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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第四部:天泣の雷光

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248.真逆の賞賛

「『偽聖の剣(ミットライト)』」


 シャボリーの周囲に現れる光属性で作られた五本の剣。

 細かい造形は無く、ただの剣の形になっただけの光の塊。その輝きは周囲の闇を斬りは払うかのように回転する。

 しかし、"現実への影響力"が何たるかを理解している人間からすれば、剣の造形が曖昧なその魔法は少し不出来にも見えた。


「『勁風嵐乱(ブレイクガスト)』」


 対してヴァンが唱えるは風属性の中位魔法。

 吹き荒れる二本の風の渦が魔力光によって可視化し、シャボリーへと放たれる。


「はひゃ!」


 シャボリーは笑い声を上げて跳ぶ。

 それは久しぶりの戦闘の高揚からか。

 強化をかけていない体は人間のものとは思えないほどの速度で渦の横をぎりぎり掠めるように駆けた。

 シャボリーの周囲に展開された光の剣はヴァンの魔法の迎撃にすら使われない。


「『蛇火鞭(フレイムスネイク)』!」


 その光の剣の間を縫えるように、エルミラは細かい操作が可能な魔法を唱える。

 なぞった指の先に現れる火の鞭。

 エルミラは現れた火の鞭を握るとシャボリーへと向かわせる。

 この魔法でダメージを与える気は無い。狙いは足。今シャボリーが出しているスピードならば少しバランスを崩してやるだけでも致命的になるはずと。


(とった……!)


 タイミングは完璧。

 ヴァンの魔法を躱すシャボリーの動きに合わせて、エルミラの魔法はシャボリーの足下に罠のように置かれる。


「狙いは悪くないが……甘いな」

「いぎっ……!」


 エルミラの狙い通り、シャボリーの足に火の鞭が絡まった。

 絡まったが……シャボリーの体勢は崩れない。

 そこに魔法など無かったかのように、シャボリーはその身体能力と魔法生命の外皮で火の鞭を強引に引きちぎり、そのままヴァンへと向かう。

 怪我をしたのはむしろ魔法を使ったエルミラ。シャボリーの足に絡ませようとした火の鞭を無理矢理引っ張られた際に、火の鞭を持っていた手の皮が裂ける。

 自分の魔法で使い手が傷つくのは魔法の"現実への影響力"が高い証拠であり、魔法の"変換"の精度が高い証でもあるが、皮の裂けた痛々しい手の平がエルミラの顔を少し歪ませた。


「切り裂け」


 シャボリーの声とともに五本の剣がヴァンへと放たれる。

 何の変哲も無い直線的な攻撃ではあるが、それこそ光属性魔法の特徴の一つ。

 造形の精巧さをあえて崩す事によって属性の特性を魔法に強く反映させ、魔法の速度を使い手が自由に変化させる事が出来る繊細な属性魔法。

 戦闘に向いてはいるものの、属性の性質と"変換"の精度に"現実への影響力"のバランスが難しく、魔法の三工程を真に理解しない者が使えば他の属性の劣化になるとすら言われる難易度の高い属性だが、そこはベラルタ魔法学院の魔法使い。

 その特性を理解し、魔法が成り立つ絶妙なバランス、そして自分の思い通りの魔法の速度をシャボリーは魔法に反映させている。


「『そよ風の鎧(ブレザコレンテ)』」


 しかし、ヴァンもまたベラルタ魔法学院の魔法使い。

 シャボリーの魔法への合図とほぼ同時に、ヴァンは防御魔法を唱える。

 

「む」


 緑の魔力光とともにヴァンを包むのは風の鎧。

 ヴァンに放たれた五本の光の剣はその風の鎧によって軌道がほんの少しずらされ、ヴァンの体を掠るように通り過ぎて後ろの石畳を削って消えていく。


「なるほど……繊細な魔法だ」


 シャボリーは納得したように呟いて。


「『美無き星空(シュテルファルシュ)』」


 即座に次の魔法を唱える。

 シャボリーを中心に広がる無数の光の粒。

 光の粒が動く速度は先程の光の剣とは打って変わって緩やかだが、確実にその範囲を広げていく。


「ちっ……!」


 出来損ないの星空のような魔法に対して、ヴァンは舌打ちする。

 ヴァンが使っていた魔法は向かってくる物体や魔法の速度を利用して最小限の魔力で軌道を逸らす防御魔法。速度が緩やかな魔法にはその分風によって加える力が大きくなるため効果が薄い。

