201.謁見
「んふふふ! いやぁ、こんな事もあるもんだねぇ」
光沢感のある赤い絨毯を四人の男が歩いていた。
先頭には無言で後ろの三人を導く兵士。笑っているのはベラルタ魔法学院学院長オウグス・ラヴァーギュ。後ろには同学院の教師ヴァン・アルベールと制服を着たアルムがいた。
ここは王都アンブロシアの王城。謁見の間へと続く廊下だった。年は明け、国内のごたごたが収まったからか、先日アルムを国王と謁見させる為に連れてくるよう指示の書かれた書状が届いた。オウグスとヴァンも同席するように書かれていたので二人はアルムの付き添いだ。ヴァンも流石に国王との謁見だからか、普段放っておいている無精髭はきっちり剃っていてぼさぼさの髪も綺麗にオールバックにして纏めてある。
「よかったねぇ、アルム。王様と謁見なんて平民じゃ快挙だよお?」
「……どうも祝福しているように見えないのですが」
「そんな事ないよお。ねぇ、ヴァン?」
「いや、俺も見えないです」
王城の廊下は白を基調にしていて華美な装飾は見られなかった。アルムはゆっくりと見られなかったが、トランス城は壁や柱にも花をモチーフにしたような装飾が所々あったので同じ城でも印象が変わる。
豪華なのは見上げて歩けば一つの物語を綴っているように描かれた天井画と、扉近くの壁や柱には当たり前のように魔石が設置されている。扉近くの魔石が開閉のスイッチで柱の魔石が照明だろうか。
ベラルタ魔法学院でも魔石のスイッチは採用されていたり、最近では魔石の外灯もベラルタの町に設置されているが、流石は王城というべきか設置されている数が比ではない。お金がかかっているという意味では間違いなく豪華といえよう。
装飾の少ない白い壁と柱は王への清廉潔白な心象を崩させない為だろうか。謁見の間まで歩くこの廊下は窓から入る光も計算されているようで、絨毯に落ちる光は謁見の間への階のようだった。
「ま、非公式の謁見だから気楽にいこーよ」
「学院長が言っていい台詞じゃないでしょうに……」
「アルムの緊張を和らげようとしてあげてるんだよ。僕はほら優しいからね」
「ハハハ」
「ヴァンは愛想笑いが下手糞だなぁ……」
廊下は人払いがされているのか、それとも元から人気が無いのかアルム達以外の人がいない。ミスティに付くラナのような使用人の一人もいなかった。
「人がいないですね」
「そうだねぇ。兵士どころか従者の貴族も見かけないのは珍しい」
「貴族が従者をやるんですか?」
「そうだよぉ。王様の身の回りの事だからね、多少貴族界隈の事情に精通してないと務まらないよ。不意に平民に情報が漏れたらあれやこれや噂されて混乱したらたまったもんじゃないしね、情報の取り扱いのほうが問題なのさ。当主になれない貴族達の働き口にもなるしね。当主になれなくても王城務めになればそれはそれで誉れさ」
初めて聞く貴族事情にアルムは感心を含んだ声を漏らす。
貴族でも誰かを世話をするような職業に就くものなのかと素直に驚いたからだった。
田舎で培ったアルムの偏見はどうしても貴族のイメージに使用人に囲まれる金持ちという印象を拭わせない。例えそのイメージ通りだとしても貴族を憎むことも無ければ格差に嘆くなんて事もアルムには無縁なのだが。
「着きました。ここからは私も同伴できませんのでこれで失礼致します」
「ああ、ご苦労様。はいこれ」
そんな話をしている間に謁見の間の前に到着する。案内をしてくれた兵士は一礼する。去り際にオウグスが兵士に何かを握らせた。
「い、頂けません」
「いいのいいの。ほら早く行かないと怒られるよぉ?」
「ありがとう……ございます。失礼致します」
オウグスを不審がりながらも兵士は握らされた何かを握ったままその場を去っていく。
その背中をオウグスは満足そうに見送っている。
「今のは?」
「ただのチップだよぉ。お金ってのは偉大だからね。渡すだけで私への印象がマイナスから普通になったりするから面白い」
案内されたアルム達の前には木製の両開きの扉。ここだけは特別だと扉が教えるように他の扉と違って装飾が上に見える天井画のように凝っていた。
「失礼しまーす」
「え」
「学院長……」
