265.二年目
「流石に緊張したな……体力とは違う意味で疲れた」
「そうね……」
「君達ならこれから慣れるさ」
「お疲れ様です。皆さん」
アルム達は授与式を終えると、すぐさま前日から泊まっているホテルへと移動した。
ホテルに到着した時にはすでに夕暮れから夜に世界が変わる頃。
非公開ではあるものの授与式までは公式な手順に沿って行われているため、朝の拝謁に始まり、国王との昼食や宮廷魔法使いとの面談など、緊張に緊張を重ねる予定で王城に拘束されていた全員の顔には少し疲労が見えた。
前日到着した時は王都アンブロシアを観光する元気もあったのだが、日程の都合上、明日すぐにベラルタに帰らなければいけないのもあって今日はもうそんな気すら起きない。
ミスティ以外は制服な為、普段通りの楽な格好というのもあって一室に集まって少し気を抜いている。ちなみに、ミスティはアルム達の功績が認められるのを一番喜んでおり、この日の為に新調したハイネックの白いドレスを着ていた。
「気のせいかなー……」
「何が?」
「どんどん外から圧力をかけられてる気がするー!」
勲章の入った箱と勲記を前に頭を抱えるベネッタ。
彼女を困らせているのはやはりカルセシスの言葉だろう。
あの場の空気で魔法使いにならない、とは流石にベネッタには言えなかった。
「ていうか、何でボクまでー! ボク三人のお祝いに招待されたから来ただけだったのにー!」
「しょうがないでしょ……この前の事件でベラルタに取材しに来た新聞屋があんたが助けたパン屋のこと記事にしちゃったんだから……」
そう。本来、今日勲章を授与する予定だったのはアルム、ルクス、そしてエルミラの三人。ベネッタもミスティと同じく魔法生命の事件の関係者という事で招待を受けて王都に訪れただけだったのだが……。
アルム達を乗せた馬車が王都に到着する二日前、問題の記事がでかでかと新聞を飾ることとなる。
隠れた美談。魔法使いの精神、かの街で確かに育つ。という見出しによってでかでかと。
力及ばずながら平民の為に敵に立ち向かった生徒がいた、というベネッタが庇ったパン屋の親子の話を基にして誇張された内容がそれはもう大きく。
ミノタウロスによる事件で初めて一般にも情報が公開されたため――混乱を避ける為に詳細は偽っているが――ベラルタで何が起こったのかについては貴族、平民にかかわらず関心を集めている。そんな中、こんな記事が出てくれば話題になるのは当然と言えよう。
話題になれば当然、王城にも情報が入ってくる。公式にはカンパトーレの新しい魔法系統としているが、民にとっては未知の脅威である事は変わらない。
そんな、不安を覚える者達が増え始める可能性の高いこの情勢に投げ込まれた誇張された魔法使いの卵の美談。
この絶好の機会をカルセシスが見逃すはずがなく。
"ついでにこのニードロス家の人間にも勲章を授与させる事にしよう。勲章が送られたとあらば、少々大袈裟で書かれたこの記事の内容も俺公認の真実であると民は受け入れるだろう。
勲章を用意していない? それは瑞翼章の一つすら保管していないほどこの城は備えが悪いという事か? 一度、王城全体の仕事を見直す必要がありそうだな?"
