216.不可解な訪問
「また子供が失踪したって」
「これで二日連続だな……何が起きてるんだか……」
「今度は北の区画にある雑貨屋の娘さんらしい。部屋に戻ったのを確認したのに朝になったら消えていたとか」
「……まだ子供だけを狙ってるとは限りませんな。出来る事をしましょう」
今日のベラルタの会話はこのようなものばかりだ。
二日続けてとなると流石にただ事ではない。だが、不安の声を口にしながらも住民達はまだ冷静だ。
ベラルタの住人は生徒の環境をサポートする事を第一とし、ここで暮らしている。
その名目は伊達ではない。失踪した子供の家族ならいざ知らず、被害に遭っていない住民達がパニックになる事など無く、少しでも事態の解決に努めようと町の変化に目を光らせている。
【原初の巨神】の侵攻時にさえパニックになる事が無かったその精神力は流石と言えよう。
「どうやら、今のベラルタは随分物騒なようですね?」
そんなベラルタを前に歩くマリツィアに付いていくアルムとミスティ。ベラルタの話題とは別に二人には二人の役割がある。学院が終わった後に別れたルクス達もまた同じ。
違いといえば、あちらは目的が明白で、こちらの目的が不明な事くらいだろうか。
昨日と同じく特に目的も無さそうな散歩の途中で、マリツィアは通りすがる憲兵や住人をどうでもよさそうに眺めていた。
「流石はベラルタの住人というべきでしょうか。憲兵を責めるような事も無く、ただこのような事態に対して覚悟しているように見えますね」
「よく見ておられるようですね」
「観察力には少し自信がありまして。良質な死体を見極めるには人間を知りませんと。魔法の力ではどうにもならない領域ですから」
どっちが物騒なんでしょう、などと思いながらも表面上は微笑みを浮かべるミスティ。
ミスティは実際にマリツィアの魔法は見た事が無いが、話は聞いている。それを知ってか知らずかマリツィアも自身の魔法についてミスティにも隠そうとはしていなかった。
「私を警戒して、というようには見えないご様子。賢い方々ですこと」
通りすがる憲兵達はこの町で普段見かけないマリツィアをじろっと見てはいるものの、特定の人間を見張るような様子ではない。
「それにしても子供はどの国だろうと宝……そんな子供が失踪してしまうなんて平民の扱いに何か問題でもあるのでしょうか? ねぇ、アルム様?」
振り返って、ミスティと並ぶアルムにマリツィアは問い掛ける。
奇妙な事に、昨日と違って今日マリツィアはアルムに無理に引っ付こうとはしていない。
変わらないのは、何かとアルムと会話しようとしている事だろうか。やはり目的はアルムかもとミスティはマリツィアへの警戒を強める。
「子供の失踪と平民の扱いはあまり関係ないと思うが……?」
「そうでしょうか?」
「家族で失踪するなら問題あるかもしれないが……子供だけでというならそれは格差というよりも家庭の問題か、別の要因だろう」
「別の要因とは?」
「第三者の悪意」
なるほど、とマリツィアは頷く。わかりきった質問に返ってくる答えがしっかりしている事に喜びを見出しているようにも見えた。
アルムは気にせず続けた。
「ベラルタは出入りの管理が厳しいから子供一人で町の外なんて行けるはずがない。だから町の中でって事になるが……ベラルタの道はちょっと複雑で俺みたいな方向音痴は迷うが、ここで育った子供には大して関係ないだろう。それに憲兵もこれだけいて、昼になれば人通りだって多くなる……子供が一人で、しかも二日連続なんて第三者がいないほうが不自然だ」
「私もそう思います」
だが、マリツィアからすれば最も重要な問題は第三者がいる事ではない。攫った痕跡が見当たらないのは問題ではあるものの最もと言うべきではない。
元より人の出入りの管理が厳しいベラルタ。ダブラマの魔法使いの侵入でより一層厳格になった事に加え、こんな事態になれば当然門での検査もより厳しくなっているだろう。その場で殺すのではなく攫ったというのなら子供も荷物になる。そうなれば魔法使いだって痕跡無く脱出するのは難しい。
つまり、最も重要な問題は――
「問題は、何処にいるか」
「まぁ」
正解。とアルムの声にマリツィアは心の中で感心する。
隣で聞いているミスティもうんうんと頷いていた。
