262.頑張った寝坊助
ここにベラルタで起こった事件は終結した。
ミノタウロスとの戦いで負傷したオウグス・ラヴァーギュに代わり、応援として到着していた部隊の隊長ファニア・アルキュロスが即座に事後処理を引き継ぐこととなる。
東門付近の家屋はミノタウロスとの戦いによって二十以上の家屋が瓦礫へと変わり、石畳の敷かれた通りは所々が砕かれていたが、憲兵の誘導によって住民達は避難していたので人的被害は無かった。
迷宮の崩壊まで各地に出現していた亡霊たちも各地に散らばった生徒達によって迎撃されており、住民の迅速すぎる避難と合わせてこちらも被害は無い。門も空も封鎖されるという異常な状況下でも、貴族と平民関係なく出来得る限りの動きを見せたその対応力は、後に住民全員に向けて国王カルセシスから直々の賞賛を送られることとなる。
ミノタウロスの崩壊後に現れた魔法生命の宿主シャボリー・マピソロは息のある状態で即座に捕縛され、応援として到着していた部隊の副隊長タリク・アプラによって王都へと護送された。マナリルにとっては初めて敵側についていた宿主という貴重な情報源であるが、同時に何年も学院に潜んで機会を待っていた凶悪な魔法使いでもあるので、王都にいる魔法使い達は情報を聞き出すことに難儀する事になるだろう。
ベラルタ全体の指揮をとる立場であり、対魔法使いの要でもあるオウグス・ラヴァーギュ、ヴァン・アルベールの二名が負傷したことにより、王都からは治癒魔導士が派遣された。
両者とも傷自体は大したことないが、マナリルにとっては未知である鬼胎属性による精神攻撃を受けたオウグスは少しの間、様子を見るために入院。ベッドの上でファニアと事後処理の件について確認をとったりと休まっているのかどうか微妙な入院生活を余儀なくされる。
ヴァンは五日ほどの治療期間を終えると即座に復帰し、瓦礫の撤去作業などに参加することとなった。
図書館で血塗れの状態で発見されたログラ・モートラは教師陣の中では一番の重傷で意識不明の状態に陥っていた。だが、そこはベラルタに配属された治癒魔導士といったところか。意識を失う直前で治癒魔法を使ったのか傷が不自然に塞がっている箇所があり、リリアンの手術によってしばらくの入院は必要とするもの一命を取り留めた。
今回の件で怪物の姿をしていながら会話をしていたミノタウロスを見た住民も多くおり、魔法生命の存在をただの自立した魔法として処理するのが難しくなると判断した国王カルセシスは、魔法生命を自立した魔法を元に開発されたカンパトーレによる新しい魔法形態と発表した。
魔法についての詳細がわからない平民にとっては、異界の怪物という正体不明の存在よりも、詳細はわからずとも存在自体は身近である他国が使う魔法と認識された方が混乱も少なく、何よりカンパトーレが魔法生命とともにマナリルと敵対の意思を示しているのはスノラの件である程度広まっているため国民の理解も早いと判断してのことだった。
国民の不安を最低限にするため、ベラルタの生徒であるルクス・オルリックとエルミラ・ロードピスの二名が今回の事件を終わらせたことも新聞などを通じて大々的にマナリル中に広まることになる。
この国の未来を担うベラルタ魔法学院の生徒が他国の未知の魔法を破壊した。
そのニュースはマナリル中に未来への不安を安堵へと変えることとなった。
当の二人は情報漏洩防止のために一時的に外出制限を強いられたが、ルクスもエルミラも治癒魔導士が来るまで入院する事になったためあまり状況は変わらない。
――これは入院する前、魔力を使い果たして動けなくなったルクスがエルミラとともに運ばれる時の一幕ではあるが。
「ぼろぼろだな、ルクス」
「ははは……アルムの気持ちが、ほんのちょっとだけわかったよ……」
