203.謁見3
「んふふふ! これは驚いたねぇ!」
「何故ここに……!」
ダブラマはマナリルと争っている国。アルムも数度ダブラマの魔法使いと敵対している。
そしてマリツィアもまたスノラで戦ったダブラマの魔法使いだ。
こんな所に堂々といれるはずがない存在のはずが、アルムの隣には立っていた。
この場にいる宮廷魔法使いの視線が厳しくなったのも当然。王の命令とはいえダブラマでも随一の使い手が動いたからだった。
「スノラで起きたグレイシャ・トランス・カエシウスのクーデター……その同時期にダブラマも魔法生命の襲撃を受けている。先日、同じ脅威に脅かされる国同士として休戦を申し込まれた」
「え?」
アルムはつい敬いや立場を忘れた反応をしてしまう。
大百足の時も紅葉の時もアルムはダブラマの魔法使いと遭遇している。魔法生命とダブラマは組んでいると考えていたアルムにはそのダブラマが襲われたという事実が意外だった。
「陛下……正気ですか? 信用できるとでも?」
マリツィアを見るヴァンの目は今にも殺してしまいそうなほど鋭かった。
そんな視線を受けてもマリツィアは表情を崩さない。
「こいつの事を信用しているわけではない。だが現状マナリルは魔法生命の情報という点でダブラマやカンパトーレに後れをとっている。少しでも情報が欲しい」
「まぁ、私はカルセシスが言うならいいけどね。国の敵や味方なんて時代によって変わるもんだし。それに……この子の情報が正しいという確証もあるんだろう?」
「他者の立ち合いの下いくつか取引をしている。そうだなファニア」
言われて、騎士のような格好をした金の長髪に銀色の鋭い瞳をした女性が前に出た。
並んでいた六人の中で唯一アルムが顔を知っている若き宮廷魔法使いファニア・アルキュロス。
グレイシャの事件後、スノラに駆け付けてアルム達の話から事実調査と事後処理を行った魔法使いだった。
「はい。間違いなく。少なくとも契約に沿う間、この者の情報は正しいと断言致します」
「他にも側近の"ラモーナ"、今ガザスにいる"ヘルムート"も立ち会っている。俺と宮廷魔法使い三人の立ち合いの下行われた取引だ。ヴァン、それでも不服か?」
「……」
名前を呼ばれてか、玉座の近くに立っていた側近の女性が礼をした。
不服かと問われてヴァンは押し黙る。
宮廷魔法使いは強さは勿論、王の暗殺や王都への攻撃を察知する為にその腕を磨いた感知魔法のスペシャリスト。マリツィアが取引を結ぶ言葉に虚偽があればすぐに気付くだろう。納得は出来ないが、王の言葉に加えて宮廷魔法使い三人が立ち会ったと言われれたら引くしかない。
「で、こちらの対価はなんなんだい?」
ヴァンが黙ったのを見てオウグスが話を進める。
「事後承諾になってしまうが、その為にオウグス、そなたを呼んだのだ」
「私? 私が何かするのかい?」
「それはまた後で話す」
首を傾げるオウグスを他所に今度はアルムが声を上げた。
「カルセシス様」
「何だ? アルム?」
「このマリツィアはグレイシャの起こしたクーデターにも参加していましたが……それも承知でこの場に?」
「あらアルム様。そのクーデターを王都に知らせたのは私なんですよ?」
「なに?」
マリツィアは胸元に付いているブローチをとんとんと指でつつく。
魔力に反応して魔石が指でつつかれる度に光が灯った。
「ダブラマがコノエ……失礼しました、大百足に提供した魔石がマナリルに押収されているのはわかっていましたので、その魔石に私の判断で信号を送らせて頂きました。詳細は伝えられませんが、何らかの異変は察知して頂けるよう期待を込めたんですのよ?
