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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第四部:天泣の雷光
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206.笑顔の侵入者

「連れてきました」

「ご苦労様、ヴァン」


 ヴァンに連れられてミスティ達が学院長室に入ると、何処かげんなりしている様子のオウグスと。


「みんな」

「あらあら、お揃いで」


 アルムと桃色の髪に褐色の肌をした女性がいた。先程見たようにその女性はアルムの腕に組むようにして掴まっている。

 再び見るその光景にミスティの表情に少し陰が落ちるが。


「ただいま」


 何ら変わらない表情で言うアルム。たったそれだけの事だったが、胸の中にあるもやもやはどこへやら。ミスティはついくすりと笑ってしまう。


「おかえりなさいアルム」

「ミスティもおかえり。ネロエラの所に行ってたんだよな?」

「はい。お土産を買ってきましたので後でお渡ししますわね」

「いいのか? ありがとう」


 アルムの隣の女性が気にならないと言えば嘘になる。

 しかし、今は普段と変わらぬアルムがいる事が何でもない事の証明だろうと信じてミスティは微笑んだ。


「アルムくんおかえりー」

「おかえり、アルム」

「……おかえり」

「ああ、みんなもただいま……どうした? エルミラ?」

「いや、どうしたじゃないわよ……その人誰よ? 何普通な顔してアルムとくっついてるの?」


 ミスティに限らず、ルクスとベネッタも聞きたかったであろう事をエルミラはずばり聞く。

 エルミラに不審な目で見られても女性はにこにこと笑顔を絶やす事は無い。


「その事で呼んだんだ」

「へ?」

「ほら、引っ付いてないで自己紹介しろ」


 エルミラの問いに答えたのはアルムではなく、面倒くさそうにするヴァンだった。

 女性はヴァンに言われるとアルムから離れ、ミスティ達の前で丁寧なカーテシーを見せる。


「この姿ではお初にお目にかかります。(わたくし)マリツィア・リオネッタと申します。以後お見知りおきを」

「これはご丁寧に。ミスティ・トランス・カエシウスと申します」

「はいミスティ様とは本当に初めましてですが、一方的に存じております」

「本当にってー?」

「マリツィアってどこかで……?」


 にこにこと可愛らしい笑顔を向けるマリツィア。

 名乗られた名前に覚えがあり、思い出すようにエルミラは視線を上にあげた。

 そして思い出す。数か月前にスノラの地で聞いたその名前を。


「は!? あんたあの時の死体女!?」

「はい、お久しぶりです」

「何でダブラマの魔法使いがここにいんのよ!?」

「ダブラマ……!?」


 唯一、マリツィアを知らなかったミスティもダブラマと聞いて顔が険しくなる。

 ミスティだけでなく、アルムとの戦闘の場を見たルクス達も。


「はいはいストップストップ」


 ぱんぱん、と手を叩いてオウグスが全員の注目を自分に集める。

 その表情にはいつものような楽しそうな表情ではなく、疲れのようなものが残っている。


「本来なら私におかえりの言葉が無い事に不満の表情を浮かべるんだけど、今はそれどころではないからね。とりあえずは落ち着きたまえ」

「気持ちは分かるが、ここで魔法ぶっ放すのはやめろよ。学院長の私物は安物だからすぐぶっ壊れる」

「こういうのは素朴と言うのさ、ヴァン。この良さがわからないとは君もまだまだだねぇ」


 オウグスは自分の前にある机を両手で撫でるようにする。

 学院長室に置いてあるソファや調度品は基本見るだけで高価だとわかるのだが、オウグスの座る机と椅子だけは質素で、どうやらオウグスの私物のようだった。


「今からする話は君達を信頼しているからこそ話せる事だ。そして、僕達からの依頼といってもいい。すでにアルムには話してある」

「面倒はごめんだってやつは出ていって構わない。何せダブラマの魔法使いが関わっているからな」


 言われてミスティ達は顔を見合わせる。

 アルムに話してあるという事はアルムは今からされる話の件に関わるという事。ならば、ミスティ達に部屋を出ていくという選択肢は無かった。

 出ていこうとしない四人を見てオウグスは満足そうに頷いた。


「確実なのが君達しかいないからね、こちらとしても助かるよ。……ヴァン、説明を」

「公式な発表はまだだが、秘密裏にダブラマとの休戦が決定した」

「ダブラマと……休戦!?」


 ルクスの驚愕も当然。ダブラマとマナリルはここ百年近く敵対し続けている。ルクスの父親の世代は特にダブラマとの戦闘が多かっただけに、ルクス自身もダブラマについては色々と話を聞いていた。


「理由はお前らもよく知ってる魔法生命だ。去年グレイシャ・トランス・カエシウスが起こしたクーデターと同時期にダブラマにも魔法生命が侵攻してきた事が確認された。そこで……去年ダブラマの使者であるマリツィア・リオネッタがダブラマ王家の紋章の入った書状を持って休戦を提案してきていたらしい。それで今年になってマナリルとダブラマ、どちらにとっても未知の脅威である魔法生命の一件が片付くまでの間休戦する事が決定した。異例の速度で決定してるが、今は少しでも魔法生命の情報が欲しいって事だ。そういう事もあると思ってくれ」

