241.外界
「いつからベラルタは門が無くなったんだ?」
鋭い目付きでベラルタの城壁を見つめるはファニア・アルキュロス。
オウグスの要請によってマナリル国王カルセシスにベラルタの異変解決の為にと派遣された最年少の宮廷魔法使いである。
風に揺れる金髪と射殺すように鋭い銀の瞳、腰には魔法使いには珍しい剣を下げており、凛とした雰囲気は若いながらも迫力があり、年上の部下を当然のように引き連れていた。
引き連れるといっても魔法使いで構成された部隊。その人数は十人ほどだが、戦時でもない魔法使いの部隊としては多いほうと言える。
ファニアの部隊はカルセシス王の命令を二日前に受け、今日の朝早くベラルタに到着したのだが、肝心のベラルタは城門が壁で塞がれており、ベラルタの外で立ち往生を余儀なくされていた。
「ファニアさん、多分これベラルタの人達閉じ込められてるだけっす」
「わかっている。私なりの冗談だ」
「わかりにくいんすよ、ファニアさんの冗談」
そんな威圧感あるファニアの隣では若干軽薄そうな印象を受ける赤髪の青年が城門を見上げていた。
王都にある魔法使い教育機関デュカスの出身でファニアの弟子、そしてファニアが引き連れている部隊の副隊長を務めている"タリク・アプラ"。
ファニアとは師弟関係でありながら同い年で幼馴染という順調に奇妙な関係性を構築している事に内心複雑な思いを抱える魔法使いである。
「何か黒い天井みたいなのかかってるし……これがカルセシス様が言ってたベラルタの異変なんすかね」
「門番の話は?」
「聞きましたけど、急に門が壁で閉じられたとしか言えないって感じですね。多分他も一緒だと思います」
「まぁ、そうだろうな。ここだけ塞ぐ意味も無い」
「どうします? 帰ります?」
タリクがそう言うとファニアはギロっとタリクを睨む。
睨まれたタリクは両手でファニアを宥めるような動きを見せた。
「冗談っすよ冗談! ファニアさんがさっき冗談言ったから俺も言っただけ! コミュニケーション! コミュニケーション!」
「む、そうか……すまない」
ファニアが納得してくれた事にふー、と安心するタリク。
弟子であり幼馴染なだけあって彼女が真面目である事は痛いほどよくわかっている。先程彼女が言った冗談もコミュニケーション向上の一環として取り組もうとしているくらいには真面目なのだ。
「全く……来年学院の生徒の護衛やるんすからもう少しその威圧感どうにかしないと……」
「すまない。こればかりは性分というやつでな……」
「で、どうします?」
「ふむ……どうするか……」
ファニアは城門を塞ぐ壁に触れる。
触った時に特に嫌なものを感じるわけではない。これ自体は本当にただの壁という事だろうか?
ならば――
「一度、力づくで破ってみるか」
「お、やっちゃってください」
「反射の性質を持つ防御魔法の可能性もある。少し離れろ」
「え、どっち使うんすか」
「雷だ」
「退避! 退避!」
ファニアはタリクだけでなく、後ろの部下にも指示する。
部下も皆ファニアの実力を理解しているからか、タリクが走って離れたのと同じようにして距離をとった。話を聞かれていた門番もそれに習ってファニアから離れていく。
部下と門番が離れたのを確認すると、ファニアは腰に下がっている剣の柄に手をかける。
「『雲裂く雷霆』」
魔法の"放出"に合わせて鞘から抜かれる剣。
一瞬の閃光。
唱える声と同時に抜刀されたその剣の斬撃が、そのまま巨大な稲妻になったかのように魔法は迸る。
ベラルタの城門を塞ぐ壁にその雷は墜ちた。
ゴロゴロゴロ、と遅れてきた雷鳴が周囲に轟く。
「すんげえ……」
ファニアの後ろでさらっと上位の攻撃魔法を放つファニアに生唾を呑むタリク。
そのタリクの後ろでは部下たちがどよめいている。
無理も無い。
いくら剣で魔法の指向性を補助しているからといって、上位の魔法はそんなあっさり唱えていい魔法ではないのだ。
現に、部隊を悩ませていた城門の壁はファニアが振るった雷によって裂けたように破壊されている。