ファニアの部隊の魔法使いに肩を借りるルクスと到着したアルムは短く会話をかわしていた。
「ほら、ルクスにも出来るだろ?」
「え?」
そら見た事か、と得意気に言うアルムの言葉の意味がルクスは一瞬わからなかったが、すぐに理解する。
あの雨の日。ベネッタの病室で交わした男二人だけの会話。
自分がした変な質問の話だった。
「ああ、そうだね……僕にも出来たよ。色んな人に助けて貰わないとできなかったけどね」
「俺だってそうだ。一人で出来るやつなんていないよ」
「そうかい?」
「そうさ」
ルクスは火傷で痛む手で拳を作る。それに応じるように、アルムもまた拳を作り、ルクスと拳同士を突き合わせた。
ようやく、ルクスは目の前の友人と対等になれた気がした。ついルクスの口元が緩む。
「ありがとうアルム。ありがとう」
「俺は何もしてないが……まぁ、今回は素直に受け取っておくことにする」
満足そうなルクスの顔に嬉しくなったのかアルムもまた微笑んだ。
その横で、ミスティに肩を借りていたエルミラが不満そうにその光景をじっと見つめていた。
「ちょっと……どしたのあれ……何この二人だけわかりますみたいな会話……?」
「うふふ。二人とも男の子ですから」
「どういうこと? ミスティわかるの?」
「さあ? 何でしょうね?」
「なによそれー!」
二人の会話がわかるのは、あの雨の日に病室に居合わせていたミスティだけだった。
その後病院で数日の面会謝絶となり、エルミラもこの時の会話を追究しようと思わなくなる。
更に数日経ち――今回手に入れた情報の精査などが終わる頃、アルム達の会える時間も増えた頃。アルム達にとって嬉しい出来事が起きる事になる。
「ん……」
第二寮に一時的に移動させられていたベネッタだが、事件が終わるとまた元の病室へと戻されていた。
病室でアルム達四人が日課のようにベネッタの見舞いに来ていた時、ベッドの上でか細い吐息が声へと変わり、翡翠の瞳が花弁のようにゆっくりと開く。
その声に、雑談をしていた四人の視線は自然とベッドのベネッタへと集まった。
「ベネッタ!?」
「エル……ミラ……? みん……な……?」
エルミラの呼び掛けにゆっくりと目を覚ますベネッタ。
最後の記憶はミノタウロスによって右腕を潰されたところまで。それにも拘わらず、周囲にはいつも一緒にいる四人が心配そうに自分を見つめていることにベネッタは少し混乱する。
次に視線は潰された右腕にいったが、右腕はすでにログラが数日かけて治癒魔法をかけたことによって戻っていた。
夢だった?
朦朧した意識の中で、一瞬だけそんな事を考えてしまうが、ベネッタは自分の見た事をすぐに伝えなければと飛び起きた。
「たいへ……! けほっ……こほっ……! いっ……!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさい!」
「ベネッタ、お水ですわ」
「あ、ありが……」
「慌てないでお飲みくださいまし」
数日の昏睡で固まった体に喉の渇き。起き上がったベネッタの体をエルミラは支え、ミスティはコップに水を注ぎ、ベネッタへの口元へと運んだ。
水を飲み干すと、少しだけ息を荒くしてベネッタは険しい表情で自分の見たことを伝え始めた。
「た、大変なの……! ボク、牛の頭をした魔法生命と会って、戦いながら核を探したんだけど……聞いて! 核が学院がある場所に見えたの! 真夜中で生徒の入れない時間だったからもしかしたら教師の誰かが宿主かも!」
「ベネッタ」
「多分だけどボクとエルミラの会話を聞いてた――」
「ベネッタ。終わったよ」
アルムはそう言って、自分が見た情報を伝えようと焦って話すベネッタの肩を優しく叩く。
「……へ?」
自分の見た情報を聞いても慌てる様子のない四人に少し困惑しながら、ベネッタはきょろきょろと四人の顔を順に見回した。
