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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第四部:天泣の雷光
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261.天泣の雷光9

 ベラルタの封鎖が解け、外で立ち往生していた宮廷魔法使いファニアが率いる部隊はベラルタの中へと入った。

 当然、感知魔法によって空間に危険が無いことは確認済み。

 後はこの空間を閉じていた何者かを探し出すために動かなければいけない。

 それにも拘わらず、部隊の魔法使い全員がその場に立ち止まっていた。

 隊長のファニア、副隊長のタリクも言うに及ばず。

 ただ、その光景を見ていた。


「ファニ……アさん」

「なんだ」

「これ……いいんすか」


 立ち止まっている魔法使いの中には経験が浅いのか、恐怖している者もいる。

 だが、その恐怖を誰が責められるだろう。

 砂のように倒壊する家屋。

 飛び交う瓦礫。

 荒れ狂う雷属性と鬼胎属性の魔力。

 そして、ぶつかりあう二つの巨躯。

 目の前で起こっているのは魔法による一つの災害だった。


「いい、とは?」

「見てるだけでいいんすかって……ほら、俺達一応……多分……止めに来たっていうか、解決しに来たわけですし」


 タリクは横目でちらりとファニアを見た。

 ファニアの目はずっと、二つの巨躯がぶつかる光景を見つめている。


「……タリク、もう少し考えて発言をしたほうがいい」

「いや、一応考えた結果なんすけど……そりゃ無理ってわかりますけど仕事ですし……」

「考えてそれならば……愚かだな。魔法使いならば目の前の光景だけでなく、そこにある思いも読み取れ」


 呆れたように、ファニアは言う。


「ど、どういうことっすか?」

「わからないか?」

「さっぱり……」

「やはりお前は今年も弟子のままだろうな」


 タリクが反論しようとすると、隣のファニアの表情は冗談を言っているようでも、タリクの愚かさを諭そうとしているわけでもなかった。

 その険しい表情のまま、ここで動かぬ理由をファニアは語る。


「今あそこに割って入ってみろ……敵であれ味方であれ、どちらからも殺されるぞ」









 高度な魔法戦。

 巨人と怪物の駆け引き。

 この場所にそんな高尚な戦闘は存在しなかった。

 だからこそ、この戦いに割って入ろうと思う者などいないだろう。


『ぬああああああああ!!』

「うおあああああああ!!」


 力任せに衝突する雷の剣と両手斧。

 巨人と怪物の武器の間で勢いよく火花が散る。

 そこには何の技術もない。

 ただ魔法同士の"現実への影響力"のぶつけあい。

 難しい理屈などなく、ただその存在を相手に叩きつけて、削りあい、敵の命を潰すだけの戦い。

 全霊をもって振るわれる互いの武器。

 相手の体を砕かんと殴りつける互いの拳。

 黄色と黒の魔力の迸る互いの脚。

 乱暴で原始的。しかし、互いにそれがこの上なく有効であることを知っている。


「が……っあああああああ!!」

『ぐ……かああああああ!!』


 周囲の様子などもう目に入っていない。

 互いの視界にあるのは殴りあう敵のみ。

 ルクスの体は絶えず攻撃を繰り返す【雷光の巨人(アルビオン)】の反動によって焼き続けられ、ミノタウロスは【雷光の巨人(アルビオン)】の攻撃によってその巨躯はぼろぼろになっていく。

