215.拭う為に
「エルミラー、どしたのー? お昼終わっちゃうよー?」
「いいからあんたはミスティ達と一緒にお昼食べてきなさいってば」
ミスティの家に集まった翌日の昼時。
エルミラとベネッタははいつもの食堂ではなく図書館にいた。普段ならアルム達と昼食を共にする所だが、今日はパスと一言残して教室を出てきたのだ。
「図書館なんて普段来ないのに……何かあった?」
「あんたも言ってたでしょ。嫌な感じがするって」
「え? うん、言ったけどー……」
「私もなのよ」
一夜明けてもその嫌な感じがエルミラには残り続けていた。
ルクスが助けたシャーフという女性。
憲兵から聞いた子供の失踪。
マリツィアが気付いたという怪奇通路近くの血の匂い。
自分達の住んでいるベラルタで起きているこれらの出来事から感じる胸騒ぎ。色々な異変が起きているにも関わらず空を見つめるように遠い感覚。少しでもこの嫌な感じを取り除こうとエルミラは情報を求めて図書館に来た。
「信じる信じないを待ってる場合じゃないと思い始めてね。嘘か本当か判断する為にも色々と知っておかないといけない気がするの」
「シャーフ・ハイテレッタの事をー?」
「それと、今ベラルタの下にある『シャーフの怪奇通路』について」
昨日と違い、エルミラはベラルタについての本も片っ端から取り出してぱらぱらとページをめくっている。
昨夜から座学の時間にかけて、エルミラは昨日図書館で借りたシャーフについて書かれている本を読んだものの、功績を褒め称えるようなものや、怪奇通路についての眉唾な陰謀論。
エルミラが知りたいのは『シャーフの怪奇通路』についてより詳細な情報だった。
「怪奇通路のほうは書かれてるのかなー? 出たら入ってこれないんなら書きようがなくない?」
「私がまず知りたいのはどんな魔法かより当時作ってた地下道の入り口が怪奇通路の入り口になってるかね……」
それを知れれば少なくともシャーフに位置を聞いて真偽を確かめる事が出来る。
シャーフ・ハイテレッタは怪奇通路になる前の地下道を作る部隊にいたという記録がある。その地下道を使ってガザスの部隊とゲリラ戦を繰り広げたとも。
そんなシャーフが当時の入り口の位置を知らないようであれば今までの言動も全て怪しくなってくる。
地下道の入り口と怪奇通路の入り口が一致しているようであればなお情報が増えるというものだ。
「中の様子については本より詳しいやつがいるし」
「え? それって……」
誰? と聞く前に、ベネッタはエルミラの視線に気付く。
ベネッタは自分を指差した。
「ボク?」
「そうに決まってるでしょ」
「いや、確かにボク入ったけど……【原初の巨神】の核に夢中で周りの様子なんて気にしてなかったしー……」
「それでも何か変わった事は無い? 私達何もわかってないんだからこの際何でも情報になるわ」
「んー……」
ほぼ一年前の記憶をベネッタは記憶の隅から掘り起こす。中での出来事や思った事は印象的だが、中の様子となると難しい。
当時戦っていた時に何か無かったのか探っていると、一つ確かに変わった事があった事を思い出す。
「そういえば、ボクの魔法で壁がちょっと壊れたんだけど……何か壁に模様みたいのがあって壊れた壁を治してたかな?」
「……急にちょっと怖い話になったわね」
「その時はそれどころじゃなかったから何も思わなかったけど、ちょっと不気味だよねー」
「でも思ったよりいい情報ね」
「ほんとー?」
「ええ、ありがと」
「へへへ」
ベネッタの見たものは恐らくは本に書いていないであろう情報だ。シャーフに聞ける材料が一つ増えた。
自立した魔法が核があれば再生するのは珍しくないが、自立した魔法は元々血統魔法。その模様については何か聞けるかもしれない。
「……」
「……」
エルミラは真剣な表情でベラルタについて書いてある本のページをめくる。ベラルタといえば魔法学院だからか、魔法学院についての情報は色々と出てくるが求めてるような情報は簡単には見つからない。
しばらくそんな時間が続いた後、その真剣な横顔の力になれればとベネッタが声をかけた。
「ねぇ、エルミラ」
「なに?」
「……ボク、シャーフの事見たほうがいい?」
その提案にエルミラの視線は自然とベネッタの方へと向かう。
「敵かどうかはともかく……ボクが見ればシャーフがミレルの時みたいに宿主かどうかはわかるかも」
ベネッタの言葉が意味するはつまり魔法生命の関与。
ミレルでの一件でベネッタの血統魔法は魔法生命の核を見る事が出来るとわかっている。
魔法生命が引き起こした事件に二度遭遇しているエルミラ達としては確かに、真っ先に確かめておきたい事ではあった。
「おや、今日はいい子にしてくれるんだろうな?」
エルミラがベネッタの提案に答える前に、後ろから声がかけられる
二人は驚き、びくっと体を震わせて振り返ると、図書館の管理人であるシャボリーが数冊の本を抱えながら歩いてきていた。
「びっくりしたー……」
「私としては昨日あれだけ脅して今日も来た君達にびっくりしているがね。今日もシャーフ・ハイテレッタについてかい?」
「ええ、それと……シャーフ・ハイテレッタの部隊が作ってた地下道の入り口について知りたくて」
エルミラが言うと、シャボリーは怪訝そうにエルミラをじろっと見る。
「地下道の入り口? 昨日も言ったが、『シャーフの怪奇通路』には入るなよ?」
「入るんじゃなくて、確認したいだけよ」
「ならいいが……好奇心はほどほどにしたまえ」
「シャボリー先生、書いてある本知ってたりしないかしら?」
「流石に地下道に興味は無いからな。ここの地下道について書いてある本など覚えていないが……まぁ、すぐにというわけにはいかないが探しておいてやろう」
「本当?」
「これでも一応ここの管理人で司書だ。それに私は本を読むやつは好きだからな。それぐらいはしてやろう。例え君らが普段本を読まない人種であったとしてもな」
最後に少し棘のある言い方が混じっているものの協力はしてくれるようで、エルミラが小耳に挟んだ本に興味を持つ生徒には優しいという評判はどうやら嘘ではないようだった。
「何か……ちょっと見直したわ。不良教師とかいってごめんなさい」
「うむ。もっと崇めたまえ。そして不良教師ではない私から一つありがたい忠告だ。もうすぐ昼の時間が終わるぞ」
「え!?」
「もうそんな時間ー!?」
「戻るだけなら大丈夫だが、昼を食べる時間は無さそうだな」
ははは、と他人事のように笑いながらシャボリーは本棚の方へと歩いていく。
「シャボリー先生、本よろしくね」
「ああ、任せておきたまえ」
歩いていくシャボリーに念を押すとエルミラは借りている本を鞄に戻して立ち上がる。
「仕方ない……戻るわよ、ベネッタ」
「お昼ー……」
「だからあんたは食べてきていいって言ったじゃないの」
「だってー……」
図書館を出ると、ベネッタが未練がましく食堂のほうに手を伸ばす。
「そういえばフロリアとネロエラって今日帰ってくるんだっけ?」
「あー、朝ミスティがそんな事言ってたねー」
エルミラはわかりやすく話を逸らし、食堂のほうに伸びていたベネッタの手を引いて本棟の方へと戻っていった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
今日見てみたらレビューを頂いていました。初めての経験だったので嬉しかったです。
感想のようにレビューには返信機能が無かったのでここで感謝を。書いて頂いた方ありがとうございました。