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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第四部:天泣の雷光
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207.ずれた起床

 目覚めたのは知らない場所だった。


「どこかしら……どこ……かしら……?」


 震えて力の入りにくい体をゆっくりと起こす。

 肌触りのいいベッドと横の机には水差しが置かれていた。部屋を見渡すと物自体は少ないが、いい香りを漂わせる花が飾られていたり、小さな植木鉢が置かれていたりと落ち着く部屋だった。顔の形に切り抜かれた果実のようなものもインテリアとして置いてあって少しのお茶目さも窺える。

 ベッドとは違う温もりに抱かれていたような気がするけど、傍には誰もいない。

 ただ、私は誰かに救われたんだという事だけは覚えていた。覚えのある雨の冷たさは今私には無い。


「けほっ……こほっ……!」


 口の中がからからで、私の為に用意されたかどうかわからない水差しについ手を伸ばす。

 普段なら罠と警戒する所だけど、胸にこみ上げてくる懐かしさがこの場所は危険ではないと根拠のない予感を私にくれた。

 水を飲むと私の体は思ったよりも飢えていたようで、口内が潤い始めた瞬間、喉を大きく鳴らし始める。


「ん……んん……!」


 水を空にして立ち上がる。ごめんなさい見知らぬ誰か。

 疲労のせいか少しふらつくけれど、水を飲んだおかげもあって何とか歩けた。


「この服……」


 誰の寝間着だろうか。もこもことした服を私は着ていた。

 丁度、全身が映せる姿見があるので私は前に立って自分の姿を確認する。

 ……シンプルだけど可愛い。戦いに出る前でもこんな服持ってなかったなぁ。

 そんな風に鏡に映った自分を見ていると、部屋の扉ががちゃりと開いた。


「あら」

「あ、ええと」

「まぁまぁ、起きたのね。よかったわ」


 栗毛で垂れ眉が印象的なおっとりとした雰囲気の女性が入ってきた。

 どうやら不審者ではありませんという言い訳は必要無いみたい。私を見てほっとしたような表情を浮かべてくれている。

 この人が部屋の主なのかな。だとすれば私を助けれてくれた人だ。


「ありがとうございます……どうやらお世話になったみたいで……」

「お礼はあなたを助けた子に言ってあげて? 私はただあなたをここで寝かせてあげただけだから」

「私を……助けてくれた子?」

「ええ、雨の中倒れていたあなたを助けてくれたルクスくんと、あなたの体を温めてくれたエルミラちゃんとベネッタちゃん。その服もエルミラちゃんのよ、可愛いでしょう?」

「ええ……それで……」


 その方々は何処にいるのかと聞こうとした瞬間。


 ぐうううぅう。


 と私のお腹から私自身も初めて聞くような空腹を知らせる音が部屋に鳴り響く。

 さっき水を飲んだからか、お腹が動き始めたようだ。

 余りに音が大きくて、恥ずかしさで顔が熱くなる。

 しかし、目の前の女性は優しく微笑んで。


「まずはご飯食べましょうか?」


 と、言ってくれた。


「はい……はい……」


 私はそんな好意に自分のお腹を抑えながら、頷くことしか出来なかった。


 女性が案内してくれたのは調理器具が一通り揃った立派なキッチンだった。

 キッチンだけでなく、作った料理をすぐ食べられるように白い机がいくつも置かれている広さにも驚いた。

 キッチンと食べる場所だけでこれだけのスペースを確保できるとはなんて贅沢な使い方……。ベラルタにこんな立派な施設がある場所は無かったはず。もしかして気を失っている間に王都にでも運ばれたのかも?

 王都は比較的近いけれど、行く機会なんて数えるほど……しかも命令以外で来た事が無いので少しそわそわしてしまう。

 女性は私にてきとうに座るように言うと、コンロに置かれた鍋の蓋を開けた。

 いい匂いが漂ってくる。匂いに反応したのか私のお腹はまた大きな声を上げる。

 女性は鍋に入っているスープをお皿に盛って私に持ってきてくれた。


「はいどうぞ。起きたら温かい食べ物をって言われてたから準備してたのよ」

「私の為……でしょうか?」

「うふふ。実は今日の晩御飯のついでだから気にしないで食べてくれると嬉しいわ」


 私が遠慮なく食べられるように言ってくれたのだろうか。


「いただきます……」


 空腹が限界なので、その気遣いを受け取って私はスプーンを手に取る。

 出されたスープには野菜と煮込まれた鶏肉が多く入っていた。漂ってくる匂いも相まって空腹の私が我慢できるはずもなく、私は目の前のスープを食べ始める。


「おいしい……」

「本当? お口に合うようでよかったわ」

「おいしい……おいしいです……」

「あら? あらあら大丈夫?」


 目の前の女性が慌てている。

 何故か、私は泣いていた。

 スープに涙が入るのが勿体なくて、私が涙を必死に拭いながら食べ続ける。

 体の中に入ってくる温かさが何だか……とても久しぶりな気がした。


 スープを完食した頃には涙も止まり、心配そうに見つめていた女性も私の食べっぷりに少し安心したのか慌てている様子は無い。


「ありがとうございました。とても美味しかったです」

「そう? 体の方は大丈夫?」

「はい。ご心配をおかけしました」

「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はトルニア。ここ、第二寮の寮長をしているわ」

「私はシャーフ。シャーフ・ハイテレッタと申します」

「シャーフ……?」


 トルニアさんは私の名前を聞いて驚いているようだった。

 何故か目線が下になっている。


「なにか?」

「ごめんなさい。シャーフってこの町だと誰でも知っている名前だからついね……」


 シャーフが有名……?

