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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第四部:天泣の雷光
260/1050

230.異変の兆し4

「何と説明すればいいでしょうか……? 映る……? 光景が繋がるといったほうがいいでしょうか……?」

「繋がる……?」


 ベネッタの病室でエルミラの帰りを待つ間、ミスティからの話を聞いていたアルムは首を傾げる。

 対して、話をしているミスティもまた困ったように眉を下げていた。


「申し訳ありません、血統魔法については私も未熟なので上手く説明できないといいますか……明確にわかるわけではないのです」

「そうか……」


 アルムが聞いていたのは貴族達が使う血統魔法についてだった。

 属性魔法すらも届かぬ中、さらに遠い血筋を鍵に触れる事が許される貴族の伝統と歴史そのものであり魔法使いの切り札。

 何が違うのかは知識として知っているものの、その実態がアルムには全く掴めず、他の属性魔法よりも遥かにイメージが湧かない。

 アルムが知りたいのは血統魔法の中でも、その血統魔法を掴む瞬間とは一体どんな時だったのかだった。


「資格を得る……そうですわね、資格を得るというのが一番あてはまるかもしれません」

「資格?」

「はい、私達が血統魔法を、というよりは血統魔法がこちらを認めるような……最初はそんな感覚だったかと思います。やはり上手く説明できませんね……」


 自身が最初に触れた際の恐いという点には触れず、ミスティは出来得る限りの感覚を説明してくれる。しかし、ミスティ自身、抽象的だというのが理解できているようで少し申し訳なさそうだった。


「貴族にとっては感覚的に習得するものってことか……」


 ミスティの説明はアルムに血統魔法への遠さを尚更感じさせる。

 果たして無属性魔法は血統魔法になりうるのか、という疑問の答えが少しアルムの中で悪い方向に傾いた。

 元より、アルムは自身を属性を使えない欠陥だと自覚はしている。期待はさほど大きくなかったのでショックを受けているわけではないものの、自分の選択肢が狭まる事には落胆せざるを得ない。ただでさえ、無属性魔法という選択肢の無い曖昧な魔法を使う道を進んでいるのだから。


「それにしても、急にどうされたんです? 血統魔法の事について聞きたいなんて?」

「いや、血統魔法については流石にいつもの雑談のように人が周りにいるわけにもいかないだろ?」

「確かにそうですわね。貴族にとっては少しデリケートな話題ですから」

「ここにはベネッタもいるけど眠っているし聞くなら今かな、と……せっかく二人きりになれる機会だったからな」

「んん……!」


 アルムの一番最後の言葉が不意打ちだったのか頬を紅潮させ、喜びの声が漏れないように唇をきゅっと閉める。

 ミスティも理性ではアルムは純粋に魔法の知識欲を満たしたいだけなのだとわかっているのだが……ミスティがアルムに抱く感情とは非常に厄介なもので、時に都合よく言葉を捉えて心をときめかせるのである。

 そう……アルムが丁度いいタイミングという意味合いで使ったような言葉が、ミスティの脳内は二人きりになれて嬉しいと一瞬都合よすぎる変換をするくらいには重症なのだ。もはや呪いに近いが、解呪しようとは思えないのが恋というやつである。


「ミスティ? どうした?」

「も、申し訳ありません……ほんの少し待ってくださいませ……」


 この感情の渦に慣れていないミスティは深呼吸して自分を落ち着かせる。

 すー。はー。すー。はー。

 聞く者が聞けばわざとらしくさえある深呼吸をミスティは繰り返す。

 律義にその深呼吸が終わるまで待つアルムもアルムで、急に深呼吸し始めたミスティを特に変に思う事も無い。ミスティに待ってと言われたのだから待つ理由があると考えるのが当然なのだ。