【原初の巨神】の侵攻に続いてミレルでの事件までダブラマは共同歩調をとっていたつもりでしたが……大百足は他の魔法生命達と離反していましたので、それをきっかけにダブラマは魔法生命達に対して懐疑的になったのです。グレイシャ様の事件に私が関わっていたのも調査の一環でございます。詳細はすでにカルセシス陛下にお話しておりますわ」
「アスタを殺そうとしたのは?」
「あれは私の家の魔法の為ですので。あの時点ではまだマナリルは敵でしたもの。信号を送ったのもマナリルの魔法使いとグレイシャ様が共倒れになってくれればと思っていたからですし、アスタ様も本気でコレクションに加えたいと思っておりました。勿論、今は状況が変わりましたのでそんな事考えておりません」
明らかに心象が悪くなるであろう当時の考えをマリツィアは隠そうともしない。
事実、この場にいる者からの視線に含まれた敵意はさらに強くなっている。今ここでマリツィアに魔法を放つ者がいてもおかしくないほどに。
「……そうか、今敵でないならいい。カルセシス様、話を遮って申し訳ありませんでした」
しかしアルムはマリツィアの言葉に納得したのか引き下がる。
アルムの反応に拍子抜けしたのか、初めてマリツィアの表情から笑顔がとれた。
「では聞かせろマリツィア。ダブラマを襲った魔法生命の話。そしてその脅威についてを」
「はい。ダブラマを襲ったのは鬼胎属性の魔力を持つメドゥーサという魔法生命です。美しい女性の姿をした魔法生命だったそうで、情報を得て警戒していた感知魔法の部隊がダブラマの東北部で侵入を察知し、私も所属する組織の第一位と第五位、他数名の魔法使いが対処に当たりました。その被害から、ヴァン様の仰っていた魔法生命の脅威に付け足す事項がございます」
「申せ」
「彼らの使う呪法という力についてです。本来は特定の条件を満たすと発動する常世ノ国の呪詛魔法の一種ですが……彼らは自らの魔法の機能としてその呪法を備えています。魔法生命によって異なっているようで大百足は名前、紅葉は声、そしてこのメドゥーサという魔法生命は眼でした」
「眼?」
「はい。対処に当たった祖国の魔法使いは第一位以外が眼を合わせて石化したという報告がございます。被害は人口二百の村一つに末端の魔法使いが五人、そして第五位も……第一位以外は石化して死亡しました。加えて、戦いを記録していた魔石までもが石化しております」
誰かが生唾を飲み込む音がした。
眼を合わせたら終わり。余りの理不尽にこの場にいた誰もが戦慄する。
その理不尽が本当だとすれば、マリツィアの語る被害は少ないくらいだ。
「報告にあったな……ミレルの大百足とスノラの紅葉は反逆防止の為に使っていたとあったが……」
「はい。私も反逆防止にと紅葉の呪法を受けていました。大百足と接触していたので名前を呼ばないようにと警戒していましたが……どうやら魔法生命によって条件や用法が違うのだと思われます」
「厄介だな……自立した魔法のように核があるのが救いか」
「はい、メドゥーサにも核があったそうです。恐らくは死亡する前に核を破壊できれば呪法の効果は解除できるかと」
「聞くが、その第一位とやらはどう防いだ?」
「その情報は取引に含まれておりませんのでお教えする事はできません」
「ははは、そうであったな」
駄目元で詮索しようとしたのを隠そうともせず王はわざとらしく笑う。
マリツィアもまた笑顔でその戯れに付き合うのだった。
「陛下、よろしいでしょうか?」
「何だファニア?」
金の長髪を揺らし、ファニアが一歩前に出る。
「魔法生命の存在を知り、その脅威も理解出来始めたのですが……私にはどうにも敵の目的が見えません。報告によればミレルの大百足は霊脈を狙っていたとありますが、スノラの紅葉はアルムとミスティ殿の証言からグレイシャと共にラフマーヌを再興する事だと……今マリツィア殿の話に出たメドゥーサとやらもダブラマをただ襲撃しただけのように聞こえます」
「そうだな……正直俺にも目的が見えん」
「もしかすれば敵は徒党を組んでいないのではないでしょうか? 先程ヴァン殿が自己があると……ならば、個の欲望に従っているだけなのではと」
「いえ、それは無いと思います」
納得しかけそうなファニアの考えをアルムはすぐさま否定する。
それは大百足や紅葉と直接会話した事のあるアルムだからこそわかる事だった。
「何故わかる? アルム?」
「紅葉が言っていました。大百足は私達の目的より自分の目的を優先したと……なので、一部の魔法生命が徒党を組んでるのは間違いないかと思います」
「間違いないか?」
「少なくとも紅葉はそう言っていました。ファニアさんの言う通り個別の欲望もあるのでしょうが、それとは別に共通の目的があるのだと思います」
「ふむ……そのような細かい嘘をつく理由は無いだろうな……」
「その事なのですが」
見えぬ目的があると頭を悩ませる中、マリツィアが声を上げる。
「何だ?」
「目的がどうかまではわかりませんが、第一位がメドゥーサの破壊の間際に耳にした言葉がございます」
「申せ」
「それが……」
少しだけ言うのを躊躇い、マリツィアはその言葉を口にする。
それはこの世界ではとうの昔に信仰を失ったとある存在についてだった。
「"この地の神に"、と」