「ただでさえベラルタは潜伏できる場所が少ないだろうに、子供と一緒に何処に消えてる?」
「たった二日。されど二日。子供を隠せそうな場所はもう憲兵の方々が捜索していらっしゃると思いますが……」
すれ違う憲兵を見る限り進展がある様子には見えない。
マリツィアという爆弾に加えて、自分達の傍らで起きるこの事態に思わずミスティはため息をつく。
「それについて私……少し気がかりな事があるのですが」
そう言って立ち止まるとマリツィアは二人のほうに振り返る。
「昨日お話されていたシャーフさん……今何処にいらっしゃいますか?」
「あの……今日は……」
「町は憲兵ばっかだからね、昨日みたいに歩き回ってあんたに体調悪くなられても困るから今日はここでゆっくり話を聞かせてもらうわ」
ベラルタにある小さな病院の一室。
クローゼットとベッド、丸い机に椅子くらいしか無い殺風景な部屋は王都からの返答が来るまでのシャーフの仮住まいとなっている
今日はその一室にルクス達は集まっていた。
丸い机の上には病院にあるキッチンを借りて淹れた紅茶のポットと人数分のカップ。そして昨日のパン屋で買った焼き菓子が皿に並べられていた。
「話と言ってもわいわい雑談というわけにはいかないわ……これは尋問だと思ってちょうだい。はいあなたの分の紅茶」
「寒いようでしたら膝掛けを持ってきましたのでよかったらどうぞ」
「ここの先生にも許可とってるからお菓子は遠慮しないで食べてねー」
「尋問にしては至れり尽くせりな気がするんですけど……」
紅茶を差し出すエルミラ、膝掛けを鞄から取り出すルクス、お菓子を勧めるベネッタとエルミラの強い言葉とは裏腹な状況にシャーフは少し戸惑い気味だった。
「憲兵が多いって……何かあったんですか?」
シャーフは昨日エルミラとベネッタが憲兵から聞いた話どころか勝手に外にも出れないので住民達の話も当然耳に入っていない。
「子供がね、失踪したの」
「え……?」
「町はその話で持ち切り。憲兵が増えたのもそれが理由よ。なんでも家にいたはずの子供が朝になったら消えてるんだそうよ。一人目は家出の線も考慮してたけど二人続けてだからね。事件性があると判断して町にいる憲兵がほとんど総動員で巡回と捜索を続けてる」
「二人……も……二人もですか……」
正直言って、エルミラはシャーフの事を疑っていた。しかし、シャーフの表情は本当に子供が失踪した事に心を痛めているようで、その表情は悲痛の一言。カップを握るその手でさえ折れそうな小枝のように儚く見える。これで犯人なのだとしたらその演技力は役者として通用するのではないだろうかと思うほどだ。
「……私は、疑われているのですね」
察しはいいようで、シャーフは自ら何故尋問という言葉が使われたのかを理解する。
少し俯いたかと思うと、シャーフは困ったような作り笑いを浮かべた。
「仕方ありませんね、どう見ても怪しいですから」
「私はね。ルクスとベネッタは別よ。特にルクスは」
ルクスを見ながら、エルミラは誤解無きようにしっかりと訂正する。ルクスはむしろ被害者だと見てるくらいだ。
エルミラだって犯人だと断定しているわけではない。わかりやすく怪しい人間がシャーフとマリツィアの二人で、より謎なのがシャーフのほうというだけの話。何もわかっていない現状から、矛先がシャーフに向かざるを得ないと言った方が正しいだろう。
「昨日は踏み込まなかったけど……あなたの魔法について聞きたいのよ」
質問は様々な疑いを晴らす為でもあった。
子供の失踪に関して、そして三五〇年前の人間であるというシャーフ自身の言葉。
怪しい女性からただの被害者へと認識を変える為の。
「あなたとあなたの部隊が掘ってた地下道はわかる?」
「はい……私にとっては昨日のような出来事です。地下道を作る部隊なんて魔法使いの部隊としては少しかっこ悪いかもしれませんが……ストレンジの皆といるのは楽しかったです」
流石に、機密を守る意味が無いとわかったのかシャーフは正直に答える。
「今、ベラルタの地下は自立した魔法が張り巡らされてる……当時のあなたが使った血統魔法がそのまま残ってね」
「はい、トルニアさんにお聞きしました……『シャーフの怪奇通路』と呼ばれてるって……」
実感が無いのか、シャーフは複雑な表情を見せる。
「それで――」
こんこん。
これからが本題という時、ノックの音が聞こえた。
