266.食堂にて
ベラルタ魔法学院の生徒が二年に進級してすぐに訪れるイベント。それがマナリルの友好国であるガザスへの短期留学である。
ガザス王都シャファクにある"タトリズ魔法学院"に赴き、次代を担う魔法使いの卵同士で交流させることで互いを高め合う目的で三十年ほど前から実施されている。
ガザスの魔法系統はマナリルからすると珍しく、生徒にとってはガザスの魔法使いの卵達から刺激を受けながら、マナリルとは違う環境下で魔法使いとしての見聞を広められる絶好の機会となっている。
魔法の根幹は使い手のイメージによる"変換"。より多くの世界を知ればそれだけ魔法の幅が広がる可能性が高くなる。ベラルタ魔法学院が依頼による実地で生徒を各地に行かせて経験を積ませるのもそういった狙いがあっての事だ。
他にも、ガザスの貴族事情や魔法使いの視察、王都シャファクの様子からガザスの情勢をその目で見るなどなど……マナリルにとっては他国に魔法使いの卵を預けるに値するメリットがある。逆を言えば、ガザスにもそれなりのメリットがあるわけだが……。
しかし、全員がガザスに行けるわけではない。
一年時に高い評価を受けている生徒の中から学院長や教師が選出する十人、そして留学先であるガザス側が推薦する三人を入れた十三人が定員となっている。
今年は生徒全体が優秀であり、留学資格があるのは二十三人。その中から選ばれなければならない。
そして、アルムとベネッタが自信が無いのはそれなりの理由がある。
外からでは在学中に勲章を授与されるほどの功績を残している優秀な生徒に見えるが、学院で評価されるとなると話が変わるのだ。
魔法学院は魔法使いを育成する機関。そして生徒に評価を下すとなれば当然ある程度の基準が必要だ。
ベラルタ魔法学院は年末に行われる筆記試験と実技試験、一年を通してこなした依頼による実地の成果、そして魔法儀式の戦績の四つが評価対象となっており、どれかが欠ければ当然高い評価は得られない。
アルムは属性が無いという都合上、学院の基準で評価すれば実技試験は常に最低になってしまう。他の者が属性魔法も使えるのに一人だけ無属性魔法しか使えないのだから当然と言えよう。いくらその無属性魔法が他より逸脱していようとも、評価の上ではそうなるしかないのだ。
ベネッタは治癒魔導士になるのが目的であるのと、そもそも戦いを好まないので魔法儀式を全て断っている。つまり、魔法儀式の評価点が望めない。
これらの理由から二人は自分達が留学メンバーに選ばれるための評価を得られているとは思えなかったのである。
「もしかすれば……ベネッタは選ばれているかもしれませんわね」
「なんでー?」
「そうなのか? ミスティ?」
「ええ、実地と魔法儀式の評価方法がわかりませんが……単純な成績だけならベネッタは高いはずですから」
「ああ、確かに。ミスティ殿の言う通り実地と魔法儀式の評価方式によっては有り得るね」
王都からベラルタに帰ってきたミスティ達はお決まりのように、食堂の一角に集まっていた。
丸テーブルの上には五人分の軽食と紅茶のカップ。
食堂にはミスティ達や二年の生徒だけでなく、今年入った新入生もいるため、普段よりも食堂は賑やかだ。食堂とは思えない豪華で多種多様なインテリアに物珍しがっている生徒も見受けられる。
「単純な成績ってベネッタ筆記とか大丈夫なの? ちゃんと解答欄に答え書けてる?」
「保護者みたいな心配の仕方だね……」
「エルミラはボクを何だと思ってるのー?」
「冗談よ」
半分は、と内心で付け加えるエルミラ。
しかし、そのエルミラに驚愕の情報をミスティは伝えた。
「あら、エルミラったらご存知無いのですか? ベネッタは筆記でしたらルクスさんと同じくらい優秀なんですよ」
「ええ!? 嘘!?」
「へぇ、知らなかったな」
あまりの驚きにエルミラの首がぐるんとベネッタのほうに向く。驚きを隠せない手は紅茶の淹れられたカップを持ってかたかたと震えていた。アルムも驚いてこそいるが、エルミラほどではない。
ルクスと同じくらい。
それはつまりトップくらいという事だ。普段行動を共にしているエルミラにとってはそんなイメージは全く無かったのである。
