番外 -元北部補佐貴族の集い-
時系列的にはベネッタが目覚めたのとマリツィアが帰る前の間くらいのお話です。
「はーい、ベネッタ。元気ー?」
「……」
ベネッタが目覚めて二日後。
フロリアとネロエラはベネッタが起きたという話を聞き、お見舞いに来ていた。
心配に関してはいつも一緒のアルム達がしているだろうと、軽いノックと軽快な挨拶でフロリアは部屋の中に入り、ネロエラは静かにそれに続いた。
心配されるというのは自分でも嬉しくはあるが、あまりにされすぎると疲れてしまったりする時もあるのである。
「あ、フロリアにネロエラいらっしゃいー」
「っと……ごめん、先客がいたのね」
フロリアはてっきり病室にはベネッタだけだと思っていたが、病室にはすでに見舞いの客がいた。
ベネッタは上半身だけを起こして、その見舞い客と会話していたようだ。
アルム達ではない。
しかし、見覚えがないわけでもなかった。交友は無いが、その見舞い客の金の長髪にはフロリアは見覚えがある。ベネッタやフロリアと同じ第一寮に住む生徒だった。
「ベネッタさんは人気者ですね。他の方の邪魔になってはいけませんし、私はこれで失礼致します」
「あ、うん……お話するの初めてだったけど、嬉しかった。色々ありがとー」
「とんでもない。これからも末永くお付き合いできる事を期待していますわ」
見舞い客はベネッタと握手すると、鞄とコートを持って立ち上がる。
「御機嫌よう」
「ご……きげんよう……」
去り際にフロリアとネロエラにも丁寧に挨拶をして、その見舞い客は部屋を出ていった。
出ていくのを見て、ネロエラは会話用の本を取り出し、ペンを走らせる。
《今のは、南部の"サンベリーナ・ラヴァーフル"だな》
「うん。顔は知っててお話したことはないんだけどー……何かお見舞いに来てくれたの」
「何か怪しい……何を聞かれたの?」
ベッドの脇に置かれた椅子に二人で座りながらフロリアが危惧するのは魔法生命についての情報。
まだ世に出していない情報を探られていたのではと心配していた。何せ今マナリルとダブラマの二国を悩ませている敵対勢力の情報だ。公表されていない些細な情報一つ掴むだけでもその価値は高く、他の貴族に自分の家がリードしていることをアピールする材料になる。
「エルミラとかルクスくんの事を聞かれたけど、別に変な事は……。むしろボクが教えて貰ったというか」
「ベネッタが?」
「うん、何か西部にある美味しいペストリー専門のお店とか、サンベリーナさんの領地にあるケーキが美味しいカフェとか、南部に行く途中にある小村が珍しいアイスクリームを作ってて穴場だとか……何かわからないけど、美味しいお菓子のオススメをずっと教えてくれてー……」
「……意味がよくわからないわね」
「ボクもわかんないけどー……お菓子大好きだし、サンベリーナさん楽しそうだったし、お見舞い嬉しかったからいいかなって」
《何かの隠語か?》
「違うんじゃない? 伝わらないベネッタに言っても仕方ないでしょ。何か密談したい事があって自分の領地をアピールして南部に誘ってるのかも」
「ただお菓子の話したかっただけじゃないー?」
「《それは無い》」
楽観的なベネッタとは対照的に、フロリアとネロエラはサンベリーナを少々警戒し始める。接点の無い貴族同士が急に意味の無い会話をしにくるとは思えない。補佐貴族として北部で揉まれ、領地分配の大役をこなしたフロリアとネロエラにとっては当然の反応だった。
当然なのだが……。
今回はベネッタのほうが正解だった。
サンベリーナは無類の甘味好きであり、当主である父の付き添いの陰で、訪れた町や村の甘味を堪能する食べ歩きを趣味とする令嬢。
数日前、食堂でベネッタの退院祝いは服がいいお菓子がいいとどうでもいい論争を耳にし、自分の知る名店を同じお菓子好きと共有したいとオススメしにきただけだった。
ルクスとエルミラの事を聞いたのは立場上、一応情報を仕入れようとしただけである。余談ではあるが、その立場についてはまた後日ベネッタは知る事となるのであった。
「一体何が狙いなのかしら……?」
狙いなど無い。ただお菓子好きなだけである。
《南部はダンロードの庭もある。ダンロード家との関係が微妙になって北部と繋がろうとしてるのかもしれないな》
ただ、お菓子好きなだけである。
「そんなことより、二人もボクの為にありがとうね。色々助けてくれたって聞いたよー」
二人の警戒はさておき、今回の顛末を聞いたベネッタは二人に礼を伝える。
真っ直ぐお礼を言われたことが照れ臭いのか、フロリアは頬をかいた。
「た、たいしたことしてないわよ。あなたを病院に運んだだけだもの」
「嘘だー! ネロエラは第二寮に移送した時に護衛してくれたって言うし、フロリアはボクを助ける時にボクを庇ってミノタウロス相手に足止めするって言ってくれてたって聞いたよー?」
「ちょ、それ誰に……!」
ベネッタが聞いていないはずの台詞を知られてフロリアは顔が赤くなった。
なんというか、一度命を狙ったベネッタを今度は庇うという状況が気恥しくて。
だから事前に、その場にいたネロエラに恥ずかしいから誰にも言うな、と失禁したことと合わせて口止めもしていたのだ。
口止めしていたはずなのに、ベネッタは何故か知っている。
一体誰が――!
