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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第四部:天泣の雷光
293/1050

260.天泣の雷光8

 迷宮が消えたことによるミノタウロスの疑問が消えることはない。

 この地にある迷宮は完全に支配していた。ベラルタを八割しか迷宮化できなかったのは干渉を阻む特殊な場所があっただけであり、決して支配が不完全だったわけではない。

 支配が完全だったからこそ、核が特定できなかったのは迷宮と一体化しているからだとミノタウロスは判断していた。だが、迷宮が破壊されたという事は核があったという事。

 核があったのならば、何故読み取れなかったのか?

 迷宮が破壊された衝撃、そして迷宮を支配していたにも拘わらず特定できなかった核の存在。

 それは圧倒的な力を持つ魔法生命を持ってしても動揺するに十分な理由だろう。


 だが、その衝撃と疑問を差し置いて思案しなければならない存在が目の前に現れた。


『なんだ……それは……?』


 開ける青空の下、少年と相対する怪物は無意識に両手斧を構える。

 無論、そうさせたのは少年の後ろに出現した不可解な雷。

 こちらに現れ、宿主を得て数年。いかに異界の存在とはいえ、それだけ過ごせばこの世界における魔法の常識は理解している。

 魔法とは、"現実への影響力"なるものが全てを決める。

 この世界に存在するもの全てが互いに影響を及ぼし合えるのは現実に曖昧なものが存在しないからに他ならない。それはたとえ魔力から新しい現実を作り出す魔法という現象であっても変わらない。

 幻や想像だったものを確かな形、確かな在り方を持った魔法として"放出"するために、魔法使いは"変換"という工程によって現実に近付ける。魔法の造形をより精巧にするのはその"変換"の基本といえよう。

 だというのに……あの雷はどうだ?

 確かに先程現れた巨人よりは巨大だろう。自身の巨躯にも迫るほどだ。

 しかし、それは巨大なだけ。ルクスの後ろにあるものは精巧さの欠片も感じられない。どう見ても、ミノタウロスにはただの雷属性の魔力にしか見えなかった。


『負けない。そう言ったか……迷いし者!』


 だが、ミノタウロスがそれを理由にルクスを侮ることはない。

 何であれ、目の前の少年は負けないと宣言した。

 ならばその宣言ごと打ち砕くのが敵対者の役目。

 ミノタウロスは両手斧を振り上げ、地響きのような足音をさせながらルクスへと突き進む。

 確かに迷宮は壊された。五つの入り口を起点とした迷宮内の転移もできず、亡霊も呼び出せなければ壁の創造もできない。迷宮と一体化した霊脈との接続も切れている。

 だが、ミノタウロス自身の力が落ちたわけではない。

 彼は依然として、その巨躯と力は振るえばベラルタを蹂躙できる魔法生命。

 敗北寸前まで追い詰められていた少年一人にどうこうできる存在ではないのだから。


「迎え撃て!!」


 ルクスの声とともに雷が流動する。


『何!?』


 そして流動した雷は巨人の形へと変化した。

 先程のような甲冑姿でこそないが、流動する雷は巨人の姿をとって、ミノタウロスへと駆け出す。


『ぬううん!!』

"ゴオオオオオオオ!!"


 ぶつかる巨躯と巨躯。

 ミノタウロスは雷の巨人に向けて両手斧を横薙ぎに振るう。

 周囲の家屋ごと薙ぎ払うその一撃を、巨人の形となった雷は手の部分にあたる場所から伸びる雷で受け止めた。

 その伸びる雷が剣なのだと気付くのに時間はかからない。


『なるほど……! 先程の巨人も剣を持っていたな……!』


 思い出すのは先程完膚なきまでに破壊した甲冑姿の巨人。

 ただの魔力にしか見えない姿だとしても、本質は変わっていないことをミノタウロスは確信する。


『ならば!!』


 隆起する筋肉、湧き上がる鬼胎属性の魔力。

 その膂力を持って、巨人に再び同じ結末を辿らせるべくミノタウロスは防がれた両手斧に力を込める。

 ――しかし。


「ぐ……っ……!」

『っ!?』


 微かに届くルクスの苦悶の声とともに、目の前にあった巨人の形をした雷は姿を消した。

 自身の力によって、圧倒しようとしたその瞬間に消えた相手からの力。

 拮抗によって固まっていたミノタウロスの体が相手の力を失って前のめりに揺らぐ。

 その揺らぐ視界の中で、ミノタウロスは確かに見た。


『これは――!』


 巨人の形から再び流動する雷へと変わり、揺らぐミノタウロスの横で再び巨人の姿へと変わる雷の姿を――!


