212.知らない故郷
マナリル国。研鑽街ベラルタ。
歴史ある古き町でありながら、学院に通う生徒達の環境を第一にというマナリルでも新しい町の在り方をする町だ。
建物は歴史のある古い建物と新しく建てられた建物が混在するも、新しく建てられた建物もまたベラルタの雰囲気にあうような外観で作り上げられており、そこここに見える自然もあわさって見事に景観を調和させている。
そして唯一景観に合わせないように作られた場所がベラルタ魔法学院だ。
ベラルタが生まれ変わった象徴となるべく建てられ、今ではベラルタといえばここと言えるだろう。
二つの魔法学院と王都にある宮廷魔法使いの弟子達で構成される少数主義の教育機関"デュカス"と、三つ存在するマナリルの魔法使い教育機関の中でも特に質のいい魔法使いを輩出し続けている。
魔法儀式という魔法使い同士の戦闘による実戦に近い経験、生徒にあった実地依頼をこなさせるほぼ魔法使いと同等の扱いをするスパルタ、それでいて一人で魔法と向き合わせる座学の時間を多くとり、町ぐるみでの穏やかで不自由の少ない生活がひたすらに未来の魔法使いに精神の平穏を優先させる。
魔法儀式や実地依頼など、経験を積ませる事に関しては積極的には拘わらず、名のある魔法使いを揃えていながら、その名前で生徒を萎縮させない為に少数で構成されている教師陣は生徒の怠惰には目を光らせるような事はせず、そういった不自由やストレスが無いからこそ浮き彫りとなる魔法への自主性が魔法使いの精神の成長を促し、結果……卒業時まで残った生徒は魔法使いとして優れた精神性を持つのだという。
魔法は使い手の精神が魔法の構築、特に"変換"に多大な影響を及ぼす。例え歴史が浅くても、精神が強固な魔法使いはそれだけで優れた魔法使いとされるのだ。
「……もしかしてここにあったんですかー?」
「はい……ここは住宅街で、ハイテレッタ家の家はもう少し先に行った所にありました」
横にずっと続く壁を心なしか残念そうに見ながらシャーフはベネッタの質問に答えた。
ルクスとエルミラ、そしてベネッタの三人はシャーフを連れて学院の門の前まで来ていた。
決して学院に入れようとしたわけではない。シャーフが自分の家がある場所に行きたいと歩かせた結果、学院のほうに歩いてきたのだ。その歩みは残酷にも門の前で止まる事になったが。大通りを歩いていれば嫌でも学院は見えるので、シャーフ自身もなんとなくわかっていただろう。
「それはちょっと悲しいわね」
「ハイテレッタ家が無いのは覚悟していましたから……そっか……そうだよね……」
呟きと共にその視線が見つめるは生家への未練だろうか。
門の向こうでは数人の生徒が歩いている。ルクス達にとってはごく普通の光景だが、シャーフにとっては違う。
「本当に、時間が経ったんだ……」
どれだけ見ても門の向こうにはシャーフの知らない世界しか存在しない。
学院の前まで来てようやく、シャーフは今立つ場所が自分が生きていたベラルタでない事を理解したようだった。
「申し訳ない。学院の中には入れられないのでここまででお願いします」
「はい、魔法使いの教育機関というのなら私のような怪しい人は入ってはいけませんよね」
「そういうわけでは……」
「気を遣わないでください。自分の立場は弁えてるつもりですから」
「……!」
悲し気なシャーフの表情がとある記憶と重なりルクスは少しだけ言葉に詰まる。
「病院で検査してもらっても異常は無かったですけど、感知魔法による精神操作が無いわけではないですし……こんな変な事を言う魔法使いは危ないですから」
「まぁ、滅茶苦茶変よね。昔の魔法使いを名乗ってるわけだし」
言葉を取り繕わないエルミラにシャーフはついくすくすと笑う。
「あはは、皆さんからしたらそうですよね。エルミラさんのそういう所正直で素敵です」
「どうも。ベラルタの英雄にそう言ってもらえて光栄だわ」
「あ、思ってたより意地悪ですね……今信じてないって言ったばかりなのに……」
「とりあえずあなたに対しては都合いい時に都合いい解釈しようかなって。考えた所でよくわからないし」
「うわー、てきとうだー」
「うっさい」
「あて」
エルミラはベネッタの頭を小突く。
それを見たシャーフは何故か自分の頭をさすっていた。
「え、いや、あなたは殴って無いわよ……?」
「あ、違います。違いますよ。痛かったわけではありません」
