表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第四部:天泣の雷光
299/1050

消失 -アオイ・オルリック(旧アオイ・ヤマシロ)の手記-

この回は読まなくても本編がわからなくなる事もありません。

読むと、へー、こんな事あったんだ、とはなるかもです。


(かい)二十四日

 庭園に可愛い猫さんを見つけました。使用人に見つかると追い出されてしまうのでこっそりと目を合わせてみると、あちらもこちらをじっと見つめてきました。綺麗な金の毛と瞳をしていて、使用人に見つかるまでずっと目を合わせ続けていました。


(かい)二十六日

 母の歌を歌っているとまたあの猫さんが来てくれました。何かあげられるものはないかしらとうろうろしている間にいなくなって少し残念。いつ見掛けてもいいように鰹節を忍ばせておこうかしら。



(こん)五日

 あのコクナ家に女子が生まれていたらしい。子の誕生は祝福すべき……でも少し可哀想にも感じてしまう。何世代も魔法使いとして認可されていないから焦るのはわかるけれど、生まれてすぐに人体実験を始めるあの家のやり方は好きにはなれない。

 名はシラツユと付けられたようですが、あの家では名のような美しい人生は二度と送れないことだろう。今の常世ノ国(とこよ)は少し悲しい国ですね。


(こん)十一日

 あの猫さんがまた庭園に来てくれた。使用人と一緒の時に出てきてしまったからすぐに追い出されてしまうかと思ったけれど、彼女は仕方ありませんねと許してくれた。素敵ね。名前は何て言うのかしら。



()九日

 コノエという組織の使いの方が挨拶にいらした。確か、一昨年に平民の魔法使い化の実験に失敗した組織。その失敗のせいで主王直属では無くなったという話を聞いていたが、存続していたとは。

 資金援助を受けて実験を継続しているようだ。実験の協力を求められたが、どうも嫌な感じが拭えなく、早くお引き取り願った。


()十六日

 苦しい。母の歌が聞きたい。私はやはり器ではないのだろう。

 どうしても手足にしか宿せない。



(たま)一日

 また庭園にあの猫さんが来てくれた。もしかしてこの庭園がお気に入りになってくれたのかしら。使用人と一緒に猫さんがどこに行くのか少しだけ追いかけてみたけれど、池の脇で寝ているだけだった。

 猫さんのその寝顔を見ながら、本当はいけないことだけれど、一緒になって追いかけてくれた使用人の名前を聞いてみた。カトコさんという名らしい。可愛いお名前ですね。

 

(たま)十九日

 先日いらしたコノエという組織にヨシノ家が協力したという。

 ヨシノ家は確か跡継ぎがまだ幼い男児だったはず。一体何を協力させるというのだろうか。



(おり)二十五日

 カモノ家が王命で領地を縮小させられた。

 海の魔獣や大陸から来る流れの魔法使い達などからずっと常世ノ国(とこよ)を守り続けてきてくれたあのカモノ家が理由もなく領地を縮小……そんなおかしな話があるのでしょうか。

 一体何が起きているのだろう? 言い訳になってしまうかもしれないけれど、気になって儀式に集中ができなかった。カトコさんに用意して貰った大好物の羊羹すら気になって味わえない。


(おり)二十八日

 カモノ家当主フユツグ・カモノ様が我が家にいらした。

 話によると、どうやらカモノ家は当主であるフユツグ様を残して国外に逃亡するという。

 何か、この国でよからぬ事が起きていると感じたのだと語るフユツグ様の険しいお顔が気になった。

 一変して、家族のお話をされている時はとても生き生きとしていらした。家族を愛していらっしゃる方だと一目でわかるお顔をされていて。特に息子のマキビ様のお話を楽しそうにしていかれた。このような立派な方に愛される家族の方々が羨ましい。

 ……家族。無理なことは重々承知ではありますが、母の声が聞きたくなりました。



(ひき)三日

 あの猫さんをしばらく見ていない。せっかく鰹節を用意したのに。

 カトコさんと一緒に庭園を見ながらがっかりしていた。猫さんを追い出さなければいけないはずのカトコさんまでがっかりしていたのが何だかおかしかった。


(ひき)十二日

 コノエという組織の名をよく聞く。

 それもよくない噂を。調べる必要がありそうです。



(てい)三十日

 今コノエを率いているのは天女の家系クダラノ家だそうだ。

 クダラノ家は主王派だったと記憶しているのですが、主王直属でなくなった組織を何故あの家が……?