『ぐ……おおおおおお!!』


 巨人の形をした雷が剣の形を振るう。

 側面から十メートルの巨躯を吹き飛ばすような衝撃、貫く刃と雷によって焼けるような痛みがミノタウロスの体に走る。

 しかし、その一撃を以てしてもミノタウロスは体勢を崩すだけ。

 周囲の家屋を瓦礫へと変えながら、久しく感じた敵対者からの痛みに絶叫しながらも瞬時にその体勢を立て直す。

 再び向き合う形になったと思うと、ミノタウロスは一瞬、その巨躯を低くした。

 両手斧と捻じれた角の切っ先が雷に向けられる。


『そういう絡繰りだったか!? 巨人よ!!』

「っ――! ――が――!!」


 声とともにミノタウロスの巨躯が起爆した。

 体勢を低くして向かってくる姿は四足の猛牛を思わせる。

 ただ駆けるよりも早い突進が人型の雷へと突き刺さった。

 両手斧は弾いたが、その巨躯による突進と角は防げず、突進の勢いのまま巨人の形をした雷は後ろの家屋へと突っ込んでいく。


「うご……け!!」


 ルクスの声とともに、ミノタウロスと激突した巨人は再びミノタウロスの目の前から消える。


『またか――! だが……!』


 ミノタウロスは体を反転させる。

 その反転した先には今ぶつかりあっていたはずの雷。巨人の形へと戻り、ミノタウロスへとその剣を振りかざしている。


『ぬ……ぐ……おおお!!』

"ゴオオオオオオオ!!"


 再びぶつかりある黄色の剣と黒い両手斧。

 先程のように一方的に巨人が敗北することはない。

 ミノタウロスと【雷光の巨人(アルビオン)】はその力を拮抗させ、真の敵対者となってぶつかりあう。

 拮抗している武器をその技を持って、ミノタウロスは力が作用する場所をずらし、今度は巨人の形をした雷が体勢を崩した。

 ミノタウロスは足を踏み出し、人であれば無防備な、人型の雷の側面へと回り込む。先程やられた意趣返しとばかりにミノタウロスは両手斧を人型の雷向けて振り下ろそうとするが――。


「が……! ぎ……!」


 ルクスの苦悶の声とともに、巨人は再び目の前から姿を消した。


『否!』

「!!」


 だが、それに反応し、ミノタウロスも地を蹴って横に跳ぶ。

 直後、ミノタウロスのいた場所に振り下ろされる雷の剣。

 まるで予見していたかのようにミノタウロスは巨人の雷の攻撃を避けていた。

 全力の振り下ろしを回避され、ルクスの顔が歪む。

 回避された後に繰り出されるミノタウロスの突きと斬撃。

 魔力光が作り出す黒い軌跡。一撃一撃の重さを実感しながら巨人は攻撃を何とか捌く。


『巨人ではなく雷として魔法を形にしたか! 迷いし者!』

「――っ!」


 ミノタウロスの猛攻にルクスは声で答える余裕が無い。

 しかし、ミノタウロスの推測は当たっていた。


『驚いたな……ほんの小さな意識の違いでこちらの魔法というのはここまで変わるか! 属性として捉え、模倣していた慣れを捨て、現実の雷(・・・・)としてこの場に顕現させているな!?

