番外 -エルミラの後日談-
ハエルシスから少し経って、私エルミラ・ロードピスは気付いた事がある。
いつも私と一緒に行動してくれてる四人の中で明らかに変わった子がいるのだ。
実は言うとハエルシスの直後から気付いてはいたけど、友達の事だから変に踏み込むのもあれかなと思って数日経った今日この頃。
少し寒くなってきて流石にコート以外も買わないとね、なんて話をしながら五人で第一寮近くのカフェに行こうという時だった。
「あ……すまない、司書の先生に呼ばれてたんだった」
行く寸前で用事を思い出したのか、学院の門から出る寸前の所で私の後ろを歩いていたアルムが申し訳なさそうな声でそう言いだした。
変わったのはこいつじゃない。アルムはあんな事件を解決して、ようやく国から評価され始めたっていうのに何ら変わらずにいる。最近は一般常識を備え始めたのではらはらしたり驚かされたりする事は少なくなったので成長はしてるんだろう。
まぁ、今日の昼に、ホットケーキはどのケーキをあっためるんだ? とか言い出したのには驚かされたけど。
今日だってそのアルムの勘違いを正す為にホットケーキが美味しいカフェがあるという話に発展したから、何だかんだ私達五人の行動の発端はアルムというパターンが半分を占めていたりする。
「"シャボリー"先生にですか?」
「ああ、色々本が手に入ったから終わったら取りに来るようにって……」
シャボリー先生はヴァン先生と同じく一年を担当している司書の先生だ。
担当していると言いながら、図書館の管理に忙しく大体がヴァン先生に丸投げという状態なのだけど。
本に興味を示す生徒には非常に優しいので、頻繁に図書館に通う生徒からは人気を得ている先生だ。
「すまんが、すぐに行ってくる。皆は先に行っててくれ」
アルムの声にすぐさま首を振ったのが一人。
「それではここでお待ちしていますわ」
アルムに笑いかける可愛らしさと美しさが同居している小柄な女の子。
マナリルで最も有名な魔法使いの家系カエシウス家の次期当主。
そして私の大切な友人であるミスティだ。
前から私みたいな没落と友人関係を築いてくれている変わった子ではあるが、そういう点とは別の意味でこの子は変わった。
「いや、どれくらいかかるかわからないし、先に行ってくれていいぞ?」
「私が待ちたいのです。駄目でしょうか?」
「駄目じゃないが……」
「それに、アルムを一人にしたら迷ってしまいそうですし」
「そんな事は……確かにあるかもだが……」
「ふふ、そうでしょう? ですから待っていますわ。時間はある事ですし。ですけど……どうか早めに戻ってきてくださいませ?」
「わかった。すまない皆、ちょっと行ってくる」
ミスティだけでなく私達にも申し訳なさそうな表情でアルムは謝ってくる。
こっちは別に気にしてないからそんな表情をされると逆に申し訳なくなってくる。
「はいはーい」
「ボクお腹空いたから早くねー!」
「ベネッタくん……もう少し……」
「すまない、いつでも先に行ってくれていいからな!」
「はい、いってらっしゃいアルム」
そう言い残し、私達に背中を見送られながらアルムは図書館の方角へ走るアルム。
走った跡を残すように、首に巻かれたマフラーが靡いていた。
「……ねぇねぇエルミラ。何か賭ける?」
「賭けにならないでしょ」
ベネッタにも私が気付いた事は話してある。
当然ベネッタも気付いてたので、驚いてはいなかった。
持ち出した賭けは恐らくその事に関して。ベネッタは本人に真意を聞きたくて仕方なかったようだからここらが限界って事なのかもしれない。
「わかんないよ? ボクわざとに賭けるー」
「本気で言ってる? 絶対無意識よ」
「えー、そうかなー?」
「じゃあこれから行くとこ奢りにする?」
「いいよー」
賭けの内容は決定。
内心でガッツポーズをする私。
「何のお話ですか?」
私達の会話が何の事かわからないのか首を傾げているミスティ。
そんなミスティに私はこほんとわざとらしく咳払いをしてから向き合う。
「ねぇミスティ」
「はい、何ですかエルミラ?」
「もう知らない振りするのはいい加減面倒になってきたから今聞いちゃうんだけど」
「はい?」
「あんたアルムに惚れたでしょ?」
聞いた瞬間茹だったように顔を赤くさせるミスティ。わたわたと意味のわからない手の動きをさせながら口をぱくぱくさせている。
こんな所も可愛いくてつくづく反則な子だなあ、と思う。
「な、ななな、なな、な、何故ばれ……いえ、そ、そうでは……ええ!?」
「ほら見なさいベネッタ。本人は隠せてると思ってるのよ」
「うわー……そうなんだ……てっきりアプローチしてるんだと……」
「奢りね。ありがたく頂くわ」
「むー……だからっていっぱい食べるの無しねー?」
「そんな事しないわよ……」
ミスティの動揺を他所に賭けの奢りについて話す私とベネッタ。
当てといてなんだけど、これだけわかりやすく動揺するという事は本当に隠せてる気でいたのか。ちょっと心配になる。
「な、何故……」
一先ず会話が出来るまでに落ち着いたのか何故ばれたのかと聞いてくるミスティ。
頬は染まったままで、恥ずかしいのか顔を片手で隠している。
「何故って……ねえ? ルクス?」