 それほど価値のある実験を行っているという事でしょうか……。



(にん)五日

 儀式も限界が見えてきました。最近儀式の後にカトコさんが弱音を聞いてくれているのが救いになっています。

 婚姻の話を少し迷っている。コノエという組織を調べ出してからというもの、コノエに協力している家に少し不信感を抱くようになってしまった。

 このような形で判断するのはいけないことですが……今はお断りしておくことにしましょう。ヤマシロ家の当主であるからこそ、慎重にならなければ。


(にん)十八日

 毎年恒例で都で上げられる花火がとても綺麗でした。やはりこの時期といえばといえる文化だろう。柳型が私は一番気に入っています。パラパラという消え際の音が好きなのです。

 カトコさんと初めて一緒にお酒を嗜んで、二人の秘密ということで乾杯をした。

 こんな所を見られたら首が飛んでしまう、と言っていながら楽しそうだった。


(にん)二十五日

 コノエから使いの方がいらした。実験が成功し始めたので、前回は話せなかった活動についてを話しに来たという。

 端的に言えば、彼らが行っているのは魔法使いに魔法を植え付けることで、一人の魔法使いに二つ血統魔法クラスの魔法を持たせて戦力を強化するという実験だった。

 嫌な噂を聞いていましたが、実験としては興味深い手法だと感じました。少しだけヤマシロ家にも似ています。

 ヨシノ家の男児にはすでに拒絶反応もなく同調していて、数年すれば血統魔法クラスの魔法を二つ行使する新世代の魔法使いになるだとか。今年生まれたコクナ家の女子も時期が来たら実験に参加するのだという。

 実験を受けた方とお会いしたいと伝えると、私が興味を持ったのが大層嬉しかったのか、使いの方は喜んでいた。



()二日

 久しぶりにあの猫さんが来てくれたと思えば!

 何と子猫さんと一緒に来てくれました! 可愛くて仕方がありません!

 私を止めるべきカトコさんが率先して気を引こうと餌やらじゃらしやらを用意する始末。猫の親子が庭園を散策する可愛さの破壊力たるや。魅了の感知魔法の類を使う魔獣ではないかと疑う可愛さでした。

 わざわざ私達に見せに来てくれたのでしょうか。そうだったら何と嬉しい事なのでしょう。


()十一日

 コノエの使いが実験を受けた方を連れてこられた。

 人数は四人。あれは……いけません。

 他の皆さんは気付いていないのでしょうか。彼等の中に、何かがいることを。

 一つの体に感じる二つの気配。よからぬ存在。明らかに魔性の類が憑いている。死者や亡霊などよりよっぽど危険な存在。普通の人間の中に恐ろしい恐怖が巣食っていた。

 あれは何なのでしょう……。ですが、野放しにしてはいけないというのはわかる。今からでも有志の貴族を募って……いや、しかし……クダラノ家と敵対しようと家がいるとは思えない……!

 せめて、せめて、ヨシノ家の男児だけでも救えぬでしょうか……! あんな小さな子供を……!

 情報を集めなければ。放置すればいずれ常世ノ国(とこよ)は取り返しのつかないことになってしまう。



(よく)二十四日

 出陣の夜、これを書く前に庭園であの猫さんに出会えた。

 子猫は少し大きくなっていた。子の成長というのは早いのですね。

 いってきます。またあなた方と遊べる日が来るとよいのですが。



十一(ちゅう)六日

 調べたところ、私には十五の呪法がかけられているようです。

 一言でも、あの組織の事を口にしたり、書こうとしようものなら私どころか、私と近しい誰かにさえも影響が及ぶでしょう。これだけ呪法を重ねられていると、私自身も後何年の命になるかわからない。

