27.一夜明けて
「……君達何で一緒に来てるんだい?」
ばったりと、ミスティの家で夜を明かしたアルム達は学院の門の前でルクスと出会う。
ばったりというよりも門の前で待っていたルクスに三人が出くわした形だ。
アルムは当然のように答える。
「何でって……一緒にいたからだが」
「一緒って……あれ? あれ?」
ルクスは混乱しているようで片手を頭にあてながら記憶を探る。
昨日の夕方に別れた時にはアルムとエルミラは喧嘩していたはずだ。
エルミラがミスティと一緒にいるのはわかる。
アルムと一緒に帰りたくないとエルミラが駄々をこね、ミスティの家に泊まりに行ったからだ。
答えを求めるようにルクスはエルミラのほうを見た。
視線に気付いたエルミラは見せつけるように両隣のアルムとミスティと腕を組む。
「昨日の夜は楽しかったねー!」
「ああ、大変ではあったが」
「あはは……」
昨日、別れる時までアルムの顔も見たくない様子だったエルミラが今目の前で自分から腕を組んで仲睦まじそうにしている。
一体、夜の間に何があればこんなことになるのか。
二人の様子が自分の記憶とあまりにもかけ離れていてルクスはさらに混乱した。
「え、あれ、あれ……? 喧嘩は?」
「まぁ、昨日の夜色々あったんだ」
立ち話もなんだと歩きながらアルムは昨日の夜の顛末を話す。
「えー、もう?」
と不服そうなエルミラは無視して。
自分が怪しい三人組に襲われたこと。
その際に二人に助けてもらったこと。
襲われた場所にもう一度一人で行くのは危険だと昨日の夜にミスティの家に泊めてもらったこと。
そして、その時にミスティのお膳立てもあってエルミラと仲直りしたこと。
全て話す頃には本棟の教室に着いていた。
まだ授業の時間には早いが、教室にはすでに熱心な同期がまばらにいる。
「昨日そんな事があったのか……」
「ルクスはあの後どうしたの?」
「え? あー……うん、普通に帰ったよ。でも僕が住んでるのは第一寮だからね。そっちの騒ぎには気付かなかったよ」
教室には横長の白い机と椅子がいくつも用意されており、四人はまとまって座る。
四人が座る席順は横並びだといつも同じで、左からアルム、ルクス、エルミラ、ミスティの順だ。
特に決まりがあるわけではないが、最初の内に男女で纏まっている内に自然に決まっていた。
「それにしても黒い外套か……」
「心当たりがあるのか?」
「流石に無いよ。それに僕は実物を見てないから何とも言えない。闇属性魔法を使ってきたんだっけ?」
「ああ、それよりも身体能力のが驚いたけど」
「屋根の上で追いかけっこしてたもんね。あれ強化使ってなかったの?」
その体勢が楽なのか、エルミラは机に頬を押し付けたままアルムのほうを向く。
「俺は使ってたが、向こうは唱えた様子が無かったからな。だが、暗視の魔法は使ってたみたいだから、俺と戦闘になる前に補助魔法をあらかた使ってた可能性はある」
「そうだとしたら計画的ですわね、まるでアルムを狙ってたみたいな」
「そう、それなんだ」
アルムはミスティの言葉につい声量を上げる。
ミスティの言うことこそアルムにとっての一番の謎だった。
「俺はやつらの正体に気付いたわけでもなかったのに襲われた。向こうの事をこっちは一切わからないのにやつらは俺の情報も少し持っていた」
「それはまるでというよりも……」
明確に標的はアルムだったといえる。
しかし、狙われるだけの理由がアルムには無いのも事実。
「俺は平民だから俺を殺したところで特にどこかの家が弱体化するなんて事は無いし、将来有望な魔法使いを倒すなら俺よりもルクスやミスティのほうを優先するだろう。何故俺だったのかいくら考えてもわからないんだ」
