246.ぶつける感情
魔法機密。
それは他国に魔法や魔法使いの詳細が露見するのが大きなデメリットになるほどの特異性を持っていた場合、又は単純に希少である場合に指定される魔法使いにとっての誉れの一つでもある。
その魔法を探る事すら罪とされているマナリルに所属するオウグス・ラヴァーギュの血統魔法。
百年以上変わらないとされるダブラマの第一位『女王陛下』の正体。
数年以上カンパトーレの侵攻からガザスを守る姫などの、各国の王族の血統魔法。
そのどれもが存在こそ知られているも詳細は秘匿されており、四大貴族のように存在をアピールする事が他国への脅威となる魔法使い達とは真逆の、情報が無いことそのものが脅威となり威嚇になる魔法使いである。
シャボリー・マピソロの特異体質はその希少性から魔法機密とされている。
毎年、図書館を頻繁に利用する新入生はこんな疑問を抱くだろう。
――この図書館を一人で管理するのって無理じゃないか?
そう、利用している間に図書館の大きさに気付いて思うのだ。決して狭くない三階建ての図書館の管理を一人でこなすことなど常人ではあり得ないという事に。
ヴァンに仕事を押し付けているただの怠け者であるならば、何年もこの学院にいれるはずがない。
新しく発行される本や古い本の情報収集と注文、生徒の望んだ本の仕入れ、生徒が求める本を図書館内から探すのは勿論、返却が滞っている本のチェックに建物の掃除から本の整理、時には机や椅子、本棚の新調まで。
シャボリーが今日まで我が儘を通せているのは図書館に関する実務を全て一人でこなせる能力があるからこそだった。
そして人間の体力でそれを可能にしているのがシャボリー・マピソロの特異体質である。
人間と魔獣では魔力の"変換"の仕方が違う。
人間は魔力を魔法という形に"変換"する事で様々な現象を引き起こす。対して、魔獣は魔力を張り巡らせる事で体力や身体能力に"変換"することが可能なのだ。
過剰魔力という現象が魔獣に起きやすく、人間にはほとんど起こらないのはこのように生物として魔力を扱うシステムが違うというのが最も大きな理由であろう。
人間は魔力を魔法という形に変換するために魔力を張り巡らせる機会などほとんど訪れないが、魔獣にとってはそれが当然なのである。
しかし、シャボリー・マピソロは違う。
シャボリーは自らの魔力を魔法と身体能力……つまり、人間と魔獣どちらの変換もする事が出来る。それは人間でありながら高位の魔獣と同じ特異体質。
図書館を一人で管理できるのもその魔力の変換で強化される無尽蔵の体力から来るもの。魔力がある限り彼女は疲労とはほぼ無縁、そして戦闘になれば、強化の魔法を介さずに身体能力を上げられるシャボリーの力は魔法使いにとっては厄介な力となる。
「特異体質の魔法使いを相手にするのは初めてかい?」
「『炎奏華』!」
声はそのまま。しかし、動きは異質。
その姿は人というよりは、月の無い夜に忍び寄る怪物のよう。
地面をえぐるようなシャボリーの跳躍は一気にエルミラとの距離を詰めさせる。
エルミラは強化を唱えると、回避を優先してすぐさま横に跳んだ。
シャボリーの足がエルミラがいた場所へと、文字通り突き刺さる。
「うっ……!」
人間が起こしたとは思えない轟音。踏みつけるようにしたシャボリーの足はその場所にあった石畳を簡単に砕く。
シャボリーはまだ強化の魔法を使っていない。
それにも関わらず、ただの蹴りが人間とは思えない破壊力を有していた。
自分の纏う火属性の魔力が急に頼りない灯火に感じるような、そんな出鱈目さを目の前のシャボリーは持っているようにエルミラは感じてしまう。
「揺れるな! エルミラ!」
「!!」
一瞬、揺れかけたエルミラの精神がヴァンの一声で戻った。
そう、冷静に考えれば出鱈目などではない。
魔獣ならその力で岩を削るくらいの事はして当然。
たまたまシャボリーが人間の形をしているだけだ。
特異体質の事を差し引いても相手は学院の教師。一筋縄でいかない事はわかっていた。実力は高くて当然。
今更石畳を割られたくらいで動揺している場合じゃない。こんな事――!
「ふん!」
「ん?」
「エルミラ……?」
エルミラは自分の立つ石畳を強化を纏った足で思い切り踏みつける。
石畳は砕け、周りには破片が飛び散った。
唐突に行われた意味を感じない行動に、ヴァンもシャボリーも一瞬動きが止まる。
「うん、やっぱ大した事無いわね。こんな事……こっちだって出来るんだから」
笑うエルミラの表情にはもうシャボリーの特異体質に対する動揺は無かった。
魔獣が岩を削るのが当然のように、魔法使いもまた魔法で岩を砕くなど出来て当然なのだ。
「つまりは……ちょっと便利な獣化もどきって事よね」
そうだ思い出せ。今まで自分が戦ってきた相手を。
同じ新入生の裏切り者、常世ノ国の水使い、夜に包まれた得体の知れないカンパトーレの魔法使い。
今まで戦ってきた魔法使いはどれも普通とはかけ離れていた。
何より――あの山で出会った人の形を借りていた呪い。
友人を置いて逃げるしかなかった苦い記憶。
大百足……あれに比べて、目の前の魔法使いは恐怖に値する存在だろうか?
