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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第四部:天泣の雷光
277/1050

245.不意打ち

「戯言を……」


 苛立ちのせいかそれとも眼鏡を外して印象が変わったのか、普段とは違う様相でシャボリーは歩く。

 意識をアルムの所から自分に戻して目指すは医務室。ベネッタが移送された場所。

 宿主を判別する力を持ち、迷宮と化したベラルタから脱出できる可能性を持った唯一の存在に止めを刺すために。

 シャボリーに棲みつくミノタウロスは怪物でありながら武人。

 目的のためなら子供の命も奪う、迷宮に彷徨う亡霊すらも使う。だが、認めた相手に敬意を払い、気に入った相手はひたすらに気に入ってしまう。

 同居しているのだ。

 残酷さと誇りが彼だけが引いたラインで別れている。綺麗なくらいに。


(助けが入ったせいで止めを刺せなかったって言ってたが、どうだか……)


 その力を振るえば当然、ミノタウロスがベネッタを助けに来たフロリアとネロエラごと破壊するのは簡単だった。

 それをしなかったという事はつまり――


「気に入ってしまったんだろうな」


 自分の宿す魔法生命の厄介な精神性につい嘆息する。

 少しは宿主の苦労も考えて欲しいな、と内心で愚痴を零したところでシャボリーは医務室に到着した。

 魔石に手を置き、魔力を通すと扉は開いた。

 中は白を基調とした清潔感溢れる部屋で、ベッドがいくつも並んでいる。

 中は薄暗いが、照明用の魔石が一つだけついていて、その近くには盛り上がったベッドがあった。

 カーテンで入り口から顔は見えないが、この状況でベッドにいる人物など一人しかいない。


「さて」


 シャボリーは魔石の照明を頼りにベッドに近付く。

 眠っているベネッタの顔をしっかりと確認し、急所に当たる場所を攻撃して止めを刺す。

 遠くから魔法を撃って殺せなかったなんて事態は御免だ。衝撃で目を覚まされたらそれこそ面倒な事になる。

 確実にここで息の根を止める。

 シャボリーはベッドの近くにある白いカーテンを開けた。


「なに……!?」


 シャボリーにとっては障害を一つ取り除ける時間。

 しかし、ベッドに寝ていた人物を見て発した声に喜びは無かった。

 それも当然。ベッドの盛り上がりを作っていたのはベネッタなどではない。さらに言えば人ですら無い。

 ベッドで寝ていたのはぐるぐる巻きになっていた掛け布団のダミー。

 まるでシャボリーが来る事をわかっていたかのように置かれた罠――!


「『炎竜の息(ドラコブレス)』!」

「『風鳥の嘴(ヴェロフルトゥナ)』!」

「!!」


 声は外と部屋の中から。

 硝子を突き破ってくる火柱と、背中側から吹く矢のような突風。

 割れる音とカーテンを引き裂く音。

 シャボリーは咄嗟に横に大きく跳んで躱すも、腕に火柱は掠り、突風は肩を裂く。


「ちっ……!」


 しかし、追撃は許さない。魔法が放たれた先をシャボリーは注視する。


「あら、あんたイメチェンしたの?」

「!!」


 窓の外から聞こえてくるのはシャボリーが最近聞き慣れていた声だった。

 医務室に設置されている照明用の魔石が順に輝き始める。


「やっぱりあんただったのね、シャボリー先生」


 窓の向こうに姿を現したのはエルミラだった。

 そして医務室の中では照明用の魔石で照らされたヴァンの姿。

 シャボリーは二人の姿を見て少なからず驚いたようで、眉が少し動く。


「ベネッタならここにはいないわよ」


 その一言で改めて、シャボリーは自分が罠に嵌められた事を実感する。

 エルミラがシャボリーを疑った際にオウグスとヴァンにしたお願い。

 それはベネッタの移送先を変えて欲しい、そして移送先を変えたという情報を与えないで欲しい。

 ただそれだけだった。

 ベネッタの移送先が変わった事を知っているのはオウグスとヴァンにログラ、そして本当の移送先である第二寮の寮長トルニアと、万が一の逃亡に適してると判断されて護衛に選ばれたネロエラだけ。今ベネッタはトルニアの部屋で寝かされている事だろう。

