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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第四部:天泣の雷光
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209.休戦条件

 翌日。ベラルタ魔法学院学院長室。

 アルムとミスティ、ルクスの三人はシャーフについての報告に来ていた。連れてこいとの指示を受けてはいたが、流石に約三五〇年前の人間ですなどと言っている人物を魔法学院に入れるわけにはいかないので、引き続き第二寮でトルニアに預かってもらっている。

 学院に行っている間、医者にも連れて行ってくれるというのだから頭が上がらない。


「……そのシャーフって人受け答えはきっちりしてるのかなぁ?」

「はい。今日医者に診てもらうとの事ですが……話してる限り、受け答えは普通でした。変わっているのは話す内容だけです。ベラルタはいつダンロード領じゃなくなったのか、ガザスとマナリルが友好関係を結んだのはいつかなど……情報が少し食い違っているのですが、常識は持ち合わせていて話していると過去の人物というのも納得してしまいそうになります」


 マリツィアに続いて謎の魔法使いの出現。

 ただ謎なだけならどれだけよかったか。そんな奇妙な事を言い出す人物でなければとつい思ってしまう。

 オウグスはソファの脇に立っているマリツィアに視線を投げる。


「先に申し上げておきますが、(わたくし)は一切存じ上げません」

「本当かなぁ?」

「はい。誓って(わたくし)とは別件でございます。祖国は今マナリルに魔法使いを何人も派遣できるほどの余裕はありません。ましてや……過去の人間などと吹聴する変わったお方などあり得ません」

「まぁ、増員にメリットはあるけど、そんな事を言わせるメリットは無いよねぇ……」


 そう、余りに意味が無い。そんな事をしてもマリツィアへの警戒心が強まるだけだ。

 何より、マナリルが出したベラルタ見学の条件の一つに見学するのはマリツィアだけという条件が出されている。その条件を反古にしてまでわかりやすく怪しい魔法使いを投入する意味が無い。増員するのなら【原初の巨神(ベルグリシ)】の時のように隠密させればいいだけの話なのだから。


「個人的には……夢のあるお話だとは思いますけれど」

「だよな!?」

「アルム……落ち着いてくださいな……」


 まるで仲間を見つけたかのように声が跳ねるアルム。

 時間移動。

 それは魔法世界における不可能の一つ。

 魔法とは可能と不可能への挑戦が始まりだったと言われる。

 可能を不可能に、不可能を可能に変える。それが魔法の始まり。

 そして時間移動は未だ変える事の出来ない不可能の一つだ。

 空間を転移できる転移魔法があるのだから時間も転移できるはずだと、かつてはこの不可能に挑んだ者も大勢いたが、今では挑戦する者はほとんどいない。

 幻を現実にする魔法使いにとってはまさに夢のある話だった


「とはいえ……それを信じるほど(わたくし)は純粋でもありませんので、厳しい意見を持たざるを得ません。時間移動は死者蘇生と同じく現状の魔法では不可能と断言してよいかと」

「だよな……」

「あ、アルム……あまり気を落とされないで下さい……」


 一気にテンションの下降するアルムにおろおろとするミスティ。感情が忙しい。


「魔法生命であってもかな?」

「それは……」


 オウグスの問いにマリツィアは口をつぐむ。

 未知の脅威である魔法生命の線を考慮するのなら誰にもわからない。何せ魔法生命もあるかどうかわからない異界を語っている。そういう意味ではシャーフと変わらない存在だ。

 意地の悪い質問だという自覚があるのかオウグスはにやにやとしていた。


「ともあれ、そっちにも監視を付けないといけないね。正直不安ではあるが、マリツィアとそのシャーフって子どちらにも見張りを付けよう」

「自分達がですか?」


 ルクスの問いにオウグスは頷く。


「魔法使いなら憲兵に任せるわけにもいかないからねぇ。それに魔法生命絡みの可能性も考えなきゃいけないから事情を知っている君達が適任だ。

安心したまえ。今日病院に行く事になってるんだろう? そこで問題が無いならそのシャーフって人は王都に送って調査してもらう事にするよ。見張るのは……そうだねぇ、二日か三日でいいかなぁ?」

