226.一輪の桃色
「確かに病院にただ寝かせているだけってのは危険だね……でも、まだ話が出てないって事は動かせないのかもしれないね。学院長が想定してないとは思えないし」
「まぁ、確かに……本気モードの時はしっかりしてそうだけど……」
昼休み後は何事も無かったかのようにエルミラは授業に復帰し、周りの好奇の視線を受けながら今日の学院を終えた。
四人は誰も行こうとは言っていなかったが、自然とベネッタのいる病院に足が向いていた。
「こういうのって花とか買ったほうがいいのか?」
「いいですわね、きっとベネッタも喜びますわ。途中に花屋さんがありますから買っていきましょう」
「こ、こういう時ってどんな花がいいんだ?」
「うふふ、一緒に選びましょうか」
「ああ、頼む」
アルムとミスティは帰り際、ヴァンからの指示によって一時的にマリツィア監視の任を解かれた。
ヴァンは二人に監視を解くことについて伝えるとすぐに学院長室のほうへといってしまった。オウグスとヴァンがアルム達の心情を察してくれたのか、それともマリツィアには別の監視をつけるのか、理由はわからない。ここ二日監視していたマリツィアを急に放置する不安もあるが、何か考えがあっての事だと信じて二人はマリツィアに用意された部屋には行かない事にした。
「それにしても急にマリツィアを監視しなくていいってどうしたのかしらね」
「うーん……放置して動きを見るのかな」
「あー、ボロ出すのを待つ感じ?」
四人は花屋で見舞いの花を買うとすぐさま病院へと向かった。
四人で買った花束を大事そうに抱えながらエルミラは病院の扉を開ける。
「うん、監視したままだと逆に動きを見せないって時はあるからね」
「それで思いっきり変な事されるのも何か恐いけどね……」
「私とアルムも少し不安なのですけれど……」
「とはいえ、やるなと言われて勝手に見張るのもな」
困ったようにアルムが頭をかくと、ミスティは頷く。
「ええ、それで学院長やヴァン先生のお考えを邪魔してしまう可能性もありますから……」
「危険なのが近くにいるってわかってて何も出来ないのはもどかしいわね……」
それは本当にマリツィアの事を言っているのか。
四人の頭に思い浮かんだのはマリツィアよりも、想像するしかない魔法生命の姿だった。
「あの、昨日ここに運ばれたベネッタ・ニードロスのお見舞いに来たんですけど」
病院の受付にいた女性にエルミラが声をかけると、女性はエルミラと後ろにいるアルム達を見てにこっと笑った。
「ふふ、あなた今日の朝も来てた子ね?」
「あ、ばれました?」
後ろを振り返らずともミスティとルクスの呆れた視線がエルミラにはわかるようだった。
何も言わないのは二人なりに気持ちはわかると共感あっての事だった。
「リリアン先生から聞いてますよ、どうぞ」
「リリアン先生?」
「ベネッタを診てくれた先生よ」
アルムの疑問に答え、エルミラが受付の先に行こうとすると、受付の女性が付け加えるように。
「今も丁度一人お見舞いにいらしてますよ」
「え?」
「は?」
受付の女性の言葉に一瞬ミスティ達は固まる。
アルム以外の三人はこの場にいる自分達の顔を見合わせるが、当然の如くベネッタがいない事以外はいつもの顔だ。
「フロリアじゃないか?」
「お、アルム珍しく冴えてるわね」
「珍しくは……まぁ、珍しいのかもしれんが……」
「あの、どんな方でしたでしょうか?」
ミスティが聞くと受付の女性はエルミラの持つ花束に手を向ける。
「丁度その花束にあるガーベラのような髪の色をした方でしたよ」
言われて、アルム達は花束に目が釘付けになりながらその場で一瞬凍る。
視線の先にあるのは桃色の花だった。連想するのは言うまでも無く、先程も話題に出てきたダブラマの魔法使い。
「あいつ……!」
「っと」
「あ、エルミラ!」
アルムに花束を任せ、受付の女性の走らないでくださいという声を背にエルミラは病室へと駆け出す。
階段を駆け上がって二階の正面の部屋を勢いよく開ける。
「……っ!」
扉の先の光景を見た瞬間、喉が干上がったように呼吸が止まる。
そこにはベネッタの額、目元近くを触れるマリツィアの姿があった。
「あら、これはこれはエルミラ様」
扉の音に気付き、マリツィアは振り返る。
悪びれる様子も無く笑い掛けるマリツィアの表情がエルミラの怒りの感情に火をつけた。
「マリツィアぁ!!」
「あら……」
エルミラは獣のような形相でマリツィアに詰め寄り、服の襟元を掴む。
なおも慌てる様子を見せないマリツィアをエルミラはそのまま病室の壁に叩きつけた。
ドン! と殴りつけたような音が病室に響く。
「ふーっ! ふーっ!」
「まぁ……恐いお顔ですこと」
怒りで呼吸の荒くなるエルミラ。詰め寄られているはずが余裕そうに微笑するマリツィア。
そんな光景を遅れて到着したアルム達が目撃する。
真っ先にルクスがエルミラに駆け寄り、ミスティはベネッタのほうに。
「エルミラ、よすんだ!」
「離してルクス! お前ベネッタに何をした……!」
マリツィアの襟元に掴みかかっていたエルミラの右手をルクスが引きはがす。
壁に叩きつけられていたマリツィアは襟元を直して、なんでもないようにベネッタを一瞥する。ベネッタの眠るベッドの駆け寄ったミスティと目が合った。
「監視が解けたので私も独自に調査しているだけですよ。ベネッタ様の病室に来たのも何か敵の情報が残っていればと見に来ただけです。危害は一切加えておりませんからご安心を」
「信じられるかこの女……!」
「エルミラ! 待て!」