「もう終わったんだ。全部終わった」
ベネッタは訳が分からないと言うかのように目をぱちくりさせたが。
「そっ……か……なんだ……よかったー……」
四人の表情にやがて納得し、ほっとしながらエルミラに体を預けた。
「それは私達の台詞です。目が覚めてよかったですわ、ベネッタ」
「ボク……どんくらい寝てたのー……?」
「もうすぐ二十日くらいになるかしら……この寝坊助……!」
「そんなに……あう……え、エルミラ、抱きしめてくれるのは嬉しいけど……いたいー……!」
「ごめん……! ごめん……!」
「へへ……心配させてごめんねー」
謝りながらもベネッタを抱きしめるエルミラ。痛いと言いながらも嬉しそうなベネッタ。
そんな微笑ましい光景を優しく見守りながらも、ミスティは椅子から立ち上がる。
「それでは私は先生を呼んできますわね」
「ああ、そうだね。起きた事に喜んでて失念してた」
「ええ、いってきますわ」
「ミスティー……」
「ふふ、すぐ戻ってきますからご安心を」
エルミラに抱きしめられながらベネッタはミスティを呼び止めてみるも、ミスティはリリアンを呼びに病室の外へと出て行った。
こんな時でもしっかりしているのは流石ミスティというべきか。
先生が来る前に聞いておかなければとベネッタはエルミラに抱きしめられながらも、アルムに今回の顛末を聞こうとする。
「それで……アルムくん、今回は大丈夫だったー?」
「ん?」
「あの魔法生命ミノタウロスって名乗ってたけど……戦ったんじゃないの?」
「いや、今回は俺じゃないぞ」
「え? そうなのー?」
「ああ」
アルムの視線は自然とルクスのほうへ。
ベネッタもアルムに釣られてルクスのほうを向くと、ルクスと目が合った。
どんな驚かれ方をするかとルクスは一瞬、妙な緊張をしてしまう。
「そうなんだー。お疲れ様、って確かにルクスくん包帯いっぱい巻いてるねー、大丈夫?」
しかし、ベネッタは労いとルクスの体に巻かれた包帯の多さに心配の声を掛けてはくれるものの、反応自体はそんなに大きくはない。
拍子抜けしてしまったルクスはつい聞いてしまう。
「えっと……驚かないのかい?」
すると、不思議そうな顔をしてベネッタは首を傾げた。
「なんでー? ルクスくんでしょ? 流石ルクスくんとは思うけど、何で驚くのー?」
「……ぁ」
ベネッタに言われ、ようやくルクスは悟る。
自分では出来ないと思い込んでいたのも、自分を低く見ていたのも結局……自分だけだったという事に。
それを知って涙をこらえるために唇を噛みしめる。
自分はこんなに涙脆かっただろうか。不思議そうなベネッタの表情が嬉しかった。
「あ、そうだ……ねぇ、あのパン屋さん大丈夫ー?」
「パン屋ってお気にの?」
「うん……どう……?」
あの時、ベネッタはミノタウロスを自分に向かせられたものの、その後ミノタウロスが何をしたかまではわからない。
何を聞きたいのかルクスは察し、ベネッタの胸中に渦巻く不安が杞憂であることを伝える。
「無事だよ。君に……感謝してた」
「そっか……ふふ、そっかー……」
ルクスの口からそう聞くのと同時に、ベネッタはベッドに巻かれるようにつけられていた自分のチェーン付きの十字架に気付く。
ベネッタはその十字架を見ながら顔を綻ばせ、リリアンが来るまでの間、安心しきった表情でエルミラにされるがままになるのであった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ベネッタ復活です。
第四部も後二話となりました。本編後は番外一つと設定についてを一つ更新しようと思っています。
それといつかに書いた、今回は少し短くできるかもしれません!みたいな後書きは忘れてください。今回も全然短くなりませんでした。