268.推薦の真意
「ちょっとどういう事!?」
「カレッラにいた時に何かあったとかー?」
「いや、俺にもわからん……」
留学メンバーの発表があり、日程などの説明が終わって講堂を出た直後、本棟に向かう中庭を歩きながらアルムは当然のようにエルミラとベネッタから詰め寄られた。
理由は勿論、アルムがガザスの女王に推薦されたことについてに決まっている。
「理由がわかりませんわね」
「ああ……」
ミスティとルクスは詰め寄りこそしないが、アルムが選ばれた事には疑問を持っていた。
アルムの力はミスティとルクスもよくわかっている。身内の贔屓抜きに、推薦されるに値する力を持っているとさえ考えていた。
魔法に"変換"しきれない事から魔法未満とされ、存在が曖昧な事から"現実への影響力"が圧倒的に低い無属性魔法。
魔法の常識から考えれば欠陥でしかないその性質を自身の膨大な魔力によって無理矢理利点に変える。常識外れの魔力量と常識外れのアプローチを合わさって生まれたまさに例外中の例外だ。
だが、それはミスティやルクスのようにその力を目の当たりにしているからわかること。
勲章の授与式の状況のように、マナリルの貴族にさえまだ理解されきっていないというのに、他国であるガザス、しかもその女王がアルムの力を理解しているとは思えない。
しかし……理解していないなら、今度は推薦された事に説明がつかないのだ。
「ルクスさん、勲章の授与者の発表はまだのはずですわよね?」
「ベネッタの記事を出した新聞屋と連携してタイミングを計るって話だったからね。一般にはまだ知られてないはずだ」
授与式の場にガザスの密偵がいた? 宮廷魔法使いによる感知魔法が張り巡らされているマナリルの王城で?
そこまで考えて、ミスティは首を横に振る。
たとえいたとしても、あの時にアルムの情報を手に入れるのでは遅い。推薦者を決めるのはもっと早い段階でなければいけないはず。
授与式が行われたのは五日前。そんな直前にアルムの事を知り、推薦者についてを協議し、その結果をマナリルに書状で送るなど出来るはずが無い。なにせ、ガザスからベラルタまではどれだけ急いでも七日はかかる。時間と出来事の辻褄があわない。
「アルムの情報が漏れてるのでしょうか……? それとも、スノラの事件でアルムの名前が噂になった時に……」
「いや、あの時点ではまだ噂の範疇だった。国内の貴族も信じてない者も大勢いたし、他国のトップが推薦するには流石に理由が弱いと思う。単純に魔法学院に入った平民が気になるって可能性はあるかもしれないけど……マナリルの戦力を合法的に確認できる機会に、仮にも他国のトップがそんな理由で推薦者を選ぶとは考えにくいかな」
ミスティとルクスがいくら話してもガザス側の真意はわからない。
なにより普通に考えた時、女王の推薦である理由が全く見当たらなかった。
ガザスは必要最低限の交易以外は非常に閉鎖的なため、国内事情から推測する事すら出来ない。
推薦された本人に何か心当たりがあればまた話は変わってくるものの……。
「わからないじゃないでしょうよ! 向こうのトップからの推薦って……何かあったでしょ! 何か!」
「そんなこと言われてもカレッラは滅多に人来ないしなぁ……」
本人であるアルムも詰め寄られて困るくらいに心当たりが無いようだった。
「一度だけガザスの怪我人が迷い込んだ時はあるが……」
「その人が女王様だったとかー!?」
「いや、男だったぞ……それに怪我を治したのも助けたのも師匠だからなぁ……」
「あ、アルムくんがよく言ってる師匠さんって信仰属性なんだー」
詰め寄られたアルムの声にベネッタの興味が少し逸れる。
「ああ、魔獣を狩る事が多いから助かってた。村には医者もいないからな」
「へぇー! 村に治癒魔法使える人いるのはいいねー!」