「いやいや待ってよ! ダブラマも魔法生命側でしょ!? 百足の時もスノラの時もそうだったじゃない!?」


 ミレルの時もスノラの時もダブラマの魔法使いが少なからず関わっている事をエルミラは勿論、この場にいる者は全員知っている。

 当事者でもあるエルミラは死体越しとはいえマリツィアにも会っている一人だ。納得いかないのは当然と言える。

 エルミラに指を刺されながらマリツィアは前に出た。


「エルミラ様の言う通りダブラマは一時期、魔法生命と共同歩調をとっておりましたが、百足の一件でダブラマは魔法生命に対してすでに懐疑的になっていまして……スノラの事件時にはすでに情報収集の為にと(わたくし)が派遣されました。

結果、私が不在にしている間に祖国は彼らの内の一体に狙われました。協力者のおかげで侵攻を察知できましたが、被害は甚大……今は完全に敵対する方針でございます」

「協力者?」

「魔法生命と一括りにしてはいるものの彼らには自己があります。主要な魔法生命達に敵対する方々もいらっしゃるようで、ダブラマは今、一体の魔法生命とその宿主を協力者として迎えております」


 マリツィアのその説明にエルミラが信用できない、と再び口を開きかけるが。


「不思議な事ではないでしょう? 大百足との戦闘の際、あなた方に協力した魔法生命がいたはずでは?」

「ぐ……」


 言われて、喉元まで出かかっていた言葉が引っ込む。

 ミレルの大百足討伐を共に行った魔法生命。シラツユを宿主にしていた白い龍。

 コミュニケーションこそ無かったものの、その存在は間違いなく味方だった。


「ともかく、魔法生命の事があるから公表は出来ないが、現状マナリルとダブラマは休戦になった。俺達があーだこーだ言った所ですでに互いに休戦の条件は飲んでもう決定している……が、その条件で少し問題があってな」

「それがこのマリツィアさんという訳でしょうか?」

「そうだミスティ。ダブラマの出した条件の一つがベラルタ魔法学院とベラルタの町の見学だ。その見学の為に……このマリツィアがしばらくの間ベラルタに滞在する事になる」


 オウグスとヴァンの視線がほとんど同じタイミングでマリツィアに動く。ほとんど睨むような形で。


「ダブラマは現在魔法使いの数が少ないのもあって魔法を学ぶ場所が数十年前から機能しておらず、長らく個人教育だけで魔法使いが生まれていました。しかし、例え魔法使いの数が少数であっても個人教育よりも効率がよいだろうと、学院の存在を見直す流れになってきております。その為にこのベラルタを参考にさせて頂きたいのです」


 にこにことずっと笑顔を振りまいているマリツィア。その言葉を文面通り受け取るような者はアルムくらいしかいない。

 何せ相手はダブラマの魔法使い。ベラルタに滞在すればマナリルの魔法使いの情報をどれだけ楽に集める事が出来るかなど想像に難くない。目的が見学以外にある事は明白だった。


「そこで……このマリツィアの案内役をお前らに頼みたい」

「本気で言っていますか?」

「ああ、ルクス。立場上は他国の客人な上に見学とあれば案内役は付けないといけないが……休戦になったからといってダブラマの魔法使いを全面的に信用するなんてのは不可能だ。まぁ、案内役っていう体裁を持った見張り役だな。【原初の巨神(ベルグリシ)】の時に動いていたダブラマと確実に繋がっていないお前らにこのマリツィアを見張ってもらいたい。アルムはすでに了承済みだ」

「よろしくお願いしますね、アルム様」

「ああ、よろしく」


 心配そうなミスティ達を他所にアルムは普通に頷く。

 再びマリツィアがアルムの腕に手を絡ませるもアルムが拒否する気配は無い。


「表向きはガザスからの研究員という設定でベラルタに滞在させる。これについては後で説明するから把握しておいてくれ。勿論四六時中ってわけじゃない。生徒が主に活動する日中だけで構わない。滞在場所はこちらで確保してあるから夜間は俺と学院長が目を光らせる。禁止区域への侵入や機密に関しての詮索があれば即刻客人から敵の魔法使いに変わる事は説明済みだ。そうなった時はすぐに報告……必要があれば対応しろ」


 この"対応"が何を意味するのかは嫌でもわかる。

 敵の魔法使いに変わるという事はつまり、相手が条件を反古にした時。そうなったらベラルタにダブラマの魔法使いがいていい理由は無くなる。

 この人選は信用だけでなく、魔法生命に関する事情を把握していて、かつ魔法使いとの戦闘経験が多いこの五人ならばマリツィアを抑えられると踏んでの人選だった。


「それでは皆々様、お手数かと思いますが、しばらくの間よろしくお願い致します」

「……」

「……」


 改めて挨拶するマリツィアの背中をオウグスとヴァンが無言で見つめる。

 その笑顔の裏に何が隠れているのか全く読めないまま、ミスティ達は彼女の存在を受け入れるしか無かった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

もうすぐ夏ですが、季節的にマナリルは冬です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 設定の組み立てが歪過ぎるのだけど、 信用の出来ない他国の魔法使いを研究者として学校や学園都市の見学をさせるのであれば、まず身分が生徒無いので、国の宮廷魔法使いかそれに準ずる者をつけて対…
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