205.窓の外の予感
「それで……その方は今も第二寮にいらっしゃるんですの?」
翌日。座学を終えた昼時のカフェテリア。
曇りのせいか寂しさを感じさせる窓際の席で、ルクス達は北部から帰ってきたミスティに昨日第二寮で起きた出来事――正確にはルクスが持ちこんできたトラブルだが――を話した。
「そうなのよ……こっちはもう何がなんだかって感じ。今はトルニアさんが預かってくれてるからいいんだけどさ。わ、綺麗な色……! ありがとミスティ」
「いいえ、気に入って頂けたのなら何よりですわ」
タンズーク領の密かな名物である染色織物。お土産のストールを開封しながらエルミラは少しばかり愚痴っぽくミスティに話す。自分のベッドをびしょびしょの見知らぬ女性に占領されたのだから当然ではあるのだが。
「すまないエルミラ……任せちゃって……」
「ほんとよ。まぁ、ルクスにあのまま女子寮に居座られるのも困るから仕方ないし、ベネッタが泊まっていってくれたから別に良いけどさ」
「エルミラの部屋って意外に女の子だよねー」
「余計な事言わないの」
「あいた」
茶化した代償としてエルミラの軽い手刀を頭に受けながらベネッタはミスティからのお土産を大事そうに鞄にしまう。
三人の性格を考えれば見知らぬ女性を助けるなどという話にミスティは驚きはしないが、気になるのはやはりその女性の名前だった。
「シャーフと名乗られているのは不可解ですわね……偶然でしょうか?」
やはり引っ掛かるのは助けたルクス達も気になっている女性の名前だった。
「昨日衛兵の人達に聞いて回ったけど、トラブルがあったような報告は無いって言ってたし、ベラルタにいる貴族なら生徒だと思うから二年生と三年生の名簿を確認してもらおうと思ってる。遅かれ早かれ素性の確認はしなきゃいけないと思うし……貴族なら衛兵に引き渡す前に学院長とヴァン先生に色々話を通したほうが楽だろうからね」
「ハイテレッタ家って聞いた事ないのよね……ルクスも知らないんでしょ?」
「ああ、少なくとも東部にはいないと思うんだけど……領地持ちじゃないならちょっとわからないかな」
「アルムくんが帰ってきてないって事は学院長とヴァン先生も帰ってきてないよねー」
昨日帰ってくると思われたアルムは帰ってきておらず、朝も教室にいなかった。
ベネッタは両手で自分の顎を支えながら窓の外を見る。窓の外では馬車がゆっくりと走っていた。
「そうだね。シャボリー先生は図書館にこもってるから名簿を見てくれたりはしないだろうし……」
「三年の担当とかそもそもいるの?って感じだしね」
「まぁ、三年生の方々が学院にいらっしゃる事が稀ですから」
「ベラルタの三年なんてほぼ魔法使いだもんね。そりゃ依頼で忙しいわ」
「あ、学院長ー」
「二年で本格的に篩に……え?」
ベネッタの呟きに一瞬遅れてミスティ達も窓の方に視線をやる。
窓の外を見れば今ベラルタに戻ってきたのか、ベラルタ製の馬車が職員棟の前に停まっていた。その馬車からオウグスが日差しを浴びるように手を広げながら降りてきている所だった。尤も、浴びるはずの日差しは雲に遮られているのだが。
そしてオウグスに続いてヴァンも体を伸ばしながら馬車から降りている。
「……アルムもいらっしゃるでしょうか?」
「そりゃ一人だけ王都に置いてかれないでしょ」
「アルムくん王都に一人だと迷っちゃいそうー」
「ははは、確かにそうだね。ほら、アルムも出て……」
四人の視線の先にはヴァンに続いて馬車から降りてくるアルムの姿。
しかし、馬車から降りてきたのはアルム一人ではない。
その隣には桃色の髪に褐色の肌をした見慣れない女性がアルムと腕を組むようにして降りてきていたのであった。
「ぴ……」
その光景を目の当たりにした瞬間、ミスティは鳴き声のような声を上げて体を硬直させてしまった。
(ぴ?)
(今ぴって言った?)
(ぴってなんだろー……?)