「三日……わかりました」

「マリツィアと一緒に見張るわけにもいかないから五人で別れてくれたまえ。助けてくれたと恩義を感じているなら何か話してくれるかもしれない。シャーフって人にはルクスとエルミラ、それにベネッタだったかな? この三人が付くのがいいねぇ」

「マリツィア殿の方をアルムとミスティ殿の二人でという事ですか?」

「そうだよ? 何か問題あるかな?」


 オウグスは貼りついた笑顔をルクスに向ける。

 危険ではと言いたかったが、ダブラマの魔法使いがいるという事実は学院長であるオウグスのほうがよほど危険である事を承知のはず。

 何か考えがあるのかもしれないと信じてルクスはこの場を引いた。


「わかりました。王都への連絡はお願いしてよろしいでしょうか?」

「勿論だよ。今王都は忙しいからねぇ、私やヴァンが直接書かないと後回しにされかねない。個人的にはそんなトラブルの種になりそうな子は早く追っ払いたいからしっかり書くとも」

「あの……」

「ん? なにかな?」

「彼女の扱いはくれぐれも丁重にともお願いします。僕の話からは変な事を口走ってる女性で、怪しくとしか見れないかもしれませんが……元はといえば雨の中倒れて衰弱していた女性で、助けるべきだと僕は思っています」


 真剣な表情でルクスはシャーフの庇護を乞う。

 冬の路地。雨の中倒れていたシャーフの姿はルクスにとって決して怪しい者などではない。

 震える体と弱々しい声。

 浮かべた笑顔と流れた涙。

 町の景色を愛しそうに見つめるその表情。

 例え過去の人間とでもいうような非常識な言動をしていたとしても、シャーフを抱えて走ったルクスにとってシャーフは守るべき存在だった。


「……おっと、これは私が悪いね。わかった、何らかの事件の被害者という線も考慮すべきだね。待遇を考慮するように言っておくよ」

「お願いします」


 ルクスの真剣な表情に応えるようにオウグスもシャーフの待遇について約束する。

 それを聞いたルクスはオウグスに頭を下げた。


「それじゃあよろしくね」


 報告も終わり、アルム達は学院長室を後にする。


「エルミラとベネッタくんにも伝えないとな……」

「図書館行ってるって言ってたな」

「はい。シャーフさんについて調べてくださってるはずです」


 アルム達が会話するその後ろをマリツィアも付いていくが、部屋を出る直前でマリツィアはオウグスのほうに振り返った。


「どうやら約束を守って頂けるようで。感謝致します」


 そう伝えて会釈すると、マリツィアも学院長室を後にした。


「……」


 足跡のように残るマリツィアの笑顔の余韻。

 その笑みを見て、オウグスは二日前の出来事を思い出していた。

 謁見の間で行われた魔法生命に対する情報共有と対策の議論。

 論点はダブラマの被害の規模とその多大な被害をもたらす魔法生命相手に、無属性魔法しか使えないアルムが何故二度も勝利を収められたかに焦点が当てられた。

 その議論が終わった後アルムは解放されたが、オウグスとヴァンはカルセシス王と共にマリツィアとの話し合いの場に呼ばれていた。


「反対です!」


 呼び出された調度品の豪華な個室にはオウグスとヴァン、そしてマナリルの国王カルセシスと側近の宮廷魔法使いラモーナとマリツィアの五人がいた。

 ダブラマの出した休戦の条件の一つについて、オウグスとヴァンは聞かされる。ヴァンは即座に声を荒げ、オウグスは無表情で考え込んでいる。


「悪いが、そなたの意見は聞いていない。マナリルにとってこの条件は破格だ。破格過ぎて信用できないくらいのな。まぁ、あのダブラマが直接話を持ってきておいて裏切るなどという事は無いだろうが」