アルムとヴァンが緊張する間もなく、雑な挨拶をしながらオウグスは扉を開けた。悪びれる様子も無く、オウグスはそのまま部屋の中にずかずかと歩いていく。
後ろにいる二人が立ち止まっている訳にもいかず、アルムとヴァンもそんな失礼な入り方をしたオウグスについていくしかない。ヴァンのため息を聞きながら、アルムも中へと入った。
謁見の間に入ってまず目に入ったのは玉座とその後ろの壁にあるマナリルの国章だった。アルムにはその紋章が何をモチーフにしているか知らないが、何やら竜のようなものが描かれているのがわかる。
中は白と金を基調としていた作りで、窓枠や柱には金の装飾が施されていて高い天井から吊り下がった魔石のシャンデリアに照らされてその輝きを増している。
足が沈むのではと思うほど柔らかい赤いカーペットは玉座の前にある階段まで途切れており、そのカーペットの両脇には等間隔で六人の人が立っていた。
スレンダーラインのドレスを着ている者、騎士のような装備を着ている者、本の中の魔法使いのようなローブを着る者など格好は様々で、見る者が見れば立っている人物達が王城の宮廷魔法使いだとわかるのだがアルムにそんな知識は無い。
アルムの知っている事といえば、その中に知っている人物が一人混じっているという事だけ。知っている人物に挨拶できるような雰囲気でもないので、そのまま歩いて横を通り過ぎる。
飾り気の少ない廊下から突如広がった別世界にアルムは少し圧倒された。トランス城を見ていなければ今頃きょろきょろと視線が泳いでいた頃だろう。
カーペットが途切れている所まで歩いてオウグスが止まると、アルムとヴァンもオウグスの一歩後ろで止まった。
「うーん、ここに来るのも久しぶりだねぇ」
玉座の近くには側近であろう美女が立っていたが、その視線は自然と玉座に導かれる。
玉座にはアルムの想像するような白髭を蓄えた人物ではなく、日の光を蓄えたような金髪で若々しく、端正な顔立ちをしている男が座っていた。威圧感はあるものの尊大な態度はそこにはない。
当然、玉座に座れるのは一人だけ。金髪の男こそがマナリルの国王だった。
(目が……?)
特にアルムの目を引いたのは玉座に座る男の瞳だった。
変化している。
赤く輝いているかと思えば金色に。金色かと思えば黒に。そしてまた赤に。
変わる度に見ている世界が変わっているのではないか?
そんな考えが浮かぶほどに三色の輝きがはっきりと見て取れる。
「やあカルセシス。元気かい?」
そんな王にオウグスは話しかける。
王に話しかけるとは思えないフランクな態度と呼び方にアルムは驚いてついオウグスに視線がいってしまう。
オウグスは元々宮廷魔法使いだったとは聞いていたが、その知識を知っていても驚くほどにオウグスの挨拶は気軽すぎた。
勿論オウグスの後ろの二人は心の準備が出来ていないまま、気持ちの区切りをつける間も無く。
隣のヴァンが膝をついたのでアルムもそれを真似て膝をつく。事前にヴァンからある程度の作法は教わっているので、何とか形にはなっている。
「ベラルタ魔法学院学院長オウグス・ラヴァーギュ。同学院教諭ヴァン・アルベール。ご命令通り、平民のアルムをお連れ致しました」
オウグスの礼は作法に則ったものではない。自分を見せる為の大袈裟な動き。まるでショーを見に来た観客を相手するかのようなものだ。
王の御前に出て名乗らない。
傅かない。
最初に言葉を預かる側近の女性を無視して直接玉座に座る人物に話しかける。
何より、まだ許可されてもいないのに発言をしている。
着いたばかりですでにオウグスはルールなんぞ知った事かと言わんばかりの振舞いを続けている。確かにこの場は非公式ではあるものの、それにしてもオウグスの行動は無礼と言っていいだろう。
その場にいる宮廷魔法使い達の鋭い視線がオウグスの背中に突き刺さる。殺意すら含まれるその視線に気付いたのか、オウグスは肩越しに後ろを見てウインクした。ファンサービスだとでも言いたげな笑顔にいらっとしたとしてもそれは自然な感情に違いない。
「ここまでご苦労。……相変わらずだな、オウグス」
謁見の間にいる宮廷魔法使い達の突き刺さるような視線の中、王だけはくすりと笑った。
それは空気を和らげるような声だった。
まるでこの場でオウグスに厳しい目を向ける者こそが間違っているとでもいうような。笑う事が正しい反応ではないかと錯覚させるほどだった。