「ルクス」
扉の向こうから聞こえてきたのはアルムの声だった。
「アルム? シャーフさん、入れても?」
「はい、勿論です」
「いいよアルム」
ルクスの声で扉は開かれた。
「何よタイミングが……って」
「お邪魔致します」
「あれー?」
アルムの声に入室の許可を伝えたはずが、真っ先に入ってきたのはマリツィアだった。
がたん、と椅子の音を立ててエルミラは立ち上がる。ルクスの視線も少し鋭くなった。一緒にいる事は知っているものの、ここに連れてくるとは思っておらず部屋の中に動揺が走る。
「あんた……! 何の用よ? てか、アルムも何でこいつ連れてくんのよ!」
「すまん。だが、昨日俺達がわからない事にもマリツィアは気付いていたから……それで進展するならと思ってな」
「ごめんなさいエルミラ。ですが、その……私も気になったもので……」
「気になった……?」
ルクスが見るとマリツィアはシャーフを見るなり立ち尽くしていた。
初めて会うこの町で今一番怪しい者同士。マリツィアの表情からは貼りついた笑顔が剥がれ落ちていた。シャーフを見てマリツィアは目を剥いている。
「あなた……」
「は、はい……? 初めまして……?」
会うなりじっと見つめてくるマリツィアに少し困惑するシャーフ。よくよくその容貌を見つめたかと思うと。
「……空っぽ………」
憐れむような、悲しい表情でそう呟いた。
「マリツィア殿。失礼な事をいうようであれば即座に退散して頂きたい」
マリツィアの言葉の意味する所はわからない。しかし、いい意味で呟かれた言葉でないことは見て取れた。
「申し訳ございません。私とした事が……」
怒気の混じったルクスの声にマリツィアは頭を下げる。
「失礼致しました。ご紹介が遅れましたシャーフ様。私、ダブラマのマリツィア・リオネッタと申します。先の失言お許しください」
「ダブラマの方でしたか。ご丁寧にどうも。シャーフ・ハイテレッタと申します。失言だなんてそんな……意味はちょっとわからなかったですが……」
謝罪と共にされる自己紹介にシャーフもまたマリツィアに頭を下げた。
普通に自己紹介し合う光景を見て気になったのかベネッタは不思議そうにルクスに耳打ちする。
「……もしかしてダブラマって昔は敵じゃないのー?」
「うん、本格的に争い始めたのは百年くらい前だって言われてるね。もう少し前から仲は良くなかったらしいけど、争うほどじゃなかったって」
「へー」
ずっと敵というイメージが拭えなかったベネッタは意外そうな声を上げる。
マリツィアは自己紹介を終えると。
「……この方ではありませんね」
今度は誰にも聞こえないように呟いて一歩下がる。
「それでは自己紹介もする事ができましたので私はこれで失礼致します。お騒がせしました」
「え? は、はぁ……」
「どうかアルム様とミスティ様を責めないでくださいませ。お恥ずかしながらあのマナリルのシャーフと名乗られる方がいるというお話でしたので一目お会いしたいという私の我が儘を聞いてくださっただけなのです。お茶会の中お邪魔して申し訳ありませんでした」
もう用は無いと、マリツィアは部屋を出ていこうとする。
「……もういいのか?」
アルムがマリツィアに問うと、マリツィアの表情には外面用の笑顔が戻っていた。
「はい、どうやら彼女は関係なかったようですので」
「……? そうか。すまない皆、邪魔した。シャーフさんも悪かった」
「お邪魔しましたシャーフさん。それに皆さんも」
「はい……お構いなく……?」
「うん、お疲れー、ミスティ、アルムくんー」
ベネッタが小さく手を振ると、ミスティも小さく手を振り返しながら扉を閉める。
あっという間に去っていったアルム達。というよりもマリツィアというべきか。二人の様子から察するにここに来たのはマリツィアの要望だろう。
「なんなのよ……もう」
「さあ……? 何だったんだろうね……?」
結局マリツィアは何しに来たのか?
ただ自己紹介だけをしていった事に疑問を感じる中、さっきの空気が削がれた事実だけが部屋に残っていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ようやく落ち着いたので少なくとも今週は空く事無く更新できると思います。お待たせしてしまって申し訳ないです。