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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第四部:天泣の雷光
269/1050

238.雨中の問い

「ルクス。もういいのか?」

「ああ」


 シャーフを部屋に送り届け、ルクスはベネッタの病室に入る。

 思ったより遅くなってしまったのでお茶会はまた後日。ベネッタが目を覚ましたらとシャーフと約束して解散となったのだった。

 ベネッタの病室には、ベッドで眠るベネッタの傍らでアルムが本を読みながら座っていた。眠っているのはベネッタだけでなく、アルムの隣ではミスティがアルムに寄りかかりながら静かな寝息を立てている。

 ルクスは病室に入ると白い花の生けられている花瓶が置かれた机の上に先程買ってきた焼き菓子を見舞いの品として置く。


「ミスティ殿が居眠りなんて珍しいね」

「ああ、さっきまでは起きてたんだが……疲れてるんだろうな」


 心なしか、声量を抑えて二人は会話する。

 病室は薄暗い。

 置かれている蝋燭は少なく、充分な光源として機能していなかった。ミスティが眠るのも無理は無いだろう。ただでさえ、連日夜に現れる亡霊のせいで見える人間は寝不足気味なのだ。


(いや……)


 そこまで考えて、ルクスは小さく首を振る。

 ミスティがうっかり居眠りをするような隙を見せる人でない事を、ルクスは今日までの付き合いでよくわかっている。

 薄暗かろうが、疲れていようが、他の貴族の前ではこんな姿は見せないはずだ。

 それでもこうして居眠りしているという事は、隣にいる人間によほど安心を覚えているという事なのだろう。

 彼は紛れも無く――ミスティ殿にとっての魔法使いなのだから。


「ん? 何だ?」

「いや、なんでもないよ」


 無意識に、ルクスは羨むような視線をアルムに向けていた。

 肩書だけ見れば、魔法使いに相応しいのは百人が百人、自分を選ぶに違いない。

 それは自分が貴族で、彼が平民だからという理由以上のものは無いだろう。

 その百人は知らないのだ。憧れへの執念でこの世界に踏み込んできた目の前の少年がどれだけ魔法使いに相応しいのかを。そして全てを持ち合わせているにも関わらず、相応しくない自分の事を。


「アルムは……何で僕と一緒にいるんだい?」

「……何で?」


 唐突すぎる質問にアルムも驚いているが、訊いたルクスのほうが驚いていた。

 心の声のつもりが、声に出してしまった事にようやく気付くルクス。

 出来る事なら聞かなかった事にしてほしいが。


「な、何で……? 何でか……」


 しかし、相手は妙な所で真面目なアルム。

 本を閉じてぶつぶつと考え始める。

 しまった、とアルムどころかアルムが閉じた本にすら申し訳ない気持ちが湧き上がってくるルクス。

 向けられた本の表紙にすら睨まれている気分だった。本に意思でもあれば気持ちよく読まれてたのに何してくれてんだと文句を言ってくるところだろう。


「どちらかといえばそれは俺が聞きたい質問のような気がするが……いいやつだからだろうな」

「いいやつだから、か」

「学院は今でも俺の事をよく思ってない人達ばかりだからな。最初から俺の周りにいてくれたのはルクス達だけだ。一人ってのは生きにくい……だから俺はいつもルクス達に救われてる」