と、貴族界隈ではあまり評判のよくないニードロス家の台頭を快く思わない少数の意見も蹴散らし、急遽ベネッタの名前が入った。
授与式自体はアルム達の顔を隠すために非公開だが、勲章を授与した者の名前は公開されるため、後日あの記事が真実だったともう一度話題になる事だろう。
民の混乱への対処の人員を今後減らせる可能性が上がるので王城としても都合がよく、新聞が売れるので新聞屋としても都合がいい。一人、魔法使いを目指していない当人を除けば得しかないのである。
「原理的な魔法使い像は平民の人達からするとやはり憧れや理想になると思うからね。平民にも事件の事が伝わり始めたからそういった話題に食いつくのも仕方ないさ」
「憧れて目指すようなやつもいるしな」
「あんたは特殊よ、アルムなんだから」
「……どういう意味だ?」
「うふふ」
ソファにうなだれながらもツッコミは入れるエルミラ。
アルムの傍らに立つミスティも満足そうに笑っていた。
「ボクは治癒魔導士志望なんだってばー! 領地といい、今日といい、魔法使いになるだろ、みたいな空気が辛いー……」
エルミラの肩に寄りかかったかと思うと、ベネッタは大きなため息を吐く。
そしておもむろに制服の裾を少しめくり、手首にいつも巻いている十字架を見つめた。
「気にするなベネッタ」
「へ?」
「周りがどう言おうが、なりたいものを目指すのは自分なんだ。周りの声で自分が目指したいものを変える必要は無い。自分がなりたいって思えてる内は自分のなりたいものを目指していいんだ」
何気ない事のように語るアルムの声に四人の視線が集まる。
静かになった部屋にアルムは四人の顔をきょろきょろと順番に見回す。
「な、なんだ? 変な事言ったか?」
「いや、それあんたが言うと説得力が凄いなって……」
「そうか?」
「ええ」
もう一度、ベネッタは手首の十字架を見た。
エルミラの肩に寄りかかっていたベネッタがアルムのほうに目をやると、丁度首を傾げていたアルムと目が合う。
「うん……そうだね。ありがと、アルムくん」
「どういたしまして?」
「あはは、何でちょっと疑問形なのさー」
「いや……よくわからなくてな」
アルムは窓の方を見る。
すでに日も暮れて、王都には魔石の街灯が灯っていた。
だが、アルムが見ているのは王都ではなく、城壁の向こう。東の方角だった。
「とりあえずご飯いかない? せっかく招待されて無料なんだし、ホテルのご飯堪能しましょ」
「そうだねー! いこー!」
「私は着替えませんと……」
「ああ、そうだね。流石にミスティ殿がこのまま行ったらお客さんが食事どころじゃない」
「あら、お上手ですのねルクスさん」
エルミラの声でミスティ達四人は疲れた体を動かして扉の方へ。
アルムだけが窓の外をじっと見つめていた。
「アルム?」
そんなアルムをミスティは時折見たことがあった。
たまに見る、どこか遠くを見つめているアルムの横顔を。
「アルム、行きましょう?」
「……ああ、行こう」
そのミスティの声でアルムもまた立ち上がり、ルクス達の後を追う。
すでにルクス達は廊下に出てアルム達を待っていた。
「アルムくんどしたのー?」
「いや、なんでもない、待たせた」
「はぁ……今頃新入生が寮に入ってたりしてるのかしら」
廊下を歩き出すと、ため息をつきながらエルミラがぼやく。
そう。アルム達が進級したということは当然新入生が入ってくる。そして今日はその入学式の日だ。
ベラルタ魔法学院の入学式は二年、三年は自由出席であり、カルセシスが予定を空けられるのが今日しかなかったために今日が勲章の授与式として選ばれたのだった。
「そうだね、今年の一年は第三寮と第四寮に入るから今頃は各自でゆっくりしているんじゃないかな。去年の僕達みたいに初日から決闘してる人達はいないだろうけど」
「そんなの毎年いてたまるかって話よ。一年について少しはチェックしておきたかったけど……こればっかりは仕方ないわね」
「今年の新入生は三十九名だそうですよ」
「俺達の時より少ないな」
「私達の世代が多かったんですよ。今年はパルセトマ家の次男が入ってくるという事で話題になっているそうですわ」
ミスティの情報にエルミラは、また四大貴族か、とうんざりしたようにぼやく。
隣にその四大貴族が二人もいるのだが、それはそれこれはこれなのがエルミラである。
「まぁ、去年ボク達も上級生とあんま交流無かったしー……新入生から来ない限りは交流無いんじゃないかなー?」
「そうね。三年は仕方ないとして、二年の人とも大して交流は無かったものね」
「それだけ忙しくなるんじゃないかな? つまり今年は僕達が色々忙しくなる番ってことで……。忙しさの手始めにガザスへの短期留学もあるし、進級早々のんびりはできないかもね」
「ですが、魔法使い志望として様々な経験をつめるのは重要な事ですから……しっかり頑張らないといけませんわね」
「確かにそうね……疲れたなんて言ってられないか!」
疲労の色を見せる顏にぺちんと両手でやる気を入れ、晴れやかな表情を見せるエルミラ。
そのやる気が伝播するように、四人もまたベラルタに戻った後の事についてを考え始めるが。
「まぁ、そもそも俺とベネッタは留学メンバーに選ばれるか微妙だが」
「だねー……」
「見事にやる気を挫くようなマイナス発言ね……」
現実を直視しているからこそ、全く自信の無いアルムとベネッタなのであった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
二年生になりました。