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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第四部:天泣の雷光
259/1050

229.黒い■■

「ちっ……!」


 学院に行くことを一旦断念しなければいけない異常事態にエルミラは舌打ちした。

 幸か不幸か、夜になった事で魔石の街灯に魔力が走り、光源としての役目を果たし始める。

 しかし、魔力光に照らされても尚その黒いモヤの正体は掴めない。

 間違いなく人間ではないが人間としか思えない形状。ベラルタに敷かれた石畳に立っているとも浮かんでいるとも言い難く、人型でありながら空気の流れ一つで容易く揺らぐ定まらないカタチが不気味さを際立たせる。


「『炎奏華(カロリア)』!」


 これは魔法なのか? それとも別の何かなのか?

 判断が付かない思考の中で、魔法使いとしての基本が強化の魔法を唱えさせる。

 迷っている時間が惜しい。

 黒いモヤが現れる瞬間を見てしまった事で、一瞬の疑念と恐れがすでにエルミラを出遅らせている。


「触んじゃないわよ!」


 強化によって赤い魔力光を纏った左手を横に薙ぎ、まずは自分に向かってきていた黒いモヤを払う。

 薙いだ左手から放たれた炎は意思を持つように黒いモヤを襲った。


『ア……アア……!』


 黒いモヤから聞こえたのは苦悶の声のようだった。

 或いはそう思いたかっただけかもしれないが結果として、黒いモヤは炎を受けて砂のように霧散した。


(よし……!)


 内心の喜びが自然と表情に現れる。

 魔法を唱えた時に一瞬よぎった何も起きなかったら、という不安が今の一撃で払われる。

 何せ相手は正体不明の何か。魔法の領域ではどうにもできない埒外(らちがい)の存在だったら、などと普段なら馬鹿げてると一蹴するような事を考えてしまうのも当然と言える。

 具体的に想像するならば――


「違う違う!」


 その存在の名前だけは想像してやるものかとエルミラは出かかった想像を否定する。

 馬鹿な事を考える前に今は住民を助けるのが優先だ。


「『蛇火鞭(フレイムスネイク)』!」


 エルミラの人差し指は中空をなぞり、なぞった場所から火が武器となって現れる。

 現れた炎の鞭を握りしめ、走っている住民に触れようとしている黒いモヤに魔法を振るう。


「ひ……!」

『ヤ……』


 鞭が空気を叩く音とともに、黒いモヤは声になるかならないかという音を発して霧散する。


「ありがとうございます!」

「早く逃げて! なるべく明るいところを通って近寄ってくるのに気付けるように!」

「はい!」


 住民はエルミラに頭を下げて逃げるように去っていく。

 しかし、二人追い払った所で黒いモヤは大通りに次々と現れて逃げる人達に襲い掛かる。


「寒い……! なに、これ……!」


 視界の端で黒いモヤに触れられた人の動きが急に緩慢になる。

 触れられた人は凍えさせる風から逃れるように体を抱き、その足は次第に遅くなっていた。触れた黒いモヤは寒さで丸まった背中を抱きしめるように手のようなモヤを広げる。


「この……! 数が……!」


 顔を顰めながらもエルミラは炎の鞭を振るう。触れた人を抱きしめるように広げた黒いモヤは炎の鞭に裂かれて霧散した。

 その結果とは裏腹に、エルミラの顔は険しいまま変わらない。

 それも当然、後何回繰り返せばこの大通りからこの黒いモヤを退けられるのか見当もつかないからだった。


「うおおお!」

「入れ入れ! 鍵閉めろ! 鍵!」


 声は大通りにある喫茶店から。逃げる人を何人か入れるとその扉は勢いよく閉まる。

 逃げた人達を追い掛けていた黒いモヤは逃げ込まれても目標を変える事無く、その喫茶店の扉の前まで追いかけてきた。一縷の望みをかけて喫茶店のオーナーは二つある店の鍵をどちらも閉める。


「くるのか? くるのか!?」

「くそ……!」


 逃げ込んだ人達は自分達の安全が確保できたとは微塵も思っていない。誰もがとある存在を想像していたからだ。

 その想像が当たっているのだとすれば、果たして扉を閉める意味、そして壁は意味をなすのか。

 黒いモヤに対抗するためか、逃げ込んだ数人の内の一人が店内の椅子を武器のように持ちあげる。


『コ……ダ……ココ……』


 しかし、その椅子が黒いモヤに振り下ろされる事は無かった。

 黒いモヤは喫茶店の扉や壁に触れるばかりで、通り抜けるような様子も無い。

 ただガリガリと、扉や壁を引っ掻いているような仕草を繰り返す。


『ダ……コ……セ……』


 扉と壁を前にそれ以外何も出来いのか、喫茶店に逃げ込んだ人達を追い掛けてきた黒いモヤはただその行為を繰り返す。言葉にならぬが、何処か痛々しい声を漏らして。

 壁は通過できない。魔法は通じる。現れた時の想像よりは理不尽な存在でないことにエルミラは安堵しながらその黒いモヤを炎の鞭を振るって霧散させる。喫茶店のガラス越しに、頭を下げる住民の姿が見えた。