 違うよアルム。

 違うだろう。君が忘れてるわけないだろう。

 いつもいる四人の中で……僕だけは、君に対して間違いを犯したと知っているだろう。

 ああ、でも――そうやって言ってくれる事にアルムらしさを感じてしまう自分がいた。

 救われているのは、果たしてどっちだろう。


「そうだな……つまりはルクスの事が好きって事だな」

「ぶふっ……!」


 つい噴き出しそうになるルクス。ミスティを起こさないように手に口を当てて音を抑える。

 真面目な表情でそんな事をさらっと言えてしまうのもまた彼らしさ。本来なら口にするのも恥ずかしいが、ただ思った事を口にしているアルムに羞恥など無い。


「ごほん……今はいいけど、それは他で言わないように。誤解される」

「誤解?」

「マナリルに男色文化は無いが、貴族の中には同性の愛人を持ったりする者もいるからね。僕がそういう嗜好だと勘違いされるのは困る。異性愛者だからね」

「ああ、なるほど。そういう事か」

「思ったより驚かないね」

「まぁ、魔獣でも同性で番いになるやつはいるから。人間がそうでも別に珍しくは無い」


 基準はそこなのかと相変わらず常識がずれている事に呆れるルクス。

 最近はそうでもなかったので、久しぶりに自分と生きてきた場所のずれを感じる会話だ。そのずれがまた面白い。


「ちなみにアルムはどっちだい?」

「うーん……恋愛や結婚というのは正直わからないが、女性が好きだとは思う」

「へぇ……」


 意外だなと感心する。

 恋愛や結婚に興味が無いやらした事が無いからわからない、のような返事が返ってくると思ったのだが、アルムは普通に自分の嗜好を理解しているようだった。

 男二人で珍しい内容の会話をしていたからか、ルクスはつい聞いてみたくなる。何せ相手はあのアルムだ、こんな方向の会話をする機会などそうあるものじゃない。


「なら、どんな女性が好みとかはあるのかい? 例えば、いつもいる三人だったら誰とかフロリアやネロエラみたいな女性だとか……」

「ミスティ」


 即答するアルム。

 答えを聞いてからルクスは心の中でミスティに最上級の謝罪を述べる。

 起きている時にこれを聞きたかったろうに、まさか全く関係ない自分がこれを聞いてしまうとは……自分などの口から言われては嬉しさも半減だろうとルクスは密かに胸に留める決意をした。


「だと思う……?」


 と思いきや、即答した割には自信が無いようでアルムは首を傾げる。

 断言しきれないのは色事とは無縁だったゆえだろうか。


「おっと、珍しく曖昧だね」

「何せそういった事が全くわからないんだ。けど、こうして寄りかかられてる体温とか、ほのかに香る香水とか、この無防備な寝顔とか……澄んだ水みたいに優しい声とか時折見せる花が咲いたような笑顔にどきっとするというか、鼓動が早くなる時はある」