 もしシャボリーが宿主だとすれば、当初の移送先だった医務室にベネッタを殺しに来るはず。魔法生命と一体化した状態で来たとしてもベネッタから危険を引き剥がせる結果になる。

 一度命を狙ったのだから間違いなく二度目が来る。

 それがたとえシャボリーで無くとも、きっと宿主が来る。

 その時が来るまでずっと……エルミラは医務室の近くで待つつもりだった。ベネッタを殺しに来るタイミングで、宿主を迎え撃つために。


「……どこで気付いた?」

「最初に変だなって思うべきだったのは……地下道について話した時」

「ほう」

「私が地下道について調べてるって話した時、あなたは真っ先に『シャーフの怪奇通路』に入るなよって忠告した。地下道の入り口と『シャーフの怪奇通路』の入り口が同じ場所にあるって事を知ってなきゃ出てこない発想でしょ。私が数日かけて確認した事だってのに……地下道に興味ないって言ってたあんたが当然のように知ってるのは少しおかしかった」

「なるほど……それは迂闊だったな」

「ヴァン先生に言われて気付いた事だから偉そうには言えないけど、病院が危険って断言するのもおかしかったわよね。言われてみれば、病院は今まで被害が出てなくてむしろ安全に近い。それに……ベネッタが私に宿主かどうかを見ようって提案してくれた時、図書館には私達以外にあなたしかいなかった」


 エルミラは悔しそうに拳を握る。


「大事なのは……客観的に見る事だった。見方を変えたら、よく知りもしない相手を教師だから味方だろう、なんて思い込んでる馬鹿な私を見つけた……。思い返せばこんなにヒントがあったのにこんな事態になるまで気付けなかった。でも、あんたが宿主だと思い始めたら色々な事が見えてきたのよ。そう……医務室に移送したほうがいいなんて忠告も、もしかしたら自分が殺しやすい場所に移動させたかっただけなんじゃないかってね」