「なっ……!」


 先程の安堵はすぐに撤回させられた。

 一番最初に払った黒いモヤ。その黒いモヤが霧散させた場所に再び集まって人型の形を成そうとしているのがエルミラの視界の端に映る。

 黒いモヤは人型に戻ると、ゆらゆらと揺れながら再びエルミラへと手を伸ばす。


「大人しく消えときなさいよ!」


 炎の鞭を振るった際に黒いモヤがエルミラの左手をかする。

 その一瞬、悪寒が全身を走った。

 冬の寒さとは違う、無理に凍えさせようとしているかのような不快な感覚。動きが鈍くなった住人はこれをやられてその足を止めかけたのかと身をもって理解する。

 下位の攻撃魔法で一先ず何とかなるのが唯一の救いだった。


「痛いよお母さん! 痛い!」

「ごめんね! ごめんね! でも逃げないと黒いのが来るのが見えるでしょう!?」

「黒いのって……お母さん! 夜はいっつも来てるよ!」


 ふと、聞こえてきた親子の会話にエルミラは違和感を感じた。

 女の子が母親らしき人物に腕を引っ張られて無理矢理走らされていた。後ろには黒いモヤが迫っている。

 だというのに、何か……危機感に差があるような違和感。


「夜じゃないわ! 見えるでしょ!」

「お母さん何言ってるの? シーナ悪い事しちゃった?」

「違う! 違うわ! いいから今は走って!」


 その親子を追い掛ける黒いモヤに向かってエルミラは炎の鞭を振るう。

 炎の鞭をうけた黒いモヤは人型を保てずに霧散し、追い掛けられていた母親はエルミラに感謝を伝える。だが、子供のほうは魔法を振るったエルミラに驚いているようだった。まるで何故魔法を使ったのかわからないかのように。


「ママ? 何でそんなに急いでるの?」

「いいから! 走るの!」

「お父さん! 何でお店閉めちゃうの!?」

「こっちに来なさい! 早く! あれが来る!」


 聞けば……黒いモヤから逃れようとしている住民の中に、いくつかおかしな声がある。

 この事態を把握できていないような、何故他の人が逃げているのかわからない不思議そうな声。その声色には恐怖など無く、ただ純粋な疑問が込められているようで――


「子供……?」


 そう、その声の持ち主は全て子供のものだった。

 気付いたその瞬間、エルミラから血の気が引いた。 


「まさか……子供にはこの黒いのが見えてないの――!?」


 十数体の黒いモヤが突如跋扈し始めた大通りが、子供達には何ら変わりないいつもの大通りに見えている。

 それは何と単純で恐ろしい事実。

 突如現れた黒いモヤという危険を、最も守るべき弱い者が認識できていない。

 無垢な子供が悪意ある誘惑を知らぬような、黒いモヤそのものに対する恐怖とは違う別種の恐怖も徐々に伝播していく。









「不測の事態には備えていましたが、まさかこのような……」


 黒いモヤは当然のように大通りだけに出ているわけでは無かった。

 大通りに比べれば数は少ないものの、黒いモヤは人のいる場所がわかっているかのように神出鬼没。

 それはベラルタの人間でなくとも変わらない。病院から去ったマリツィア・リオネッタは五つある『シャーフの怪奇通路』の入り口の一つ、西区画にある入り口前で念の為の備えを仕込んでいた中、その黒いモヤと遭遇した。

 地面から這い出るように現れたそれはゆらゆらと浮遊するような揺らぎを見せて、人型をとる黒いモヤが二体。マリツィアにゆっくりと向かっている。


『ココ……テ……コ……セ……』

「何です?」


 心底呆れたようなため息を零すマリツィア。

 その表情には貴族向きの張り付いた笑顔すら無い。


「何を言っているのかは存じませんが……自分で選んだのでしょう? ならば、しっかりと受け入れなければいけませんよ。たとえどんな最後であろうと、それがあなた方の最後の記憶であなた方が生きた結末……なので、今この場所に求めていいものなどありません」

『……チ……ウ』

「退く気が無いのはわかりやすいですね。まぁ、そのほうがらしくはありますが……」


 その瞳には憐憫など無く、蔑みがあるだけだった。

 何を言っているのかを理解できないものの、この黒いモヤが何なのかをマリツィアは理解していた。だからこそマリツィアにはこの黒いモヤを恐れる理由が無い。この黒いモヤはカタチのある死と常に接しているマリツィアにとって刀身の欠けた剣のようなものに過ぎない。


「本当に、魔法生命というのは腹立たしい。こんな事が起きてはまた私が疑われてしまいますわ……恐らく、あなた方がそうしていられるのは私の魔法と同じ仕組み(・・・・・)でしょう。動かし方まで似通っておりますので当然といえば当然ですわね……」


 明日の弁明を考えながらマリツィアは桃色の髪を揺らす。

 魔法を開示するしか疑いを晴らす手が無いだろうという所まで考えて、マリツィアは黒いモヤを睨む。全てを見透かすような昏い瞳で。


「体は無いですし、蒐集する価値もないでしょうね……。ただでさえ準備不足でまだ呼べそうにありませんし……申し訳ありませんが、てきとうに突破させて頂きますね?」


 マリツィアの目に鬼胎属性の魔力が渦巻く。

 この黒いモヤ達と同じ動力源。恐怖を糧にする性質を持つ魔力が。


「ああ、でも……一つだけあなた方にとっては朗報かもしれない事を教えてあげましょう。私の推測が正しければ……あなた達の願いは叶うと思いますよ」


 二体の黒いモヤはマリツィアのその言葉の意味を理解する事なく、なすすべなく霧散した。

いつも読んでくださってありがとうございます。

タイトルは文字化けではありませんのでご心配なく!

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余計な話が長すぎて 飛ばしてよんでます せっかく面白い脚本なよに スピードかんが無い
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