確かに! そなたの血統魔法が作り上げるのが雷の巨人であるならばそれは巨人であり、そして雷でもあるであろう! 流動による瞬時の移動! 巨人としての膂力! 巨人だけに偏らせていた魔法の形を書き換えて可能にしたということか!!』

「ぁ――づ――!」

『ようやくだな迷いし者! それでこそ我が身が倒すべき敵となろう!!』


 一瞬、互角にまで這い上がった力の差を無理矢理開かされているのを感じる。

 ミノタウロスの言う通り、ルクスは自身の血統魔法を変革させた。

 雷属性の巨人として捉えていた自分の血統魔法を、雷を属性という面だけでなく、形と性質の面でも雷としても"変換"する荒業。

 雷属性の巨人、ではなく、本当の意味での、雷の巨人。属性としてでなく、魔法の形として雷を模した事に成功しているとすればその"現実への影響力"は今までの比ではない。

 それはその反動も。

 魔法を操作する為に使われるルクスの魔力。そして魔法と繋がるゆえに伝わってくる魔力の性質。

 巨人を動かす度に、ルクスの体内では不可視であるはずの魔力が荒れ狂い、ルクスの体を雷が焼いていた。

 だが、そんな痛みよりも目の前の現状にこそルクスは顔を歪めている。


(ここまで……やって……! ここまでしてもらって……!!)


 目の前の(ミノタウロス)がどうしても倒せない――!

 恐らくは小さな、ほんの小さな差。

 負ける道理はもうないはずだ。負けない力にまで引き上げたはずだ。

 ミノタウロスは喜悦を見せるが、ルクスは自分の情けなさを恥じていた。

 大切な(はは)の言葉で作られた自分の原点。そしてそれを思い出させてくれた彼女(シャーフ)との別れ。

 二つの過去に後押しされて尚――自分はここを守るに値しないのか――!


「く……そ……!」


 原点は思い出した。なりたい理由、なりたい自分。

 二つの過去に後押しされ、その過去に向かって胸を張りたい。

 だが、それだけでは互角。

 目の前の(ミノタウロス)もまた母の為にと力を振るう者。間違いを自覚し、突き進んでいる似た者同士。

 無意識に湧き上がる苛立ちは、こいつには負けたくないという気持ちの表れだった。

 

「くそ……!」


 そう、ルクスはまだ迷ったまま。

 なりたい理由はわかった。だが、自分は魔法使いに相応しいのか。

 弱き者を守る為に、魔法使いである事を選ばなきゃいけない時が来た時、今この瞬間(・・・・・)を選べる勇気が自分にはあるのか?

 アルムのように、ベネッタのように、逃げない決断をできるのか――?

