227.真っ直ぐ
「うう……むかつく……」
ベネッタの眠るベッドの端を少し借り、顔をベッドに預けながら苛立ちを露にするエルミラ。
しかし、その声には若干覇気がない。まるでその声を誰にもぶつけないようにしているかのような勢いの無さだ。
「むかつくけど……あいつの言ってる事に何も言えなかった……頭に血が上ってぶつける言葉を間違えたわ……」
苛立ちながらも頭は冷えており、先程マリツィアにぶつけた言動を省みるエルミラ。
確かにマリツィアは誤解を招く行動をした。だが、咎めるべきはその誤解を生んだ行動と起こった事実だけ。だからこそマリツィアはエルミラに色々と言いつつも自分の行動についてはきっちりと謝罪した。そして自分をベネッタから引きはがしたエルミラの行動も認めていた。
たとえその相手が怪しく、嫌っていたとしても、決して人格を無遠慮に攻撃していい理由にはならない。ましてや綺麗事にすり替えてなど……そんな事が許される世界で、人間が他者を知る権利などないのだから。
「そうやって自分で反省できるのですからあなたは大丈夫ですよ、エルミラ」
隣に座って、慰めの言葉を投げかけるミスティ。
エルミラの丸まった背中がぐずる赤ん坊のようで背中を擦ってあげている。
そんなエルミラともう一人、マリツィアの言葉にダメージを受けているアルムが壁を背にため息をつく。
「要は自分の言葉を話せという意味だよな……正直俺も耳が痛い……」
「何でよ? アルム関係あった?」
「昼に食堂でちょっと……」
アルムもまた自分の行動を省みた。
直接、マリツィアの言葉が当てはまるわけではない。しかし、自分の感情の無い言葉をぶつける無責任さについてを少し考えさせられた。自分の感情を綺麗事に置き換える。それはある意味、自分の言葉の責任を放棄しているといっていい。
アルムは食堂でエルミラの名前を出し、ベネッタの陰口を言っている生徒に忠告した。
あれは違う。
あの苛立ちは自分のものだった。決してエルミラの心情を思っての言葉では無かったのだ。ならばエルミラの名前を出さず、ただ自分が不快だからやめろと言うべきだったのだ。あんな脅しのような忠告ではなく、自分の感情をちゃんと言葉にして乗せるべきだったのだとアルムは後悔する。
「自分の未熟さを痛感したというか……自分はまだまだ子供だと改めてわからされた気分だ」
「あの女にわからされたのがむかつくのよ……はぁ……」
「まぁ、でも……君達の行動自体はベネッタを思っての事だからね。あまり気に病む必要も無いんじゃないかな」
落ち込む二人にルクスは苦笑いを浮かべながらも慰めの言葉を口にする。
「それは違うよルクス」
しかし、それをアルムは受け取らなかった。
「友人を思うのはただの前提だ。だから単純に俺達は感情の出し方を間違えている」
「そうそう、頭に血が上って言わなくてもいい事を言うって……魔法使いとしてどうなの? って感じ」
「ああ、何より……友達を思っての事だから、で片付けるのはベネッタを出しにしているようで俺は嫌だ」
"正しく怒れる人間になりたまえ"
去年夢にも見た……かつて故郷で教わった師匠の言葉がアルムの頭に浮かぶ。
正しくとは正当な理由は勿論、その怒り方も正しく在れという事なのだろう。頭に浮かぶ師匠の教えが自分の未熟さを見抜いているようで、アルムの瞳は久しく故郷の方角へと向いた。
「……すごいね、二人とも」
ルクスの心の奥から出た言葉だった。
「すごくないから悔やんでるのよ」
「ああ、もっと色々知らないといけないな」
「いや、すごいさ……」
ルクスは病室全体を見渡せる位置にいた。
壁にアルム、ベネッタの眠るベッドの傍で座るエルミラとミスティがよく見える。
「間違う事はあっても……迷わないんだから」
同じ病室にいる友人達を少し遠く思いながら、ルクスは誰にも聞こえないように呟いた。
「あ、そうだルクス。シャーフの監視の事なんだけどさあ」
「うん? なんだい?」
ルクスは自身の心情を悟られないよう表情を戻す。
貴族としての必須技能。それを友人に披露しなければいけないほどに自分は弱っているのかと内心で自分を嘲る。