 魔性を一体だけ道連れに出来ましたが、あの悪鬼には手も足も出なかった。せめてヨシノ家の男児に巣食うあの毒蟲だけでも破壊したかったのですが……彼のいる居城にはもう、どうやっても辿り着けない。

 私は負けてしまった。

 このままこの地に残ってもいつか殺される未来が待つだけ。

 決断しなければなりません。生まれた土地を捨てる覚悟を、故郷を見捨てる覚悟をしなければ。

 鳴神だけは、途絶えさせるわけにはいかない。



(れい)四日

 フユツグ・カモノ様に秘密裏に出国を手引きして頂き、何とか出立の日まで生き延びる事が出来た。

 私の出立と同時にカトコさんもまた同じように常世ノ国(とこよ)を出るのだという。二手に分かれれば追手に見つかった時、撒ける可能性が上がるとフユツグ様を説得していた。

 彼女には申し訳ない事をした。我が家の使用人になってしまったばかりに運命を共にさせてしまったことを。

 謝罪すると彼女は照れ臭そうに、貴女の立場が無くなった今、私達は友人じゃない、と言ってくれたのです。

 私、とても嬉しくて、けれど、別れがもっと辛くなって泣き顔を見せてしまいました。儀式の時、辛い顔を見せたことはあるけれど、今まで決して泣き顔を見せてはいなかったのに。

 カトコさんは私の背中をあやすようにぽんぽんと叩いて、私を抱きしめてくれた。

 きっと忘れない。

 私はきっとあなたを忘れない。



(れい)七日

 航海三日目。ついに海の壁を抜けた。

 これでもう常世ノ国(とこよ)には戻れない。カトコさんは無事でしょうか。

 故郷を離れて、後悔が無いと言えば嘘になります。

 庭園に遊びに来てくれたあの猫さんのように……家族が欲しかった。

 母が私にしてくれたように、子に幸福を教えてあげたかった。

 母が私にしてくれたように、子に出会いと別れの尊さを教えてあげたかった。

 いくら異国とはいえ、このように呪法塗れで、過去を話すこともできない怪しくて、更に言えば後先短い女を嫁に貰ってくれる酔狂な方はいないでしょう。

 アオイの夢は叶わぬものですが、せめてヤマシロ家の女としての役割だけは果たさなければ。

 目的地は大陸にある魔法大国。

 いざ新天地マナリル。ヤマシロ家が守護する今は亡き神の名を伝えに。




 カンパトーレ・オスラ海岸にて氷漬けの手記が流れ着いているのを民間人が発見。

 記述から常世ノ国(とこよ)から逃亡したアオイ・ヤマシロの手記と断定。

 記述からヤマシロ家に子孫の可能性低。

 記述から対神の一つが途絶えた可能性高。

 重要情報は見られないが保存理由も存在しない。焼却決定。

 実行。

 呪法の痕跡無し。焼却責任者異常無し。

 報告終了。

いつも読んでくださってありがとうございます。

明日予告も兼ねて第五部のプロローグを更新します。


『ちょっとした小ネタ』

(かい)、二(こん)、三()、四(たま)、五(おり)、六(ひき)、七(てい)、八(ひと)、九()、十(よく)十一柱(ちゅう)(れい)

常世ノ国(とこよ)の暦の数え方の一つです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ファフニールを倒している点。 [気になる点] ヨシノ家の男児=ヤコウ・ヨシノ。 コクナ家の娘=シラツユ・コクナ。 そういえば何でシラツユは家が違うヤコウのことを兄と呼んでいるのでしょう? …
[気になる点] んー?やっぱアステリオスも言ってた対神の魔法っていうのが気になるなー。神が信仰されなくなった世界で常世の国にだけある特殊な魔法、魔法生物に対しても効果がありそうだったことから神、或いは…
[良い点] まさかの見落としが! 成る程、ルクス君に繋がる大事な所でした(笑) 鳴神がただの魔法とは思っていませんでしたが、受け継がれた大事なモノなんですね。 そして、1人の男に愛され、望外の子を成…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