幕間 -人間らしく-
神様って何?
それはまだ私が可愛らしかった頃の疑問だった。
子供の時だけの疑問であればよかったが、マピソロ家の家系もあってその疑問はずっと続いた。魔法使いになってもそれは変わらず、私は各地を旅した。
神が信じられなくなり、信仰の名残だけが残るこの世界で神とは一体何かを調べるために。
神とは、人智を超えた存在である。
神とは、我々を救う救世主である。
神とは、人間の悪を見守り、善を見守ってくれるものである。
神とは、我々が住む世界を作ってくれた創造主である。
土着の風習が残る村、近代化した王都、未だ信仰の形が残る国。
何が私を突き動かしていたのか、未だ信じる者、信じていたほうが面白いと思う者、信じないがいるとすればと仮定で語る者。少しでも神という痕跡の残る土地に留まり、私は神についてを調べ上げた。
結果……得られたのは、私が調査に費やした時間は無駄だったという結論だった。
何故その結論に至ったかは言うまでもない。
神を語る誰もが、人間という生物を基準にして語るからだ。
信じていたほうが面白いと思う者は勿論、信じない者、そして数少ない信じている者までが、まるで神とは人間という生物に関わらなければいけないかのように人間の生死や営み、幸福や不幸に繋げている。
神と人間は違う存在だと認知していながら、まるで密接になるのが運命であるかのように。
もしかしたら神という存在はいたのかもしれない。
だが、人間の世界で語られる神とは、想像と願望によって抽出されただけの都合のいい存在なのだ。
人間とは元来壊れている生き物だと私は考える。
上へ、上へ、ひたすら上へ。
生命の危険が無い、他の生物であればそれ以上求める事の無い環境になっても更に上を目指す。生活が充足してもすぐに次を求めて何もかもを奪い取り、そして貪る。どんな手段を使っても更に上を求めるこの世で最も貪欲な生物だ。
幸いな事に、人間にはこのままではまずいと気付ける知性があった。いや、知性ゆえに上を目指していたのか。何故自分達と他の生物が違うのかを考える事が出来たのは最大の幸福であろう。
この際限のない欲は、破滅に向かう危険な習性だと恐れる事が出来たのだ。
ゆえに――その習性を抑制する為に神という上位の存在が必要だった。
他者の自己は尊重すべきものという認識と、足るという概念を獲得するまでの時間稼ぎ。過ぎた俗念を悪と認識するまでの防衛機能。
人間が社会という秩序ある世界を手に入れるまでのただの装置……それが神を知らない人間が語る神の正体。
だからこそ、口々に語られる神は人間と密接な存在にされてしまうのだ。
余りにも虚しい結論だったと自分でも思う。
この結論は、神がいたとしても人間には関わっていないという結論でもあったから。
神がいたとしても、人は救わない、善を見守らず、悪を見張らない、ただ人間という種の在り方を見ているだけの別世界の住人。
憐れむのなら救っているはずだ。咎めるなら罰を与えているはずだ。そのどちらも、人間には与えられていない。救われぬ人間は未だ大勢いて、咎められるべき人間は堂々と生きている。
笑えない冗談だ。
子供の頃からの私の疑問は人間が作り上げた虚しい機能を見つけただけで、本当の神様への手掛かりを失うだけの道筋を自分に辿らせただけだったのだから。
そんな私が――神を目指す存在に出会えたのがどれほどの幸福だったのか余人にはわかるまい。
その者達は言った。
生物を石にする美女は語った。神とは、性格の悪いくそったれ。
人を知る鬼女は語った。神とは、気まぐれ屋。
牛の頭を持つ武人は語った。神とは、奔放そして全能。
神には止められぬ鬼王は語った。神とは、上でふんぞり返っているだけの無能。
ほとんどが神に対しての印象はよくないものだった。
それでも口を揃えて、人間が信じるに値する力があると語るのだ。神同士は勿論、個の運命を変える力が間違いなくあるのだと。
神を想像するしか出来ない私達とは違う、本物の神を知っている者達の声に私は震えた。
こことは違う異界で神と同じ世界に住んでいた住人達。
二度目の生を受け、天上の空席を狙う神の候補者。
自身の望みのため、人智を超えた力を振るって人間を侵略するその姿は確かに、彼らが語っていた自分勝手な神そのものだった。
――私も見たい。
彼らが見る景色を。
彼らがいた世界を。
彼らが神となった時、どのような風景が目の前に広がるのかを。
彼らの望みが叶ったその時、神とはどんな在り方をしているのかを。
たとえ魔法生命の侵食によって私の人格が塗り潰されたとしても、私という存在が神と同義になったのならばそれは――私の夢が叶う瞬間ではないか。
だから私は……彼に付いていくだけでいい。
私の体に巣食うミノタウロス。彼が神となった時に子供の頃からの疑問は氷解する。
神とは何か? その答え。
この世界で生きているだけでは決して辿り着く事の出来ない別世界に私は行こう。私が生きてきた国も場所も、この世界の全てを捨てて。
シャボリー・マピソロとしての生が名残惜しくは無いか?
おいおい話は聞いておくものだ。
言っただろう?
人間とはたとえ充足していても、上を目指す生き物だと。
シャボリー・マピソロの人生はずっと下を歩くだけだった。ならば尚更、上を目指したくなるものだろう。
だから変わった事など一つも無い。私はただ、人間らしく上を目指しているだけの話。
そう、人間らしく――どんな手段を使ってでも。
いつも読んでくださってありがとうございます。
一区切りの短い幕間になります。