「今日ちょっと任せていい?」
「いいけど……君はどうするんだい?」
「学院長にベネッタの警護について話しておきたいのよ。ほら、さっきも言ったけどまたベネッタは狙われるかもしれないから。学院の医務室に移動させる話もしておきたくて……明日にしようかと思ったけど、さっきみたいにマリツィアが普通に入ってこれるのはちょっと不安だから早めに言っておきたいの」
「ああ、そういう事か。うん、そういう話は早いほうがいいし、行ってきなよ。監視と言っても今日も部屋にいるだけだろうしね」
「ありがと!」
ルクスに礼を言ってエルミラは立ち上がる。
さっきまでの落ち込みをリセットするかのように、エルミラは腰に手をあててよし、と頷く。
「アルム、ミスティ、ちょっと私が戻ってくるまでベネッタ見ててくれない?」
「ちょっと……もしかしてエルミラ、今日は病院に泊まる気なのですか?」
「うん、またベネッタを狙う魔法生命が来たらまずいでしょ? 魔法使える見張りはいるでしょ」
「それはそうですが……寝ずに、という事ですか?」
心配そうに尋ねるミスティにエルミラは首を傾げる。
「そのつもりだけど? とりあえず学院の医務室に移動するまではね」
「いくらなんでも無茶じゃないかい?」
「うーん、わかってるんだけど……何か嫌な予感がするっていうか、違和感がある感じがして……何か見落としてる感じがあるって言うか、ちょっと不安なのよね」
今日図書館で感じた妙な違和感がエルミラの不安を助長する。
ルクスの言う通り、いつ移動できるかわからないのに寝ずに見張るというのは無謀にも程がある。
「マリツィアの監視も無くなったし、俺が交代で見張ろうか?」
「え、いいの!?」
アルムの予期せぬ提案にエルミラはわかりやすく目を輝かせた。
「いつベネッタを移動できるかわからないし、エルミラの寝ずにっていう案よりは現実的だろう? 無茶はやめたほうがいい」
「無茶は自覚してたけどまさかアルムに言われるとはね……無茶の塊みたいな魔法しか使わない癖に」
「あはは……」
悪口なのか褒め言葉なのかどちらともつかないエルミラの呟き。隣に座るミスティには聞こえていたようでミスティは苦笑いを浮かべる。
「じゃ、いってくるわね」
「僕もシャーフさんのとこに行くよ。ベネッタがこんな事になった後だ。少し話を聞かないとね」
そう言い残し、ルクスとエルミラは病室を出ていった。
二人が扉の向こうに行くのをアルムとミスティは見送る。マリツィアがいた時のような野次馬は流石にどこかへ消えていた。
「隣座ってもいいか?」
「ええ、勿論ですわ」
ミスティの許可をとり、今しがたエルミラが座っていた椅子にアルムは座る。
晴れていれば、午後の斜光が窓から差し込んだかもしれないが、生憎ベラルタは数日前の雨をきっかけに曇り続きだった。
(お、思っていたよりも近いですわね……)
快諾したにも関わらず、その距離に頬を少し紅潮させるミスティ。
ちらりと横を見れば、アルムの横顔がすぐそこにある。
どれだけ時間が経ったか、自分がつい見入ってしまっていた事に気付く。
会話はほとんど無かったが、アルム相手にそれで気まずくなるような事も無い。
「いい香りだな」
「は、はい? なにがですの?」
突如発せられたアルムの声に対し、驚きで変な声を出してしまった事を恥ずかしがりながらもミスティはアルムの声に応える。
他の人がいる時はこんな事にならないのにと、一人の乙女は自分の調子の変化を傍観するしかない。
「花だよ。ベネッタもこれで目を覚ましてくれればいいんだけどな……」
「そうですわね……いつ、起きてくださるのでしょうか……」
目の前に眠るベネッタからはいつものからかう声は飛んでこない。自分で言うのもどうかと思うが、こんなにも今の自分はからかいやすい状態だというのに。
それが少し、ミスティには寂しかった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
前回の更新についての感想ありがとうございました。更新した時から少しどきどきしていたので、読んでくださった方の意見を聞けて嬉しかったです。