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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第四部:天泣の雷光
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214.嫌な予感

「はぁ……はぁ……」

「何があったかはわかりませんが……大丈夫ですか? 体が辛いなんて事は?」


 ルクスとシャーフは人が行き交う通りを避けて住宅街の路地に入る。

 自分を腕で抱くシャーフの肩に手を置くと、シャーフの体の震えが伝わってくる。

 これが寒さによる震えでない事は明白だった。

 さっきまでパンの温かさで上機嫌だった表情は血の気が引いていて亡霊のように青ざめている。


「大丈夫……大丈夫です……ごめんなさいルクス様……ごめんなさい……」

「謝る必要ありませんよ。シャーフさんの事を聞くのが今の僕達の役割でもありますから」


 何とか落ち着いてもらおうとルクスは言葉を選ぶ。なるべく責任感を与えないように"役割"とほんの距離の空いたような言葉を。

 こういう人をルクスはよく知っていた。

 誰かに迷惑をかけたと感じたその時、気にしていないと言っても、気にする必要が無い場合でも、必要以上にその責任を感じて自分の心の負担を増やしてしまう人。

 まるで何かに後ろめたさを抱いているような。

 シャーフはしがみつき、体を支えられている事に対して謝っているようだった。


「何かを思い出したんですか?」


 黙って、シャーフは首を横に振る。


「……何を忘れているか、わかったんですか?」


 妙な言い回しだが、この質問にシャーフはすぐに首を振らなかった。


「何ででしょうか……」


 シャーフは顔を俯かせながらぽつりと言った。


「私、覚えているんです。ここが未来のベラルタと言われても、私が住んでいたベラルタの町並み、そこに住む人々、最近あった嬉しい事、嫌な事……最後にいた部隊の人達の事だって……私、幸せだったんですよ。幸せ、だったんです。ここが未来のベラルタだって言われて、私の知らない人達がベラルタで暮らしてるのを見て……ああ、私ここを守れたんだなって、嬉しくて仕方がありませんでした」


 シャーフは顔を上げる。


「でも……恐いんです……恐いんです……」


 顔を上げたシャーフの瞳は潤んでいて、声は涙をこらえるように震えていた。

 一瞬、ルクスは動揺で揺れる。


「何が……ですか?」


 こちらの動揺がシャーフに伝わらないよう、声の調子がなるべく変わらないよう意識してルクスは聞き返した。

 ルクスの服の裾を掴むシャーフの力が強くなる。


「わからないんです……」

「わからない?」


 シャーフは小さく頷いた。

 日が傾き始めたのか、雲で覆われた空がより一層暗くなる。


「恐いんです。恐いのに……何が恐いのかがわからないんです……」


 裾を掴む手も震える声も、縋るようだった。

 答えが欲しいと、その泣きそうな表情がルクスに訴えかけている。


「ルクス様……私……何を恐がってるんでしょうか……?」






 夜となり、アルム達の仕事は終了する。

 マリツィアはオウグスとヴァンに引き取られた。

 シャーフのほうは第二寮でパンを食べる予定はシャーフの様子を見てキャンセル。念の為にと検査も兼ねて病院に一室用意して貰っている。


「二人は大丈夫だった?」

「ああ、別に問題は……無かったよな?」

「ええ、特には。ベラルタを散策するくらいで終わりました」


 アルム達はミスティの家のリビングに集まって互いの事を報告し合った。

 マリツィアとシャーフどちらについても共有する為、第二寮のロビーは避けている。他の生徒にマリツィアの事が聞かれてはまずいから当然だ。ラナにさえ今は席を外してもらっている。


「私達よりシャーフさんのほうはどうでしたか? 真偽のほどは?」

「うーん……まだ完全に信じてはいないけど、どうも本物っぽくはあるのよね……」

「そうそうー、シャーフさんのお話が嘘言ってるように見えなくてさー」


 エルミラの否定しきれない微妙な言い回しにミスティは感心する。


「まぁ……ベネッタはともかくエルミラまで信じ始めてるんですね……」

「ミスティ? 何でボクはともかくなの? ミスティー?」

「アルムと同じ信じそうなタイプだからでしょ。自覚ないの?」

「仲間だな。ベネッタ」

「何か複雑な仲間意識だよアルムくん……」


 同族を見つけたようなアルムの視線を素直に喜べないベネッタ。

 アルムは最初からシャーフの言葉を信じているのでエルミラが信じ始めるのも当然だと思って少し得意気だ。

 そんなアルムを一旦無視して、


「気になる事と言えば、憲兵とすれ違った時に異常に恐がってたくらいかしらね」


 今日見張っていた時に起きた明らかにおかしな挙動を平凡な前置きをして切り出す。

 それは勿論、憲兵が通り過ぎた時の事だった。


「憲兵に……何かよからぬ事をしていた方なのでしょうか?」

「いや――」

「そういう感じじゃないね。むしろ怯えてるような感じだった」


 エルミラの声を遮るように、直接話を聞いたルクスが答える。

 少しむっとするエルミラだが、直接話したルクスのほうが説得力はあるかとバトンを渡した。


「彼女は何が恐いのかわからない、そう言っていた……自分が何を恐がってるのかわからなくて混乱しているような言動もある。記憶が欠落してるんだと思うんだけど……こればかりは専門分野じゃないからよくわからないね。僕が話した感触でしかないから」

