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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第四部:天泣の雷光
265/1050

234.掴めぬ違和感

「ごめんねミスティ、付き合って貰っちゃって」

「何を言ってるんですか、気にしないでくださいまし」


 学院の中庭には本を開くエルミラと、その本を横から覗き込むミスティがいた。

 手入れされた中庭で本を読む少女が二人。バックには学院の本棟と絵になる図ではあるものの、彼女達が調べているのはベラルタの地下道計画について。第三者から見た今の構図に合ってるとは言い難い内容だ。


「やっぱり最後の一つがわからない……」

「はい……当たり前ですが、ここはもうベラルタ魔法学院ですからね。当時の住宅街の痕跡が残っているとは思えませんし……」


 エルミラはここ三日間、『シャーフの怪奇通路』について調べた事のあるミスティに手伝って貰いながらベラルタの地下道計画で作られた入り口についてを調べていた。

 シャボリーから借りた本に書いてある当時の地下道の入り口の記述と、今ある『シャーフの怪奇通路』の入り口の周囲の光景を照らし合わせ、すでに五つある入り口の内四つを調べ終わっている。

 結果、かつてベネッタが脱出した入り口以外はほぼ本の記述に当てはまる場所に『シャーフの怪奇通路』の入り口は配置されていた。

 以前シャーフに確認をとった通り、入り口は各区画に一つずつあった。ベラルタの街の構造が当時とほとんど変わっていない事に加え、路地の多い複雑な構造が逆に特徴的で、本に書かれた記述と照らし合わせやすかったのも大きい。今日までは迷う事なく調べる事が出来たのだが、問題は最後の一つ。


「ハイテレッタ邸近くの地下としか書いてない……そりゃハイテレッタ邸があればこれで充分な記録だけど……」

「ハイテレッタ邸どころか……住宅街ごと学院にされてしまっていますものね……」


 そう、最後の一つ。地下道計画の主導だったハイテレッタ家の邸宅の近くに作られたとされる入り口が見つからないのだ。

 この記述通りならばハイテレッタ邸のあったこの学院内に『怪奇通路』の入り口があるはずなのだが……一年ほど学院に通っているミスティもエルミラも他の四つのようなわかりやすい入り口を学院の敷地内で見たことが無い。


「ミスティ、行った事無い場所ある?」

「植物園くらいでしょうか……? ですが、植物園は学院の端に位置していますし、仮にも貴族であるハイテレッタ家の邸宅がある場所には思えませんわね」

「そうよね……」


 エルミラは背後の本棟を見上げる。

 怪しいとすれば一番大きな本棟なのだが、本棟で他の『怪奇通路』の入り口のようにあからさまに封鎖されているような場所は見たことが無い。

 もしかすれば入り口の上にわざと本棟を建てて埋め立てているのだろうか? 埋め立ててあるのだとすればそれはそれで迷い込む危険も無くて安心ではあるのだが。


「今エルミラが読んでいるのは当時の地下道計画についての本ですわよね?」

「え? うん、そうだけど?」

「……地下道計画の本より、魔法学院創設についての記録が書かれた資料を探したほうがいいかもしれませんわ。建設時にハイテレッタ邸を解体した記録が残ってるかもしれません」

「それだ! 流石ミスティ!」

「あ、いえ、機密の可能性もありますよ? 何せベラルタ魔法学院の記録ですし……」

「でもとりあえず探すの!」


 善は急げとエルミラは図書館のほうに急ぐ。

 ミスティもそれに付いていく。


「……エルミラ、ここ数日ずっと『怪奇通路』について調べてらっしゃいますけど……やはり魔法生命の宿主はシャーフさんだと?」

「そこまで決め付けてないけど……元からシャーフは怪しかったし、マリツィアの黒いモヤの推測が正しかったらやっぱり怪しいのはシャーフって人だし、やるべき事が同じってだけよ。今だってアルムとルクスが行ってくれてるけど宿主だったらいつ本性を出すかわからない。正直あの人の事疑いたくないってのが本音だけど、本性出させる為にも情報は必要だし、信じる為にもやっぱり情報は必要だから。他に疑いようが無いってのも大きいけど」


 図書館の扉を開きかけて、エルミラはぴたっと止まった。

 恐る恐るミスティのほうに振り返ったかと思うと。


「あ、もしかしてアルムのほうに行けなかったの怒ってる……?」

「そんなんじゃありませんわよ、もう。何でもアルムに結び付けないでくださいな」

「あはは、ごめんって」


 膨れっ面のミスティに謝罪しながらエルミラは図書館に入る。

 ここ三日間、夜に出現する黒いモヤのせいで生徒は学院の課題が終わったらすぐに帰るようになっていた。

 普段、図書館に来る生徒も今日は来ていないようで図書館は静まり返っている。


「シャボリー先生、いる?」


 怒られた教訓を活かし、声量を抑えてエルミラはここの管理者であるシャボリーの名前を呼ぶ。

 反応はすぐにあった。

 本棚の陰から不機嫌そうな表情を浮かべたシャボリーの首だけがミスティとエルミラのほうをじっと見ている。


「いたいた、よかったー」

「こんにちは、シャボリー先生」

「……」

「あ、今のも駄目?」

「……まぁ、許容範囲か。許してやろう。それで用件は何だ? 地下道については調べられたのか?」


 声量のほうもセーフだったようで、シャボリーは不機嫌な表情を浮かべながらも数日前のようにエルミラを怒るような気配はなかった。


「その事なんだけど、まだ調べてて……この学院が創られた時の記録とかってあったりしない? この地下道建設のみたいに」


 そう言ってエルミラは当時の地下道建設について書かれた本を見せるが、シャボリーは呆れたようなため息をつく。


「いや、あるわけないだろ……。ベラルタ魔法学院の創設時の記録なんて普通に機密の一つだ。霊脈の調査結果なんかも書いてある可能性あるってのに図書館にポンと置いてあるわけないだろうが。当時しょぼかった街のしょぼい地下道建設と一緒にするな」

