エピローグ -青空の下で-
「この前も同じ本をお買い求めになられたと思いますが……」
「すいません……実はあの日帰り際に落としてしまって雨でぐちゃぐちゃに……」
「なんと……それは災難でしたね……」
「すいません、せっかく店主さんが探してくれたのに……」
「いえいえ、とんでもない。そんなこともありますよ」
ルクスは第二寮近くの本屋で店主から本の入った紙袋を受け取っていた。
ベラルタ全体が巻き込まれた今回の事件だったが、戦闘の起きた東の区画以外は大きな被害も無く、復興作業は続くもののベラルタにはある程度日常が戻ってきている。
その裏で、図書館の管理人の後任の選定や、『シャーフの怪奇通路』が破壊された事によって今まで勝手に状態が維持されていた地下道の管理についてなど……ただでさえ忙しい新入生の入学前の時期に処理しなければいけない仕事が重なり、オウグスとヴァンは病み上がりの体に鞭を打っている。
忙しいのはオウグスやヴァンだけでなく、魔法生命の対策のため、領地を持たない魔法使いの配属も徐々に変わり始めていたり、魔法使いではない貴族との交渉、裏で済んでいたダブラマとの休戦も公式に発表されるなど、マナリル全体が忙しない。
そんな中、ベラルタ魔法学院は数日前にしっかりと再開していた。
進級前のこの時期は評価が足りているか不安な生徒が評価点を稼ぐためにやたらと魔法儀式を行う時期なのだが、アルム以外に負けた事が無いルクスに当然そんな不安があるはずもない。
管理人の不在と地下の調査も相まって今図書館も封鎖されており、本が欲しい時に頼れるのは街にある書店だけ。学院が終わった後、ルクスはすぐに以前お世話にもなっているこの書店に訪れていた。
「何? あんた前に同じ本買ってたわけ?」
「うん、前買ったのはシャーフさんを見つけた時にね……」
「ああ、結構降ってたもんね」
同じく、進級に一切の不安が無いエルミラとともに。
エルミラも同じように、本の入った紙袋を片手に持っている。
「ありがとうございました」
「ありがとね、おじさん」
「はい、こちらこそありがとうございました」
本を探してくれた店主に礼を告げると、二人は本屋を出る。
外はまだ肌寒いものの、雲一つ無い晴天だった。
立ち並ぶ店から呼び込みや買い物客の雑談の声が聞こえてきており、復興中の東の区画の住民が移動してきているため、普段より活気があるくらいだ。事件が終わった事で、人々の表情も青空のように晴れやかだった。
石畳を歩く足音に雑談の声、買い物客を呼び込む元気な店員の声や店先を掃除する箒の音が木々と調和するベラルタの静かな景観の中で心地よく流れている。
「エルミラは何を買ったんだい?」
「何って、ガザスについての資料よ」
「いや、何冊か買ってたから他にも買ったのかなと思ってね」
その活気ある通りを二人は歩き出す。
進級後、選出された生徒と推薦された生徒が参加できる短期留学。二人はその短期留学先であるガザスについての資料を探す為に本屋に来ていた。
合計で十三名しか参加できないが、順当に行けばルクスもエルミラも選出される事は間違いない。
「うっ……その……魔眼魔法について……ほら、今回は何ともなかったけどベネッタがね、結構無理してたみたいだから……」
「ははは、なるほど」
「な、なによ……悪い?」
「いや、エルミラらしいなって思っただけさ」
アルムとミスティ、ベネッタの三人は第一寮近くのほうの本屋に行っており、ミスティの家で落ち合う予定だ。
お茶菓子はすでにあのパン屋で購入済み。対抗意識を燃やしたミスティの使用人であるラナの作ったお菓子も合わせて今日はいつもより贅沢なお茶会になるだろう。
心なしか、二人の足取りは少しだけ早かった。
「エルミラはガザスについて何か知ってるかい?」
「あんまりかしら。召喚魔法が盛んなのと、去年王都に食べに行ったカエル料理があることくらい」
「言葉にしてみると随分温度差のある知識だね……」
「し、仕方ないじゃない。私はガザスどころかマナリルの事知るだけでも精一杯だったの! 行く機会でもなければ調べないわよ! シラツユに会いに行けたらシラツユに色々聞きたいかもだけど……」
「ミレルに行く時間は流石に無いだろうね」
「……私達の勲章授与式の時にでも来てくれたりしないかしら?」
「僕達の授与式は非公開だよエルミラ……」
「そうだった……全く何で非公開かなあ……他の貴族に私の存在をアピールするチャンスだってのに」
「多分だけど、公開されたら公開されたでエルミラは言い寄る貴族を鬱陶しいって言ってたと思うよ」
「それは……あるかも……」
ルクスとエルミラの二人はスノラの一件について後回しにされていたアルムと同時に勲章が授与される事が決まっている。
授与式自体は非公開であるものの、勲章を授与される人間の名前は公開されるのでオルリック家が次代も安泰であること、没落していたロードピス家の才能が復活したことは貴族界隈に広まるに違いない。そしてアルムという平民の名も再び。