 ルクスにはその自信がない。理性的であるがゆえに

 理性的であることが決して足枷ではない。だが、時には切り捨てることも必要なのだとその理性が言っている。

 ここで立ち向かい続ける必要があるのかと、理性が囁く。体中の痛みがその囁きの声を大きくした。


「く……そ……!」


 そんな声、今は聞くに値しないというのに。


「く……そおおおおお!!」


 焼けるような痛みの中、理性に逆らうルクスの絶叫。

 ミノタウロスの猛攻に崩れ始める【雷光の巨人(アルビオン)】。

 自分のあまりの不甲斐なさに普段では有り得ないであろう言葉遣いがルクスの声で響き渡る。

 相応しいという自信が無い。そのたった一つのありふれた迷い。

 ルクスはいまだ迷宮の中にいたまま。


「珍しいわね、ルクス」


 だが、ルクスは知らないだけだった。

 迷宮から抜け出すその理由。きっかけを。


「!!」

『そなたは――』


 そのきっかけが――戦いの場に現れた。


「はぁ……はぁ……。あんた……はぁ……そんな事言うキャラじゃないでしょうに」

「エル……ミラ……!」


 そう。ルクスの前に現れたのはエルミラだった。

 よほど急いで駆け付けたのか強化の補助魔法を使っていたにも拘わらず、その呼吸は荒くなっている。


「はぁ……はぁ……」


 エルミラは息を切らしながらミノタウロスを一瞥すると、再びルクスのほうに目を向けた。


「ルクス、来ておいてなんだけど……私、魔力がもうほとんど無いのよ。そこの怪物の宿主と戦ってたからさ」

「そう……なのか……」

「あ、何しに来たんだとか言わないでよ? 一応この怪物を見張る為に来たんだから」


 冗談でも何でもなく、エルミラにはもう魔力が無い。

 残り僅かだった魔力も、そして体力さえも、この場に駆け付けるために無理に強化を重ねたせいで限界だった。


「だからね、あんたがいないと私あれに殺されるわ」

「……っ」


 エルミラはそんな物騒な事態を想像させながらいつものように、その八重歯を見せて笑う。普段ならしないであろう、一つのお願いを添えて。


「だからさ……悪いんだけど、あの時みたいに私の事守ってくれない?」

「――!!」


 その瞬間、ルクスの目から涙が零れる。 

 涙は自分の不甲斐なさからでも、自身の無さからでも、惨劇を想像してでもない。

 流す涙は安堵からだった。

 あった。

 あった。

 あ……った。

 自分が魔法使いに相応しいのか、魔法使いになれるのかその答え。

 何故……思い出せなかったんだろうか。

 敗北の記憶が塗りつぶしていたのか、それとも思い出せないほど自分の至らなさを見つめ続けていたからだろうか。

 そう、自分にも魔法使いとして今を選んだ時があった。

 大百足に襲撃された山の中。理性も常識もかなぐり捨てた夜。

 自分は確かに、エルミラという今を守りたくて――あの怪物に立ち向かったのに。


「やってくれる?」

「ああ……」


 エルミラの問いに、ルクスは涙を拭った。

 きっかけはただそれだけ。

 あの雨の日、シャーフが言っていた通り、自分の迷いには暗闇などどこにも無い。

 自分はとっくに答えを得ていた。

 自分はただ、一つの間違いを自分の全てだと思って、下を向いて立ち止まっていただけの子供。

 二つの過去に後押しされて歩きだした迷宮の先には、当たり前のように彼女(エルミラ)がいた。


「じゃあ……お願いね、ルクス」

「任せてくれ……!」


 沸騰しているのではと思うほどに血が滾る。

 魔力はさらに荒れ狂う。

 その身に受ける雷は激しさを増した。

 そう、負けない、じゃない。

 負けない、で終わってはいけない――!


『叶わぬ約束はしないほうがいいと思うがな。迷いし者』

「ミノタウロス」

『む』


 初めて名を呼ばれた。言ってしまえばただそれだけ。それだけなのだが。

 ミノタウロスにはその変化が大きなものに聞こえた。


「自己紹介はしただろう。僕の名前は鼠でも、迷いし者でもない……ルクス・オルリック。君を……君を倒す男だ!!」

『ふ……ハ……ハハハハハハハハハハハハハ!!』


 その笑いは決してルクスを馬鹿にしているわけではない。

 ミノタウロスは内心で誰かに問う。

 誰が想像したか。現れた時はただ魔法が使えるだけの凡人だったこの少年が――今や自分を倒すに相応しい英傑になっているなどと!


『そうだ! そうだルクス! それでこそこの場に立つに相応しい! だが譲らぬ! 我が身の願いのため! その輝きに満ちた芽はここで摘もう!!』

「いいや違う! この場に立つのはミノタウロス……君じゃない!!」


 高揚で笑みを浮かべるミノタウロス。

 目の前には巨人の形をした雷。

 熾烈だったはずの今までの戦いなど、これから始まる戦いに比べれば前座に過ぎない。


『我が身が!!』

「僕が!!」

『「勝つ!!」』


 怪物と人間はともに咆哮する。

 この場で紡がれるのは怪物の恐怖を伝える伝承か、それとも怪物を討つ人間の物語か。

 決着は決して、遠くない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 迷いと迷宮、出口とエルミラ 綺麗な対比で女神降臨の巻でした。 それにしてもみんなキャラたってる。
[良い点] コレがジャンプか… 実にイイ‼︎もっとやれ!!!
[良い点] 第3部に続けて、またこの二文字を記すときが来ました…… 最高
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