「そ、そうか……」


 聞いているこちらが恥ずかしくなるような言葉を柔らかな声色で聞かされて動揺するルクス。

 アルムの声には嘘も世辞も無いとわかっているだけに、言わせてしまった事に罪悪感のようなものが湧いた。


「すまない……。何からしくない事を言わせてしまった」

「そうだな。けど、新鮮だった」

「男二人でする話題としてはどうかと思うけどね」

「たまにはいいが……何となくミスティ達には聞かせてはいけない気がする……」

「あはは。そうだね」


 そこで会話は途切れた。

 シャーフに話を聞いてもらったからか、それとも自分の悩みとかけ離れた雑談をアルムとしたからか、或いはどちらもだろうか。悩みを解決せずともルクスの心を軽くする。

 少しの間、屋根や窓に雨粒が当たる音だけが病室に響いていた。

 不思議なもので、雨で絶えず音が鳴っているはずなのに静かだと感じてしまう。


「ん……雨が降ってるのか」

「ああ、もしかして気付いてなかったのかい?」

「本を読んでるとどうも周りの音がな……しまった、傘が無い……どうせいつもみたいに曇りだろうと思ってたからな……」

「さっき借りた傘が二本あるから使わせてもらおう。返すのはいつでもいいと言われてるから明日にでも僕に渡してくれれば返しておくよ」

「いや、ありがたいんだが……それはミスティに貸してやってくれ。こっからだとミスティの家が一番遠い」

「家まで送ってあげればいいんじゃないかい? 今のベラルタは夜が物騒だしね」

「いや、俺は何故か黒いらしいモヤが見えないからな……危険がわからないやつが送るのも変な話だ。ミスティなら自分で対処したほうが早いし、確実だろう」

「……こういう所かな? 進展しないのは」

「どういう意味だ?」

「こっちの話だよ」


 首を傾げるだけでアルムは追及しようとしない。

 隠されていると思うのではなく、黙る意味があるのだと考えるから。

 その癖、自分が何か訊かれると大抵正直に答えてしまう。少し損な性格をしてるなとルクスは時折思ったりもするのだ。


「……らしくないついでにもう一つ聞きたいんだが」

「何だ?」

「雨が苦手な人に、何をしてやれるだろう」

「雨……? 苦手なのか?」

「いや、僕じゃないんだけどね」


 病院に着いて、唐突に言われた雨が苦手だと語るシャーフの告白が気になって、つい変な質問もしてしまっていた。

 損な性格と思っていながら、アルムならこんな変な質問にも答えてくれるだろうという信頼もあったからだろう。

 事実、問われたアルムはその質問に答えるため、雨粒の当たる窓のほうをじっと見つめている。


「そうだな……何をしてやれるか、か……」


 少し考えたと思うと。


「雨雲を全部吹っ飛ばしてあげればいいんじゃないか? 雨降らなくなるぞ」

「――」


 そんな風に、真顔で冗談みたいな事を言い始めるのでルクスは声を出す事ができなかった。

 他の者ならてきとうな答えだと思ったりするかもしれないが、アルムは明らかに考えた上でこの結論を出していた。表情の真剣さがそれを物語っている。


「はは……敵わないな、君には」


 迷った末に何ができるかをアルムに尋ねた自分とはスケールの違う回答にルクスは敗北感を覚える。

 それはもう清々しいほどに。余りに差を見せつけられているようで思わず笑ってしまった。

 これが不可能を踏破しようとする人間なのかと納得すらしてしまう答えだった。


「いや、ルクスも出来るだろ?」


 あまつさえ、そんな敗北感を味わっているルクスにそんな事まで言うアルム。

 悪気が無いのはわかっているが、そこまで言われると惨めになってくるというものだ。


「僕には無理だよ。出来ない」

「そんなことないだろ?」 

「出来ないさ」

「そうか? そうは思わないんだが……」


 妙な所で引き下がらないアルムに疑問を抱きながらも、アルムらしい答えを聞けて満足したのかルクスは話をここで切り上げた。


「変な事を聞いて悪かったね。遅くなっても悪いし、そろそろ帰ろう」

「ああ、そうだな。雨足が強まっても困る……そういえばルクスだったらどうするんだ?」


 どうする、というのは勿論今の問いの事だろう。


「……どうだろう。傘でも差しだすんじゃないかな。今みたいにね」


 そう言って、ルクスは持ってきた傘をアルムに差し出した。










 



(そろそろよろしいでしょうか……?)


 実はというと、二人の話が一度途切れた辺りから起きていたミスティ。

 果たして起きたタイミングがいいのか悪いのか……。その前にアルムとルクスが何の話をしていたのか当然わかるはずもない。

 何も知らずに、起きても二人の話を遮らないであろうタイミングを寝たフリをしながらずっと待っていたのであった。


(…………送って貰いたかったですわね……)


 ため息をつくような落胆を心の中で呟きながら。

 寝たフリをやめて二人の前で起きて見せた時になってようやく、アルムに寄りかかっていた事に気付いて赤面したのは言うまでもない。

いつも読んでくださってありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク、誤字報告、いつもありがたく、そして助かっています!

図らずも天気がリンクしてるのがありがたいやら湿気が辛いやらで複雑です……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルクスとアルムの男同士の会話が新鮮で良かった。また見たい場面。 [気になる点] 貴族と平民は結婚出来るのか? [一言] アルムはミスティ好きだって良かったねー、ミスティ。
[良い点] ルクスの悩みも拗れると残念な方向にいっちゃうやつだと思いますが、アルムを筆頭に皆がいるから心配せずに見守れますね 悩め悩め、若人よ!(何様 ミスティは聞いてなくて良かった! まだこんなこ…
[良い点] ミスティーーーーーーー! そしてベネッタが起きていないことが悔やまれる… [気になる点] ルクスは何故アルムが自分のことを好きと言ったかについて噛み砕いて欲しいところです [一言] こんな…
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