 そう言ってカルセシスは正面のソファに座るマリツィアに釘を刺す。

 この場でマリツィアを信用している者はいない。カルセシスとて例外ではなく、ダブラマからの被害を把握しているがゆえに憎しみすらある。今一瞬だけ立場を捨てるなら問答無用でその喉をかっ切るであろう。

 だが、国の為になるのなら私情を抜きにして判断するのが当然。それほどにマリツィアの出すダブラマからの休戦の条件は破格だった。


「勿論でございます。いくら長年敵対しているとはいえ正式な公約を破る気は御座いません」

「俺達が今まで何のために……!」

「虚偽の報告をしていた、か?」

「んふふふふ! 怒るかい? 【原初の巨神(ベルグリシ)】の時もミレルの時も……私とヴァンがアルムの功績を王都に隠して報告していた事」


 そう、アルムの功績どころか協力者として名前すら挙がらなかったのは平民の活躍をよしとしない貴族達だけのせいではない。オウグスとヴァンが王都への報告でわざとアルムについてを部分的にしか伝えていなかったからだった。

 ただでさえ目立つ平民。その平民の活躍が大々的に知られればいつか、このような事態が来ると二人は予想していた。だからこそ今まで隠していた。せめて学院の卒業までは、魔法使いとしての精神が成熟するまではと。


「怒らぬよ。同じ立場なら俺もそうしただろう」

「流石カルセシス。理解があるね」

「学院長!」

「仕方ないさ、ヴァン。私もカルセシスの立場だったらこうする。いくらアルムが特殊だからとはいえ他の条件を踏まえてもマナリルにとってメリットがありすぎる」

「……っ!」


 オウグスにまでそう言われて言葉が出なくなるヴァン。苛立ちからか整っていた髪をがしがしと乱雑にかく。


「後は……アルムがどれだけあの場所を好んでくれるかに賭けるしかない」


 両手の平を上にあげるオウグス。

 カルセシスは身を乗り出してマリツィアと視線を合わせた。


「再び確認しようマリツィア・リオネッタ。この最後の休戦条件……ダブラマは他の目的を持っているか?」

「いいえ」


 カルセシスの瞳は赤に輝いていた。

 マリツィアは静かに答える。


「……ならばこのカルセシスが見学という形でそなたのベラルタ滞在を許可しよう。滞在中はオウグスとヴァンを頼るといい。無論、この条件にそぐわない行動があれば即座に休戦を破棄し、そなたは勿論ダブラマとの交戦を解禁する」

「構いません。その時はこの命を持って償いましょう。祖国の目的を果たす為ならば本望です」

「決まりだ。だが、結果の是非までは条件に含まれていない事を忘れるな。オウグスとヴァンのお気に入りだ、勝手な真似は出来ると思わないほうがいい」

「カルセシス陛下直々のご忠告感謝致します」


 マリツィアは圧をかけるようなカルセシスの忠告にも自然と微笑み、桃色の髪を揺らして立ち上がる。


「我々がマナリルに求めるのは"アルム様をダブラマに迎え入れる為の直接交渉権"と交渉を行える環境のみ。

彼の頭を縦に頷かせるのはあなた方ではなく、元より(わたくし)の役目で御座います」

いつも読んでくださってありがとうございます。

明日は本編と幕間の二回更新です。

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― 新着の感想 ―
[一言] マナリルと言う国はよほどの馬鹿何ですね。 常世からの魔法生物の情報にたけ、国が破格な条件でどうしても移住をさせたい程のとてつもない切り札を、相手が提示してきた破格の条件だけで、国内で唯一常世…
[良い点] 平民で柵がないからこそ、ヘッドハンティングを恐れていたんですね 普通に考えれば平民ならより良い条件を提示してくれるところに(貴族より容易に)移り住める訳ですから…… 貴族でなければ魔法使…
[一言] 向こうから戦争吹っかけといて、この条件飲んだらやめてやってもいいよ?って質の悪い当たり屋やん そんな国の言い分を全面的に信用して受けるのが意味分からん 国力に差があって受けざるを得ないならま…
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