番外 -フロリアの後日談-
後日談となります。本編とはさほど関わりはありませんが、顛末などが書かれております。
スノラで起きたグレイシャ・トランス・カエシウスのクーデター。
カエシウス家が魔法使いの名門というのはよほどの田舎者でもなければ平民も知っている事だったりする。マナリルの頂点に位置する貴族カエシウス家の長女がダブラマやカンパトーレの魔法使いと共にそんな事を企てていたとそのまま公表するわけにもいかず、マナリルはスノラで起きたあの事件を、次女にも関わらずミスティ様が当主になる事に納得いかなかった長女グレイシャが引き起こしたカエシウス家の当主争いであった事を公式に発表した。
トランス城が氷漬けになっている様子はスノラの住民も見ていた事に加え、どこかの貴族――どこのアホよ?――が漏らしたのか噂が大きくなり始めていたので、マナリルは事件の大きさを国絡みではなく、カエシウス家内部の問題だった事にして印象を変えたわけである。
だけど、補佐貴族の解体や領地の再編など北部にとってはあまりに大きな出来事が続いたので、勘のいい平民はただの当主争いじゃ無かった事くらい気付くんじゃないだろうか?
後は陰謀論をばら撒く愉快犯が少ない事を祈るばかり。ミスティ様に害が及ぶようであればどんな手を使ってでもその愉快犯を消し去らなければ。補佐貴族が解体となり、カエシウス家の力が落ちたとしてもミスティ様は私にとってはミスティ様のままなのである。
そんなミスティ様を信奉する私、フロリア・マーマシーは今かつてない人生の転換期にいるといえる。
私は少なからず事件に関わっていた功労者として補佐貴族の解体と領地の再編に携わる事になり、結局新年になっても忙しいままだった。忙しくてハエルシスだって出来やしないほどに。悲しい。
途中から領地の再編に関してはパパとママに仕事を投げる事に成功し、私は今日から何とか日常に戻る事になる。
マーマシー家はこれをきっかけに家名が知られる事になり、北部に与えられるマーマシー領での仕事が忙しくなるに違いない。
領地を賜るのは貴族にとって名誉だ。パパとママは私の事を誇りだと言ってくれた。ほとんどアルムくん達のおかげではあるけど、血統魔法を暴走させていた時のような勘違いでは無く、真っ当に褒めて貰えたのが嬉しかった。事件の後、私の体は傷だらけ穴だらけで心配させちゃったしね。
私が当主になるのはパパとママが色々整備してくれた後になるだろうし、マーマシー家の将来はそこそこ安泰になったと言える。
まさに絶好調の順風満帆。向かう所敵無しって感じ。それは流石に言い過ぎだけど、ただの補佐貴族の一つだったマーマシー家が頭角を現してきたと周囲の声が心地いい事この上ない。すでに西部の貴族から息子と会ってみないか、なんて話まで来ているくらい。
そんな絶好調の真っ只中にいる私なわけだけど一つ……現在進行形で問題にぶち当たっている。
「ふ、フロリアぁ……頼む……」
「そんな縋るように呼ばれても……あのね、私達はただ目的が一緒だったから共同歩調をとっていただけなんでしょ? 私があなたを信頼し始めた事だってあなた馬鹿にしてたじゃないの……そんなあんたが女らしくするにはどうしたらなんて相談して任せて、とか言えるわけないでしょ?」
「そ、そうだが……その、私は学院に友人がいるわけでもないし……今までこんな事が無かったから頼れる人間がいないのだ……」
ミスティ様を狙う補佐貴族の調査。終わってみればそんなものは無かったけど、当主継承式までその調査の為に共同歩調をとっていた同じ補佐貴族……いや、もう北部の補佐貴族は解体されるからただの貴族ネロエラ・タンズークになるけど。そのネロエラが朝から部屋を訪ねてきたのだ。