 舌打ちは瞬時に魔法を見破られた事に対する苛立ちと、見抜いた目への賞賛だった。


「『火蝶の鱗粉(ティラパピリオ)』!」


 その出来損ないの星空を飛ぶように火の蝶が羽ばたく。当然、魔法を唱えたのはエルミラだった。

 幻想的な光景の中行われているのは単純な魔法の相殺。

 速度の無い無数の光に火の蝶は止まり、その瞬間爆発する。一匹の爆発に連鎖するように一匹、また一匹と爆発し、偽物の星空をかき消していった。

 シャボリーは一匹爆発したのを見た瞬間、その場から離れ爆発から逃れたが、シャボリーの魔法によって現れた無数の光は全て爆発に巻き込まれ消えている。


「ほう……」


 エルミラの唱えた魔法につい感心の声を零すシャボリー。


「ただの足手まといかと思いきや……中々のものだ」

「……そりゃどうも」


 エルミラ自身、戦えている手応えを感じてはいる。

 だが、それはシャボリーがヴァンだけを警戒しているからこそという事もわかってしまっていた。

 今のシャボリーの言葉が口だけの賞賛だという事も。

 何故なら、シャボリーの瞳はずっとヴァンを警戒しているのだから。


「とはいえ、私達よりは流石に一段実力が劣るようだ。ヴァン、君らしくないような気がするがね」


 シャボリーは遠回しにこの場には相応しくないと言っているようだった。

 エルミラ自身、わかっている。現状、横槍を入れて援護しているだけのような状況だ。

 火の鞭のようなミスも手の平に痛みとして残っていた。

 いまだ敵と対等になれていない感覚がエルミラには少し歯痒く、そして焦りすらある。

 だが――


「俺はそう思わなかったからこの場に居させてるだけだ」


 つい、エルミラはシャボリーから目を離してしまった。

 焦りを感じていたエルミラに、何気ないことのように語るヴァンの声が届く。

 その声は嘘や慰めなどではない。

 ヴァンと向き合っているシャボリーもそれを感じ取ったのか怪訝な表情を浮かべていた。


「君も歳かな? 見る目がずいぶん曇ったようだ」

「曇ったのはお前だ。引きこもって生徒や人に触れていないから魔法の本質を見失う」


 ヴァンはそう言って自分の胸を軽く叩く。


「魔法は心で唱えるもんだ。友達をやられたことが許せねえっていうエルミラの感情は実力を埋める材料になる。怒りを持ちながら感情に任せずに戦っているのも大したもんだ。エルミラは精神的にも強いし、劣ってなんかいない。充分ここにいる資格がある」

「ヴァン……先生……」


 戦闘中だというのに、エルミラは少し目頭が熱くなる。

 単純に嬉しかった。あのヴァン・アルベールが自分を手放しに褒めているという事が。

 事件に巻き込まれた時の功績からでは無く、今の自分を見ただけの賞賛がエルミラの心に響いていた。

 この賞賛を前にして焦る必要がどこにあろうか。魔法でもなんでもないただの言葉がエルミラの心に余裕を作っていく。


「実力は心で補う、か。なんとも美しい話だ、時が時なら泣けてくる美談だろうが……ただの慰めにしか聞こえないな。心や感情に触れずとも強く、目的を果たすというのがベストではないかな? そんな不安定なものを判断要素にするとはやはり君の目は曇ったようだ」


 ヴァンの言葉を一蹴し、嘲笑うシャボリー。

 その言葉にヴァンは一瞬、衝撃を受けたような表情を浮かべたかと思うと、険しい表情へと変わった。


「……本気で言ってるのか?」

「だったら?」

「本気で言ってるなら……つまんねえ女になったな……シャボリー……」

「君の言う面白さなど今の私には不要だよ」


 それが決別であるかのように二人は言葉を交わす。

 悲しそうな表情を一瞬浮かべたかと思うと、ヴァンは目を瞑る。


「【風声響く理想郷(ヒュペルボリア)】」


 ヴァンが唱えるは血筋の歴史を束ねる風の声。

 重なる音は美しく闇に奏でられた祝福。

 緑に輝く突風はヴァンを守るように吹き荒れる。

 顕現する風の正体はアルベール家の血統魔法。

 もう自分の知っている知人ではないと悟り、ヴァンは本気でシャボリーに牙を剥く。


「おやおや……血統魔法とは……ならば私も使わざるをえまい」


 悲しみを帯びた声で血統魔法を唱えたヴァンを見たところで、今更シャボリーに後悔が浮かぶことは無い。

 彼女にあるのはただ自分の目的のためという一点。

 目の前の敵を排除するため、シャボリーもまた自分の血筋の歴史を唄う。


「【聖女の星衣(ヴェガパラディス)】」


 重なる声はただ一代の悪意が支配した。先祖の意思を捻じ伏せ、シャボリーは歴史を唄う。

 唱えられた合唱は重く、闇に溶けていき、シャボリーに光を纏わせる。

 その光こそマピソロ家の血統魔法。

 牙を剥いた風を遮る……星の衣がこの場に灯る。

いつも読んでくださってありがとうございます。

何とか今月中に四部を終わらせたい……!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヴァン先生… シャボリー、衣系と来ましたか。エルミラもなんですよ。 この場の評価のみで褒められる、いい表現ですね [気になる点] エルミラが一発殴るか殴らないか [一言] 更新楽しみに待機…
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