「やっぱりそうですわよね……」

「あちゃ……そっか……」


 ミスティの言ったように、やはりベラルタ魔法学院の創設記録は機密になっているらしく図書館に置かれるようなものではないようだ。

 エルミラに記録が無い落胆と、ここまで来て情報が曖昧なまま終わる徒労感が襲う。

 つい、天井を仰ぐ。

 照明用の魔石が備え付けられていても視線の先は暗い。まるでずっと続いている曇天のような。

 確かに、調べたところでシャーフの真偽を判断できるか怪しい情報ではあった。当時の入り口と『怪奇通路』の入り口が一致するのを確認した所でと言われればそれまでと言える。

 それでもシャーフについて今集められる情報はと始めた事だったが……


(無駄に終わっちゃったかな……)


 それとも……最初から調べる必要も無い無意味な事だったのだろうか。


「おう」

「げ」


 疲労感を感じる声にミスティとエルミラは入り口のほうに振り返る。 

 二人より先に声の主が視界に入ったシャボリーは嫌そうに鼻を塞いだ。


「ヴァン……ああ、嫌だ嫌だ。臭い上に有害な煙の染みついた男が本の園にくるとは」

「シャボリー……俺に仕事押し付けまくってる怠慢教師のほうがよっぽど有害だと思うがな」


 同じ一年を担当する教師だが、仲睦まじいとは言い難い挨拶を自然とかわすヴァンとシャボリー。

 それ以上の言葉を交わす事無く、互いに互いから目を逸らす。


「こんにちはヴァン先生……お疲れみたいですね」

「ん?」


 ミスティの視線はヴァンの目の下にある濃い隈。

 その視線に気付き、特に意味はないが、ヴァンは目の下を軽く擦る。


「ああ、お前らが気にする事じゃない。仕事だからな」

「どしたの? まさかこんなに嫌われててシャボリー先生に会いに来たってわけじゃないでしょ?」

「うえ……やめたまえエルミラ。嘘でもこの男が私に会いになんて言わないでほしいな」

「お前な……全く、いつからこんな嫌な女になったんだか……」


 ボサボサの髪をがしがしと、自分の頭皮に苛立ちをぶつけるようにかくヴァン。

 シャボリーに一つ舌打ちをして本題へと入る。


「まぁ、いい。お前らが図書館に入ったのが見えたから追いかけてきただけだ。エルミラ、お前に頼まれてたベネッタの移送、許可出たぞ」

「ほんと!? よかったー……」

「ああ、さっき学院長に許可貰ったからな。移送の時はついてくるだろ?」

「うん、ありがと! シャボリー先生もありがとね!」

「ん? 何でシャボリーに?」


 エルミラが笑顔を向けると、同じ方向にいるヴァンと目を合わせるのが嫌なのかシャボリーはそっぽを向いている。鼻をつまんだまま。


「だって、学院の医務室に移動させたらどうかって提案してくれたのシャボリー先生だから」

「シャボリーが? へぇ……珍しいな……」

「ふふ、そんな事仰ったらまた何か言われてしまいますよ?」

「……危険な病院より安全な学院の医務室のほうが安全だと思っただけだよ。誰でも思いつく事だ」


 そう言うと、しっしっ、とヴァンを追い払うようなジェスチャーをしてから本棚のほうに戻って行く。


「危険って……何がわかるんだあいつに」


 奥に行ったシャボリーに聞こえないようヴァンはぼそっと呟く。

 その呟きは当然近くにいたエルミラには聞こえていた。


「どゆ事? ベネッタが狙われてるんだから危険じゃないの?」

「そりゃ警備しているとはいえ、この三日……というよりも病院には特に被害が無いからな。危険って言えるほどの場所じゃないだろ? 狙われた被害者がいる以上危険じゃないとは言えないが、あの黒いモヤに便乗して何か動きがあったわけでも無いからな」

「あ、そっか……」


 言われてみれば、確かにこの三日間。病院に何か被害があるようなことは無い。

 魔法使いが常駐しているわけではないから心許なくはあるものの、危険と断ずるには何も起きていなさすぎるのも事実だった。


「……あれ……?」

「エルミラ? どうしましたの?」

「いや、何でもない……んだけど……」


 何か、引っ掛かる。

 ここ数日、時折感じる違和感が目の前で音を立ててぶら下がっているような。


"まずは客観的に他人や自分を見つめる視点をお持ちになっては? そのほうが色々よく見えますよ"


 何で、今あの女に言われた事を思い出すのよ――?

いつも読んでくださってありがとうございます。

毎度のことですが、感想、誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


07/20

修正したと勝手に思い込んでいた部分が修正できていなかったので一部、セリフを変更しました。

流れに変化はないです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 学院長に話を持ってけばいいのに。機密アクセス権無いから代わりに調べて欲しいって。 [一言] アルムはベネッタの鼻面にお菓子をつけてベネッタに呼びかけて欲しい。起きないとベネッタの分食べ…
[良い点] 生徒たちももちろん動いている。 なるほどシャーフさん関連で動いていたのですね。 そして少しずつ紐解かれてきた…ワクワクします 更新待機します [気になる点] 直球なのか、 こいつ怪しいだ…
[良い点] これはまた・・・ これからの展開の予想などは先の楽しみが減るので触れませんが、ジワジワと進められてますね(笑) とりあえず、ミスティにはもう少し良い思いをして欲しいですね(アルム関係で)
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