今、私とネロエラは王都にいる。幸か不幸か、他の補佐貴族の調査から始まった私達の関係は仕方なしの共同戦線から始まって、一月以上の間、指定された地域の視察や魔獣の生息域の調査など領地再編に伴う仕事を共にするまで至った。
私達の仕事は昨日報告書を書いて終わり、後の事はパパとママに引き継いだから今日は王都で買い物してから明日ベラルタに帰ろう、なんて思っていた朝……ネロエラは私の部屋を訪ねてきたのである。一月以上一緒にいはしたが、プライベートになってから私を訪ねてきたのは今日が初だった。……正直仕事という接点が無くなった今、私はこの子との距離を測れないでいる。ましてや急に女の子らしくなんて相談とは。
「随分調子のいい事言うじゃない……まぁ、私はあなたの事嫌いじゃないけど……」
「わ、私もそうだ。いや、最初は嫌いだったが……」
「私だって第一印象は最悪よ。今となってはって話ね」
こうして互いの印象を気兼ねなく言えるのは仲が良くなった……いや、初対面の時も気兼ねは無かったか。険悪が生んだ距離間ではあったけど。
「わ、私も今は違う。ここ最近を共にしていたからというのもあるが、あの事件を経て私は今フロリアを信頼しているといってもいい」
「ふーん……」
恐らく嘘ではないんだろう。
現に彼女はある時から私に対して本もペンも使わずに普通に喋ってくるようになった。これはネロエラを知っている人間からすれば凄い事である。
けど……アルムくん達と戦った後にした会話が私をどうにも素直にさせてくれない。あの時の私は貴族として甘かった。ネロエラはしっかり最後まで私を警戒していたってのに、私はネロエラを完全に味方だと思い込んで信用しちゃっていた。
マーマシー家がただの補佐貴族で無くなった今、そんな甘い私は変わらなければいけない。この言葉を字面通り受け止めてはいけないのだ。
「それにしてもあなたが女の子らしくね……」
そう言いだした理由もわかる。
スノラに行く道中、ネロエラは女性だろと当然のように言ったアルムくんに彼女は苛立ち、コンプレックスの牙を見せた。私達が言葉を失う中、アルムくんは牙を褒めて見事にカウンター。ネロエラは見事にノックアウト。見事にネロエラの心を射止めたとさ。本人は無自覚だったけどね。
そんなこんなでネロエラはアルムくんに惚れてしまったわけだ。女の子らしくというのは女として見られたいという意味だ。この子ったら学院では男装までしていたっていうのに変わるものよね。
「や、やっぱりおかしいか? 私なんかが……」
「そうは言ってないわよ。それで、何で私に? 他にも聞ける人はいるんじゃないの?」
さっき友人がいないと言っていたネロエラに対して冷たい聞き方かもしれない。
でも、聞ける相手がいないだけっていうのはこちらとしても癪というか、気に食わない。
ネロエラは私の質問に少し手をもじもじさせながら答えた。
「さ、最近まで視察で北部のあちこちを回っていただろう?」
「ええ、大変だったわね」
「大変だったが……その、一緒にいて気付いたのだ。お前は自分で自分の事を美人というだけあって行く先々にいる男達はお前に目を奪われていた。綺麗な嬢ちゃん、綺麗な姉ちゃんなどと呼ばれてたのを覚えている」
「まぁ、私くらいになるとそうでしょうねぇ」
忙しくて気付いていなかったとは言えない。いい女たるもの余裕を持つべし、だと思う。
「だから、聞くならフロリアだと思ったのだ。男の目を自然と引くほどの美貌と自分を美人と豪語するその自信……女らしくなりたいと相談するならフロリアしかいないと……」
「ふ、ふーん……なるほどね?」
正直悪い気はしなかった。ネロエラの女らしさのイメージはどうやら私という事らしい。
ま、まぁ? 私ですから? 当然なんですけど? にやけてなんかいませんけど?