「おお! 何だ全然いけるじゃないすか!」
タリクは一番に裂けた壁の向こうを見つめるファニアに駆け寄った。
その表情は誇らしげだ。
どうだ、これが俺の魔法の師匠、俺の幼馴染だと自慢するかのような表情を浮かべている。
「黒い天井といい壁といい、何か仰々しくて異質だったけど……流石ファニアさん! これで突入っすね!」
そんなタリクとは裏腹に、ファニアの顔は険しかった。
じっと、自分の魔法の痕跡、そしてその先に広がるベラルタの街を見つめている。
「どしたんすか、まさか自分の使った雷の音に驚いたとかじゃないですよね」
「そんなわけあるか」
「じゃあ何でそんな仏頂面なんすか?」
ファニアは不思議そうなタリクを見て心底呆れたように嘆息すると、抜いた剣をゆっくりと鞘に納める。
「……だからお前はいつまで経っても弟子のまんまなのだ」
「急に何だよ! いつまで経ってもって弟子になったの去年の話じゃないすか!」
「なら今年も弟子のままだな……壁の先を見ろ」
「壁の先?」
ファニアに言われた通り、タリクはファニアの魔法によって裂けた壁の向こうにあるベラルタの街に目を凝らす。
タリクはベラルタに来たのは数度だけだが、特に街におかしな様子は無いように見える。前に来た古い景観の街のままだ。
「壁の先って言われても……ベラルタっすけど……」
そう言ってタリクがファニアに目を向けると、ファニアの目は残念な人を見る目をしていた。
表情には出ていないが、目が語っている。よく見ろ馬鹿と。
「……私はさっきの魔法手加減した。壁の向こうに人がいてはまずいからな」
「まぁ、上位にしては規模は抑えてましたね。規模は」
「壁を破った先に何故誰もいない? そして何故誰も様子を見に来ない?」
「あ……!」
そう。ベラルタは今何者かによって閉鎖されている。
中の人間も当然それに気付いているはずだ。中の憲兵に誘導されているだろうが、何とか街を出ようとする城門の様子を見ている者や、壁を調べる憲兵が近くにいてもいいはずだ。
それがどうだろう。壁の先に見えるベラルタの街には通行人すら見えず、魔法による雷鳴が周囲に響いたにも関わらず誰も様子を見に来る気配すら無い。
壁の先には異変が無いかのように静かだが、それこそが異変だ。
「恐らく、向こう側では変わらず壁によって封鎖されているままなのだろう。世界改変系か空間干渉をする防御魔法か……後者だとしたらこれほどレベルが高いものは初めて見る」
「じゃあこれって入れないんですか?」
「わからん。本当にベラルタに入れるかは賭けだな。世界改変系だとすれば向こうの魔法の中という事もあり得る」
「それは……リスク高くないっすか……?」
「ああ、だからいい手を考えている」
「この使い手の魔力切れまで待つってのは!?」
「悪くはないが……」
タリクの提案は悪くは無い。悪くは無いが、それは魔法使い同士の戦いだった場合。
ファニアはカルセシス王からオウグスが送ったベラルタの現状報告を聞かされているため、ベラルタが封鎖されているのは魔法生命の仕業だと見当が付いている。
この現象が魔法生命によるものだとすれば魔力切れは期待できないだろう。
ファニアには魔法生命についての知識が足りない。
知っているのは他人の口から聞かされている危険度だけ。その危険度の高さがファニアの動きを躊躇させてしまう。
「というか、世界改変なのに見えるのはベラルタの街並みそのままって、何か変な魔法っすね……」
悩んでいるファニアの隣でタリクがふと呟いた。
「確かにそうだな、空間に干渉しているのに壁を破壊した先に見えるのが街並みのままというのは興味深い」
「もしかして、この閉じ込めたやつ……よっぽどベラルタが好きなんすかね? なんて……」
そう言ってタリクは冗談っぽく裂けた壁の向こうを指差した。
誰もいないベラルタの街並みを。
いつも読んでくださってありがとうございます。
遅ればせながら更新です。これで心置きなくご飯を食べられます。