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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第四部:天泣の雷光
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254.天泣の雷光2

 二者の動きは予備動作から行動までほぼ同じタイミングだった。

 雷を纏うルクスと振り上げた両手斧の刃を染める黒い雷。

 そして疾走と一閃。

 ルクスが地を蹴ったその瞬間、ルクスがいた場所に黒の魔力を纏った両手斧は振り下ろされた。

 稲妻の如き轟音と破壊される石畳。黒い雷によって焼ける石片。

 迷宮による固定された空間の再生が始まるよりも早く、ミノタウロスは疾走するルクスを目で追いかける。


『奇しくも雷か――!』


 雷属性の魔力によって照らされる闇。ルクスは屋根の上へと跳び、そして翻弄するように最高速(トップスピード)で駆け始めた。

 屋根の上を駆けるルクスの軌跡に残光が走る。

 魔石用の照明しか無い今、ルクスの纏う光は星のように明るく見えた。


『まるで逃げ回る鼠だな』


 ミノタウロスの巨躯は家屋よりも高く、屋根の上を駆けても尚その頭は高い位置にある。

 石畳の再生が終わる頃、再び両手斧が動く。

 薙ぎ払うは黒き落雷。

 バヂヂヂ!! とただ武器を振るったとは思えぬ音を立てながら、両手斧はルクスの残光を裂き、ルクスの駆けた家屋を破壊する。

 崩壊する家屋の音、そして現実とは思いにくい再生の蠢きの中、


「『四方の雷撃(フィアブリッツ)』!」


 ルクスによる反撃の魔法が唱えられる。

 ミノタウロス向けて放たれる四つの雷撃。

 一つ、二つ、三つ。時間差で放たれる雷撃に向けてミノタウロスは手の平を向ける。


『矮小』

「くっ……!」


 ルクスの雷撃は黒い魔力を纏った手の平に弾かれ、周囲の家屋へと突き刺さる。

 最後の四つ目を放っても結果は同じ。やはり下位魔法ではミノタウロスの体に触れるにすら至らない。


(生半可な魔法が通じないのなら……!)


 今の光景がルクスの頭から温存という選択肢を抹消する。

 慎重な自分を殺す覚悟が出来ただけでも意味のある一手だとルクスは自分に言い聞かせた。

 元より敗北は死。ならば自分の一側面を自分で殺した所で大した違いは無い。


『速い――!』


 高速で屋根を駆けるルクス。

 慎重さが消えたことで無意識に抑えていた速度が上がった。

 その速度は纏った雷属性の魔力に相応しく、強化された肉体を酷使する。

 ミノタウロスの前後左右。上空までも使って目まぐるしく動き回る。


『む』

「ぁ……!」


 一瞬、ルクスはすれ違いざまにミノタウロスの足に打撃を入れる。

 強化をかけた体での蹴りだったが、それは決して有効的なダメージにはならない。むしろ蹴りを入れたルクスの足に痛みが走った。

 しかし、防がれる気配が無かった今の打撃は速度に於いてミノタウロスの反応を上回った証明になる。


(速度だけなら道化師よりも……!)


 駆ける。駆ける駆ける駆ける――!

