208.過去からの侵入者
「すんごいストレス……」
エルミラの愚痴はため息と共に寒空に消えていく。
第二寮への帰り道をアルム達は歩いていた。今日はマリツィアの滞在を学院にいる教師陣への共有と滞在中のより細かいルールなどをマリツィアと取り決める為にオウグスとヴァンが付くという事で、あの場は解散となった。
「あの人強いんでしょー……? ボク大丈夫かなぁ……」
「ベネッタも充分お強いじゃありませんか」
「いや、ミスティ……それはないよー……」
明日から始まるマリツィアの見張り役に不安な面持ちを見せるベネッタ。
戦闘に関して劣っているという自信の無さが不安はより一層強めている。
「というかアルム! あんたデレデレしてんじゃないわよ! 直接戦った本人でしょうが!」
マリツィアへの不満を終始くっつかれていたアルムにぶつけるエルミラ。
半ば八つ当たりだが、真っ当な疑問でもある。
「……デレデレ? っていうのは何だ?」
「え?」
そんな八つ当たりを空振らせるようにアルムは首を傾げた。
言われてみればとエルミラも考えてしまう。
「えっと……女の人が近くに来てると喜んでる状態……みたいな?」
自信無さげなエルミラの回答にアルムはなるほど、と頷く。
「ならエルミラが話に来た時も嬉しいからあれはデレデレしてるという事か。……ちょっと待ってくれ? 何がいけないんだ?」
「違う違う違う。そういうんじゃないそういうんじゃない」
微妙に伝わらずに話が妙な方向に進んでいく。変な方向に進ませようとしてるのがアルムだけだが。
「なんて言ったらいいんだろーね?」
「ほんとよ。困ってるわ」
「ニュアンスで捉えている言葉を改めてというのは思いの外難しいですわね」
「こう……異性として意識されてるような期待をしてる、って感じかしら? この子もしかして俺の事好きなのかな、みたいな……?」
どうよ? とアルムの表情を窺いながら説明するエルミラ。
聞いたアルムは少し困ったような表情に変わる。
「異性として……それはちょっとよくわからないな……そういう意味だったらマリツィアには無い、と思うんだが……」
「思うって可能性はあるって事?」
「すまんが、そういうのがわからない。ただ、俺はマリツィア自体は嫌いじゃないからな……どちらかというと好き寄りだ」
アルムの衝撃的な発言に驚くミスティ達。
こういう話題には入らないようにと一歩後ろで静かにしていたルクスもこの発言には耳を傾けざるを得なかった。
「ほ、本気で言ってる?」
「ああ。敵じゃなければだが」
アルムの顔に嘘は無い。
一瞬追及しようとも思ったが、エルミラは諦めて一つため息を吐く。
「まぁ、あんたがわけわかんないのは今に始まった事じゃないか……」
「エルミラ、何か呆れてないか?」
密かに緊張した面持ちになっていたミスティをベネッタが宥めながら五人は第二寮に着く。
普段なら家があるミスティと第一寮に住むルクスとベネッタは別れるのだが、今日はルクスが助けた女性の様子を見る為に第二寮へと付いてきていた。
倒れていた女性の事はマリツィアの件について話した後にルクスがオウグスとヴァンに伝えた。オウグスが確認したものの、名簿にシャーフ・ハイテレッタという生徒はいなかった。
マリツィアの到着と余りにタイミングが合いすぎていると警戒し、ダブラマの魔法使いである可能性も考慮して起きて落ち着いているようであれば連れてくるように指示を受けていた。
「あ、よかったわ……! おかえりなさい!」
「トルニアさん、どしたの?」
第二寮の扉を開けると帰宅を待っていたのか共有スペースに座っていたトルニアが立ち上がる。
「エルミラちゃん達から頼まれていた子、さっき目を覚ましたんだけど……」
「ほんとですか? よかった……」
朗報にルクスの声が無意識に大きくなる。
しかし、安心はしたもののトルニアの表情から何かそれだけではない空気も感じ取る事が出来た。
「……何かあったんですか?」
「それが……ちょっと変なのよ……」
トルニアの案内でアルム達はトルニアの部屋へと。