自分が未熟である事を受け入れ、エルミラは今まで戦ってきた記憶と目の前の敵と同時に向きあった。
自信を持つ自分と未熟さを受け止める自分は決して同居できないものではない。
そのどちらもが、自分の培ってきた経験と向き合っている証。
エルミラはどちらとも向き合った上で改めて、自分の敵であるシャボリーに怒りを向けた。
「ほう……中々肝が据わってる……お友達を殺されかけてやつれていた時は大したことないと思っていたのだけどね」
「まぁ、落ち着いたならいいが……お前学院の床を壊すなよ」
「これからほとんど壊れるんだから誤差よ誤差!」
エルミラは声を上げながら右手をかざす。
纏った火属性の魔力は使い手の意思に従い、シャボリーへと放たれた。
しかし――
「ふむ……熱いな」
シャボリーは放たれた火属性の魔力を前に防御すらしない。
いや、正確には――エルミラの放った火属性の魔力はシャボリーに届く前に何かによって弾かれている。
「魔法生命の――!」
その正体は魔法生命ミノタウロスの外皮。
魔法生命の宿主には生半可な"現実への影響力"を持つ魔法を使っては傷つけることすら敵わない。
元々エルミラの使っている魔法は強化の補助魔法。攻撃魔法ですら無いただの火属性の魔力では明らかに威力不足だった。
「『防護』」
その横でヴァンは無属性の補助魔法を唱える。
不意打ちが失敗した今、これから始まるは魔法戦。
魔法使いとの戦闘の基本となる魔法を忠実に唱えるとすぐさま自身の属性の魔法の"変換"を開始した。
「『射抜く疾風』」
「『光の尖刃』」
「うっ……!」
流石にヴァンの魔法をその身で受けるわけにはいかないのか、ヴァンが魔法を唱えると迎撃するようにシャボリーも魔法を唱えた。
ぶつかりある風属性と光属性の魔法の一閃。
シャボリーの閃光でエルミラの目が一瞬眩む。
「後ろだ!」
「!!」
眩んだ視界の中、届くヴァンの声。
エルミラは即座に後ろに跳ぶ。
「ちっ」
すると、前方から聞こえてくるのは舌打ちと石畳が砕ける音。
視界が戻ったエルミラの目の前までシャボリーが接近していた。
先程エルミラが砕いた石畳はシャボリーによってさらに砕かれる。
「『防護』!」
遅れて、エルミラも補助魔法を唱える。
アルムの存在もあって忘れがちになる本来の無属性魔法の唯一の価値。魔法戦の基本となる補助魔法を唱えた。エルミラの両目の辺りに一瞬、魔力光が一瞬灯る。
「光属性……! 似合わないわねほんと!」
「ヴァンにも言われた事があるよ」
エルミラとヴァンが唱えた『防護』は現役の魔法使いでも魔法戦の前に唱える者は少ない。
『抵抗』と違い、光属性にしか効果が無いと言っていい魔法であり、加えて、光属性の中でも一際"変換"によって光の性質を上げている魔法使い相手でなければ視界が封じられる事も無い上に、次の魔法に反応する耳さえ生きていれば何とかなってしまうのが現状だからである。
しかし、シャボリーの特異体質を考えればこれほど有効な属性も無い。
魔法名を唱える必要のない魔獣の魔力変換。そしてそれが可能にする一瞬で距離を詰められる身体能力。
そして何より――
(明らかに光が強かった……)
光属性ではないエルミラでもわかるくらいに、シャボリーの魔法は明らかに閃光が強かった。
恐らくは『防護』をかけていない相手を倒すための常套手段なのだろう。
補助魔法をかけた今、閃光に眩むような事態にはならないが……エルミラが脅威に思ったのはその常套手段がシャボリーに根付いている事だった。
簡単に言えば、相手を倒すための理想の流れ。或いは道筋。
ずっと図書館に籠るシャボリーは間違いなく対魔法使いの戦闘にはブランクがあるはず。それでも実戦で脅威になり得るのは魔法使いとしての自分の動きが確立されているという事に他ならない。
自分の実力への理解力。そしてそれをブランクがあっても実行できる魔法使いとしての自信が今の一連の流れからは感じられる。
「上等!!」
それがどうした。
エルミラは感心していた自分を内心で蹴り飛ばす。
たとえ相手が格上の魔法使いだとしても自分のやる事は決まってるのだ。
友人を、ベネッタに大怪我をさせたこいつも魔法生命も許さない。
シャボリーに向けるべき正しい感情を持って、エルミラは自分を鼓舞するようにそう吠えた。
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『ちょっとした小ネタ』
ファニアも特異体質だったりします。属性を二つ使えます。