ルクスの拘束を性別差など関係ないかのように振り払い、エルミラは再びマリツィアに詰め寄る。
再び抵抗する事も無くマリツィアは壁に叩きつけられる。
「もう……乱暴ですのね」
「あんた……ベラルタを見学とかいって本当は宿主なんじゃないでしょうね!? 昨夜ベネッタを殺せなかったから今殺しにきたんじゃないの!?」
声を怒りのまま叩きつけるベネッタ。対して、マリツィアは微笑を保ったままだった。
「私が魔法生命の……? 冗談はおやめください、ただでさえこのベラルタではわかりやすく怪しい一人だというのに、こんな安直な手でベラルタを襲撃しに来るはずないじゃありませんか」
「どうだか……そう思われる事を利用してきたんじゃないの? それか、あんたみたいなやつならそんなスリルも楽しんでるかもね?」
「と、言いますと?」
マリツィアが聞き返すとエルミラは嘲るように鼻で笑う。
「あんたは死体を操るなんて人の尊厳を平気で踏みにじるような悪趣味な女だもの、ちょっと性格が倒錯したっておかしくないわ。子供をコレクションにでもしたかった? ベラルタなら優秀な子が揃ってると思ってきたのかしら!?」
「……」
「魔法生命の力を借りたらもっと死体を増やせるとでも思ったの? ベラルタに来たのも新しいコレクションが欲しかったから!? 監視が解かれた瞬間こんなふざけた行動をとるなんてなめられたものね!」
「……」
「何か言ったらどうなの!? マリツィア・リオネッタ……!」
静かな目でエルミラを見つめるマリツィア。
ふう、と落ち着かせるようなため息を一つつくと、襟元を掴んでいるエルミラの手を掴む。
「笑わせないでくださいな」
夜風のような冷たい声。
エルミラはその声の変わりように表情を怒りから驚愕に変えられる。
「死体を操るから人の尊厳を踏みにじる? 悪趣味? 価値観の違いをよくそこまで非難できるものです。私にとって死体とはそこらに売っている食用の肉と変わらないだけの事。食べる為に肉を買う、魔法を使うために死体という肉を手に入れる、そこに何の違いがございましょう? 種族が違えば肉に尊厳が生まれるのですか? 人間であれば尊厳がある? 人間以外の生物に尊厳など無い? 全くもって人間本位の素晴らしいお考えですこと。
私が死体を操るのはそれが私という魔法使いの在り方だから。そして私の価値観では死体そのものに尊厳など無いと考えているからでございます。人の尊厳とはその方が生きた時間と死んだ意味、そして……他者の記憶にしかないのだと」
マリツィアは襟元を掴むエルミラの手をぎりぎりと徐々に外す。
その目は死体のように凍り付いていて、じっとエルミラを見つめていた。
「あなたが私を嫌うのは私が死体を操るから、そして何より私がダブラマの魔法使いだからでしょう? 私のコレクションとなった死体の方々を悼んでいるわけでもないでしょうに、よく死体を操るから人格がどうのと、人の尊厳がどうのと言えたものです」
マリツィアはそう言ってエルミラの手を捨てるように払った。
「自分の忌避感を聞こえのいい綺麗事に置き換えないでくださいませ。あなたはただ私を受け付けないだけ、あなたが私を不快に思っているだけの感情です。それを責めるために聞こえのいい言葉を使うのは……民衆を騙す演説のようで響きませんよ。人の尊厳がどうと言う前に、まずは客観的に他人や自分の感情を見つめる視点をお持ちになっては? そのほうが色々とよく見えますよ」
夜風のような冷たい声。
凍り付いたような虚ろな目。
夜気が訪れたのかと錯覚するような重い空気が漂う。
この場で糾弾されるべきはマリツィアのはずが、魔法使いとしての精神性の未熟さを正されている異様な状況とマリツィアの醸し出すただならぬ雰囲気がそうさせた。
「ちなみに……この病院に来る事は許可を貰っていますのでご理解のほどを。オウグス様に確認をとって頂いても構いません」
「っ……!」
「あなたの行動自体は間違いではありませんが、もう少し自分の口から出る言葉を考えたほうがよろしいですよ。魔法使いになるなら」
マリツィアは襟元を再び治すと、睨むエルミラをよそに病室の扉のほうへ向かう。
アルムとのすれ違いざまにはすでにその表情は貼りついた笑顔へと戻っていた。
「私の行動が誤解を招いてしまい大変申し訳ございません。誤解されぬよう早く済ませる予定だったのですが……このような誤解を招いた至らなさを皆々様にお詫び申し上げます」
そう言ってアルム達の方を向いて深くお辞儀するマリツィア。顔を上げるとすぐさま病室から出ていこうと振り返って扉に手をかける。
ルクスはその背中に責めるような声をぶつけた。
「マリツィア殿、いくら許可を貰っているとはいえ……今にも死にそうなマナリルの生徒にあなたが近付くのは不用意です。互いの国が情報を求めているとはいえ、このような行動は今後慎んでください」
「はい、二度とベネッタ様には近寄らないとお約束します。ですが……今にも死にそうとはご冗談を」
肩越しにルクスの声に応えるマリツィア。
病室の扉を開けると、騒ぎを聞きつけたのか少し人が集まっていた。
「……? どういう……」
「死にませんよ、その方。生きようとする気力に溢れておりますもの」
そう言い残して、病室の前に集まった人達にも丁寧に笑い掛けると、マリツィアはシャーフのいる部屋のほうに少しだけ目をやって去って行った。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ちょっと賛否ある回かもしれないです。簡単に補足すると自分の感情を安っぽくするな、という事でした。