「私だからね。安心したまえ! 公式の場でならしっかり臣下の礼をとるさ!」
「ふふ、それはつまり公式の場に出る気が無いという事だな」
「んふふふ! 流石カルセシス。私の事がわかっているね」
誰が聞いても二人が親しいとわかる。そんな会話だった。
王の意図を感じ取ったのか、オウグスは会話を切り上げて後ろで傅くアルムとヴァンがよく見えるように横にどく。
「頭をあげよ」
王の言葉にアルムとヴァンが顔を上げる。
アルムと王の目が合った。
「……そなたが噂のアルムか」
「……」
返答を求められているのか、それとも思案による独り言か。アルムには判断がつかなかった。
「皆の発言を許可する。今のは質問だ」
王の言葉でようやくこの場にいる者全員に発言の許可が出る。
カーペットの脇で立っていた六人も一斉に玉座の方へと体を向けた。
「はい、アルムです」
「そうか。ここまでご苦労だった。まず初めに……この場は公式の場ではない。作法や言葉遣いは気にするな。正しくあろうという姿勢さえ見せてくれればよい。簡単に言えば、そこの道化師のような態度をとらなければ基本的には不問とする」
「ありがとうございます」
「そして……公式の場ではないからこそ、俺もこのようなことが出来る」
「!!」
その場にいたほとんどの者が固まった。
王の行動一つで固まる様はまるで魔法。声すら出せない。
固まるのも当然だ。何故なら――玉座に座る王がその頭を下げていたのだから。
「ミレルに続いてスノラの事件での活躍見事であった。ありがとうアルム。まずはこのカルセシス個人からそなたに感謝を捧げたい」
「頭をお上げください! 何をやっておられるのですか!!」
宮廷魔法使いの一人が声を荒げる。装飾が目立つ服を着た恰幅のいい男だった。
ゆっくりと、王は頭を上げる。そして三色に輝く瞳で声の持ち主を睨んだ。
「今俺の行動に異を唱えたのか? "ボラグル"」
「当然です! 王が頭を下げるなど!」
「では問おう。我が国を未知の脅威から守った平民に、感謝を伝えない理由はあるか?
貴族ではない。平民がだ。平民がだぞ。どういう意味かわかるか? 俺達魔法使いが守るべき者が、この国の民を、貴族を守ってくれたのだぞ。この者にそんな義務は無いのにだ。ただでさえ俺と国の事情で感謝を伝えるのが今日まで遅れた。俺が礼を言わずにこの場は始まるまい」
「その考えは御立派です! ですが、王が軽々に頭を下げるなど王の威厳が――」
「感謝の為と俺が頭を下げて……俺の価値が下がるか? ボラグル?」
赤くなった王の瞳がボラグルと呼ばれている宮廷魔法使いの姿を捉える。
射抜くような視線にボラグルはそこでその口をつぐむ。
カルセシス・アンブロシア・アルベール。
先代の王が亡くなり、若くしてマナリルの王となったこの国の頂点に立つ者。
若いからと彼を侮る者も軽んじる者は少なくともこの王城にはいない。魔法大国マナリルの頂点に相応しく、彼は貴族の責務と魔法使いの役目、そして人としての自分を何よりも重んじる。
「俺は王だが人でもある。アルム、俺はそなたの行動に敬意を表する。誰かを助けようとするその意思に」
王の視線はボラグルからアルムに戻った。
ボラグルに向けていた威圧感はすでに無い。
「勿体ないお言葉です」
「人としての礼を伝えた。次はそなたの行いに王として褒美で応えねばなるまい。ミレルの件での褒美もここで改めてとらそう。当時は……」
王はオウグスとヴァンを交互に見る。
「どうやら報告に誤りがあったようだからな。そなたは自分の働きに何を求める? そなたの願いなら大抵の願いは叶えられよう」
「感謝いたします。ですが、申し訳ありません。その、特に思い浮かぶものがありません」
本音だった。アルムにはあまり欲が無い。
王はそんなアルムを黒い瞳で見て少しだけ嬉しそうにすると、ふむ、と手を口元に当てて考える。
「そうだな……家名はどうだ?」
いつも読んでくださってありがとうございます。
更新開始です。ここまで読んでくださった方はもう理解して下さる方ばかりかもしれませんが、三部より少し短くなるものの例の如く長くなります。どうかお付き合い頂けると嬉しいです。