「……町を見て回りましょうか。いい天気とは言えませんが散歩しましょう」
「はい、ごめんなさい。お付き合いさせてしまって」
「いえ、王都に行くまでは自分達が色々と案内するよう言われてますので。それと見張りの役割もありますから」
悪びれも無くルクスは自分達の役割をシャーフに話す。
隠す気は無かった。シャーフが本当に本に載っているシャーフ・ハイテレッタならば彼女はこの国の正式な魔法使い。何故ルクス達が付いているかなどわかりきっているだろうと。
「エルミラさんだけではなくルクス様まで……あはは、正直な方ばかりで嬉しいです」
ルクスの予想通り、シャーフは見張りと言われても嫌な表情は浮かべない。
むしろその対応に好感を持っているようにすら見えた。
学院を後にしてシャーフを連れてルクス達は町に繰り出す。
学院に着くまでもそうだったが、シャーフの歩みはゆっくりで、町の様子を焼き付けようとしているようだった。
ルクスの言った通り、これは本当にただの散歩だ。シャーフの記憶が何らかの事件に巻き込まれて混乱していた可能性を考慮し、その記憶を思い出す為という建前こそあるが特別目的地を定めているわけでもない。
きょろきょろと周囲を見るシャーフは出掛けた先で目移りする子供のようでありながら、木に登って遊ぶ子供やすれ違う住民達を見る瞳は母のようだった。
「そういえば何でルクスくんだけ様なんですかー?」
ベネッタはシャーフの隣に並び、興味津々にと質問する。
「それはもう上級貴族の方ですから。東に領地を貰うや否やガザス侵攻を何度も食い止めて頭角を現した新星ですよ」
前を歩くベネッタとシャーフの後ろでエルミラは隣を歩くルクスを見て、へぇ、と感心を声にする。オルリック家が台頭したのはその頃なのかと。
目の前を歩くシャーフがもし三五〇年前に生きていた本人だとすれば貴重な話だ。
「シャーフの時代だとそうなんだ……ロードピスはギリギリいたかしら……?」
「そうなのー?」
「ええ、丁度シャーフの時代くらいに血統魔法が生まれたはずだから……」
思い出すように言うエルミラにシャーフは振り返る。
振り返った表情が少し意外そうだ。
「ロードピス家? エルミラさんが?」
「ええ、知ってるの?」
エルミラが聞くとシャーフは頷く。
「はい! 知ってますよ"シャロン・ロードピス"! 凄い! まさかあのロードピス家の方とお会いできるなんて!」
「へ、へぇ……知ってるんだ?」
照れたようにエルミラの声が上擦る。
エルミラは家名を貶めるきっかけになった先祖は嫌っているが、家の復興を目標に掲げてるだけあってかつて名を馳せた家名自体は誇りに思っている。
シャロン・ロードピスは紛れもなく初代ロードピス家当主の名前。その時はまだロードピス家は火属性の名門と認識されていなかったはずだが、シャーフの口からその名前が出てきた事の喜びが隠し切れない。その時から初代の頃にはすでにロードピス家は知られていたのかと少し誇らしかった。
「舞踏会で踊りを申し込んできた貴族が下手糞だって理由でビンタしてヒールで踏ん付けたっていう大物ですよ!
滅茶苦茶な家が出てきたなって少しの間その噂で持ち切りでした!」
「……」
語られたエピソードはエルミラが思う有名の形とは少し違うものだったが。
エルミラから喜びの感情が一気に冷めていくのが見て取れる。
「あ……そう……」
「くふっ……!」
「あははははは!!」
「ベネッタ笑いすぎよ! 後ルクスも笑ったわね!?」
「くくく……! ごめん……! だってエルミラ……!」
笑いをこらえる気すら無いベネッタ、そして笑いをこらえきれないルクス。
ルクスは笑うのを抑えようとするも、エルミラの表情が急転直下した様子がツボに入っていて体をぷるぷると震わせている。
「こらえられてないじゃないの!」
「ごめ……! あはは!」
隣で笑うルクスの背中をエルミラはバシッと叩く。
素直に喜んだ事が少し恥ずかしかったのかエルミラは少し顔が赤かった。
「皆さんは仲がいいんですね」
そんな光景を見て、シャーフがぽつりと声をこぼす。
「大体こんな感じなんですよー」
声を聞いていたベネッタがそう言うと、
「そうですか……そうですか……」
微笑みながらそう呟いた。
何かを思い出すように。
いつも読んでくださってありがとうございます。
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