そういう事なら協力するのは吝かではない。
いや、その、決して褒められたからとかじゃない。タンズーク家の次期当主に恩を売っとこうと思っただけね。ほんとよ。
……とはいっても。
「でも教えられるような事はほとんどしてないのよね」
「そ、そうなのか……?」
「ええ、スタイルはママ譲りだし……」
私のこのスタイルは血筋によるものが大きいし、肌の手入れとか化粧も特別な事をしてるわけじゃないからなぁ。とはいえ期待には応えて……違う違う。恩は売っておきたいし……何か案は無いかしら。
……あ、そうだ。
「私、今日色々買い物しようと思ってたからそれに付き合ってみるのはどう?」
「か、買い物か? それで女らしくなるのか……?」
「それはわかんないけど、私は何か特別な事をしてるわけじゃないからこれをやるといいわよ、なんて秘策を授けたりできないのよね。だけど、あなたが私を女らしいと思ってくれてるなら私の普段の振舞いから女らしさがにじみ出てるって事でしょ? 私に付き合えばそれが自然と女らしさに繋がるんじゃない?」
「おお、なるほど……! 名案だな!」
ちょっと無理矢理な気はしたものの納得してくれたようで何より。
そんなこんなで私達は身支度をして町へと繰り出したのだった。
我らマナリルが"王都アンブロシア"は王都というだけあってベラルタよりも広大で人も店も多い。そこらに衛兵がいる上に、大きなトラブルがあれば王城からすぐ魔法使いが飛んでくるので治安もいい。大通りには屋台が並び、店を構える平民達の表情も生き生きとしてる。他国の文化もそこらに入り混じっており、王の膝元に相応しい賑わいを見せていた。
「ほら、はぐれるわよ」
「……」
人前では流石に喋れないのか、きょろきょろしていたネロエラは私が伸ばした手をきゅっと掴む。
とりあえず私の本来の目的の買い物にネロエラを連れまわす為に。
最初は服屋に。一緒に北部を回ってきた時に気付いたけど、この子は服のレパートリーが少ないのだ。
「うーん、赤? 黒? 黒はちょっとあなたが着ると暗くなるかしら……いや、でも多分元がいいから似合うのよね……」
《私は制服以外は白しか着ない》
周りに人がいる時は筆談になるネロエラ。ネロエラが書くのを待つのももう慣れたものだ。
「そりゃそんだけ白けりゃ似合うでしょうけど、こうやって色々服を持っておくとね、気分をコントロールできるのよ女の子は」
《そうなのか?》
「そうよ。とりあえず何着か着てみなさいよね」
《わかった》
「こうなってくると帽子も欲しくなってこない? 絶対似合うと思うのよね!」
次は最近噂の化粧品専門店。
この子ったらほとんど化粧しないっていうから選び甲斐があるわね。
「あなたは肌真っ白だからそれを活かさない手はないわよね……このクリームチークとかどう?」
《普段は日焼け止めを塗ってるんだが……それでも付けられるのか?》
「問題無いわ。ファンデの上に……いや、待って? この白さだとファンデの選び方もちょっと変わるわよね……?」
《普段化粧などしないが……私のように白くても必要なのか?》
「これが必要なのよ。こういうのは組み合わせが大事なの。リップは……チークと同じに合わせる? いや、あえてオレンジ系もありかしら……」
《フロリア、ぶつぶつと怖くなってきたのだが……》
次は王都に来たら必ず来るランジェリーショップ。
私のオススメを見せるとネロエラの顔はびっくりするくらい赤くなった。
《いらない! これはいらない!》
「いるの! これこそいるのよ!」
《こんな窓みたいな通気性の下着は下着とは言わない!》
「これが女らしさなのよ!」
《その女らしさは私にはまだ早い! 一般的な感覚は確かに私はわからないが、これは間違いなくお前の趣味だろう!?》
ばれた。
白紙の本に凄い勢いで書き殴るネロエラの必死さにここだけは断念せざるを得なかった。
ちぇっ。ここの下着の良さがわからないとはネロエラめ……。
「はー、買ったわねー」
「そ、そうだな……こんなに買い物をしたのは初めてだ」
一通り買い物した後は休憩も兼ねて個室のあるカフェに入った。
白を基調としたシックなエントランスでホテルと間違う人もいる私のお気に入りの場所。四大貴族のパルセトマ家が利用するという噂のせいで去年いっぱいは予約制になったくらいの人気店だ。それなりのお値段はするも、昨日までお仕事だったわけだし、これくらいの贅沢は許されると思いたい。
「さっきカエル料理のお店ってあったけど、ネロエラああいうの食べられる? 私はちょっと無理かなー……」
さっき見かけたお店を雑談のきっかけにしながらメニューを開く。
相変わらず魅力的なラインナップでどれを選ぶか目移りしてしまう。
「た、確かガザスの文化だったか……どんな形で出てくるかにもよるかもしれん」
「どうする? 足とかそのまんま出されたら?」
「そ、それは流石に抵抗があるな……せ、せめて手に……」
「何それ! カエルの手と足ってそんな変わる?」
「ち、ちっちゃければまだいけるかもと……」
「あははは! 大きさなの!? 」
そんなてきとうな雑談をしながら私とネロエラ、どちらも注文が決まり、個室に置いてあるベルを軽く鳴らす。
私はコーヒーと苺のフレンチトースト。ネロエラは私がオススメしたのもあってりんごラテを頼む事にした。
「……それにしても、よかったのか?」
「ん? 何が?」
「い、いや、その……フロリアは今日買い物しに来たんだろう?」
「ええ」
ネロエラは何が言いたいのかわからないが、何故か言いにくそうにしている。
今更私のプランに文句を言う気なのだろうか? 確かに私と買い物をしたところでネロエラの女らしさには繋がるかといえば微妙だったから文句の一つくらいは受け付けてあげてもいいけど。
「わ、私のものばかり買っているが……よかったのか?」
「え? そんな事ないでしょ? だって……」
…………あれ?
