264.勲章
「ルクス・オルリック」
「はい」
王都アンブロシア。
その中心に立つ王城の玉座の間では勲章の授与式が行われていた。
カーペットの上には勲章を授与される人間が立っており、周りにはこの場にいる事を許されている魔法使いが十数名ほど。その中にはミスティやルクスの父クオルカの姿もあった。関係者以外には非公開のため少ない。
名前を呼ばれたルクスはカーペットが途切れている場所まで歩いていく。そこで待っているのはマナリル国王カルセシス。すかさず、側近であるラモーナという女性の宮廷魔法使いが勲章が入っているであろう厳かな箱と勲記をカルセシスに手渡した。
「ルクス・オルリック。此度のベラルタでの活躍見事であった。次代を担う魔法使いとしてこれ以上無い働きとこの国と民の為に身を削るその魔法使いとしての誇り高き心を俺と国に見せてくれた。そなたの勇気と功績を称え、ここに宝雷鱗章を授与する」
「ありがとうございます」
「オルリック家の名に恥じぬそなたの行動に王として、人としても敬意を表する。よき魔法使いになり、民達をよろしく頼む」
「光栄で御座います。陛下」
ルクスはカルセシスから勲章の入った箱と勲記を受け取ると頭を下げて元いた場所まで下がる。
周囲からは惜しみない拍手の音が響いた。たった十数名の者とは思えない未来の魔法使いを祝福する音だった。
「エルミラ・ロードピス」
「はい!」
側近のラモーナが名前を呼び、次にエルミラが入れ替わるように前に出る。
このような場に慣れていない為か、少し緊張していて顔が強張っている。
側近のラモーナが勲章の箱と勲記をカルセシスに手渡す間すら今のエルミラにとっては長い時間に感じた。
「エルミラ・ロードピス。此度のベラルタでの活躍見事であった。その曇り無き眼でこの国に巣食う悪を見定め、その悪に立ち向かう事で国と民がこの先被ったであろう被害を未然に防いだ。次代の魔法使いに相応しいそなたの聡明さと功績を称え、ここに銀翼章を授与する」
「ありがとうございます」
「ロードピス家は長年燻っていたが……そなたのようなものが現れたのならば復権の日も近かろう。そなたの立場を考えれば領地を下賜してやりたいところだが、今後の期待も込めて今はこの勲章を贈るだけとする。よき魔法使いになれ」
「……っ! 勿体ないお言葉です! 陛下!」
エルミラは勲章の入った箱と勲記を受け取って、最初に名前を呼ばれた時とは打って変わり、和らいだ表情で元いた場所まで下がる。復権も近いと言われたのが嬉しかったのか、顔のにやつきを抑えられていない。周囲の拍手の音も耳に入っておらず、ただ先程のカルセシスの言葉がエルミラの耳で繰り返される。この場で無ければガッツポーズの一つでもしていただろう。
「ベネッタ・ニードロス」
「は、はい!」
同じく緊張しているのか、右手足を同時に出すほど動揺しながらベネッタが前に出た。こちらはエルミラよりも重度でだらだらと冷や汗まで流している。
「ベネッタ・ニードロス。勲章とは本来、功績を称えるものだ。そういった意味ではそなたがこの場にそぐわないと言う者もいるだろう。しかし、そなたは未知の脅威の前に立ち塞がり、不安に駆られる民に魔法使いの精神が育まれている事をその体と傷をもって証明した。魔法使いとは国と民を守る者。その原点を知らしめる行動を生徒であるそなたが取った事、今この国にとっては大きな意味がある。よって瑞翼章を授与する」
「あ、ありがとうございます!」
「正直に言って、王家が覚えるに値する者が俺の代でニードロス家から輩出されるとは思っていなかった。そなたが一人前の魔法使いになる時まで、そなたの名前を俺は覚えておくとしよう」
「あ、えと……も、勿体ないお言葉です……」
ベネッタは何か言いたげだったが、カルセシスの表情とこの場の空気に何も言う事は出来ず、勲章の入った箱と勲記を貰って元いた場所まで下がる。