我関せずとそっぽを向いていたルクスに私は話を振る。都合よく関わらないようにしているようだけど逃がす気は無い。
私に話を振られて困ったようにルクスは頭を掻く。珍しく反応に困ってるようで新鮮だった。これを見れただけでも話を振った甲斐はあるわね。
「まぁ……うん……僕も気付いてたけど……」
「る、ルクスさんまで……?」
ミスティがそう言うと、ルクスは苦笑いを浮かべながら目を背けた。
「いや、僕までというか……最近のミスティ殿を見れば雌雄のある生物はみんな気付くんじゃないかな……」
「人間以外もですか!?」
「お、珍しい」
「ミスティのツッコミだー」
あまりに希少なミスティの反応に拍手する私とベネッタ。
ルクスが中々の辛口だったのを見るに私達目線でなくてもわかりやすかったのがわかる。
「あ、あの……いつから、その……」
「いつからとかじゃなくてわかりやすすぎてね……たまに小指の指輪見て嬉しそうにしているし……それアルムからのプレゼントだろう?」
「は、はい……」
ルクスに言われてミスティは小指を大切そうにきゅっと握っている。よほど嬉しかったんだろうなと想像できる恥じらいがありつつも柔らかい表情だ。
けど、わかりやすかったのはその指輪だけではない。最近のミスティの行動は本当にわかりやすかった。
「アルムがヴァン先生に呼び出されてお昼に遅れてくる時とかちらちら入り口のほう見てるし」
「そ、そうでしたか……?」
「前はそんなの気にしてなかったのに、アルムくんに話しかける前に窓で髪確認してから話しかけたりするしー」
「うう……」
「何も喋ってないのにアルムのほう見て笑う時あるし」
「そ、それは……」
「ミスティ殿は自分で気付いていないかもしれないけど、アルムが魔法儀式に行ってる時とか目に見えてそわそわしてるしね」
「あう……」
「後さっきの早く帰ってきてください、とかもう隠す気ないでしょって思ったしー」
「も、もうやめてくださいまし……」
恥ずかしさに耐えきれなかったのかついにミスティは両手で顔を覆った。
このくらいで充分か。言っておくけどまだあるのよ、とは言わないでおいてあげよう。
ルクスすら参加するミスティわかりやすすぎる事例選手権で自分がいかに今日までわかりやすかったのかは実感して貰えただろうし。
「まぁ、気付かないの一人いるけどね」
「ああ、そうだね……アルムは多分気付いていないだろうね……」
「アルムくんこういうの鈍そうだもんねー……」
アルムは絶対に気付いていないだろうというのも私達共通の見解だった。何せあいつ自身には全く変化が無い。
ミスティはそれを聞いて少しだけほっとしたようだ。
「まぁ、とにかくばればれだったわよ」
「ばればれ……なのですね……」
「ミスティ……ボクから言われるのも何だと思うけど、もうちょっと隠したほうがいいと思うよ……」
「はい……気を付けますわ……」
珍しく、というか初であろうベネッタからの本気アドバイスを受け取るミスティ。
ミスティには申し訳ないが、普段しっかりしているだけに正直この光景だけで私としては面白い……というよりも嬉しかった。何というか別の側面を知れて。
「というか意外だったわ。あんたもっとそういうの隠せる子だと思ってた」
だからか、つい口に出てしまったのかもしれない。
言われて、微笑みながら俯くミスティ。
あまりにもその姿が絵になっていて、桃色に染まった頬は果実。濡れた瞳は宝石だった。
「初めて……なんです」
「ん?」
「魔法使いになる為に学んで、貴族として相応しいようにと生きてきて……今までの人生は充実していたはずなのに、こんなにも胸が高鳴るのは初めてなんです。
アルムを見つけて嬉しくなる自分がいるんです。アルムと話すだけで安心する自分がいるんです。アルムと一緒にいて……幸せだと思う自分がいるんです。私も知らない私がここにはいるんです。だから、隠せないのかもしれません。自分でも初めての自分に動揺していて……何でもない時間さえ特別だと思ってしまう。周りの方々からすれば変だと思われたのかもしれませんが……もしかすれば、この何も隠せていない私が、恋をしている私なのかもしれません」
それは聞く方が恥ずかしくなってくるほど純粋で、全てを曝け出すような告白だった。
恋をしている。
そう自覚したミスティはこんな風になってしまうんだと。余りにもその姿が幸せそうで、ほんの少し羨ましくなった。
「み、皆さん?」
「いや、その……」
「うわー……こっちが照れちゃうー……」
「ま、まぁ、そうね……」
どうやら聞いていて照れていたのは私だけでは無かったようでルクスもベネッタもどう反応したらいいかわからないといった様子だった。
「そ、そもそもミスティだけじゃなくて私達がそういう話題と無縁だろうし」
「何で決め付けるのー!?」
「じゃああんたあるの?」
「無いけどー……」
「でしょ?」
噛みつきかけてきたベネッタの勢いはどこへやら。
決め付けも何も、私達のような弱小貴族は自分からアプローチをかけなければ恋どころか出会いの機会すらほとんど訪れないのだ。
――でも。
もしそんな機会が私にも訪れたのならば。
今のミスティのように、こんな幸せそうな表情ができる時が来るんだろうか?