 もしかして私が気を失っている間に私の活躍が知れ渡って……?

 ……いけないいけない!

 そんな都合のいい事あるはずがない。でも他に有名なシャーフさんなんて聞いた事無いし……やっぱり私の活躍が王都にまで轟いて……?

 まさか。そう、まさかだ。

 私は自分の故郷を守ろうとしただけのしがない一魔法使い。戦時中ならいくらでもあるお話だ。有名になるには少しパンチが足りないと思う。


「つかぬ事をお伺いしますが……ここはどこでしょうか?」


 とりあえず状況の確認も兼ねてここは何処なのかトルニアさんに聞いてみる。


「ここはベラルタ。研鑽街ベラルタよ」

「ベラルタ……ですか!? ここが!?」

「え、ええ……どうしたの?」


 驚きで私はついキョロキョロと周囲を見渡す。

 そんな馬鹿な。確かにベラルタは広かったけど……こんな場所があるなんて聞いた事が無い。


「し、失礼。ベラルタのどこですか?」

「第二寮よ? ベラルタ魔法学院の一年生の半分くらいがここにいるわ」

「え……?」


 べ、ベラルタ……魔法学院?


「シャーフちゃん? 大丈夫?」


 もしかして、私が住んでいたベラルタとは別のベラルタ?

 けれど……微かに記憶に残っている。雨の中、誰かの背中から見た町並み。少し変わってはいたけれど、あれは確かに私が知っているベラルタだったと思う。

 あれ? ……私は誰の背中にいたのだろう?

 落ち着こう。あんな事が起きた後だから私は今混乱しているのかもしれない。


「申し訳ありませんトルニアさん……いくつかお聞きしても?」

「ええ、どうぞ。起きたばっかりだもの、心を落ち着かせながらお話しましょう?」

「先日ベラルタを襲ったガザスの襲撃がどうなったかご存知ですか?」

「ガザスから……? シャーフちゃん何か勘違いしているみたいだけど、ガザスは今マナリルと友好国よ? ベラルタを襲うなんて事しないわ?」

「ゆ、友好国……?」


 まさか……もう戦は終わってる?

 私が寝ている間に決着が着いたのだろうか。

 ……いや、有り得ない話じゃない。ガザスのベラルタ襲撃は向こうにとっても賭けのようなものだったはず。それが失敗したのなら降伏してマナリルの傘下に入ったとしてもおかしくはない。

 少しほっとした。経緯はよくわからないけれど、戦がもう終わっているなら私から言うことは無い。


「その……ベラルタ魔法学院というのは?」

「ベラルタ魔法学院を知らないの? もしかしてまだ混乱してるのかしら……? マナリルが作った魔法使いの教育機関よ?」


 戦が終わってここに魔法学院が建てられるという事だろうか?

 でも……何故ベラルタに?

 王都からは近いけれど、正直、その……自分の故郷をこんな風に言うのは気が引けるけれど、何も無い町だというのに……。

 いや、何も無いからこそ作るのかもしれない。それでこの町が活気立つならおめでたい事だと思う。

 ……けれど、正直信じられないというのはある。

 余りにも私の知らない事が多い。私が存在を知らないだけで、ここは私が知っているベラルタとは違うベラルタの可能性は無いだろうか。


「変な事をお聞きするようですが……ここはダンロード領のベラルタですか?」


 なので、念の為の確認をする。

 私が聞くと、トルニアさんは目をぱちぱちとさせていた。


「もうシャーフちゃんったら……私をからかっているの? ここは国直轄よ?」

「そ、そうですか……変な事を聞いてしまって申し訳ありません」


 確認をしてよかった。

 やはりここは私が住んでいたベラルタじゃなかったみたい。私が知らないだけでマナリルが同じ名前の土地を持っているんだ。それならこの設備のいいキッチンも納得できる。

 あの戦が(・・・)終わって、私の故郷とたまたま同じ名前の国直轄の土地に魔法学院が新設されている……そういう状況なのだろう。

 ようやく、私は状況を理解できたようでほっとした。


「ここがダンロード領なんて……シャーフちゃんは歴史が好きなの?」

「はい?」


 だけど、ほっとしたのも束の間だった。

 トルニアさんは私をからかう様子も無く、信じられない事を口にする。


「ベラルタがダンロード領だったのはもう何百年も前なのに」


 ……え?


「シャーフちゃん?」


 ま……さか……。

 いや、そんな魔法でも出来ないような事態が起きているはずがない。


「あの……もっとおかしな事を聞いてもよろしいでしょうか?」

「なぁに?」


 そんなはずがない。

 そう思いながらも私は、とても変な質問をしていた。


「今って……何年になるでしょうか……?」

いつも読んでくださってありがとうございます。

相変わらず導入が長いですね。お付き合い頂けると嬉しいです。

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