 他人や自分の感情を客観的に見れば色々と見えてくるものがある。

 エルミラ自身はむかついているが、きっかけとなったのはマリツィアの言葉だった。

 当然これはマリツィアがエルミラの感情に任せて言葉を間違えていた事に対しての忠告であって、宿主の件を指して言っていたわけではない。

 それでも、ベネッタの病室で言われた言葉がきっかけだったのはエルミラの中では揺るがない事実。

 たとえ悔しくても、受け止めなければいけない。自分は助けられた。

 こうして、ベラルタを混乱に陥れた宿主に近付けるきっかけとなるほどに。


「それで学院をサボる不良生徒とヴァンで待ち伏せというわけか……しかも、ご丁寧に普段させてる煙草の匂いまで消して……ヴァン、禁煙でも始めたのかい?」

「シャボリー……てめえ……」


 ヴァンもシャボリーがこの部屋に入ってきた時からエルミラの予想が当たったのをわかってはいた。

 それでも十年近く同じ学院で一緒だった事実がヴァンに舌打ちさせる。


「まぁ、ばれてしまっては仕方ない……元々私に策謀は向いていないという事か。それで? こっから私をどうする気だい?」


 シャボリーは肩からの出血を気にする様子も無く、宿主だとばれた事に慌てている様子も無い。まるで普段の会話の延長のようにその声色は普通だった。

 シャボリーは両手を挙げて、端から見れば降参とも言えるジェスチャーをする。

 無論、シャボリーが大人しく投降するなどとはエルミラもヴァンも思っていない。


「大人しく私達にやられてもらうわ。魔法生命を出さずに降参するなら半殺しで止めといてやるわ」

「諦めろシャボリー……!」

「おやおや、こわいこわい」


 余裕を持った声。同時に強く床を蹴る音。

 声の抑揚からは想像もつかない速度でシャボリーは医務室の床を蹴った。

 シャボリーという既知の人間が宿主だった事に焦りと動揺があったのだろうか。そんなヴァンの虚をシャボリーは突く。

 シャボリーは一足でヴァンの横まで跳び、その細腕で拳を振るった。

 接近には虚を突かれたが、無造作に振るわれたシャボリーの拳にヴァンは反応し、両腕で受け止める。


「なら抵抗させてもらおう」

「こ……いつ……っ!」


 普通ならば軽々と受け止められるはずが――受け止めたヴァンの両腕からはみしみし、と鈍い音が響いた。

 シャボリーの力を受け止め切れず、ヴァンの体はその拳の勢いのまま宙に浮き、弾けるように吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされたヴァンの体は窓を割りながら医務室の外へと飛び出した。


「ヴァン先生!?」


 すでに外にいたエルミラは、自分の横を通り過ぎる決して小さくないヴァンの体を目で追う。

 これが強化もかけてない女の力――!?

 ヴァンが吹き飛ぶ光景を見たエルミラに当然の疑問が湧き上がる。


「いやいや、参ったな」

「っ!」


 ため息を吐くついでのようにシャボリーは窓を乗り越えて外に出てきた。


「栄えあるベラルタ魔法学院の生徒、そしてマナリルが誇る魔法使いヴァン・アルベール……そんな二人を同時に相手して、私のような弱小貴族が勝てるわけないだろう? 私が抵抗できなくなる前に見逃してくれると助かるんだがね?」


 言葉とは裏腹にシャボリーには邪悪な笑みが浮かぶ。

 くすんだ金髪に、かきあげた時に付いたであろうログラの血がその笑みに映え、シャボリーの本質を垣間見えさせた。


「この人間離れした膂力……! 魔法生命の……!」


 今はミレルに住む常世ノ国(とこよ)出身の魔法使いにして元魔法生命の宿主シラツユ・コクナ。

 彼女から語られる魔法生命に関する情報提供の中には宿主についての情報もあった。

 魔法生命の宿主は、宿した魔法生命の影響を受ける。

 人格の侵食だけでは無く、その体にもだ。

 シラツユには白龍の鱗、人格を乗っ取られていたヤコウには大百足の甲殻といったように自分達の体は変質していたと。

 そしてその情報は聞かされるまでもなく、エルミラ自身も違和感として感じ取っていた。

 ヤコウの名を使っていた人間状態の大百足。山で初めて遭遇した際に見せた人間とは思えない異常な防御力。

 シャボリーの細腕からは想像もつかない人間離れした膂力もそれの類だろう。魔法生命による変質による――


「ちげえエルミラ!!」


 エルミラの思考を霧散させるような大声。

 吹き飛ばされたヴァンがエルミラの後ろで立ち上がりながらも叫ぶ。


「何が弱小貴族だふざけやがって……! 気を付けろ! 今のは魔法生命の力なんかじゃない!」

「は!? いや、だって……!」

「シャボリーは人間だが、魔獣の魔力変換(・・・・・・・)も持ってる特異体質! "魔法機密"に指定されてる魔法使いだ!!」

いつも読んでくださってありがとうございます。

第二寮の前に生徒が集まってた時、ネロエラがいなかったのはこういう理由でした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 唐突なネロエラ話題に瞬間的にテンション上がる。やばいね。どんだけネロエラ好きなんだよ。感想で書こうとしてた事吹っ飛んだよ。
[良い点] 種明かしされましたね ベネッタの血統魔法聞いてたこと、病院からの移動については察してましたが地下道の話の違和感は全くわからなかったです ここに来て特異、と来ましたかなるほど [気になる点…
[気になる点] まあ先生が弱いわけないんだよなぁ
感想一覧
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