そう思ったら何故だか……視線が自然と動いた。
「何だいエルミラ?」
「んーん、なんでもない」
そんな機会いつ来るかなんてわからないけど、今はとりあえず大切な友人の恋を応援しよう。
なんせ相手はあの見るからに鈍そうなアルムだ。ミスティのいる世界も相まってこれからの苦労が窺える。
「ともかく私達から言う気はないから安心して。ばれてるよ、って事だけ教えたかっただけだから。知らない振りって案外面倒なのよ」
「も、申し訳ありません……」
「謝る必要無いわ。覚悟なさい。アルムに言えない分、私達のからかいは全てあんたに行くわよ」
「そうだそうだー」
「か、からかいはするのですか!?」
「そりゃこんだけ可愛い反応してくれれば……ねぇ、ベネッタ?」
「ねー」
私とベネッタからのからかい宣言にミスティは助けを求めるようにルクスのほうの向く。
ルクスは両手をこちらに見せるように小さく挙げて。
「仕方ないんじゃないかなミスティ殿。僕には止められないよ」
「る、ルクスさんまで……」
笑いながら私達二人を咎める気は全く無い事を示した。
残念ミスティ。でも応援はしてるわ。本当よ。
「あ、帰ってきたよ」
「思ったより早かったわね」
図書館の方から走ってくるアルム。
どうやら本当に本を受け取ってきただけのようだ。本が入っているのか鞄が膨らんでいる。
「すまん、待たせた」
「あ、アルム……おかえりなさい」
あんな話をしたからか、私達の目を気にしながら言うミスティ。
流石に可愛そうなのでにやにやはしないようにする。……してなかったわよね?
「ああ、ただいま」
一方そんな事には全く気付かない鈍感な田舎者。
いや、この場合田舎者なのは関係ないか。単純にアルムがそういう話題に触れた事が無いに違いない。
「もういいのかい?」
「ああ、本についての話は後日にして貰う事にした」
「じゃあいこー!」
「ああ、すまないなベネッタ。腹が減ってたのに」
「んー……ここで話してたら別の意味でお腹いっぱいになっちゃったけどねー」
「……何の話をしてたんだ?」
アルムの疑問にミスティは頬をまた染める。感情が大忙しだ。
ルクスは苦笑いを浮かべ、私とベネッタは何でも無いような振りをする。
「それは内緒」
「内緒か……内緒なら教えて貰うわけにはいかないな。だが、エルミラの様子からすると楽しい話だったみたいだな」
「まぁね」
こういう意地の悪いような言い方をしてもアルムは無理に追及しようとしない。
秘密は秘密のままと割り切るのがこいつなのだ。出会ったばかりの頃はそれを頑固さだと勘違いして少し拗れもしたのも今となってはいい思い出。
だけど、ここで話を終えるのは勿体ない気がしたので。
「ところで……そういえばそのマフラーどうしたの?」
「これか? ミスティから貰ったんだ」
「へぇ? よかったわね、あったかそうで?」
「ああ、嬉しかった。……何故にやにやしている?」
「別に何でもないわ。ねえ、ミスティ?」
「エルミラ! もう!」
「あはは! ほら、いきましょ!」
ちょっとした意地悪をミスティにプレゼントする。
いつの日か――私がミスティのように誰かに恋をしたその時、ミスティも私を遠慮なくからかえるように。
いつも読んでくださってありがとうございます。
後日談はこれで終了でございます。時系列でいうとこの後に第一部の番外-とある冬の帰路-に繋がります。
次の更新は予告通り魔法の設定について簡単に書いたのを載せようと思います。