士、和気あいあいとした光景が広がるかと思えば、そんなことは無い。
去年より人数も少ない寮内でも、やはり去年同様の事態は起こっている。魔法儀式という生徒同士の魔法戦闘の存在が、入学式前には家同士の繋がりを作ろうとしていた貴族同士の間にすらぎくしゃくとした空気を作り出していた。
ここ第三寮もまた同じ。
入寮して二日経っても共有のスペースはほとんどの者が使おうとしていなかった。数週間も経てば同級生同士という意識から打ち解けていくのだが、魔法儀式についてを聞かされてすぐにというわけにはいかないのだろう。
「兄貴」
「はい」
そんな第三寮の共有スペースに、我が物顔で座る男女がいた。
二人は同じラベンダーのような淡い紫色の髪をしており、男は後ろで結び、女の方は胸元まで伸ばしていて、気怠そうな表情を浮かべながらその伸びた髪を指でくるくるさせている。男のほうはきっちりと、女のほうは若干粗雑に共有スペースのソファに座っていた。
その二人が着ているのは当然ベラルタ魔法学院の制服。今年の一年生のデザインだ。
「これって仕事なわけ? 何でうちらがこんな事しなきゃなんないの?」
「仕方がないでしょう。他でもないあの方の頼みです。万が一の為にと言われていたにもかかわらず、すぐに指令が来たのには驚きましたが」
「なーんか体よく利用されてるだけって感じ。入学に喜んでたってのにやる気削ぐ事してくれるわ……」
「どちらにせよ、指令に従うしかないでしょう。この借りは卒業後に何らかの形で返して頂く事にしましょう」
「あっちが忘れるでしょ。だから損なの」
「なら、覚えさせるだけの結果を残せばいいだけの事です」
「兄貴はそうやって……まぁ、やらずに目をつけられるのだけは勘弁だしね」
女の方は仕方ない、と大きくため息をついた。男のほうは女が不本意ながら指令をこなす意思を見せてくれた事に安堵する。
「それに……うざったいとは思ってたし。今回の件含めて憂さ晴らしするはありかな」
「"ロベリア"……言っておきますが、僕達はパルセトマ家として指令に従っているだけです。君の私情で暴走しないように」
「わかってるっての。でも……兄貴だって思う所が無いわけじゃないでしょ?」
「僕は誰であれ功績は評価されるべきだと思いますよ」
「その功績が怪しいんじゃないの」
言いながら、ロベリアと呼ばれた女は立ち上がる。
「カエシウス家とオルリック家が庇護しているようですが、それでも怪しみますか?」
「四大貴族が揃いも揃ってお優しい事……呆れるわ」
「本当にそれだけの価値があるのもしれませんよ。このような指令が来るくらいなのですから」
「買い被りすぎなのよ。噂に振り回されてんじゃない? それか……他国に恥晒しを送りたくないとかね」
どうでもよさそうに小さく欠伸をして、ロベリアは階段のほうに歩いていく。
ロベリアは階段に足をかけたところで、共有スペースに残る男に聞き忘れた事を尋ねた。
「ああ、名前なんていったっけ!?」
「アルム、というらしいです。油断はしないほうがいいでしょう」
「平民にびびりすぎなのよ兄貴は」
「用心深いんですよ。お転婆な妹と過ごしてきたせいでね。それと……外ではしっかり名前かお兄様と呼んでください」
「はいはい、おやすみ"ライラック"」
「お兄様と呼ばれる事に憧れているのですがねぇ……」
いつも読んでくださってありがとうございます。
予約投稿機能を思い出して久々に予約投稿を使ってみました。
追記
予約投稿したと思ったら普通に投稿していた………自分でも混乱しています……。
投稿しなおすのもおかしな話なので、そのまま更新という事で楽しんで頂けたら幸いです。