「魔法とか歴史って覚えてれば答えられる問題ばっかだから、そういうのは得意なのー。魔法学院だからか問題も偏ってたし」
「え、ちょっと待って? 去年、試験近いし勉強しとく? って私が聞いた時、えー、わざわざ二人で遊んでる時に勉強する必要ないよー、とかあんた言ってたじゃない!」
「だって、普段から勉強してれば試験前に焦ってやる必要無いでしょー?」
「そういう意味!? なにそのあんたらしくない秀才思考!?」
あまりにらしくない友人のギャップに頭を抱えるエルミラ。
ミスティもルクスもこれにはつい苦笑いを浮かべた。
「はは……まぁ、治癒魔導士目指して普段勉強していないってほうが無理あるんじゃないかな?」
「治癒魔導士は魔法以外にも治癒魔法のために人体の事についても勉強しなければいけないですからね」
「え、てことはもしかして本当にやばいのはアルムとベネッタじゃなくてアルムと私なんじゃ……?」
ベネッタの意外な一面に元々筆記に不安を覚えていたエルミラの自信が揺らぐ。
元よりエルミラに今回の件で自信があるかどうかと言われると微妙ではあったので、意図せず追い討ちになったようだ。
「いや、選ばれるかはともかくとして候補には入ってるんじゃないかな。実技が凄い事は知ってるし、実地の成果は僕達と同じ評価になるはずだからね。魔法儀式の戦績だってエルミラは悪くないはずだろう?」
「まぁ、実技に関しては自信あるけど……」
「よほど筆記がひどくない限り大丈夫さ。普段のエルミラを見てれば君が思ってるほど悪い点数をとるとは思えないし」
「そ、そう……?」
「そうさ。陛下も言っていた通り、エルミラは聡明な女性だと僕も思ってるからね」
ルクスの言葉に少し落ち着いたのか、エルミラは深く息を吐いて紅茶の入ったカップを口に運ぶ。
カップを置き、少し照れ臭そうに目を伏せると一言。
「……ありがと」
「うん」
短くお礼を言った。ルクスもまた短く受け止める。
ミスティはその様子を微笑ましそうに眺め、ベネッタはにやにやとしているが、流石に茶化そうとはしなかった。
「話を聞く限り、ガザスに行けそうにないのは俺くらいだな」
「あー……うーん……実技はどうしても大きく影響しちゃうだろうから……」
「というより……普通に考えたら無属性魔法しか使えないやつを他国に生徒代表で行かせるとは思えないよな」
「う、うーん……!」
ぐうの音も出ないアルムの正論にフォローの言葉も出てこないルクス。
そう、単純な評価とは別の問題でアルムが選ばれる可能性は無いと断言してもいい。
アルムの言う通り、ガザスに短期留学するメンバーはいわばベラルタ魔法学院の生徒代表。アルムは、無属性魔法しか使えない平民、という何とも代表には選べない字面の肩書きだ。
「こればかりは仕方ないからな。皆で楽しんできてくれ」
「まだ決まったわけでは……」
「いや、流石に俺でもわかる。気を遣わなくていいぞ」
まだ決まったわけでは、とミスティも言ったもののそれ以上言葉が出てこない。
アルムが評価を満たしていたとしても留学メンバーには選ばれないだろうという事は、ミスティもホテルでこの話題が出た時からわかってはいた。
魔法の常識から外れているアルムを評価するには基準から遠ざかった主観的な評価にならざるを得ない。どうしても普通の魔法使いが基準となる学院の評価とは相性が悪いのだった。
「もしボクが行けたらお土産買ってくるね!」
「仕方ないわね。私も買ってきてあげるわよ……あー、あんたは向こうの魔法について話してあげたほうが嬉しいかしら?」
「僕も買ってくるよ。アルムだったら本とかもいいかな?」
「わ、私もです!」
「……その気持ちだけで嬉しい。ありがとうみんな」
まるで励まされているような四人の勢いにアルムは少し気圧される。
ミスティ達がいないと少し退屈だろうな、と思いながらも、この状況が嬉しかったのかアルムの口角は無意識に上がっていた。
……周囲の視線に気付く事も無く。
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