 ミノタウロスは翻弄こそされないものの、目で追いにくくなるまでになったその速度。

 だが、その動きは良くも悪くも直線的。残光から動きを予測し、ミノタウロスは再び両手斧を掲げる。

 狙いすました先にその両手斧を振るう瞬間――


「『鳴神ノ爪(なるかみのつめ)』!」


 両手斧が動くと同時に、ルクスは地を蹴り無理矢理に進行方向を変えた。

 音を立てて家屋を破壊するその刃の横とすれ違うように、ルクスはミノタウロスへと強襲する。

 先程の無謀な打撃が証明した通り、ルクスの速度はミノタウロスの反応どころか予測をも上回った。

 その手に現れる巨大な雷獣の爪。

 空気を裂き、唸るような音を立て、ミノタウロスの足へとその爪は突き立てられる。


『鳴神だと――!?』

「よし……!」


 黒い魔力を切り裂き、ミノタウロスへと届く雷獣の爪。

 驚愕を浮かべたのはルクスとミノタウロスどちらもだった。

 木の幹のようなミノタウロスの足に付けられた五本の傷痕。そして傷痕から飛び散る黒い鮮血がルクスに不可能ではないという確信を抱かせる。


『ちょろちょろと!!』


 ミノタウロスは足下に飛び込んできた(ルクス)を払うべく、踏みつけるように石畳を破壊する。

 雷鳴のような音と刃のように周囲に散る黒い魔力。

 しかし、すでにルクスはそこにはいない。

 瞬間を見逃さず、残光はミノタウロスの視界の正面を走った。

 滑らかに宙を翻るルクスの体。

 決死で入れた足下への一撃すらも布石。

 二度の攻撃で相手の意識を足下に残し、その速度で頭部――つまり生命の急所を刈り取るための!


「『鳴神ノ爪(なるかみのつめ)』」

『嘗めるな――!』


 静かな声の"放出"に昂る声が呼応した。

 牛の頭部目掛けて振り下ろされる雷獣の爪。

 しかし、ミノタウロスは頭部を動かし、爪の軌道に鋭く捻じれた角を置く。

 ミノタウロスの頭部は牛を思わせる異形。脳天を狙った爪は頭部の角によって防がれる。


「ぐ……、っ……!」


 ガギイイ!! と鉄を無理にかみ合わせたような音が響く。

 足とは違い、捻じれた角に通らぬ爪にルクスは顔を歪ませた。

 足に傷を負わされても泰然と構え、一歩間違えば顔を切り裂かれていたかもしれない手段でミノタウロスはルクスの魔法を受け止める。

 ルクスもまた、角に雷獣の爪が通らない事を確認した瞬間、即座に離脱した。

 体を酷使して出した最高速からの一手。

 ルクスが命を二回差し出して得た報酬は足の浅い傷のみだった。


「これで通らないか……!」


 不意を突いたはずが、相手の余裕を見せつけられたようでルクスは内心で舌打ちする。

 余裕も当然と言えよう。

 ルクスの決死の攻撃が足の皮を裂く程度に対し、ミノタウロスの振るう両手斧は間違いなくルクスに絶命をもたらす一手。

 一撃一撃が家屋を両断し、魔力で焼いて破壊する血統魔法が如き威力。

 ルクスがミノタウロスという山を打ち崩すまでに幾度の攻撃を加えなければいけないのかを想像すらできないのに対し、ミノタウロスはただ転がる石ころに致命の一撃を与えればいいだけ。