部屋には花の飾られた花瓶と、窓際に置かれた複数の小さな植木鉢とガーデニングが趣味のトルニアらしい部屋だった。
ベッドの上にはルクスが助けた女性が姿勢を正して座っていた。
濃紺の髪色と揃えられたショートカットの女性で、髪色が似ているからか初めてその女性を見たミスティはアルムの黒髪をちらっと見ていた。
「名前は?」
「シャーフ。シャーフ・ハイテレッタです」
「出身はどこですか?」
「ベラルタです」
ルクスが問うと、ルクスが助けた時と同じように女性はシャーフ・ハイテレッタと答えた。
助けた時のような弱々しい声ではなくはっきりした声色にルクスは安堵する。
「体の具合はどうですか?」
「はい、先程トルニアさんにも料理を振舞って頂いて問題ありません。それと……この度はありがとうございました。雨の中倒れた私を介抱してくれたそうで。聞けばお医者様まで呼んでくれたと聞いています」
「そうよ。あなたが今着てるのも私のお気に入りのパジャマだから後で返してよね」
「はい。ありがとうございます。こんな可愛い服を着たのは初めてだったので嬉しかったです」
シャーフはきっちりとしている女性といった印象だった。
エルミラのもこもことしたパジャマを気に入っている様子にエルミラは少しギャップを感じる。その隣ではミスティとベネッタもエルミラにギャップを感じていたが。
そんな後ろを他所にルクスは次々とシャーフに質問を繰り返す。
「失礼な質問で申し訳ない。自分の年齢はわかりますか?」
「二十四歳です」
「職業は?」
「魔法使いです」
「……所属などはありますか?」
「ハイテレッタ家は下級貴族なもので、特定の所属はありませんでした」
「では一番新しい所属は?」
「申し訳ありません。機密なのでお答えできません」
「そうですか」
心苦しそうに頭を下げるシャーフ。
その心苦しさは何となく、自分の状況がわかっているからだった。
果たして機密を守る意味が今あるのかと悩んでいるがゆえの。
「記憶ははっきりしていますか?」
「はい」
「では変な質問をします……あなたの記憶では、今何年ですか?」
「……」
先に言った通りの変な質問。
ルクスが何故こんな質問をするか。それはトルニアが言っていた変な事をこの部屋に入る前に聞いていたからだった。
少し無言の間を作って、シャーフはルクスの質問に答える。
「"魔法創成暦"……創暦一三五三年です」
「は?」
思わず、エルミラが何言ってんのと言いたげな声を出してしまう。
シャーフにふざけているような雰囲気は感じられない。
「……俺の記憶では一六九九年なんだが、俺が間違えてるわけじゃないよな?」
「はい、アルムの仰る通り……今年は創歴一六九九年です」
ミスティの声でシャーフは一瞬ショックを受けたような表情へと変わって顔を俯かせる。
諸説あるが、魔法創成暦は属性の創始者が魔法を成立させたのをきっかけに数え始めたとされる紀年法だ。二百年誤差があるという説も有力で魔法関係の本では属性の創始者達は千五百年以上前の人間と記載されている。
「そう……そうなんですね……先程トルニアさんにも教えて頂きました……」
「混乱しているわけではないんですね?」
「はい……むしろ、今が一六九九年という事を聞いて混乱しています……」
「それってー……」
余りに非現実的でベネッタは続きを言うのを躊躇った。
それは魔法でも出来ない奇跡。魔法使いでも干渉できない自然の流れ。
ルクスやエルミラ、ミスティまでも信じられないものを目の当たりにしたような目でシャーフを見つめる。
――そんな中。
「タイムスリップってやつだな!!」
「うわ……疑いなんて全く無いって顔してるわ……」
「目がきらきらしていますね……」
躊躇いなどする様子も無く、その言葉を口にしてしまうアルム。
幼少を魔法と物語で過ごした少年だけが、有り得ないとされる非現実に目を輝かせていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ちょっと忙しくなってしまって更新がまちまちになって申し訳ないです……