「ああ、そういう存在がいるだけ安心というかな」
「うんうん!」
大きく頷くベネッタは周囲から見ても何処か微笑ましい。
信仰属性は戦闘に向いておらず、生き残りにくいという風潮もあり、マナリルでの使い手はあまり多くない。それゆえに、こういった安心感を与えられるというエピソードは自分の事のように嬉しいようだった。
「和むな和むな。話終わってないから」
「あ、そうだー! つい!」
そんな、ベネッタ自身も無意識に逸らしてしまった話題をエルミラが元に戻す。
その場の雰囲気が少し和やかになったところで話は一切進展していないのである。
進展させられない、といったほうが正しいかもしれないが。
「アルムさん、ちょっとよろしくて?」
「え?」
そのアルムに後ろから声が掛けられた。
アルム達の後ろで思案していたミスティ達も声に振り向くと、エルミラやベネッタと同じく留学メンバー入りしているサンベリーナだった。
「あ、サンベリーナさん」
「ご機嫌ようベネッタさん、皆様も。何度かお話した方もいらっしゃいますが、初めてお話する方もいるので改めて、サンベリーナ・ラヴァーフルでございます。以後お見知りおきを」
「ラヴァーフル家の令嬢を知らないなんてこいつくらいだろうけどね」
「すまん」
言いながら、エルミラはアルムを親指で指差す。アルムもそれを否定しなかった。
簡単な挨拶をすますとサンベリーナはアルムを怪しむような目付きで見つめながら再び本題に戻る。
「それでアルムさん、あなた……あれはどういう事ですの?」
威嚇なのか、それとも癖なのか、サンベリーナは花をモチーフとした複雑な彫刻があしらわれている扇を音を立てて開く。
彫刻の意匠を見てミスティだけは、北部の扇ですわね、と内心で呟いていた。
「あれっていうのは推薦の事か? それだったら俺もわからん」
「アルムさん、確か出身はカローラでしたか」
「カレッラだ。勘で言ってないか?」
「失礼。そんな事はありません。カレッラ……そう、それです。確かガザスの国境近くにある村でしょう? まさかとは思いますがガザス王家と秘密裏に交流でも?」
「いや、王家どころか人も来ない村だからな……。心当たりがないんだ……俺も困惑してる」
「嘘おっしゃい! 個人的な交流でも無いと推薦されるわけがないでしょう!? あなたの力を軽視するわけではありませんが、あなたは平民なんですから!」
サンベリーナの意見はもっともではあるのだが、アルム本人は本当に心当たりがない。
そしてそれを証明するようなミスティ達四人の反応があった。
「いや、あんたの気持ちはわかるけど、嘘はついてないのよ。忘れてるか本当に心当たりがないのどっちかのはずなのよね」
「うん、アルムは嘘つくとすぐわかるから」
「バレバレだからー」
「ええ、本当のことを言っていらっしゃるのですが……。それが逆にわからなくしていまして……」
「な、なんですの? その妙な信頼感は……?」
一斉に返ってきた嘘はついていないという共通認識にサンベリーナは思わず怯む。
アルムという人間が何かを誤魔化す事においてどれほど下手糞なのかをサンベリーナが知る由もない。
「も、もういいですわ。考えてみれば真偽は向こうで確かめればいいだけの話ですし……」
「いや、だから真偽も何も知らないんだ」
「今はそういう事にしておいてあげましょう。それではこれで失礼致しますわ。呼び止めてごめんなさいね」
サンベリーナはそう言うと、扇をパチン! と閉じてアルム達の先をツカツカと歩いていってしまった。
急ぎ足ながら、美しい金髪を揺らして歩くその姿に優雅さは失われていない。
「何か……凄い子ね」
「悪い人じゃないんだよー」
「それはアルムを見下してないからわかる」
「そういう確認の仕方してるのか……」
いつも読んでくださってありがとうございます。
悪い子じゃないです。