「というか、私達まだ留学面子に選ばれてないのにガザスの事調べてるって急ぎすぎよね」
「まぁ、ミスティ殿と僕は向こうの推薦もあってほぼ確実だろうから無駄にはならないんじゃないかな」
「くっ……四大貴族め……! やっぱ嫌いだわあんたら……!」
「アルムとベネッタは正直どうなるかわからないけど……エルミラも普通に選出されるんじゃないかな」
「私もその……ひ、筆記がちょっと……自信無いっていうか……」
「これは勉強会が必要かな?」
「もう遅いわよ! 去年の年末試験の時に提案しなさいよね!」
「あははは!」
ルクスが笑う中、なんだかんだ点数取れてるとは思うのよ……と自信無さげにエルミラは呟く。
周囲の喧騒に混じるルクスとエルミラの雑談。
その内容は近い未来である進級後の話だった。
今を歩き、隣で笑いあいながら二人はミスティの家向けて大通りを歩いていく。
「あ……」
ルクスがふと、立ち止まる。
華やかで横に広い大通りとは違う人二人分くらいの横幅しかない左に見える家と家の間に偶然出来たような路地。
普段見ないような、けれどルクスにとっては忘れることの無いだろう場所。
「ん? どしたの?」
「……いや」
ルクスが立ち止まり、隣を歩いていたエルミラもそこで止まる。
「うわ、ほっそ……ああ、一応道になってるのねここ」
ルクスが家と家の間を見ているのに気付いて、エルミラも覗き込む。どうやら大通りを普段利用しているエルミラもここが路地であることは知らないようだった。影になって暗く、これだけ細いとあれば道と思わないのも当然であろう。
「……」
ルクスの視線はすでに路地のほうになく、路地を見ているエルミラに向いていた。
右にエルミラ。
左に誰もいない路地。
そして最後に下を見た。
自分の影を少し見つめたかと思うと、今度は上を見上げる。
空は快晴。眩しさに自然と目を細める。
自分が日差しに照らされているのを感じ、ルクスは嬉しそうに微笑んだ。
「なんでもない。行こう」
「ええ」
ルクスが再び歩き出すと、エルミラもそれに続いた。
隣のルクスの様子がエルミラにはほんの少し変わったような 気がした。
「……何よ? 何か見つけたの?」
「なんでだい?」
「いや、何か嬉しそうだから」
「いや、なんでもないさ」
「気になるわね……まぁ、いいけどさ」
気になるとはいいつつもエルミラはそれ以上追及することは無かった。
「いい天気だね」
「何よ急に……でもそうね。いい天気だわ」
「エルミラは晴れてるほうが好きかい?」
「うーん……どうかしら。そりゃ雨だとじめじめするから晴れに越したことは無いかもだけど」
「だけど?」
「誰に会ったかとか何があったかのほうが私にとっては大事かしらね。嫌味言ってくる貴族にしか会わない日だったらたとえ晴れだろうが願い下げだわ」
「……そうか」
なんというか、エルミラに言われた事にルクスは妙に納得して。
「そうだね。そうかもしれない」
今までを思い出して、深く頷いた。
「ありがとう、エルミラ」
「は? な、なにが?」
「なんでもないさ」
「いや、今度はなんでもなくていいわけないでしょ。何よ。私何かした?」
「あ、僕達も何か別のお菓子買っていってみるかい?」
「何露骨に話逸らそうとしてんのよ!? ちょっと! ルクス!?」
ルクスは照れ隠しに話を逸らし、今度は流石に気になったのかエルミラは聞き出そうとする。
二人はそんな何でもない会話をしながら友人達が待つ場所へと歩いていく。
広がるは何も隠さぬ青い空。
心地の好いベラルタの喧騒の中。
自分が雨の日を嫌いになりそうにない事を、去ってしまった彼女に告げる。
きっと忘れない。
あなたが僕に思い出させてくれた事。
きっと忘れない。
雨の中、晴れるようなあなたの笑顔と出会ったあの日を。
きっと忘れない。
大切な今をくれた第二の故郷を。
きっと忘れない。
――出会いと別れが育んでくれる今この瞬間の幸福を。
僕はきっと忘れない。
第四部『天泣の雷光』完結となります。
話の区切りとなる第三部の後、主人公であるアルムをメインに据えないという形に始まる前は少し不安になる事もありましたが、読んでくださった方や感想での皆さんの声のおかげで最後まで書ききることができました。本当にありがとうございます。
第四部完結という事で、感想や評価をした事無い、という方もこれをきっかけにこの作品をそういった形でも応援してくれると嬉しいです。感想に対する返信は勿論、質問などにも答えられる限りは答えていきますの遠慮なく感想に書いたりしてみてください。
予告した通り、番外と設定についてを書き、その後改めて第四部を閉じたいと思います。
それが終わった後、白の平民魔法使いとしてのお話はまだ終わっていませんので、第五部の更新を開始いたします。
これからも白の平民魔法使いをよろしくお願い致します。