ミスティの鳴き声を疑問に思いつつも誰もその声に触れようとはしない。か細く、喉を絞めて出るような声に気付いたのは同じ机に座っていたルクス達だけ。触れないのはある種の優しさである。
無論ルクス達もアルムに腕を絡めている謎の人物が気になる所だった。
ヴァンだけが職員棟に入らず、こちらに向かってきている。オウグスとアルム、そしてアルムと腕を組むようにしている女性は職員棟に入っていった。
「誰だろー? あんな人いたっけ?」
「二年生かもね。二年生は王都やガザスに出向したりする事が多いらしいから」
「にこにこしてて可愛い人ね……でもあんな人見た事ないと思うけど……ミスティは?」
「そうですね……可愛らしい方でした……」
衝撃的な光景だったのか、珍しく心ここに在らずといった感じの返事をするミスティ。
アルムが職員棟に入っていってもその視線はじっと職員棟の方を見つめたままだった。
「アルムったらやるわねー。二日王都に行ってただけなのに女引っ掛けてくるなんて……向こうだと意外にモテたりするのかしら? もしかしたら自分で声掛けたりしてたり?」
何気なく言ったエルミラの一言。
アルムに相手がいる気配が余りにも無さすぎる為、珍しく危機感を煽るようなからかい方が出来る事にエルミラ自身も新鮮さを感じる。
エルミラはミスティの反応を窺おうとミスティのほうに視線を向けた。
「そう……かもしれませんね……」
そこには眉尻が下がり、物悲し気に微笑んで受け答えをするミスティ。
その痛ましい表情を見た瞬間、エルミラの顔から一気に血の気が引いた。
「ち、ちが! 冗談よ冗談! ご、ごめん……!」
「エルミラ……」
「あーあー……」
「ほ、本当に冗談なの! だってアルムがそんなわけないじゃない! だってあいつよ!? こう、上手く言えないけど……あいつよ!?」
焦って上手く言葉が出てこないエルミラ。具体的な言葉は出てこないものの、エルミラの言わんとしている事にはルクスとベネッタも納得してしまう。
アルムが女性をナンパしている姿などこの先どんな出来事が起きれば拝めるのか想像がつかない。逆にアルム本人は魔法を見せてあげるの一言で付いていってしまいそうだが。
「ベネッタ裁判長。こう言ってますけど、どうですか?」
「エルミラ有罪」
「わかってるわよ! 私が全面的に悪いのは! 今のは駄目でした!」
ルクスとベネッタからの視線がエルミラに容赦なく突き刺さる。
からかい方は選ばなければいけないという教訓を得てエルミラは机の上で縮こまるように握り合わせているミスティの手を握った。
「ごめんミスティ冗談だから! あいつに限ってないない! 大丈夫だから!」
「いえ、エルミラの言う通りアルムからという可能性が無いわけではありませんし……アルムは、その……外見も素敵な方ですからありえなくも……」
「ないない! 絶対ないって! 可能性ゼロよゼロ! 後お世辞にもアルムは見た目かっこよくないから! それはミスティが好意的に見過ぎ!」
「あ、あの……そこを言い切られるとそれはそれで複雑なのですけれど……」
「何騒いでんだお前ら」
必死にエルミラがミスティに弁明している所に、さっき窓の外で見かけたヴァンが歩いてきた。
「あ、ヴァン先生おかえりなさいー。アルムくんが言ってたより帰ってくるの遅かったですけどー……何かトラブルでもあったんですか?」
「あー……まぁ、ちょっとある事で長引いてな。その件でお前ら学院長に呼ばれてるから来い」
「私達が……ですか?」
「ああ、そうだ。とっとと行くぞ」
頭をかきながらヴァンは顎を職員棟のほうに動かした。
「丁度よかったです。僕からも頼みたい事があったので」
「何か用か? ルクス?」
「はい、昨日少しトラブルがありまして……その件についてお話が」
「まぁ、いいが……まずは先にこっちの話だ。早く来い」
ヴァンに急かされてミスティ達は少し戸惑いながらも立ち上がる。
四人はすでにシラツユの護衛を頼まれた時のような、若干無理矢理に何かを押し付けられる空気を感じ取っていた。
「王都に行ってたのってアルムの褒美についてでしょ……長引くような話じゃないと思うんだけど……何かあったの?」
エルミラが聞くと、ヴァンは面倒臭そうなため息をつく。
「……ちょっと面倒な事になった。力貸せ」
いつも読んでくださってありがとうございます。
最近湿気が凄いです……。