 生命としての地力の差が、嘆きたくなるほどの差を二者の間に生んでいる。

 しかし、それは必然。

 ルクスが相手しているのは同じ人間ではなく、魔法の災害と呼ぶべき異界の怪物。

 災害も怪物も得てして不公平であり、不平等であり、理不尽そのもの。

 そもそもが人間一人で立ち向かえる相手ではない。


『体の負担を省みぬ速度……そして鳴神――常世ノ国(とこよ)の対神の魔法を扱って我が身に対抗しようとするその手腕は見事』


 ルクスが再び地を蹴ろうとしたその時、ミノタウロスは巨大な両手斧を手慣れた動きで頭上へと。

 その動きにルクスはミノタウロスから一旦距離をとる。


『だが言ったはずだ! 我が身は迷宮の支配者……迷宮という異界で世界を隔てる者!』


 ミノタウロスは頭上で両手斧を回転させたと思うと、そのまま柄を地面に打ち付けた。

 ルクスを狙ったわけではない武器の動きに警戒が生まれ、ルクスの動きを一瞬だけその場に止める。何が起こるかを見定めるために。


『我が身は雷だけでなく、こういうこともできるということだ!!』

「なに……!?」


 瞬間、周囲の家屋の間にある路地から十数枚の巨大な石塊が突如現れた。

 よく見ればその平たい形状は石の塊というよりも壁。

 その壁は家屋よりも高く、大きさで言えばミノタウロスの巨躯に近い。

 家屋から家屋への移動を封じるかのようにその壁は現れ、周囲の景色を一変させた。

 家屋と家屋を隔てるように現れた不自然な壁の数々が先程までの速度に頼った戦法を取れない事を物語る。


「これは……!」


 その光景にルクスはアルム達にも伝えられたフロリアとネロエラの報告を思い出す。

 ベネッタ襲撃時の夜、通りを封鎖するように現れていた謎の壁の存在。更に思い出すは事の発端となった音もなく失踪した子供達。

 ミノタウロスの能力は迷宮を形作る壁そのものを自在に操れることなのだとルクスに瞬時に理解させる。

 つまり、子供の失踪が始まった頃からベラルタはこの怪物に掌握され始めていたという事か。


『これで駆けるというわけにもいくまい』

「くっ……!」


 ルクスが唯一有利だった敏捷性もミノタウロスの一手で封じられる。

 壁を破壊しながら屋根の上を飛び回ってはどうしても速度は落ちる。そうなればいずれ捉えられてしまうだろう。何より壁を破壊する度に魔法を使っては魔力を著しく消耗してしまう。まさかミノタウロスの魔力が一人の人間以下という事はあるまい。

 選ぶ気は無いが、この場から逃げ出そうとしても壁を作り出す能力によって恐らくは逃げ道全てを塞がれるだろう。

 目の前の魔法生命がただ力任せの怪物ではないことにルクスは顔を歪ませる。


『そなた……その鳴神(なるかみ)は模倣ではないな。何処で知った? 常世ノ国(とこよ)はマナリルに魔法を伝えていないはずだが……』

「僕の母は常世ノ国(とこよ)の人間でね。母に教えて貰ったんだ」


 質問の意図はルクスにもわからなかったが、常世ノ国(とこよ)を滅ぼした彼らからすれば何か思う所があったのだろう。

 しかし、何気なく答えたルクスには思いもよらぬ一瞬が訪れた。


『母……母か』


 突き刺さるような鬼胎属性の重圧。

 その重圧を放っていたミノタウロスから一瞬だけ、重圧が消えたのだ。

 時間にすれば瞬きの間だけ、何らこの場の勝敗に関わるような時間では無かったが、確かにミノタウロスは母という言葉に反応した。


『因果だな……迷いし者よ』

「……っ!」


 しかし、それもほんの一瞬。

 互いが敵であることには何ら変わりなく、ミノタウロスは左腕をルクスに向ける。

 手の平には集中する黒い魔力。

 空気を巻き込み、夜闇のように暗い輝き。

 その集中する魔力光が何かが放たれる予兆だとルクスも気付く。

 ミノタウロスは壁を出現する事によって家屋間の移動を封じた。

 彼が力任せだけの怪物でないのならば次の一手は必然、二者が立つベラルタの通りを一掃するような一撃であろう。

 

『【闇断つ稲妻(アルゲス)】』


 魔法の"放出"に近しい在り方でそれは放たれた。

 ミノタウロスの声とともに、集中した魔力から迸った黒い稲妻。

 石畳の敷かれた通りはその暗い輝きの威力に剥がれていく。

 ミノタウロスの正面全てを焼き払うかのような雷。空を裂くような轟音がルクスに届くその時、


「【雷光の巨人(アルビオン)】!」


 相対するルクスの口からは、轟音より澄んで響くオルリック家の歴史の合唱。

 重なる声はルクスの手の平に黄色の雫を作り上げ、その雫は黒い天井へと落ちる。

 ルクスの頭上に現れる魔の門。

 その門をくぐって現れるは雷によって形作られた甲冑の巨人。


"ゴオオオオオオオオオオオ!!"


 巨体がもたらす着地音と咆哮。

 主人を害そうとする黒い雷を断ち切るべく、オルリック家に受け継がれる巨人(まほう)が立ちはだかる――!

いつも読んでくださってありがとうございます。

ここから決着までは日を空くことなく更新していきたいと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルクスがこの章の主人公しちゃってますね! カッコイイです!
[一言] 最終局面まで来ると終わった後にまとめて感想を書きたくなりますね。さぁどうなる! 更新待機します
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