 互いの一撃で削られる魔力と命。

 【雷光の巨人(アルビオン)】が雷で形作られた拳を振るう。

 ミノタウロスは両手斧の柄でそれを弾き、掌底のような突きを今度は【雷光の巨人(アルビオン)】にお見舞いする。

 受けても次の一手を、次の攻撃を。

 人間と怪物の殴りあいは続く。

 ただ、相手を壊すために。相反する互いの道を折る為に。


「ぐ――っぁ――!!」

『か――ぁ――!!』


 【雷光の巨人(アルビオン)】とミノタウロス。互いの武器が互いに一撃を与えた。

 ルクスとミノタウロスの苦悶の声。

 衝撃とともに迸った黄色と黒の雷がベラルタの道と家屋を焼いた。


「ミノ……タウロス!!」


 自分の魔法に焼かれる体を無視してルクスは畳み掛ける。

 巨人の雷の拳がミノタウロスの顔面へと突き刺さった。

 骨を砕くような衝撃と流れる雷がミノタウロスの傷となる。


『これしきで止められるとおもうかああ!!』


 それで終わる相手であればどれほど楽だっただろうか。

 ミノタウロスもまた【雷光の巨人(アルビオン)】へと拳を振るう。

 雷である【雷光の巨人(アルビオン)】にも魔法同士の攻撃ではダメージがないとは言い切れない。

 そして何より、ミノタウロスによってダメージを負うのは【雷光の巨人(アルビオン)】だけではない。


「ぐ……あ……が……!」


 恐怖を糧にする鬼胎属性。

 一瞬だけ、一瞬だけだが、攻撃の際、ミノタウロスが過去食らった子供達の悲鳴が魔法を通じてルクスへと流れ込む。

 おかしな話だと笑う者もいるかもしれない。

 だが確かに、ルクスはその名も無い誰かに謝罪をしていた。


(すまない……)


 この無念に、恐怖に、自分は応えられないことに。

 この悲鳴に、怒りを覚えられないことに。


(すまない……!)


 頭の中をかき回す恐怖など気にならないほどに、心が勝てと叫んでいる。

 こだまする悲鳴に耳を傾けてはいけないと、体が勝つと誓っている。

 この場で自分が応えられるのは自分を後押ししてくれた二つの過去。自分の隣にいてくれる今。

 そして――過去と今が敷いてくれている自分の未来――!


「勝つ! 君に勝つ!!」


 声とともに【雷光の巨人(アルビオン)】がミノタウロスに突進する。


『来い!! その雷を我が身が打ち砕こう!!』


 応えるミノタウロスには勝算があった。

 ぶつかりあう巨人と自身はほぼ互角。

 そう、ほぼ。

 人間と怪物の差。それとも宿主の分の魔力の差か。僅かだが、この削り合いは自分が上回っていることに彼は気付いていた。

 このままぶつかり続ければ【雷光の巨人(アルビオン)】を打ち倒せる。先程のように雷となって飛び回られるほうが今となっては厄介になろう。

 だからこそ、この展開は理想的だった。

 【雷光の巨人(アルビオン)】は雷を拳の形へと変えて振りかぶろうとしている。

 ミノタウロスが狙うはカウンター。

 この拳をかわし、全霊の魔力を込めた一撃を放たんとしていた。

 幾度の衝突で削られた今、この黒い魔力光で光る拳を巨体に叩き込む!


「ぁ、ああアアアアアア!!」

『はあああああああああ!!』


 稲妻のような轟音。

 突き刺さるは巨人の拳では無くミノタウロスの拳。

 巨人の拳はミノタウロスの顔の横で空を切り、ミノタウロスの魔力を込めた一撃は狙い通り胴体へと。

 巨人の形をしていた雷は、その胴体にあたる部分が削り取られるように消えていた。


"オ……オオ……!"

『勝――』


 巨人の声と体が揺らぐ。

 雷となっていても巨人の形をしたその口から漏れる声がミノタウロスに勝利を確信させた時――


「『鳴神ノ爪(なるかみのつめ)』!!」

『――――っ』


 その首に、ルクスが真横から雷獣の爪を突き立てた。

 勝利を確信し、一瞬だけ緩んだその隙。

 勢いよく、その首目掛けて飛び込んできたルクスの体はミノタウロスの首を切り裂くと、石畳の上に放り出された。

 立て! 立て――!