拍手の音は相変わらず、未来の魔法使いに向けられている。……本人の意思にはそぐわぬ形ではあるが。
「アルム」
「はい」
最後に、家名の無い一人の男の名前が呼ばれた。
事情を知らない者が聞けば、あまりに短いその名前は一瞬、名前を読み上げている側近ラモーナのミスを疑わせるかもしれない。
しかし、ラモーナは正しく役目を果たしている。
玉座の間に入ってきてから始まり、今カーペットを歩く間も周囲の魔法使いから奇異の視線で見られるその男に家名は無い。ならば当然、才も無い。
にもかかわらず、その功績はこの場で称えられるべきものに相応しかった。
「アルム。まずはこのような場を設けられなかった事に謝罪をしよう。すまなかったな」
「いいえ、このような場に出向けるだけでも嬉しいです。自分は友人に恵まれただけですので」
「謙虚なことだ」
「事実ですので」
カルセシスは一瞬、後ろに下がっているルクス達、そして周囲の魔法使いに混じるミスティのほうに目をやる。
「よい友人を持ったな」
「はい」
「……アルム。そなたは平民でありながら去年起きたミレルの事件、そしてスノラで起きたクーデター解決の中心となった最大の功労者である。義務も責務も無い身でありながら行った我が国への貢献は決して無視できぬもの。人として最大限の謝辞を送り、王としてカルセシス・アンブロシア・アルベールの名の下に、龍魔章を授与する」
声こそ出していないながらも、この場に出席した周囲の魔法使いの動揺がこの場にいる者達に伝わる。
龍魔章は最高位ではないものの勲章の中では重要な勲章の一つ。そのルーツはマナリルの国章にもなっている建国の礎となった龍の物語に基づいている勲章だ。
ルクスの宝雷鱗章と同じく、国を脅かす脅威から国を守った魔法使いにしか送られず、時に平民にも送られるベネッタの瑞翼章や戦時に活躍した兵に送られる事もあるエルミラの銀翼章とは違い、明確に線引きされているものだ。
この勲章を平民に送ること……それはつまり、この場にアルムを立たせたのは戯れや平民への話題作りだけでなく、王族であるカルセシスが平民のアルムを魔法使いとして本気で期待していることを意味しているといっていい。
「ありがとうございます」
アルムは勲章の箱と勲記を受け取る。
その勲章を貰っているのは無属性魔法しか使えない、長い魔法使いの歴史が弾いたはずの才無き者。
周囲の魔法使い達の拍手が無意識にまばらになる。驚愕か、それともその勲章を貰っているのを面白くないと思っている者がいるのか。ミスティとクオルカの拍手が他より遥かに大きく響き渡る。
「……まさか、この場に国と民を救った者に拍手すら送れない者がいるわけではなかろうな?」
誰が好き好んで自国の王に目をつけられたいと思うだろうか。カルセシスの一声で驚愕で動けなかった魔法使い達も目を覚ましたのか、拍手はこれでもかというくらい大きくなった。
よし、とカルセシスが頷くと、もう一度アルムと向き合う。
「アルム、以前俺が言った言葉を覚えているか?」
「はい」
「そなたに魔法の才能は無い……しかし、魔法使いの才能はある」
「……はい」
「ここに至るまでにそなたを支えていた者や言葉には遠く及ばないかもしれぬ。だが、出来るならそなたの心の片隅にこの言葉を留めておけ。たとえこの言葉を忘れたとしても、この言葉の意味だけはそなたが忘れない事を俺は願っている。よい魔法使いになれ」
「ありがとうございます。陛下」
アルムが一礼し、元いた場所まで下がる。
今回勲章の授与が決まったのは四人。アルムを最後に授与式は終わった。
季節はもう春。
新入生だったアルム達も進級する時期である。
いつも読んでくださってありがとうございます。
第五部更新開始となります。これからも頑張りますので是非お付き合いください。
『ちょっとした小ネタ』
マナリルの勲章は二十四個+特殊なもの三個で、計二十七個あります。