「ミスティにー」
「な、なんでミスティ様が知って――」
「ミスティはネロエラに聞いたって」
「ね、ネ~ロ~エ~ラぁ……! 言うなって言ったじゃない……!」
当然といえば当然。
その場にいてフロリアのその台詞を聞いていたのはネロエラだけなのだから、教えられるのもネロエラしかいない。
フロリアが横目でネロエラを睨むと、ネロエラは会話用の本にすらすらとペンを走らせる。
そして堂々とした態度で書いた文字をフロリアに見せた。
《だから言ってはいない。書いた》
堂々とした屁理屈を。
「あなたがその屁理屈言うの!?」
《情報のために会話も一言一句教えて欲しいと言われたからな……どちらにせよそっちの口約束は守れなかった》
「ぐぬぬ……! この……怒りにくい理由まで用意して……!」
《それに、ミスティ様に聞かれたらフロリアだって話しただろう》
「そ、それは……まぁ……」
振り上げた拳を引っ込めざるを得ないフロリア。
北部の補佐貴族が解体されたとはいえ、何だかんだ北部ではカエシウス家――特にミスティの存在は大きい。
自分でも断れなかったであろう口約束に怒る権利は確かに無い。フロリアはそう納得する。
「二人は仲いいねー」
《仲がいい》
「今まさに悪くなりそうですけどね」
ベネッタの言葉に、ふんふんと鼻を鳴らしながら頷くネロエラ。
フロリアは素直に認めないながらも満更でも無い表情を浮かべていた。
「ボクと二人も最初に比べれば仲良くなれたかなー? 最初はとりあえず殺しといていいか程度だったのに今なんてお見舞いに来てくれてるし」
「ええと、その節は大変ご迷惑を……」
《言い訳しようもなく……》
「ええ!? 頭下げなくていいよー!」
申し訳なさそうに頭を下げる二人にベネッタは慌てて頭を上げるように言う。
「謝ってほしいとかじゃなくて……ほら、北部の補佐貴族ってカエシウス家からの利益を奪い合ってたっていうかー……結構殺伐としてたでしょー? 上っ面だけ繋がってて、みたいな」
「まぁ、補佐貴族の座にしがみつくのに必死だったしね……」
《カエシウス家に有用性を証明して生き残るというのが共通認識だったからな》
四大貴族の補佐貴族。
それは家によっては領主となるよりも魅力的な地位となる。他の貴族よりも四大貴族と繋がりを持てる機会が多く、歴史の浅い家でも成り上がるチャンスが多くある絶好の立ち位置だ。
必然、補佐している四大貴族に気に入られようとする動きが生まれる。北部の補佐貴族は十三と多く、そのどれもが内心他の家を出し抜こうと目を光らせており、気を許さないようにするのが当たり前だった。
「だからねー、嬉しいなって思っただけなの。こうして普通にお話できるのが」
だからこそ、こんな風に元補佐貴族同士が一緒にいれることをベネッタは嬉しく思っていた。
「まぁ……うん、そうね。悪くはないわよね。こういうの」
《気が楽ではある》
フロリアとネロエラもまたベネッタの言葉に頷く。
恐らくは、こんな形で関わることが無かった関係だったからこそ、今こうして当たり前のようにお見舞いにこれる今を二人もまた気に入っていた。
「あ、そうだ。お見舞いにケーキ買ってきたんだった」
「ほんと!? ありがとー!」
《お茶を淹れよう。最近練習している成果を披露するいい機会だ》
「なんか……不安だなぁ……」
フロリアの不安は的中し、少しして出来上がるのは美味しいケーキと渋い紅茶という組み合わせ。
だが、そんな失敗も話の種にして、三人はちょっとしたおやつの時間を楽しむのであった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
元補佐貴族三人のちょっとしたお話でした。