 病室はほんの少しの間、ミスティの深呼吸の音だけとなった。


「悲鳴……?」


 その一時の静寂のおかげでというべきか、アルムは外の騒ぎをその耳で聞き取った。

 椅子を倒す勢いでアルムは立ち上がり、聞き取った悲鳴の正体を確かめる為に急いで窓を開ける。


「……なんだ?」


 窓を開けて通りを見ると、家々の壁に設置された火の街灯が何かから逃げる住民達を照らしている。

 下を見れば、この病院に逃げ込むように入ってきている人もいた。

 アルムは不思議そうにその様子を凝視している。


「な、なんですの……? あれ……!」


 同じようにミスティも窓からその光景を見下ろす。

 住民を追いかけまわす人型の黒いモヤ。逃げ惑う人々。夜の冷気だけとは思えない凍えそうな空気。そのどれもが普段のベラルタの夜とはかけ離れていた。

 この光景を作り出しているのは明らかに一番の異常と言えるであろう黒いモヤ。魔法なのか、魔法生命なのか、それとも別の何かかミスティには判別することは出来ない。


「あれは一体……!?」

「ミスティ、何か見えるのか?」

「え……?」


 立ち上った疑問を思考しようとする間も無く、隣で同じ光景を見ているはずのアルムから耳を疑うような声が聞こえた。

 ふざけているような様子は無い。アルムは聞きながらも、何かを見つけようとするかのように目を凝らしている。


「アルム……見えないのですか?」

「外にいる人達が何かに怯えているのはわかる……だが、何に怯えてるのかがわからん」

「黒いモヤが……見えないのですか? 外にいる人達を追い掛けているモヤが……」

「モヤ……?」


 ミスティにそう言われてもアルムがピンと来る様子は無い。

 聞けばアルムだけでなく、外にいる住民の中からもそういう声がちらほらと聞こえてくる。何故逃げるのか、何から逃げているのかを周囲に問う者が数人いた。


「いや、俺だけじゃないな……俺以外にも……」

「と、とにかく私は外に行って対処してきます。アルムはここでベネッタを見ていてください!」

「すまん、頼む」

「お任せを」


 そう言い残して、ミスティは窓から跳ぶ。


「『流動の水面(レスティブサーファス)』」


 強化の魔法をかけ、ミスティを水が包んだ。

 飛び降りた衝撃を全て水に吸わせ、ミスティは着地と同時に住民を追う黒いモヤを目で捉える。

 魔法が効くのかどうかわからないという疑問を後回しにし、


「『十三の氷柱(トレイスカクルスタロ)』」


 ミスティの出した十三の氷の塊は通りの住民を追う黒いモヤ達に向かって放たれた。

 人型の黒いモヤは六体ほどいたが、ミスティの魔法によって作り出された氷塊は十三個。一体に二個放っても余る量が襲い掛かり、黒いモヤはなすすべなく霧散した。

 先程深呼吸していた少女の姿はどこにも無い。ベラルタの住民の前に現れたのは紛れもなく民を守る貴族の姿だった。


「皆様落ち着いてご自分の家に! 子供を連れた方は家が遠い場合は一先ず病院のほうへ!」

「ありがとうございます!」

「うちの子の体が冷え切ってて……!」

「中でお医者様に!」


 黒いモヤを魔法で払い、住民を誘導する中ミスティは見た。

 魔法に貫かれたはずの黒いモヤが人型を取り戻しつつある事に。


「『雷刃(ライトニングエッジ)』」


 ミスティが唱える前に後ろから飛んできたのは雷属性の下位魔法。雷の刃は人型に戻りかかっていた黒いモヤを無情にも切り裂いた。


「ルクスさん」


 魔法を放ったのは当然、シャーフの病室にいたルクス。

 震えるシャーフをリリアン先生に任せ、ルクスもまた住民を守る為に病院を飛び出していた。


「ミスティ殿……これは一体? それにアルムは?」

「それが、アルムにはこのモヤが見えないようで……」

「何だって?」


 ルクスはベネッタの病室の方を見上げる。そこでは窓からこちらを見るアルムがいた。

 皆を怯えさせる原因を取り除けない事に少し歯痒さを感じながら、俯瞰した視点から光景を観察している。


「ルクスさん、また……!」


 ミスティの声でルクスは視線を元に戻す。

 氷塊に潰されたはずの黒いモヤがゆらゆらと風も無く揺らめきながら人型へと戻っていく。


「倒せる……のでしょうか?」

「わからない。けど、住民が逃げる時間は稼がないとね」

「それは勿論ですわね」


 再び人型に戻る黒いモヤ。

 その正体不明の存在は今この通りにいる六体だけでなく、ベラルタの石畳からまた新しく這い出てくる。

 近くにいる住民を追い掛ける理由も目的もわからずに、ミスティとルクスは通りに住人がいなくなるまで魔法によって追い払い続けた。


「……なんだ?」


 そんな光景をベネッタの病室から見るアルムが何かに気付く。

 視点は魔法使いとしてというよりも、追われる獲物としての視点だった。

 今アルムに狩人たる黒いモヤは見えない。アルムに出来るのは逃げる住民から見えない狩人の動きを予測する事だけだった。

 身を乗り出すようにして見てもやはりミスティの言う黒いモヤは見えない。


「逃げ方が変だな……いや、そもそも追ってる黒いモヤとやらの狙いがそういう事なのか……?」

『ココ……ア……カイ……』


 そんなアルムに、黒いモヤが近付く。

 その声は窓の下から。人型の黒いモヤは手足にあたるであろう部分を壁に張り付かせ、一歩一歩アルムのいる窓に向けてよじ登っている。

 開いた窓から病院に侵入しようとしているのか、それとも無防備なアルムを狙っているのか、その声から目的を知る事は出来ない。

 そもそも……窓の下から迫る黒いモヤをアルムは視認する事すら出来ないのだが。


「倒せない上に狙いが予想通りなら……見える人間には確かにきついな……」

『アギュ……! ボギ……!』


 住民の逃げ方から黒いモヤの狙いに気付いて舌打ちする中、アルムに触れようとした人型の黒いモヤは焼けるような音と苦悶の声を漏らしながら消えていく。


「こんな状況で何もできないとは何て情けない……!」

『カエ……タ……』


 一体の黒いモヤの声は誰に届く事も無く、朝日が昇った夜のように消えていく。

 窓までよじ登ってきたその黒いモヤが消えたことにより、無力感から出たアルムの歯軋りもまた耳にする者は誰もいない。


 その後……全ての住民が建物内に避難した事で、突如出現した黒いモヤ達は夜の間町中を徘徊する事となる。そして夜が明けると黒いモヤが消えていったことを憲兵達、そして住民の安全の為にと寮に帰らなかった数名の生徒達が確認する。

 夜明けとともに消えた事による安堵が町中を包んだものの――夜が明けても空を覆う灰色の雲が、まだ何も終わっていない事を告げているようだった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

明日は一区切りになるので本編と短い幕間の二回更新となります。

今回は少しだけ短くできそうです。……恐らく。極力頑張りますので気長に待って頂けるとありがたいです。もう半分はいきましたので!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ミスティがますます可愛らしくなっていきます。ストップ高。 ここまで表情に出ているなら、クラスメイトとかにもバレているのでしょうねぇ。 肝心のアルムには伝わっていませんが。 がんばれミスティ…
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