 魔力が切れかけ、痛みによって麻痺した体に鞭を打ちながらルクスはすぐに立ち上がる。

 ミノタウロスの反撃に備えるために。


『ぁ――』


 だが、ミノタウロスからの反撃は無かった。

 切り裂かれた首から噴き出る黒い液体。手から滑り落ちる両手斧。

 首にある核が半壊させられた感覚が、一度味わったことのある死の感触をミノタウロスに彷彿とさせた。

 霊脈に接続していない今、復活はもう不可能だろう。

 瓦礫の上で無防備に立つミノタウロスは最後に、ぎこちなく顔を動かして、目線を下げた。通りに立つルクス向けて。


『そうだ……しまったな……』


 自身の迂闊さを怪物は自嘲する。

 そう、自分が真に戦っていたのは目の前の雷の巨人ではない。

 戦っていたのはルクス・オルリック。

 ただ殴り合うという原始の戦いに熱くなってしまったか。

 何故間違えた。自分より遥かに小さいこの英傑は、自分がルクス・オルリックという敵だと名乗ってくれていたのに。


『神に、届かぬか……怪物らしい最後だな……』


 敵意が消える。戦意が消える。

 この場の空気を燃焼させていた熱が、命とともに消えていく。


『まさか雷光にやられるとはなんとも……そなた、いや……貴殿との出会いは運命だったか……』

「はぁ……はぁ……」

『神々の嘲笑が聞こえてくるという……ものだ……』


 自分の命が消えていくことを感じながら、ミノタウロスは最後を覚悟する。

 しかし、彼に最後に聞こえてきたのは決して嘲笑ではなかった。

 走馬灯のようにミノタウロスの耳に響き渡るのは二つの声。


"アステリオス。アステリオス。愛しているわ"


 温かな部屋の中、人だった時の名前を呼ぶ母の声。


"……あなたは人間にはなれなかったのか?"


 暗い迷宮の中、自分を殺した運命(えいゆう)の嘆き。


 『ああ……そうか』


 自分はまた間違えたのか、と声にならない声でミノタウロスは呟いた。

 当たり前のことだった。怪物に堕落した間違いを払拭するならば、この地で辿った道はただ生前の繰り返し。

 そうだ。何故気付かなかった。

 異形の自分を誇るため、母の愛に応えるためにやるべきこと。

 ベラルタを恐怖に陥れた怪物は、二度目の死の間際に悟る。


 我が身は神を目指す怪物(ミノタウロス)ではなく――人を守る雷光(アステリオス)であるべきだったのか。


 怪物としての名前ではなく、人として付けられた自分の名前をルクスに見ながら、ミノタウロス――魔法生命の巨体は力無くベラルタの街に倒れた。


『貴殿の……勝ち、だ……』


 最後に、自分が求めていた英雄に賞賛を送って。


「はっ……はっ……!」


 巨体が倒れ、街を揺らすような地響きが鳴る。

 衝撃で散る砂埃と崩れる瓦礫。

 その全てが落ち着くと、ルクスの目の前でミノタウロスという魔法生命の形がただの魔力となって霧散していく。


「はあっ……はあっ……」


 荒い呼吸。

 弱々しい自分の魔力。

 五月蠅いくらいの自分の心臓の鼓動。

 全てを感じ取りながら目の前の事実をルクスは見つめていた。

 やがて体を小さく震わせたかと思うと、片拳を力強く握りしめる。

 そしてただ思うままに。

 ルクスはその握った拳を天へと掲げた。

 

「――――!!」


 言葉にならぬ勝利の勝ち鬨。

 恥も外聞もない絶叫。

 全てを終わらせた青空の下で彼は吼える。

 自分を縛る何もかもを振り払い、そこには勝利を誇る――"魔法使い"の姿があった――。

いつも読んでくださってありがとうございます。

活動報告のほうにも書きましたが、決着まで日を空く事なく更新すると言っていたにもかかわらず、昨日は更新できなかったので今日二回更新致しました。待っていてくれた方ごめんなさい!

何はともあれミノタウロス戦決着となります。

決着までは後書きは邪魔かなと控えておりました。

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― 新着の感想 ―
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[良い点] 切り札というべき血統魔法も手札の一部 強大な力に頼りきるのではなく、あくまでも自分の力の一端として扱いきったルクスの成長が著しいですね! もう何度も言っていますが、本当にかっこいい 最後の…
[良い点] ミノタウロス編で主人公がほとんど活躍しなかった点。 主人公以外をメインに据える事で、パターン化させず他のキャラを掘ったのが上手いなと思いました。 [一言] 主人公以外がメインの敵を倒すのも…
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