言われてみれば。服も化粧品も下着も、私は全てネロエラのを選んでいた気がする。
あれ? 私が今日思いっきり私の買い物をする予定だったのに?
買い物袋を見てみればどれもこれもネロエラにあてがったものばかりだった。
「あれ?」
「そ、そうだろう? さっき買ったのは全部私に、その、使えと言っていたものだ。わ、私が女らしくなんて言ったからお前の予定が崩れたのではと――」
「お待たせしました」
「あ……」
「ひ……」
そんな私の疑問を中断させるように今さっき呼んだ店員が個室に入ってきた。
店員とネロエラの目が合う。
店員は身構えるように体を一瞬硬直させ、ネロエラは口を閉じて俯いた。口から出かけていたのは悲鳴だろう。店員はきっとネロエラの牙を見たのだ。
しん、とカフェの雰囲気とは違う静かな空気が流れ始める。その空気が私がなんだか無性に気に入らなかった。
「コーヒーと苺のフレンチトースト。それとりんごラテをお願いします」
その空気に私は注文で割って入る。店員は何を言われたのかわからないという顏で私の方に視線を向けてきた。
「注文です。もう一度言ったほうがいい?」
「あ、い、いえ……」
流石というべきか、私が言った注文はしっかり聞こえていたようで店員はメモし始める。さらに気に入らない所を挙げるならネロエラをちらっと見ている事だろうか。
私はそんな店員にメニューを強引に突き出す。今日は追加注文をする気にはならないだろうから。
「あ、え……」
「お願いします」
「か、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
店員はそう言い残してそそくさと部屋から出ていく。
あの背中はきっと注文以外の事も言うだろうな、とついつい舌打ちしそうになる。
「全く……失礼しちゃうわね」
……あれ?
気に入らない? 舌打ち?
もしかして……私苛ついたの? ネロエラを見た店員の反応に?
「す、すまないフロリア……個室だからと油断して……」
「あー……そういう事ねー……」
「な、なんだ? 何がだ?」
「いや、私ってばつくづく単純だなあって思ってね」
なーにが、甘い私は変わらなければいけない、よ。距離感が測れない、よ。
この子が相談した時から? もしくはもっと前から? 買い物が一段落したさっきから?
いつからかはわからないけど、私はもうこの子との距離を決めていたみたい。
「あんた、男装はもうしないでしょ?」
「え? あ、ああ……多分……」
「それならベラルタに帰ったらもう一度買い物しましょうか」
「な、なんの?」
「決まってるでしょ。女らしさを買いに行くのよ」
制服のスカートをね、と付け足すと、そんな私の提案にネロエラはこくこくと頷いた。
買い物する時にネロエラのものばっかり選んだり、ネロエラへの反応や扱いにいらつくなんてこの子との距離感を測りかねていたらあり得るはずがない。私はとっくにこの子を友人の距離に置いていたんだろう。
ちょっと一緒に仕事して、ちょっと一緒に買い物して、それだけで過去言われた悪口や彼女へのイメージが全部水に流れるなんて私はなんて単純な女なのか。
険悪な共同歩調から始まった関係はいつの間にやらただの友人に変わっていて。新しい友人との予定に私は自然と微笑んでいた。
転換期だからって無理に変わる事も無いかと、一先ず甘いままの私でいる事を受け入れるのだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
第三部完結後、久しぶりに日刊ランキングに入ったようです。皆様のおかげです。改めて感謝を!