「変なお話ですわね。恐がっているのに何が恐いのかが定かではないと……憲兵を見てそのような状態になったのでしたら、やはり憲兵の方々が関係しているのでしょうか?」

「……私の思い違いかもしれないけど、剣かなって思うの」


 ぽつりと若干自信無さげに放つエルミラの言葉に四人の注目が集まる。


「なんとなく、なんとなくよ? 憲兵って大体武器に剣か槍持ってるじゃない? それであの人、剣が揺れる音を気にしてたみたいだったから……その……あの人がもし本当にあのシャーフだったらの話だけど……」

「死因か?」


 エルミラが予想してはいたが言いにくかった言葉をアルムがさらっと代弁する。

 その声にエルミラも肯定の頷きを見せた。


「シャーフが三五〇年前にいたあのシャーフだと仮定すれば本では戦死とされてる。もしかしたら死因が剣か剣の形をした魔法だったか……それを恐がってるのかもしれないな」

「ええ、まだ信じ切ったわけじゃないけど……もし本当にそんな事があるんなら有り得なくないかなって思ったのよ」

「意識を失う前の記憶は混乱してよく覚えてない事が多いからな。死ぬ時にそうなったっていうなら何が恐いのかわからないのも一応説明がつく」

「アルム、よくご存じですのね?」

「ああ、去年魔力の使い過ぎで三回気絶してるからな。ああなる前って少しあやふやになるんだ」


 ミスティはそうでした、と自分の口で手を抑えた。

 その異常な実体験は証明とまではいかないが、予想としては中々説得力がある。エルミラやベネッタに苦笑いを浮かべさせているが。


「まぁ、でもそれ以外は普通の人って印象かしら……話も整合性とれてるし、現状魔法で時間転移はありえないって前提が無いなら疑える点は無いかしら」

「いい人だしー」

「今んとこ、の話よ。ルクスは?」

「……」


 エルミラが聞くも、何か考え事をしているのかルクスから返事は返ってこなかった。

 淹れて貰った紅茶を見つめるように止まっている。だが、その視線の先が紅茶にあるわけではない。


「ルクス?」

「あ……ごめん。何だい?」

「疲れてる?」

「いや、大丈夫。えっと、シャーフさんの事かな?」

「そう、今んとこボロを出す様子も無いし、てきとうな事を言ってる様子は無いけどルクスの印象は?」

「そうだな……僕も……」


 一瞬、間があった。


「うん、特にないかな。明日はもう少し探りを入れてみてもいいかもしれない」

「……そうね。そうしましょ」


 エルミラはルクスの様子を追及する事無く話を終える。

 一通り話を聞いて、ミスティは自分達が今日行ってきた場所での出来事を思い出す。


「シャーフさんと関係があるかはわかりませんが……マリツィアさんが少し気になる事を仰っていましたね」

「ああ、怪奇通路の入り口か」

「何かあったの?」

「マリツィアもシャーフの話を一緒に聞いてたからな。少し気になると入り口に案内したんだ」

「あんたが?」


 話の筋には関係ないが、案内した、というアルムの言い回しにエルミラは強い違和感を抱き、つい口を挟む。


「いや……ミスティが……」

「ああ、そうよね。何か気になっちゃって。ごめん続けて」

「ああ……入り口は壁に囲まれてるし、特に見るものは無かったんだが……マリツィアが血の匂いがすると言い出したんだ」

「本当にあったのー?」


 ベネッタが聞くとアルムは首を横に振る。


「いや、俺とミスティにはわからなかった。だが、意味無くそんな事を言う理由も無いと思ったからな、一応憲兵に伝えただけでその場は終わった」

「死因の話を聞いたら少し思い出してしまいまして……ちなみにシャーフさんにお怪我などは?」

「そんな様子は無かったと思うな……憲兵とすれ違った時以外は楽しそうだったし、エルミラやベネッタと一緒にパン買ったりと上機嫌だった。痛みに耐えてる様子は無かったと思うし、何より病院にいるからね。外傷があったら知らされると思う」

「でしたら関係なさそうですね……不安にさせてごめんなさい。私はまだ過去の方というお話を信じていないつもりなのですが、どうしても関連付けてしまいますね」


 だが、関連性が無いという事は進展もしない。

 シャーフ・ハイテレッタ。

 マナリルの歴史に刻まれた魔法使いと同じ名前。そして同じ時代を語る女性。

 突如現れた一見普通の女性の謎は結局のところ何もわからない。今ベラルタで起きている事と関係があるのかすらも。


「……何か、ちょっと嫌な感じするねー」


 この場にいた五人が何となく感じていた予感を、ベネッタが口にした。

いつも読んでくださってありがとうございます。

明日は更新できません。ごめんなさい!

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