「単純に魔法学院の生徒を狙ってたのかもね。私達の情報なら少し家を調べればわかるし。たまたま夜にあそこ通ったのがアルムだったってだけで」
「それならいいんだがな……」
アルムは眉間に皺を寄せ、険しい表情で何か考え始める。
表情から察するにあまりいい想像ではなく、没頭してそのまま黙り込んでしまった。
「ま、強い強いアルムさんには問題無かったみたいだけどさ」
エルミラがからかうように言うと、考え事をしていたアルムはむっとした表情に変わる。
「あまり茶化さないでくれ、こっちは殺されるかと思ったんだぞ。足も刺された」
「でも、私達が助けに来る前に終わらせてたじゃん?」
「それはそうだが……」
「アルムだってわかってたら何の心配も無かったのになー」
「……それはそれで寂しいな」
アルムの表情がころころと変わる。
少し怒っていたような表情から今度はしょんぼりと悲しそうな表情に。
エルミラは雑談ついででてきとうに言っているだけなのだが、それに一々感情を振り回されていた。
そんなアルムに横から助け舟が飛んで来る。
「とか言ってますけれど、助けに行こうって言いだしたのはエルミラなんですよ」
「……そうなのか?」
まさかのミスティからの攻撃にエルミラは少し顔を赤くした。
「あ、あれはアルムってわからなかったから……!」
「アルムだったらもっと急いでたでしょう? 私、エルミラがとっても友人思いなのは今日までの付き合いで重々理解していますわ」
ミスティがこんな風にエルミラをからかうのは珍しい、とアルムとルクスは傍観に徹する。
昨日の夜、三人と共に過ごせなかったルクスは内心の疎外感を感じながらだが。
「それを言うならミスティだって! 行く前は様子だけ見て憲兵に報告しようとか言ってたのに真っ先に手出したじゃん!」
今回はこちらにも反撃する材料があると言い返すエルミラ。
的確につかれたミスティは一瞬言葉に詰まる。
「あら、状況によって臨機応変に、ですわ。現場について危険は低いと判断したから助太刀したまでです」
「嘘だよ嘘。戦ってるのがアルムってわかった瞬間に魔法唱えたもんこの人」
「おほほ、エルミラったら何を仰ってますの?」
にっこりと、一目で作り笑いだとわかる笑顔を浮かべるミスティ。
やられてばかりじゃないと不敵に笑うエルミラ。
互いに友人思いであるとストレートに言われる気恥しさを隠す為という、何とも平和ないざこざが朝の教室で繰り広げられていた。
ここに居合わせた他の同期の心中はうるさいか仲いいな、のどちらかだろう。
「いつ……」
不意に、傷を痛む声が口から零れたアルムのほうに二人は振り向く。
アルムは傷のある足を思わず擦った。
「大丈夫かい?」
「ああ……流石に昨日の今日だからな。たまに痛む」
「毒とかではないんだろう?」
痛みが遅効性の毒によるものだとしたらこんな所にいる場合ではない。
しかし、アルムは確信を持って首を振った。
「ああ、やつらの使い方から見てもそれは無い。だが、思いのほか深かったみたいでな」
アルムを襲ってきたあの三人は相互に短刀を投げ合う戦法をとっていた。
いくら暗視の魔法をを使って見えやすくしているとはいえ万が一の事を考えれば短刀に毒なぞ塗れるはずがない。
「医務室に行くかい?」
「いや、大丈夫だ」
「昨日手当てしたとはいえ、あれは万全ではありませんし、無理しないほうがよろしいのでは……」
「いや、本当にたまにだから」
「無理してるんじゃない?」
アルムを気遣う三人とそれを大丈夫だと遠慮するアルム。
そんな四人とは違う声がかかる。
「ねねね、怪我してるんなら見せてみて?」
いつの間に来たのか、四人の座る机の前には同じクラスの少女が立っていた。